「「ふじおじいちゃん!!!!」」
ドアを開けてポケモンハウスの中へ入ると、二人の子供が飛びついてきた。
勢いよく来た割にはフジ老人は狼狽えることなく二人とも受け止め、よしよしと頭を撫でる。
「おお、すまないな二人とも。心配をかけてしまったね。もう大丈夫。」
「ぶええええおじいぢゃんーーーよかっだーー!!」
「ぼじいぢゃんがえってごないどおぼっだー!!」
鼻水と涙で顔面がぐしゃぐしゃの二人をにこやかに抱きしめるフジ老人。
そして、それを後ろから笑顔で見守るサトシ。
無事に再会できてなによりだし、こんなに喜んでもらえるなら頑張った甲斐があるというものだ。
と、そう思ったが頑張った内容が命の遣り取りだったりするので今後こういう頑張り方はなるべく避けたいと思うサトシ。
そしてそれに巻き込まれるピカチュウもピカピカと同意しているようだ。諦めているかもしれないが。
最も今回は完全なる人助け。しかもここまで厄介事になるとは思ってなかったのだし。セーフセーフ。アウト?
自分の中で謎の問答を繰り返している間に、フジ老人はすでに子供たちをあやし終えていた。
「サトシ君、感謝するよ。ありがとう。」「ありがとーー!」「ありがとーおにーちゃん!」
満面の笑みを浮かべて感謝を述べてくる子供たち。
子供の笑顔というのは周囲を幸せにする効果があるというが、まさしくその通りだと心から感じた瞬間だ。
「うん、どういたしまして。」
こちらも笑顔で返事をした。
「さてサトシ君。先ほどのお礼だが―――そうだな、わしはもう使わないし、旅をしているサトシくんならば役に立つこともあるかもしれないね。」
そういって部屋の隅に設置されている棚の引き出しを開けて何かを取り出し、サトシの手へ渡した。
「これは・・・笛?」
「そう、それはポケモンの笛と言ってな。眠ったポケモンを起こすことができる笛だね。」
「眠ったポケモンを?揺さぶるとかじゃダメなのかな。」
「ははは、至極最もな疑問じゃが、その笛は揺さぶっても起きないポケモンでも起こすことができる。朝寝坊なポケモンだって一発で起きるぞ。」
「ほえー!すごい。」
ピカチュウはなんだかんだ早起きなので朝寝坊はどちらかというとサトシの方だが、さすがに人間に効果は無いだろう、と思う。
戦闘中に眠らせる技があるらしいし、そういう時にも役に立つだろう。
「ありがとうございます」
「ははは、よろこんでくれてよかった。」
「ええーおじーちゃん僕もほしいー」「あたしもー」
「君らにはまだ早いねぇ、もう少し大人になったらかね。」
「ぶーいじわるー」「ぶー」
なんだろう、すごく癒される。日常から離れて久しくこんなのほほんとした空間に出会っていない。
血と憎しみに溢れた日常を送っているサトシからすると眩しすぎて直視できない。幼さは武器だ。物理的に。
「さて、サトシ君。実はわしからお願いがあってな。」
一頻り笑った後、フジ老人はサトシにあらためて、と話をする。
「なんでしょうか?」
「カラカラを譲ってほしい。」
「―――カラカラを?」
「うむ。君が捕まえたのは事実だし、強要はしないがね。ただ、そのカラカラはわしの元に置いておきたいのだ。勿論タダで譲ってくれとはいわん。わしのポケモンと交換だ。」
「交換―――」
ポケモン交換。そういえば聞いたことがある。
パソコンでデータとして管理できる時代だ。交換というシステムがあってもおかしくはないか、と納得してしまったのを覚えている。
サトシ自身、しょうがなく捕まえたポケモンであるし、なにより戦いに巻き込みたくないという想いがある。交換せずとも譲りたい気持ちだ。
「何と交換ですか?」
当然気になるのがここだ。サトシ自身新しいポケモンとの出会いは大事にしたいと思っているし、なにより元研究者の持つポケモンだ。良いポケモンである可能性が高い。ひどく現実的な考え方だがサトシは変わってしまったのだ。致し方あるまい。
「そうじゃな。―――ではわしのゴーストと交換でどうかな?」
「ゴースト―――って、ポケモンタワーのゴースみたいな?」
「そう、ゴースの進化形だね。」
「幽霊も進化するんだ・・・」
「正確にはゴースは幽霊ではないけどね。ただ、ガス状の身体だというだけだ。死んだポケモンの姿、とも言われているけれどね。」
「は~そうなんですね。」
ゴースト。
よく考えれば最適解ではあるまいか。
ガス状の身体で実体が無い。殴っても切っても通じない。もちろん特殊攻撃は効いてしまうが死ぬということは無さそうだ。
それがドーピングをしたポケモンにも有効かどうかはわからないが、肉体のあるポケモンよりかは確実に生命を維持できる可能性は高いだろう。
名前からしてもうこれ以上死にようがなさそうだ。成仏とかにだけ注意すればいいのだろうか。
自分のポケモンが死んでしまうということを避けるため、サトシはポケモンを捕まえることをかなり避けてきた。
別に使わなければいいだけの話ではあるが、捕まえてすぐにパソコンに預けてしまうというのも気が引ける。
それにこの旅はすべてのポケモンを集める、という高尚な目的ではない。あくまでポケモンリーグ制覇だ。
そういう意味でもこの交換は有意義と思えた。正直まだ幼いカラカラを慎重に連れて歩くよりもいくらかでも戦闘ができるポケモンの方が心強い。
それにゴーストタイプ。レア度?サトシにとって貴重かどうかは二の次だ。なんせ命がけなので。
「いいですよ!」
「おお、では交渉成立だね。ではポケモンセンターに行こう。ポケモン図鑑を持っていれば交換できるのじゃが、わしは持っていないからね。」
「あ、トレーナーでは無いんですね。」
「ああ、そもそもわしの時代にはそんな便利なもの無かったからねえ。」
なるほど、時代の進歩は凄まじく早いらしい。サトシも置いてかれないようにしなければあっという間にジェネレーションギャップを感じるに違いない。
「じゃあ、ちょっと出てくるよ。大人しくお留守番しているようにね。」
「「はーーい!」」
ほほえましい光景を見つつ、サトシとフジ老人はドアをくぐり、ポケモンセンターへ向かった。
―――――――――――――――――――
「はい、交換ですね!それではこちらの機械に交換するポケモンが入ったモンスターボールを置いてください!」
サトシは頷き、カラカラの入ったモンスターボールを置く。
フジ老人も持っているボールを反対側へ置いた。
「ありがとうございます!―――はい、確認できました!今モニターに映っているポケモン同士の交換でよろしいでしょうか!」
いつも元気いっぱいのポケモンセンターのお姉さんのはきはきした声を聴いているとこっちも元気になるなあと思いつつ、モニターを確認する。
そこにはカラカラとゴーストの姿が映し出されていた。
フジ老人と顔を見合わせ、お互いに頷くとお姉さんもニッコリとして頷いた。
「それでは今から交換を行います!」
そういって、機械についたパネルをピピピと操作すると、モニターの表示が変わり、交換の状況が映し出された。
初めての経験で少し緊張したが、交換は無事に完了したようだ。
「はい!これで交換が完了しました!モンスターボールをお取りください!」
機械に設置した自分のモンスターボールを受け取る。成程、ボールは変わらず、中だけ入れ替わるんだな。
中が変わっている自分のモンスターボールをまじまじと見つめる。
フジ老人もボールを受け取り、お姉さんにありがとうと伝えている。
「ご利用、ありがとうございました!」
元気なお姉さんの言葉に送られ、ポケモンセンターを後にする。
ポケモンハウスへ向かおうかとも思ったが、よく考えたらサトシはもうポケモンハウスに戻る用事は無い。
あの子供たちに会ってしまったら別れを惜しまれてしまう気がするので、このまま別れることにした。
フジ老人にもその旨話すと、それがいいね、と同意してくれた。
「それでは、ありがとうございました。」
「いやいや、それはこっちのセリフだよ。世話になったね。」
「ゴースト、大事にしますね!」
「―――ああ、そうだね。そうしてくれるとうれしい。」
「?はい、もちろん。」
ちょっと間が空いたのが気になるが、まあわざわざ訊くことでもないだろう。
「サトシ君は次の目的地は決まっているのかね。」
「――ああそういえば決まってないですね。」
我ながらノープランだ。まあ特に理由が無ければ次のジムがある町にいくまでではあるが。
「ふむ、それならヤマブキシティがいい。カントーで一番発展している街だ。それに、ポケモン関連の開発を一手に担っているシルフカンパニーがある。きっとなにか発見があると思うよ。」
「ヤマブキシティ・・・あこがれの都会・・・いいですね。」
「それに、ヤマブキシティにはジムが二つあってね。一つは公式ジムでジムリーダーはナツメ。もう一つは非公式なジムがあると聞いた。詳しくは知らないがね。」
「非公式ジム?そんなものがあるんですか。」
「うむ――――まあ、表向きは楽しめるだろうね。」
「・・・表向きは、ですか。まあそうですよね・・・はは」
「ははは、それが君の選んだ道なのだろう。何があっても焦ってはいけないよ。落ち着いて考え、行動するんだよ。」
「はい、ありがとうございます!」
「はは、老人は別れ際のおしゃべりが多くてしょうがないね。それではまたどこかで会おう、サトシ君。」
「ぜひとも!」
サトシはフジ老人と握手を交わし、別れを告げる。
ヤマブキシティはシオンタウンを西側に通り抜けていけばたどり着く。タマムシシティに行くときに一度通った道だ。
何度も振り返って手を振るサトシとピカチュウを笑顔で見えなくなるまで見送るフジ老人。
そして、サトシにはもう聞こえないだろう距離があき、小さくつぶやく。
「さて、あの少年はどうなるか。年老いた研究者にできたことは、あのポケモンを渡すことだけか。年は取りたくないものだね。」
すでに見えなくなったサトシを追うように目を凝らし、その方向を見定める。
「さて、子供たちの元に戻るとしよう。わしの命の使い道はすでに決まっているのだから。」
誰に向けるでもなくそうつぶやくと、年老いた研究者はゆっくりと自分の帰りを待つ者の元へ戻っていった。