「ずあああ!!!」
「とりゃあああああ!!!!」
「あだだだだだだだ!!!」
「どっせええええい!!」
「ほあたたたたたたた!!」
「ぜい!ぜい!どりゃあ!」
汗臭い。
サトシの最初の感想は、そんなしょうもないものだった。
「どうだねサトシ君!!俺の弟子達は!!さすがに俺には及ばないが皆一筋縄ではいかない連中だぞ!!」
「ソーデスカ」
「ピーピカチュ」
「がっはっは!まあゆっくりしていってくれ!!」
ヤマブキシティ非公式ポケモンジム。
空手王がリーダーで、使われるポケモンはすべて格闘タイプ。
格闘タイプのポケモンで思い出されるのはイワヤマトンネルで遭遇したやまおとこのゴーリキーだ。
決して思い出したくない記憶のトップテンに堂々ランクインしているが、単純に強力なポケモンだった。
ポケモンは地形との相性で何倍にも強力に立ち回ることができるということを学べた貴重なバトル。
それと同時に、知らない人に優しくされても危機感を捨ててはいけないということも学んだ。
下手をしたら今頃はいろいろと大変なことになっていたかもしれない。
想像すらできない領域であることは間違いないが、きっと大変なことであることに確信がある。
しかし、あくまでこのジムはノーマル。
普通のポケモンで、暑苦しいとはいえノーマルでのバトルがメインだ。
ポケモンがこういったトレーニングで強くなるかはわからないが、人に交じってポケモンもトレーニングをしている様子も見ることが出来た。
これも一つの愛ある接し方の一つだろう。そういう意味ではとても好感がもてる。
長らくポケモンを大事にしているトレーナーと会わなかったため、何故か安心してしまった。
本来、ポケモンとの生活はこういうものなのだろうなあと子供らしからぬ考えに至ってしまうのも、サトシがどっぷりと裏の世界に入り込んでしまっているに他ならない。
少なくともその裏表の無い表情に、サトシ自身は居心地の良さを感じていた。
「全員集合ー!!!リーダーがいらしたぞ!!!」
「「「おおおーー!!!!」」」
「うわ!びっくりした!」
急に大声が聞こえ、さらにそれを倍にしたような返事。
道場の中で反響して声だけでサトシの頭はぐらぐらする。
そして暑苦しい男達がサトシの目の前、もとい、空手王の前に整列した。
綺麗に整列しているし姿勢もキレイなのだが、汗だけはどうしようもない。要するに暑苦しさが倍増しだ。
体感温度で室温が三度程上昇した気がする。
「おうお前ら!!お客さんだぞ!!子供ながら旅をしているという根性があるサトシ君だ!」
「「「サトシさんよろしくお願いします!!!」」」
「そしてこちらの良い身体をしているお方が、この俺を腕相撲で負かしたぴかぴさんだ!」
「「「ぴかぴさんよろし・・・・」」」
ぴたりと止まる。
まるで示し合わせた八百長のようだったが、その面々の顔にぶわっと広がる脂汗を見ると、そうでもないらしい。
いや、もともと汗はかいていたのだがそれでも見て取れるほどに。
「負かせた・・?」「リーダーを・・・?」「うそだろ・・・?」
ざわざわと筋肉が、いや格闘王の弟子達が騒ぎ出す。
それほどまでに衝撃的なことなのだろう。名前に「王」とついているのだから、その力はおそらくかなり高いと想定される。
もちろんサトシは格闘の世界に疎いのでどれほど強いかなど全くもってわからない。
それに興味も無い。
サトシからすると「わあ!筋肉がいっぱいだ!!黄色いでっかいのだけで十分だよもう増えないでよ!」である。
供給は間に合っているのだ。サトシ需要は一切ない。
最も、筋肉からすると筋肉の供給はあればあるほどいいらしい。バブル真っ盛り。そしてバブルが弾けることは無い。常に昇り調子だ。
「俺自身、まだまだ上がいることを知ったぞ!!お前らもぴかぴさんにいろいろと指導してもらえ!!」
「うおおお!リーダーより腕力があるなんてやばいっす!!」
「腕相撲とはいえ、リーダーに勝てるやつがこの世に存在するなんて思わなかったっす!!」
「ぐおお!俺も負けてられないっす!ぴかぴさん!一つ手合せ願います!!」
「俺もお願いするっす!」
「俺も!!」
「俺も俺も!!!!」
何度も確認するが、このぴかぴと呼ばれているのはドーピングでこれでもかというくらい強化されたピカチュウである。
当然肌の色も黄色だし、発する言語もピカチュウ語だ。「ピ」と「カ」と「チュウ」くらいしかしゃべれない。
いくら服を着ているとはいえ、ここまで騙しとおせるのかと不安になってしまう。いや、今までこんなお粗末な変装でよくやってこれたなと思うが、それはなるべく人との接触を避けてきたサトシの功労ともいえる。
だが、ここまで真正面で十数人から見据えられても気づかれないとなるともうこの変装は完璧なのだろうかとサトシ自身が錯覚してしまいそうだった。
この世に常識を持っている人間はサトシしかいないのか。
こうなると、逆に誰か気づいてほしいと思ってしまうサトシだった。
「―――って、ちょっとまって、それはまずい。」
半ば仲間はずれのような感じだったので微笑ましく見守っていた少年だったが、今非常に危険な状態にあることにようやく気付いた。
いくら鍛えていて筋肉モリモリだったとしても、ピカチュウとやりあうとか自殺行為にも程がある。
さすがにピカチュウも九割くらい手を抜いてくれると信じているが、言葉の通じない生き物に「手加減してね☆」とお願いしても理解しているかどうか判断が付かないのだ。
いくらなんでもリスキーすぎる。
というかなんでこの人達はこんなに血気盛んなの。身長二メートル超えてる生き物に対して手合せ願おう!なんて普通言わないでしょ。
だから落ち着いて。命を粗末にしないで。
必死にそう思っても「やるぞー!」とか「へっへ、お前には無理だぜ」とかしか聞こえないので、ピカチュウにちゃんと手加減するよね?と小声で伝えてみる。
「ピカピカ」
駄目かもしれない。
とりあえず逃げる準備だけはしておこう。
そう思ったサトシだったが、空手王に肩をふんずと掴まれていて身動きが取れない。
本人としてはコミュニケーションのつもりなのだろうが、サトシにとっては拘束されたも同然だ。
動きたくても動けない。これを拘束と言わずしてなんという。肉体言語はサトシには使えない。
もうなるようになれ、といつも通り投げやりになったサトシ。こうなったら最悪の展開だけを想像しておこう。
その時の行動だけ先に考えておけば、いざとなっても慌てることはない。平常心平常心。サトシ、クールになれ。
しかしサトシの脳内に浮かぶのはすべての弟子の身体に拳大程の穴が開き、格闘王がブチ切れてサトシが真っ二つにされる未来しか思いつかない。
そうこうしているうちに手合せの舞台が整ったようだ。
なぜこんなところで死を覚悟しなければならないのか。せめて公式ジムリーダーの手で夢半ばに潰えたかった。その方がまだ恰好がつく。いや、死にたくはないけれど。
「それではぴかぴ選手の十人抜き手合せ、始め!!」
「よっしゃあ!!!」
いつの間にかピカチュウが挑戦者になっている上に、十人抜き手合せというイベントになっている。
もう知らない。
知らないけれど、神聖なる道場が血の海にならないことを祈ろう。ピカチュウ、頼むから手加減しておくれ。
サトシのメンタルを削り取る戦いが今、幕を開けた。
サトシ、思わぬところでピンチ。