「カラカラ・・・?なんでこんなところに―――というか」
危ない。それもトップクラスに。
ここは吹きすさぶ暴風雨地帯よりも危険。地雷原どころか爆撃真っ最中のような状況。
狭い室内はどの場所においても安全地帯は無く、墓石と床の破片か塊がいつ飛んできてもおかしくない。
あの化け物染みたガラガラに何故か標的にされているサトシ程の危険は無いだろうが、それでも邪魔者だと認識された瞬間に墓石に潰されてそのままカラカラの墓標となるなんてシャレとしても笑えない。
現に、そんなことを考えている間にもサトシの頭上数センチを墓石の欠片がヒュンヒュンと掠めていく。
この場所においてサトシが最も危険な立場にある以上、他の生き物の心配をしている場合ではない。それは火を見るより明らかだ。
サトシは何を置いても今は自分の命を守り切ることに最大限の力を尽くすべきで、それ以外の選択肢を持ってはならない。
ましてやひょっこりこんな危ない場所に現れた野生のポケモンを助けに行くなど、武勇伝として語るならば確かに良いかもしれないが、語る人間が死んでしまっていては元も子もない。
サトシはヒーローでなければ正義の味方でもない。そんなものは自分が一番よく分かっている。
自分の手元にある命すら守ることができない愚かで矮小な人間。
―――だがそれでも。
『サトシ君、君は正義に狂った人間なのだ。』
一度聴いてからサトシの魂に刻まれた呪いの言葉。
狂人。サトシは狂った人間。
認めたくない言葉。だが、この状況においては、サトシ自身も理解できた。
ああ、自分は、たしかに、狂っているのかもしれない。
そして、サトシは隠れていた墓石の影から飛び出し、全力で走り出した。
―――――――――――――――――――
守るべき人間が命知らずだった場合、果たして守護者は何を思うだろうか。
自らが盾となり矛となり、命を賭して守っているにも関わらず、死地へ飛び出していく命知らず。
助かる算段あってのことか。それとも命を捨ててでもやらなければならないことか。
いずれにしても守る立場からすればたまったものではない。盾は持つべき人間がいるからこそ盾として意味を成すのだ。
持つ者がいなくなれば地に落ちて踏みにじられるだけのもの。
故に、盾は何が何でも主人を守らねばならない。
たとえ投げ捨てて敵地に駆けだしたとしても、必ずだ。
サトシが墓石の影から飛び出した瞬間、ピカチュウという邪魔者の相手をしていたガラガラは即座に反応し、首をサトシの方へぐりんと回転させる。
それにつられ、ピカチュウもチラリとその方向へ視線を向ける。
位置的にピカチュウの背後にいたサトシの暴挙に気づいたのはその瞬間。
そして気付くと同時に猛スピードで飛び出したガラガラの足首をなんとか掴み、そのまま地面へ叩き付ける。
顔から床に激突するガラガラだが、もはや痛む肉体も苦しむ表情も失ってしまっている。
手で床を剥ぎ取りながら身体を引き摺ってサトシに飛びかからんとする。
「ぬおおおおおおお!!!!!」
サトシは横を見ない。
見たら否応なしに立ち止まるか全力でUターンしてしまう。
だから、真っ直ぐ目標だけ見て、走り抜ける。
距離にして数メートルといったところ。長い距離ではない。十歩も無いだろう。
全力で走れば二秒か三秒でたどり着ける距離。
距離だけ見れば、そんな大したことは無い。
だが、体感時間はいかほどか。
サトシの一歩で、あの化け物は一体どれだけ動けるのだろう。
考えるだけで死ぬ未来しか見えない。
故に、考えない。
考えず、振り向かず、立ち止まらない。
過去生きてきた中で最も死に近い数秒間。
サトシの横一メートル程度の所でガラガラが地面に激突するも、前だけを見て全力で走る。
そして自分の危機など意にも介していないブカブカの頭骨をかぶったポケモンをスライディング気味に飛び込んで抱きしめた。
その勢いのまま、奥へと転がり込み、なんとかいくつかの墓石の間を潜り抜けて影に隠れた。
「ぐ・・・、ま、間に合った・・・―――」
腕の中のすっぽり収まったカラカラは特に暴れることもなく抱かれるままになっていた。
骨をかぶっているという若干不気味な印象とは別に、手触りはフワフワとしている。
だが、そんな癒しの手触りを楽しむことはこの時のサトシには全く出来なかった。
何故なら、先ほど何とかやり過ごした化け物がサトシに猛追を仕掛けてきているからだ。
「うわああ!やばいってやばいって!!!」
右手でカラカラを抱きかかえたままじたばたと別の墓石の隙間へと身体を滑り込ませる。
その瞬間、今までいた場所がいくつかの墓石ごと電柱のような尻尾で貫かれる。
へっぴり腰で逃げ回るサトシだが、そんな様相で逃げられる相手ではない。
いや、例えサトシが人間にしては筋骨隆々だったとしても、はるかに規格外な体躯を誇るガラガラの亡霊とは比べる方がおかしいというものだ。
あっという間に距離を詰められる。
絶対絶命の状況だが、ここにいるのはサトシとガラガラだけではない。
主人の危機をしょうがなく守る存在がいるのだ。
ガラガラの横っ面を黄色い閃光が貫き、ガラガラを大きく吹き飛ばす。
「ビガジューーー!!!死ぬかとおぼった!!!」
「ピッピカ」
死にたがりの主人を持つと大変だ、と言葉にしなくても伝わってくる。
だが、落ち着いてはいられない。なにせ相手は化け物。体力とは無縁な亡霊なのだから。
ドガン、という大きな音と共に墓石を叩き壊して起き上がるガラガラの亡霊。
一体いつまでこの争いは続くのだろうと辟易してしまう。
しかし、解決手段も思いつかないのが現状だ。
なんとか攻勢を凌ぐため、サトシは身構える。
「・・・・ん?」
動かない。
今までサトシを見ると考える余地も無く突進してきていたガラガラが、サトシの方をジッと見つめて微動だにしない。
電池のきれたオモチャのようにピタリと止まってしまった。
ピカチュウも急に止まってしまったガラガラに対して警戒したのか、サトシをかばうように立ち、その場にとどまっている。
「一体何が・・・って、おっとっと」
手元からそんなに大きくない抵抗がある。
咄嗟に目を落とすと、ぱたぱたと手足を動かすカラカラが見えた。どうやら降りようとしているようだ。
「あ、危ないよ、こら、って、あああああー」
ちいさい身体はするりとサトシの腕から抜け出し、ピカチュウの足元をすりぬけとてとてとてとガラガラの方へ歩いていった。
サトシも追いかけようとするが、ピカチュウが静止する。さすがに二度死にに行くような真似を許してはくれないらしい。
折角救出した命が目の前で失われてしまうという未来が浮かび、唇をかみしめるが時すでに遅し。
先ほどはピカチュウが相手をしていたからこそ何とか間に合ったのだ。
正面から突貫して生き延びられるとは、楽観的に考えても到底思えない。
サトシは小さな命が無くなることを覚悟した。
「――――・・・・え?」
とてとてと歩いて行ったカラカラは未だに無事だ。
というより、あの化け物の足元までたどり着いて自分の体長程もある足先にしがみついている。
ガラガラはちょっと足を上げて再び下ろせばしがみついたカラカラをぺしゃんこにできるだろう。
だが、先ほどから何故か微動だにしない。
サトシの方を睨んでいた中身の無い双眸は、今は足元をじっと見つめている。
時間だけが過ぎていく。
サトシはもちろん、ピカチュウすらもどうしていいかわからずに大きな亡霊と小さな生き物を交互に眺めている。
そして突然。
「カ、カラ、、カラカラカラカラ!!!!!」
カラカラが大声で鳴きはじめた。
「カラカラカラ!!!カラカララカラカラカラ!!!」
「えええ!そ、そんな刺激すると!!!」
サトシが身を乗り出そうとしても、ピカチュウが阻止する。
自分の無力さを嘆きつつ、自分の命を顧みて抵抗はしない。
さすがにもうピカチュウは守り切れないだろう。
それでもピカチュウの横から身を乗り出すサトシ。
だが、動かない。
いや、それどころか―――――
「ち、縮んでない?」
しゅるしゅるしゅると少しずつ小さく、それも血まみれの傷だらけだった身体の外面がボロボロと崩れ落ちるようにして。
最後に残ったのは、カラカラよりも一まわりほど大きい姿。
その姿は明確にクッキリと見えたわけでは無いが、泣き叫んでいたカラカラをすっと一撫でし、数秒して消えていってしまった。
抱き着いていた何かが居なくなったため、カラカラはこてんと前にうつ伏せに倒れたが、先ほどの泣き声は消えていた。
あまりにも突然のことで茫然としてしまっていたが、サトシははっと我に返ると小走りにカラカラの元へ向かった。
ピカチュウは止めることはしなかったが、周囲への警戒はしているようだ。
頼れる相棒である。たまには。
「カラカラ!!・・・あ、寝てる。」
よもや死んでしまったのではと思ったが、スヤスヤと小さい身体を小さく上下してうつ伏せに眠っていた。
「でもなんでだろう・・・?ガラガラは消えちゃったし。」
正直なところ胸を撫で下ろした。ガラガラが消えてしまった原因についてはわからないが、命を脅かす危険は去ったのだ。めでたい。
「とりあえず、連れて行こうか。ここに置いておくわけにもいかないし。」
よっ、という声と共に再度カラカラを抱き上げる。
今度はスライディングせずにゆっくりと。
「それにしても一体なんだったんだ・・・ピカチュウ―ありがとうー」
溜息しつつ、自分の命をこの戦いだけで何度救ってくれたかわからない相棒の方へ視線を向ける。
「ピッカチャ」
いつも通り理解できない返事をする。
だが、サトシは何か違和感を覚えて改めて周囲を見回す。
「・・・・あれ?壊れて、ない?」
先ほどさんざんブチ壊していた墓石が、元に戻っている。
というよりも最初から壊してなどいなかったのではないかと思えるほどに、戦いの痕跡が一切無い。
自分の身体は間違いなく転げまわりいくつか墓石にぶつかった痛みが残っているし、ピカチュウの手の怪我もその激しい攻防の証拠だ。
あれらもすべて亡霊の仕業なのだとしたら、本当に今生きているのが不思議なくらいだ。部屋の中すべてが幻想だったとは到底思えないが、改めてこの状況に感謝する。
階段の方に目を向けると、来るときにかかっていた黒いモヤも歪みもなくなり、嘘のようにスッキリした階段が姿を現している。
シルフスコープを覗いてみてもこの部屋の中には何もいない。
「・・・不思議だけれど、無事でよかった。ピカチュウ、きずぐすり。」
「ピッピカチュ」
ピカチュウの傷を簡易的に治療しながら、先のことを考える。
もうなんか帰りたい気持ちでいっぱいだが、ここに来た目的をまだ達成していない。
手元でスヤスヤ眠っているカラカラを眺め、相変わらずフワフワしている毛並みを撫でる。
「・・・ずっと撫でていたい。」
「ピカチャー」
現実逃避しそうになる気持ちを抑え、少し休憩してから階段を上ることにする。
次が最上階。果たしてふじおじいちゃんはいるのだろうか。
もうちょっと更新頻度あげたい。