「・・・謝って・・・・許されることだと思っているんですか。」
口をついてでてしまう。感情に身を任せそうになってしまう。
それだけサトシの心に刻まれたトラウマは重く、今も変わることなくサトシの中に根付いている。
忘れようと思っても忘れられる事ではないし、そもそも忘れることなど許されるハズもない、サトシの業なのだ。
ロケット団による悪意だった、と言うことは簡単だが、サトシはそれ以上に、自分の行動の招いた結果だと考えている。
たとえサカキが善意によって謝罪をしていたとしても、その言葉だけで許していいものではない。
――――もちろん、わかってはいる。サカキさんを責めたところで答えなどでないことは。
トランセルを殺したのはロケット団員。それは間違い無い。
だが、サトシはロケット団というものを正しく誤解していた。
全ての団員が、あいつらのように人間のクズの集まりだという誤解。
ロケット団という組織そのものが悪であると、そう考えていた。
まだ完全にその考えが崩れたわけではないが、このサカキという人間がトップにいることの意味を、サトシは測りかねている。
トランセルに直接手を下した人間のみが悪なのか、組織そのものが悪なのか、組織を作り上げたトップの人間が悪なのか。
組織がなんらかの影響によって瓦解したとして、それはトランセルの仇を打ったことになるのだろうか。
人間のクズともいえる奴らが、野に放たれるだけではないのか。
そうすると被害はさらに広がるだろう。
今まで陰で組織されていた悪人どもが、表だって悪事を行う可能性を捨てきれるほど、サトシも楽天家ではない。
いろいろな考えが渦巻き、サトシを思考の渦に落とし込んでいく。
「サトシ君。」
「―――――あ、は、はい」
サトシを思考の渦から引っ張り上げたのは、目の前にいる人物だった。
会話の途中に突然考え始めてしまったら当然のこととも思えるが。
無論、サトシの脳内では、目の前の人物こそが思考の中心であったため、警戒せざるを得ない。
サカキの思惑が予想できず、不安の面持ちで顔を上げる。
「君が何を考えているかおおよそはわかる。私という人間と、ロケット団という組織が結びつかないのだろう。」
ゴクリ、と喉を鳴らす。
サトシにとってサカキと言う人間は感謝する人間であると同時に、一人の大人の在り方として尊敬すらしていた。
だが、ここにきて新しいレッテルが張られることになる。『油断ならない人物』という警戒に似たものが。
「サトシ君が知りたいことというのは、私の目的と、ロケット団という組織の目的を話せば解消されるだろう。そしてその後のサトシ君の行動も、話す内容によって決定づけられていくことは容易に想像できる。だが―――」
サトシは無言でサカキの話を聴く。
まばたきをすることすら億劫になるほどに、サカキの話に集中し、理解に努める。そうしていないと思考を放棄してしまいそうだったから。
「残念ながら、目的を話すことはできない。少なくとも今は。」
「出来ない!?どうして―――」
声を荒げる。
思わず感情に身を任せて発言してしまったが、それも当然のようにサカキの手のひらの上のようだ。
「何故か、という理由も含めて『話せない』ということだ。サトシ君、世の中には問いに対して必ずしも答えが返ってくることばかりではないと知るべきだ。ここでこうして私と君が会話をしていること自体、異常な出来事だ。本来はあり得ない采配だ。君はロケット団のボスが私でなかったらどうするつもりだったのかね?お遣いが嘘だと発覚した時点で殺されていたと思うがね。ここはロケット団の秘密基地で、君は旅の途中で行方を知っている者はいない。そこのピカチュウが暴れたところで、たかが知れている。君は今この場に置いて、非常に幸運の元にいるということを一時も忘れてはいけない。」
サトシは押し黙る。何も反論の余地が無い。
今現在、サトシはサカキという権力に保護されているのだ。
裸一貫で悪の巣窟に飛び込んだ割には、あまりにもお粗末な結果と言える。
何もできずに悪のボスに保護されているなど、笑い話にもならない。ただの屈辱だ。
グッと下唇を噛みしめる。
自分の力の無さに憤慨すると同時に、行先の無い怒りを一旦自分に向けて矛を納める。
「君の言いたいことはよくわかる。恨みもあるだろう、それも承知だ。だが、サトシ君。君は自分という人間をよく知るべきではないかね。自分には何ができるか。自分の手に及ぶ範囲というのはどこまでなのか。組織の壊滅を願うのだとして、それは力任せに団員全員を打倒すことなのかね?もっと別の方法はないのかと考えはしないのかね?余りに短絡にすぎる。命を粗末にしてはいけない。」
「・・・」
「サトシ君。私から再度、選択を迫るとしよう。感情を抑え、理性で選びたまえ。」
「選択・・・?」
選択。サトシがこの旅を始めたのも選択だった。
家に帰って、普通の子供として過ごすか。
ピカチュウを連れて、世界の裏側を知るのか。
人生において最大とも思える選択肢を提示した人間から、再度の選択の提示。
「そう、選択だ。私から二つの選択肢を提示しよう。選びたまえ。」
サカキがそう告げると、数秒瞑目し、そしてサトシを見据えて口を開く。
一つ目。私をこの場で打倒し、ロケット団を消滅させる。
二つ目。何も見ていない、聴いていない事にし、この場を立ち去る。
息を飲む。ここに来てからというもの、サトシの手の震えは止まることを知らない。
「・・・・それって―――」
「破格の条件だと思うがね。君は今日ここには来ていない。ただそれだけだ。それだけで命を拾える。私と戦うというのであれば、それでも結構だが――――オススメはしない。」
サカキが目を細める。
サカキという人間は、たとえ十四歳の少年が相手だったとしても決して手心を加えないだろう。
それはトキワシティジムリーダーとしてもそうだし、ロケット団のボスとしてもだ。
「ーーーーーー」
ここで戦うという選択肢をとれば、サトシは十中八九、命を失うだろう。目に見えている。
今まで戦ったジムリーダーとはどれとも違う。
今のサカキが発するオーラというか、空気感はポケモンバトルをするという前提から出ている物ではない。
目の前の障害を蹴散らす。ただそれだけだと言っているように感じられる。
ジムリーダーとしてはサトシにはこのままポケモンリーグへと進んでほしいと願っている。
だがロケット団のボスとしては周辺を飛び回る羽虫は叩き潰さなければならない。
故に、二択。
ギリ、と奥歯を噛みしめる。
ここまできて、ここまできて何もせずに帰らざるを得ない。
しかし、それ以外の選択肢は無い。
「――――――わかりました。僕は今日、何も見ていません・・・」
絞り出すように口に出す。
目尻が涙で滲む。自分の無力さが許せない。
「それでいい。今後は軽率な行動は控えることだ。君自身のすべきことはこんなことではないだろう。」
「・・・・」
「ふむ、だがサトシ君。その行動力だけは賞賛に値するものとして評価しよう。結果だけ見れば迂闊なものだと一蹴もできるが、すべてを否定するほど私も愚かではない。これを持って行きたまえ。」
サカキが立ち上がり、サトシの目の前まで歩き、何かを手渡す。
「これは・・・?」
「聞いたことがあるかね?シルフスコープというものだ。私の立場ではなく、個人としての贈り物だ。受け取りたまえ。」
シルフスコープ。どこかで聞いたことがある気がするが、今はそれを思い出すだけの機能を脳みそが残していない。
手渡されたものをそのまま受け取り、茫然と見つめるのみだ。
「さて、それではしばしのお別れだ。次に会う時はトキワシティジムであることを切に願うとしよう。」
そう告げると、サカキはデスクに設置されている電話を取り、部下を迎えに呼ぶ。
一分と待たずにエレベーターが先ほどと同様に重々しい音と共に開き、地味な服装をした帽子の男が顔を出した。
「ボス、お呼びですか。」
「この少年を外に送ってあげなさい。丁重にな。」
「承知しました。ほら、こっちこい。」
サトシは無言で立ち上がると、帽子の男について部屋を出る。
エレベーターに乗る前に顔だけで振り返ると、すでに部屋のドアは閉じてサカキの姿は見えなくなっていた。
サトシはグッと胸にこみ上げるものがありつつ、帽子の男が待っているエレベーターにピカチュウと共に乗り込み地上へと戻っていった。