ピカチュウの変装がバレた・・・・!
と、驚いたのは間違いないのだが、よく考えたらバレない方がおかしい変装をしている。
むしろバレなかったことの方が驚愕なのだが、サトシがおかしいのか一般人がおかしいのかあるいはその両方か。
とにかくトキワの森からここまで二メートル四十センチの巨体のことにわざわざ突っ込んでくる危篤な人物はいなかった。
自分がその場面に遭遇しても、あえて藪蛇をつついたりはしないだろう。普通に怖い。
そんな、誰もが離れるヒトリボッチシステムの藪ピカをご丁寧に突き倒して正体まで看破したこの人は一体誰なのか。
いや、問題はもっと別のところにある。この男性が誰であるかということよりも先に――――
表の人か、裏の人か―――――――
無言で男性を見つめていると、目の前の男性は首をかしげて
「おや?もしかして変装のような感じなのかな?ああ、そういう感じか。なるほどなるほど。」
なにやら納得したようにうんうんとうなづく。
「ところで、君の番号が呼ばれているよ。受け取りにいくといい。そして、センターの外で待ってる。少し君と話がしたいな。」
「・・・はい、わかりました。」
不穏な空気を感じながら、サトシはカウンターへポケモンをとりに行く。
いつもと変わらず明るく接する受付のお姉さんからモンスターボール三つを受け取り、腰のベルトに装着する。
ありがとうと伝え、お姉さんの笑顔で見送られるが、とても気分が重い。
一体何を話すのだろう。
ポケモンセンター内を見まわす。ここには出入り口は一つしかないようだ。
もとより逃げるなんて選択肢は無いのだが。
―――――――どこにいてもピカチュウが一緒だと隠れようがないから。
まさかボールに入らないということとでっかいということがこんなところで響いてこようとは思わなかった。
とにかく、あの人は一体誰なのか。悪意のある人には見えなかったけど。
なんというか、単純に興味というか、そんな感じで話しかけてきたように思える。
身長は高いし威圧感も最初は感じたが、口調は落ち着いているし大丈夫、だろう。
そしてなにより街中だ。
急に裏のバトルになるなんて展開は、レッドによって統制されたルールであればそれこそありえないだろう。
多少の緊張感はあれど、特に問題のある行動ではないはず。
そう判断し、サトシはピカチュウを連れてポケモンセンターのドアをくぐる。
外にでると、十メートルほど離れたところで先ほどの男性が手招きしている。
ゴクリ、と唾をのみ、ドキドキしながらその男性の元へ歩いていく。
「わざわざすまないね。どうしても話したかったものだからね。」
近づくと笑顔でそういった。晴れの日差しと焼けて褐色になった肌がマッチしており、晴れが似合う人だなと思った。
「どういったご用件でしょうか?・・・」
「そんなに緊張しなくてもいいよ。そして、そのピカチュウはなんでそんな恰好をしているんだい?」
「えっと・・・ふぁ、ファッションです。」
サトシは言葉を選んだ。
厳しい言い訳な内容ではあるが、相手はどういった人物か内情がまったく知れない。
冗談ととられてもいいと考えてとりあえずそんな言葉を口にした。
相手の反応によっては、逃げの一手も厭わないつもりではあったが、ピカチュウと一緒で逃げられるのかという不安の方が大きい。
そんな深読みを繰り返していたサトシの脳内だったが、返ってきた返事は予想していなかったものだった。
「ファッション!!!!!なんてこった!!!」
天を仰ぐようにのけぞり、声を荒げる。茫然とするサトシをよそに男は言葉を続ける。
「ポケモンを愛玩する人は大勢いるけれど、愛玩するが故にポケモンを着飾る人はたくさんいるけれど!旅に引き連れているバトル用のポケモンに対してファッション!!確かに君の連れているピカチュウは人の形はしているようだけれど!人の服を着ることができるのかもしれないけれど!!どうやったらそんな考えにいきつくんだい!?ファッションショーにでも出場するのかい!!?その割にはセンスのない服のチョイスだが――――ハッハッハ!」
つらつらと口から出てくる言葉の数々。バカにしているようでもあるし、滑稽だと思われている節もある。
しかしいまいち本心が読み取れず、サトシは口ごもりながら言葉を返す。
「・・・一体何が言いたいんですか。」
「素晴らしいってことさ!ああ、とてもとっても素晴らしくて素敵で最高だね!」
―――――――え?
一瞬、背筋がゾクッとなった。言ってることに対してというよりは、その空気感に対して。
キャタピー戦を終えて、サトシはある種の恐怖への感覚が鋭敏になっていた。
当然本人には自覚のない感覚ではあるが、何か得体のしれないものが目の前にあると、目を離せず寒気が走る。
そして目の前の男性に対してもそのようなものが一瞬感じられた。
サトシが感じたものなぞ露知らず、目の前の男性はさらに言葉を紡ぎ出す。
「素晴らしくて革命的だ!愛らしいポケモンを着飾るのはある種、当然の結論、行き着く先だとも思えるが、こと戦闘に対して着飾るなんてことをするトレーナーなど見たことがない!しかも防御力や攻撃力を高める目的でもなく、ファッション!何の意味もなく、何の利益もない!単純にオシャレのためだけに服を着せる!!奇天烈だとも思えるが、それのなんと先進的で前衛的なことだろうか!!ああ、とってもいいアドバイスをもらったよ。すぐにでも僕のポケモンもファッションを楽しませたいと心から思っている!ああでも確かにその通りだ。人だけでなくポケモンもファッションを楽しむべきだとも。そういう意味では僕はポケモンと人を区別していたのかもしれない。とても心苦しい。こんなにも僕はポケモンを愛しているのだから!!!」
男性は両手を左右に広げ、大演説を遂げたかのように手のひらを掲げ、空を仰いで自分の思いのたけを言い放った。
――――――――――――なんかヤバい。狂気を感じる。いや、言っていることは単純にポケモンへの愛ではあるのだけど。
そういえばあの虫取り少年もキャタピーの美しさを延々と長ったらしく語っていたような記憶がある。
狂信者は経てして自分の信ずるものに対して長文で語る傾向でもあるのだろうかと考えてしまうほどに、サトシは慎重になっていた。
そして、狂気に対するサトシの行動は一貫している。
「・・・」
無言で男性を見続ける。
目の前の男性は自分の言いたいことを言い切った余韻に浸っているのか、上を向いたまま硬直している。
その様子をサトシは茫然と眺め、首を振ってピカチュウを見る。
「ピカー?」
いつも通りすぎて逆に安心感を感じるようになっているピカチュウの笑顔。
少しばかり癒される。
再度男性の方を向き直り、無言で見つめる。
二人の間に若干の静寂が生まれたが、空を飛んでるポッポの鳴き声を合図に男性は正面に向き直し、サトシと目を合わせる。
「君とは仲良くなれそうだ。」
「・・・それはどうも。」
「そうだ、少年。君の名前を訊いていなかったね。お互いに自己紹介もせずにこんなに話し込んでしまった。」
――――――いうべきか言うまいか。思考するサトシを置き去りに、男性は自分の名前を惜しげもなく名乗ってきてしまった。
「僕の名前はタケシ。ポケモンリーグ公認のジム、ニビシティジムのリーダー タケシだ。よろしく!」
「・・・・・・・サトシです。」
自分の運の悪さを呪いたいと心の中で叫んだサトシだが、目の前の男性にその声は聞こえない。
焼けた肌で細目の男性――――ニビシティジムリーダーのタケシはそんなサトシの感情などどうでもよいとばかりに満面の笑みを浮かべて、頷きながら新しい友との出会いを喜ぶ。
「そうかサトシ!――――君とは仲良くやれそうだ!」
サトシに残された選択肢は、苦笑いしかなかった。