グロ注意。マジ注意。
言ったからね?
サトシは紅い部屋にいた。
その色は本来の壁紙の色では無く、大きなバケツでペンキをぶちまけたように壁を前衛的に彩っている。
この部屋はアートを展示する部屋なのか、と錯覚する程に現実離れしており、赤と白のコントラストで埋め尽くされた室内はそれに応じたオブジェも展示してあった。
六畳間ほどのそこまで広くない室内の真ん中に鎮座していたのは亀の甲羅のような、大きいオブジェ。
ちょうど人が跨って快適に乗れそうな大きさの甲羅。そして亀ならば本来あるハズの四肢と頭部の位置には何もなく、夥しい量の赤い液体が今もドクドクと床を汚している。
元々の色がわからないほどにそのオブジェも真っ赤に染まっており、地上の物とは思えない、地獄にある岩を表現しました、とこのオブジェの作者が言いそうなグロテスクな見た目をしている。
部屋に満ちた吐き気を催す程の鉄臭さが拍車をかけてその不気味さ、気味悪さを強調させる。
思わず鼻を手で覆う程に濃密な臭いはその場からすぐに去りたくなるが、その不快感を忘れさせてしまうオブジェの数々と紅白のコントラストの強さが足を止めさせ、身動きをとれなくさせる。
最も大きいオブジェから視線を外せば、対照的に小さいオブジェの数々が目に付く。
そのどれもが赤黒い色に染まっているが、やはり形が前衛的で目を惹きつける。
一体どのような脳みその持ち主がこのような造形を生み出せるのか、考えてもわかるものではない。
少なくともいえることは、普通の神経ではないということだ。
会議テーブルの上に円形に並べられているのは、何かの輪切りのようなものだ。
だが、直径二十か三十センチほどの歪な円形の輪切りが五枚、ちょうど咲いた花に見えるように丸く並べられている。
当然すべて赤く染まっており、輪切りというにはお粗末な程切り口がズダズタだったが、その歪さが芸術性を強調しているとも思える。
そのテーブルの下には大量のナイフが突き立てられた平べったい何かが横たわっている。
形としては、そう、亀。ウミガメのヒレのような、船を漕ぐオールのような、葉っぱのような、そんな流線形の形をしている。
元々の色は水色だったのだろうか、と思考できる程度にほんの少しだけ赤黒いペンキから逃れている隙間があったが、すぐに垂れてきたペンキに覆われて元の色も見えなくなった。
十本以上が刺さっているであろうこの物体も、何か現代社会の風刺でも表現しているのだろうか。前衛芸術というものはまだ理解できないのだが、恐らく今後も理解できることはないだろうなと感じる。
一定の法則なく床に散らばっているのは白い硬質な何か。
人と比較するとサイズは非常に大きいが、形や色を見ると歯や爪のように見える。
材質上液体を表面に留めている量が少ないようだが、床に万遍なく広がった赤い水たまりに浸っており、飛び石のようになっていた。
そしてよく見ると白い欠片の端には赤い肉のようなものがこびりついており、なかなか凝った作品なのだろうか、と感じた。
赤と白のコントラストが描かれた壁面に目を移すと、一層赤が強調された空間にいくつかのオブジェが貼り付けられていた。
ああ、あれはきっと骨をイメージして作られたものだなとすぐにわかったのは、長い脊椎のような形をしたオブジェだ。
細長い肉の塊、尻尾のようなもの、が半分ほど切り裂かれ、内部の骨格が引き摺りだされている。
それが左右対称になるように、そして半分の境界がしっかりと見えるように万遍なくナイフで壁に固定されており、まるで高級な部屋にある動物の剥製やら毛皮やらそんな感じに壁を飾っている。
斑に赤い液体がついているが、周囲の壁がほとんど赤で埋まっているためそこまで目立った感じはしない。安定感のある色合いだな、と芸術家気取りで頷く。
こまごまとした柔らかそうなものがところどころ床に散らばっていたりいくつかが串刺しにされて置いてあったり、投げつけたのだろうか、壁にこびりついていたりするが、サトシは壁の中央に貼りつけられた最後のオブジェに目を奪われていた。
何かの、頭部。
バスケットボール大ほどの大きさの、何か動物の頭部が壁に飾られている。
うすい水色で且つ大きな口を見ると人の頭ではなさそうだ。
筋肉を切られているのか、顎は閉まることなくだらりと力なくぶら下がっており、正面を向いているハズの角度にも関わらず視線が無いのは、双眸が抉り取られているからか。
どこにあるのだろうかとじっくり見ると、ぶら下がった下顎の中に放り込まれていた。見つかってよかった。
頭部には当然首があって然るべき。明らかに人よりも長い首からは先ほどの骨のオブジェのように途中から脊椎が露わになっており、美しい幾何学構造を見せつけている。
未だに滴り続ける赤い液体が時間の流れを感じさせ、芸術作品に時間という概念を付加した瞬間美を作り出すことに成功している。
この作品を見ることができたのは行幸と言えるのかもしれない。
と、そこまで無意識に考えてしまったのは仕方のないことだと言える。
この幼気な少年にとっても、あるいは経験を積み重ねた老人であっても、目の前の空間に存在しているのは初めて見るモノで、想像すらしえなかったものだ。
動物に鏡を見せると映ったものが自分だと認識できずに混乱するという。
世の中、信じがたいものに対しては動物だろうと人間だろうと思考を停止させるか錯乱するかの選択肢しか存在しない。
だが、そこらの大人よりも濃密な死の香に覚えがある少年が現実に戻ってくるのにそう時間はかからなかった。
そして、途端に視界がぐらりと揺れる。
急激に胃液が逆流し、我慢できない吐き気を催す。なんとか口を押えて留めるが、目に映る地獄のような光景と充満した生臭い鉄の臭いに、油断するとすぐにでも周囲にぶちまけそうだ。
過去に多くの死を見てきたサトシではあったが、ここまで凄惨なものは初めてだ。
この室内にあるものはポケモンだったものに違いない。
そして、ただ殺すには飽きたらず遊んでいる。
そう、死体で遊んでいるのだ。
過去、殺すことを喜びとした人間はいた。裏の世界においても、わかりやすい狂気ではあるだろう。
当然認めることも納得することもできない事ではあるが、客観的に、第三者視点で見て、ポピュラーな狂気と言える。
だが、これは何だ。
殺すことではなく、死体そのもの。
命を絶つことではなく、命で遊ぶ。
いや、おそらくその両方。
殺す過程も、殺した後も、余すことなく楽しんでいる。
もはや甲羅をもつなんらかの生き物であったことしかわからないほどにバラバラにされている。
そして明らかに、飾りつけをしている。
大きな生き物であるため、その血液量も半端では無い。
サトシの足元でピチャリと音がするほどの血だまり。
これらを見ながら、まるで砂場で遊ぶ幼児のように無邪気に遊んだのだ。命を。
知らず知らずのうちにサトシの全身は震え、頭痛が増し、涙が止まらない。
サトシを襲う過去の記憶。憎悪。殺意。
一体どんな神経をしていればこのような残虐非道なことができるのか。
ロケット団とは、一体何なのか。こんなことに目的があるというのだろうか。
壁に括り付けられたポケモンの頭部。
その中身の無い双眸を強く見つめ、嗚咽を零す。
わかっている、これは自分の所為ではない。
自分がどうこうして回避できた問題ではない。それはわかっている。
だがそれでも、何故なのか。何なのか、この感情は。
「ぐ、うううう、があああ、あ、あああ」
声にもならない声を出す。
震える身体を自分で抱きしめ、血に汚れることも厭わず、床に跪く。
「ごめん、ごめん、なざい・・・・」
涙と鼻水と涎で顔をぐしゃぐしゃにしながら、相手のいない謝罪を続ける。
そして、その背中に大きな手が添えられる。
「ぐあ、びがじゅう、うう、ぐう、ああああ」
これは狂気だろうか。
サトシには何も原因はないし、責任も無い。
ただ、サトシの知らない場所で命を無残に散らしたポケモンがいた、それだけ。
正義に狂う、ある老人がイメージしたサトシの狂気像そのもの。
だが、誰が否定できようか。
心優しい少年。この未熟な少年を狂っていると断言できる人間がいるとするならば、それこそ狂気であるのではないか。
サトシの中では、何もかもがぐちゃぐちゃになっていた。
正義も、悪も、感情も、自分も、世界も、価値観も、何もかも。
人間とは何なのか。
ここまで残忍なことが平然と実行できるものなのか。
サトシにとって、過去最大の感情の揺れが襲い掛かっていた。