ポケットモンスター 「闇」   作:紙袋18

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ちょっとみじかめ


第百二十一話 六階

「ピカチュウ・・・僕は今、猛烈に逃げたいと思ってる。」

 

「ピピカチュー」

 

「というか泣きそう。なにあれ、ポケモン?」

 

「ピカチャー」

 

 

 ポケモンタワー六階、昇り階段前。

 最上階まであと一階となったところでサトシは「ふじおじいちゃん」の事を忘れ、脱兎のごとく逃げ出したい衝動に駆られていた。

 正確には忘れたわけではないが、忘れたことにしてそのまま踵を返して塔を降りちゃおうかな、などと善人にあるまじき行動をしようとしていた。

 話だけきくならば馬鹿にされても仕方のない失態だが、現場に居合わせたサトシからしたら馬鹿にした人間を片っ端から首根っこをピカチュウに掴んでもらい、この場所に放り出して自分だけ逃げたい。

 そうすればサトシの気持ちを全員が全員理解してくれるに違いない。

 

 それほどまでに今の状況はサトシの経験した危険ランキングのかなり上位に位置するほどに切羽詰っていた。

 

 

「死なない方が確立低い気がする。」

「チャー」

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 ポケモンタワーの三階以降、サトシとピカチュウは数多くの祈祷師に襲われ、毎度のように水をぶっかけて撃退した。

 清めの水とはよく言ったもので、やはり水には何等かの浄化作用のようなものがあるようだ。

 その水はクラブのはさみから放出されるものだとしても、水は水だ。ついでに憑りついているのであろう幽霊っぽいポケモンも退治できるのだから御の字だ。

 最初こそびっくりしたものだが、相手がポケモンだとわかるとサトシも調子が戻ってきた。

 ポケモンバトルは十八番なのだ。ましてやガス状とはいえ普通のポケモン。

 ドーピングポケモンですらないのだから、恐れることは無い。

 ・・・・憑りつかれたりしないよね?とそこだけ不安だったが、まあ最悪クラブが水をサトシにぶっかけてくれることだろう。

 ピカチュウに憑りつくようなことがあったら、すべてをあきらめよう。

 そう心に決めて、ポケモンタワーの内部を水でびしゃびしゃにしながら進んで行った。

 

 

 突然違和感に襲われたのは六階に到着した時だった。

 いままでも謎の寒気や気配など山のように感じてきたが、この階層だけ明らかに異常。

 シルフスコープが無くてもどんよりと暗く重い空気が目に見えているかのようで、体感的に寒気を感じるにも関わらずじっとりと汗がにじむ。暑いわけでも湿度が高いわけでもない。それなのにサトシの体調は明らかにおかしくなっている。

 まるで生きている人間を寄せ付けないと言わんばかりの圧力。

 フロア自体が一つの幽霊で、その体内に取り込まれているのだと言われても、成程と納得してしまうだろう。

 それほどまでに異質で不可解な空間だった。

 

 ピカチュウがそれを感じているかどうかは表情から読み取ることはできないが、キョロキョロと優柔不断に視線を動かしていることから何かを感じていることは間違いなさそうだ。

 

 ポケモンタワーは七階層の建物。

 一階毎の室内はそこまで広いわけでは無い。ここまで「ふじおじいちゃん」らしき人物がいなかったことを思うと、おそらく次の最上階にいると考えるのが妥当だろう。

 ここまで来て戻るわけにはいかない。

 意を決して七階へ行く階段へと足を進める。

 

 

 入り組んでいるとはいえ、墓石で作られた道。

 それにそこまで広い場所ではない。サトシはものの数分で目的の階段前へとたどり着く。

 

 いや、たどり着いたハズだった。

 ここは階段、のハズなのだ。

 それなのに、数メートル手前から見ている階段らしきものは黒いモヤに包まれ、かき混ぜた生クリームのように歪み、その形を歪なものに変貌させている。

 足をどこにかけていいのかもわからない程にぐるぐると形を変え続ける階段らしきモノ。

 それを包み込む黒い霧。

 

 それだけならば。

 

 いや、それだけと断ずるのはかなり危険な状態だとは思うが、それでも見た目だけの問題ならばサトシは足を踏み出せただろう。

 異次元につながっているわけでもなし、きっと幽霊的な、ガス的な何かが光を歪めて見せ方を変えているのだろうと信じることもできた。

 意を決して一歩踏み出せばそこにはこれまでと変わらない陰気で陰湿な階段が続いているのだろうと思えた。

 

 しかし、サトシは足を踏み出さない。というより、踏み出せない。

 意思と身体の反応がずれている。

 頭の中では進もうとしている。身体に進め、歩けと命令している。

 にも関わらず、身体はピクリとも動かない。

 別の生き物として切り離されてしまったかのように、サトシの身体はサトシの言うことを聴かない。

 それどころか、その場から離れようとする力すら感じる。

 

 目の前の霧は無関係ではないと、そう感じるのも時間の問題だった。

 なにより、先ほどから頭に響いてくる声。

 サトシの意思を蹴とばし、無理やり意識に介入してくる謎の声。

 

 明確に、ハッキリと、サトシの頭にこう語りかけている。

 

 

 

 

 

 

「タチサレ タチサレ」

 

 

 

 

 

 

(そういわれてもね・・・)

 

 サトシは辛うじて動く手を顔の位置までゆっくりと上げ、シルフスコープを顔に降ろし、両目で機械越しの黒い霧を見る。

 霧が幽霊的なナニカだとすれば、シルフスコープがその正体を看破してくれるだろう。

 

 

(さあ、正体を見せろ・・・!)

 

 

 心の中でそう叫ぶ。

 

 

 

 そして、直後に口から言葉が出る。

 

 

 

 

 

 

「ピカチュウ・・・僕は今、猛烈に逃げたいと思ってる。」

 

 

 

 

 ピカチュウの呆れた顔が見なくても想像できる。

 だが、今回は許してほしい。サトシの目の前にいるのは、ピカチュウの身長を上回り、異常発達した筋肉が血に塗れ、血管が所せましと張り巡らされている肉体、そして頭骨が露わになった顔面に、五メートル以上はあろうかという尻尾を持ち、手には鋭利に削られた長い骨が握りしめられている。

 身体を覆う血管はところどころ破裂し、細かく血を垂らし、飛散させており、頭の骨の目があったであろう空洞からも痛々しいほどに血を垂れ流している。

 その巨大で不気味な見た目からドラゴンか何かと見間違えてしまう程。

 眼球の無い空洞はサトシを凝視しており、口からブシュウ、と蒸気のようなものを噴出する。

 

 

 

 

 

「ゴオオアアガガガガラララララガガガガギャギャギャアアアアラララガガガグギギ!!!!!」

 

 

 

 

「ひっ――――」

 

 突然悲鳴にも似た叫び声をあげた化け物。

 

 驚いたサトシはバランスを崩し、その場に尻餅をつく。

 その反動でポケットに入れてあったポケモン図鑑が床に滑り落ち、パカリと開く。

 

 ピコピコと光る図鑑から、おもいきり場違いな平坦な電子音でサトシに情報を伝えてきた。

 

 

 

 

 

『ガラガラ ほねずきポケモン。せいかくは きょうぼう で、てにもつ ホネで こうげき してくる。』

 

 

 

 

 

「ガラガラ・・・?」

 

 

 目の前で暴れ狂う化け物はポケモンのガラガラ。

 ポケモン図鑑に表示される姿はまだ愛くるしいと言えるものだったが、目の前のものと比較すると到底同じ生き物だと思えない。

 

 

 

 

 つまり、この亡霊は。何かに怒り狂うこのポケモンだったものは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 明らかに、過剰なドーピングを施されたポケモンの姿そのものだった。

 

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