轟音に包まれる室内。
固く閉じられたサトシの瞼は、数秒経っても何も起こらない現状にそっと開けられる。
「やれやれ、そのまま抑えておいてくれればよいものを。」
「ピカチュウ・・・?」
ぼやけた視界の先には、右拳をサカキに向かって振り下ろしたピカチュウと、それを手のひらで受け止めたポケモンがいた。
ちょうどサカキを守るように右手で庇い、左手で受け止めている。
「随分と手癖の悪いポケモンに仕上がったものだ。そこだけは褒めてやろう。だが、まだ足りない。」
「ピ、カ」
ピカチュウが押される。ピカチュウの拳を片手で止めたこともそうだが、押し返すことができることは並のポケモンではできない。
「ピカチュウ―――」
「ピカピ」
押されるまま後ろに下がり、サトシの前で庇うように止まる。
「ニドキング、ご苦労だった。戻れ。」
「ニドー」
ピカチュウと同程度の大きさ、より筋肉で引きしまった胴体。太い腕、巨大な角。間違いなくドーピングされたポケモン。
それも、今まで戦ったポケモンの比では無く、純粋に高い戦闘能力を持っていると容易に想像できる。
「さて、どうしたものか。ここで私と戦うかね、サトシ君?」
問いかけ。困ったような口ぶりだが、実際は余裕なのだろう。戦わなければそのまま殺し、戦うなら叩き潰して殺す。選択肢など無い。
「僕を、殺すんですか、サカキさん・・・・」
「ああ、殺すとも。」
躊躇う時間など無い。すぐさま返ってきた非常な回答。以前ならば怯えて何もできなかった。だが、今は違う。言わねばならない。
「何故、何故なんですか。なんでこうも簡単に命を奪うんですか!ラプラスも!トランセルも!に、人間の命すらも!!どうしてそんなに!!!」
叫ぶ。思いを。溜めていた感情をぶちまける。
目の前の男がどのような人間なのか。行動理念は、精神構造は。目的は。どういう生き方をすればこんな壊れた人間になるのか。
「不要、もしくは運が悪かった。それだけだ。」
「な・・・・?」
二の句が継げないとはこのことかと今になって理解できた。
深い意味など無いというのか。単純に必要かそうでないかで命が奪われてしまうというのか。
「そんな、馬鹿なことが――――」
「馬鹿なこと、かね?必要なものが残り、不要なものが消える。運があれば残るし、無ければ消える。ただそれだけのことだろう。一体どこに破綻がある?矛盾がある?」
「じゃあ無意味に殺されても運が無かっただけだとでも言うのか!!!」
「そうだとも。」
「ふざけるな!!なんなんだよロケット団て!!何が目的なんだ!!計画って!エンジェルってなんなんだよーーーーー!!!!!!」
サトシのゼェゼェという呼吸音のみが狭い空間に反響する。
「Angel、といったかね。」
ハッとする。だが、もう引かない。ここまで来たらもう何も無い。もとより助かる見込みの無い命だ。徹底的にしゃべってやる。
「―――そうだ、Angel計画!ロケット団が最近調査してるみたいじゃないか。」
サカキが初めて驚いた表情をしている。
しかしすぐに元の顔に戻り、少し目を細めて口を開く。
「Angel計画についてどこまで知っている?」
「へん、教えるものか。」
「―――なるほど、一通りの概要は知っているようだ。」
今度はサトシが驚く。サトシは話していないにも関わらずサカキはサトシの思うところを理解してしまっている。
「ど、どうして」
「自分でもわかっているのではないかね、サトシ君。君は顔に出やすい。言わずとも目を見ればわかるとも。」
「ぐっ」
図星だ。だが、この状況でそこまで読んでしまうサカキも異常ではあった。
あらゆる面で図抜けた才能を持っているようだ。感情が高ぶった今のサトシにとって、最も最悪な話し相手と言える。
「・・・成程。そこまでたどり着いていたか。誰から聞いたか、までは問うまい。しかし、そうか。」
ぶつぶつとつぶやくサカキ。いつもハッキリと的確に言葉を紡ぐ人間が、だ。
想定外の出来事が起きたのだろうか。サトシがAngel計画について知っていたということがそれだけ大きな問題なのだろうか。
サトシは待つしかない。
依然ニドキングはサカキの横に控えているし、先ほどの邂逅を考えるとまともに戦って勝てるなどと安易な考えを持てる相手ではないことは明らかだ。
逃げるにしてもシルフカンパニーの中はロケット団員だらけ。たとえサカキを倒せたとしても無事に逃げられる保証は全く無い。
それにロケット団員と遭遇して平静を保てる自信が今のサトシには微塵も無い。
十数秒後、瞠目していたサカキが再度視線をサトシに向け、口を開く。
「サトシ君。状況が変わった。君はまだ利用価値がある。もう一度だけチャンスをあげよう。」
少し驚くサトシだったが、この状態で諸手を挙げて喜ぶほどおめでたい人間では無い。
「・・・一体どういうことですか。」
「言葉以上の意味は無い。君が先ほど私の問いに答えなかったように、私も君の問いに答える義務は無い。」
「む。」
しまった、揚げ足を取られたか。だがもともと答えるつもりなどないのだろう。先ほどの鋭い、威圧するような視線も今では多少緩んでいる。
ずっと右手に握りしめていた金属をわざとらしく懐にしまいながら話を続ける。
「もうシルフカンパニーに用は無い。ロケット団はこれより撤収する。サトシ君、これが最後のチャンスだと肝に銘じておきたまえ。ピカチュウもね。私のニドキングの強さはあれだけでもわかっただろう。奇策で勝てるとは思わないことだ。」
「ピカピ」
「ぐっ」
すべてお見通しということか。もはや敵としてしか見ることができないが、なんというか何を考えているかわからないだけに最もやり辛い相手だ。
一番敵に回したくない人間を敵にしてしまったのかもしれない。いまさらどうしようもないが。
「サトシ君。お節介なようだが、これだけは言っておこう。君は直情的にすぎる。結果的に命をつなげることにはなったが、それは大きな欠点だと認識したまえ。」
「・・・それでも、許せないものは許せない。」
「そうかね。だが、直情的なのはメリットでもあるのだよ。冷静さは人を支配できるが扇動はできないものだ。君がこれを理解するのはまだ先だろうがね。」
「・・・」
「ふふ、そして、私はサトシ君と似ている部分もあると感じたよ。先ほどの君のセリフ、『許せないものは許せない』だったか。その通りだと、私も思う。」
「え?どういうこ―――」
「ではまた会おう、サトシ君。ロケット団ボスとしてではなく、今度こそジムリーダーとしてね。」
そう一方的に告げると、サカキは足早に去って行った。