ポケットモンスター 「闇」   作:紙袋18

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空手王。


第百四十一話 人間の壁

 がっしりと肩をつかまれて身動きがとれないサトシだったが、その状況はさておき内心は少しほっとしていた。

 

 

「さすがぴかぴだな!俺の自慢の弟子たちを歯牙にもかけておらん!腕力だけではないということか!!」

 

「はは、そのようで」

 

 

 サトシの不安をよそに、ピカチュウはそれっぽく立ち回っていた。

 空手家の攻撃いなし、時には受け止め、足をかけて転ばせ、つかんで放り投げ。

 普段のピカチュウのバトルに比べると遊んでいるようにしか見えない。

 もちろん、それは超高速且つ一撃粉砕の破壊力ばかりのバトルを見ているサトシだからこそである。

 通常の視点でピカチュウと空手家のバトルを見れば、それは高度な技術が展開される芸術的な戦いと思われんばかりの流れるような動きであった。

 

 ピカチュウも人間を相手にすることはほぼないだろう。

 そういう意味では存外楽しんでいるのではないだろうか。

 よーしピカチュウ、その調子で頼むよ。頼むからそれ以上本気にならないでね頼むから。

 

 微笑ましく見守っているサトシの心境は複雑だ。

 死地をここにはしたくない。

 ただでさえ肩をガッシリと掴まれ身動きができない状態だ。

 先ほどから何度か脱出を試みているものの、当の空手王は微動だにしない。

 きっとサトシが目の前の戦いに興奮しているのだ、くらいの認識でしかないのだろう。

 その証拠に、上を見上げればうんうんとうなづく空手王のにこやかな顔が嫌でも目に入る。

 基本的にでかい生き物にはいい思い出が無い。

 黄色いのも、イワヤマトンネルのも、そして汗臭いのもだ。

 まったく、自分が何をしたというのか。

 というより、何もしていないのになぜこんなにも巻き込まれなければならいないのか甚だ疑問だ。迷惑極まりない。

 せめて自由に逃げられる状態にはならないものか。

 ならないな。ならないだろうな。

 

 

 誰も知らない中で絶望感に打ちひしがれるサトシだったが、目の前の戦いはすでに八戦目。

 ピカチュウは傷一つなく、そして相手もやたらに傷つけることなく圧勝していた。

 なんとも器用なことだ。あのピカチュウにこんな技術があったとは。

 落ちてるそばからイシツブテを衝動的に全力投球してしまうとは思えない繊細さだ。

 

 相手も「かー!負けた負けた!!完敗だ!!」と遺恨を残している様子はない。

 強いて言うならばもっと戦いたい!という意欲を感じられる程度だ。

 一人の格闘家としてはいいのかもしれないが、サトシにとっては暑苦しいし面倒くさい。

 数々の死闘を潜り抜けてきたサトシはもはや大抵のことでは動じない。

 クールな十四歳なのだ。だが動じなくても命の危機には敏感だ。肩がもげるとしても脱出すべきだろうか?などと真面目に考え始める始末。

 

 そんなことに思慮を巡らせていると、十人目の空手家が「ぐわー!」という声と共に床を滑って壁にドスンとぶつかり、ピカチュウが混信のドヤ顔を繰り出していた。いや、いつもと変わらない表情なのだが、気持ち的に。

 

 

 何事もなく終わったことにサトシも安心して一息つき、これで何事もなく帰れる、と考えそうになったが、そもそもここにきた目的をまだ達成していないことに思い至る。

 いけないいけない、ヤマブキジムリーダー ナツメの情報を得に来たのだった。状況に流されてしまうのは自分の悪癖だ。これではまたサカキの思い通りになってしまうではないか。

 自分の空気を作り出す能力も、これから身に着けていかなければ。

 

 そう心の中で決心したサトシは意を決して渾身の言葉を紡ぎだす。

 言うんだ、そして場の空気を変えるのだ!自分が主導権を握るのだ!!

 

 

「あ「すばらしいな!!!!それでこそ俺が見込んだお方だ!!!」の・・・」

 

 

 見事に割り込まれた。

 上を見上げると鼻息荒い空手王の満面の笑み。

 話に割り込むくらいなら肩を離していただけないだろうか。

 サトシが空気を作り出すことは適わず、空手王の演説が問答無用で始まってしまった。

 

 

「いやあ、まさかここまで強いとは思わなんだ!腕力があるだけでなく、技も見事とは面目が立たないとはこのことだ!いやはやなんとも素晴らしい。俺の自慢の弟子達がまるで子供扱いだ!それに加えて十人抜き!この道場でぴかぴさんに勝てる者はおるまいな!!がはは!!!」

 

 

 

「・・・・」

 

 

 

「しかしなんという力と技術か。それだけの能力を得るには想像も絶するような努力と修練が必要に違いない。俺もたいがいのことはやり遂げてきたつもりだったが、まだまだ上には上がいるということなのだな。格闘の道において横に立つものはおらんと思っておったが、まさに井の中の蛙だったというわけだ。」

 

 

 

「・・・」

 

 

 

 

 サトシはわかってしまった。

 

 空手王の思うことが。

 徐々に強くなる肩への圧力。

 最初の快活さが少しずつ失われている口調。

 ただただ純粋に、追及してきたのだろう。

 この空手王という男は、自分の肉体を痛めつけ、見えざる強者と対峙し、考えうるすべての鍛錬を実行してきたのだ。

 そして、そのすべてをたった今、目の前で否定されたのだ。

 

 サトシは気が付いた。気が付いてしまった。

 

 この道場において、ピカチュウは人間なのだ。

 サトシは勘違いしていた。

 ピカチュウは勝ってはいけなかった。

 ただの腕力馬鹿であれば、この道場においては弱者なのだ。

 ゆえに、空手王はほんのレクリエーションのつもりで戦わせたに違いない。

 

 

 しかし、それに圧勝してしまった。

 

 ピカチュウがドーピングされていることを認知しているサトシからすると当然のことであるが、空手王にとってはただの人間に相違ない。

 

 そして、人間である以上、越えてはいけないラインというものが存在する。

 人間では越えられない壁。

 そして、空手王はその壁にかなり近い部類の人間だ。

 それをたやすくブチ抜き、スタスタスタと過ぎ去ってしまった。

 

 であるならば、空手王のとるべき行動など、今のサトシには容易に想像できるというものだ。

 我ながら嫌になる。

 人間の感情の機微にここまで敏感になってしまった旅の道程を恨むしかない。

 

 先ほどよりも強く握られた肩はあきらめ、天を仰ぐように上を見上げる。

 そこには、ギラついた目で迫力のある笑顔の空手王。そして言うことは決まっている。

 

 

 

 

 

 

「ぴかぴよ、次は俺が相手になろう。」

 

 

 

 

 

 

 最悪だ。

 

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