「ああ、さてと。ははは。いつまでもこんなところで話もできないね。わたしの家においでよ。すぐそこなんだ。」
そう言うと、エスパー親父は歩き出した。ここは自分の家ではなかったのだろうか。
サトシは眉間にしわを寄せながら男についていく。ピカチュウは相変わらず何を考えてるかわからないが、別段気にすることは無いようだった。
実は気にしている可能性も否定はできないが、否定したところでサトシがひょいとつかまれて地面に埋められてしまうだけなので、いくよピカチュウと一言かけるだけに思いとどまった。
「いやあ、本当にサトシなんだね。久しぶり、あいたかったよ。昨日はいいパーティだったね。またやろう。おっと、もう僕の家についてしまった。さあ、中に入ろう。」
たどり着いた場所は、先ほどの家の前。
ぐるっと周辺を歩いただけで、また同じところに戻ってきた。
正直こっちの頭がおかしくなりそうだと思いつつ、何の収穫も無さそうだが解放もしてくれない様子なので、のそのそと暗い家の中に入っていった。
中に入ると、サトシは眉間に寄っていた皺をさらに増やした。
「どうだい、僕の家は。とっても素敵だろう?アンティーク家具にこだわっているし、いつも清潔にしてるんだ。ガーデニングが好きでね。まるで花畑にいるようだろう!はははは!」
「そ、そうですね・・・はは」
家の中はお世辞にもキレイとは言い難いものだった。
鼻が捻じ曲がるほどでは無いが、かび臭いような埃っぽいというか。生臭くはないので食べ物が放置されていることはなさそうだが、そこそこ広い部屋の中に足の踏み場がとても少ない。
サトシ一人ならまだしもピカチュウはとてもじゃないが床を踏める状態ではないだろう。
ピカチュウ自身もきょろきょろと部屋の中を見回している。
花畑どころか、花の一輪すら無い灰色の室内。
電気は切れているのだろうか。シルフカンパニーのビルの影が建物全体に落ちてきており、昼前だというのにまるで夕暮れのように薄暗い。
しかしエスパー親父本人はまったく気にしていない、というか気づいてもいないのだろうか。
ちょっとまってね、いまテーブルを用意するから、とゴミの山をガサガサと乱暴に動かしながら、埃塗れのテーブルを引きずり出している。
どこまで本気で、どこまで冗談なのだろうか。
舞い上がる埃にさらに顔を曇らせながら、サトシは心の中で二十回以上溜息をつきつつ、エスパー親父の行動を見守った。
「さあ待たせたね。こちらへどうぞ!ピカチュウは座るかい?それとも座るかい?ははは、サトシはこっちだね。さあ座って座って。お茶を用意しよう。おっと、もう用意してあったか。」
サトシは何もないテーブルの上を一瞥し、心の中で二十一回目の溜息をついてから勧められたイスを引いて、積もった埃をはらいつつ座った。
ピカチュウは、イスが無かったのでそのまま立っていた。サトシの帽子を左右に動かしている様子を見ると、若干不服ではあるようだ。
「あの、それで―――」
「ははは、言わなくてもいい。わたしはエスパー親父。君の考えていることなんてお見通しだよ!君はこれがほしいんだろう?」
そう一方的に喋り続けるエスパー親父が何かを渡してきた。
別にいま欲しいものなど考えていたわけではないのだが―――これは技マシン?
「技マシンの中はサイコキネシス!エスパーポケモンだけ使える強力な技だぞ!ははは!」
「エスパーポケモン・・・なぜそんなものを」
何故、この男が技マシンを持っているのか。そして自分にそれを渡すのか。
この男は明らかにサトシのことを知っている。いや、視ているのか。
だとすればここに来た本来の目的も視れているのではないだろうか。でなければ、こんなものを僕に渡すはずがない。わざわざポケモンとの関連を示すようなものを。
エスパー親父はサトシに技マシンを手渡し、ニコニコと笑顔で反応を伺っている。
「・・・あの」
「知りたいかい?」
またしても遮られる。
訳の分からない言動をしていたのが嘘のようにハッキリとした言葉。
表情は変わらず笑顔。体を前後に揺らし、落ち着きは無い。しかし、視線だけはしっかりとサトシを見据えている。
サトシは、もしかしたら会話すら覚束ないのではという考えを改めた。とても正常な状態では無いとは思う。街の住人から頭がおかしいと言われるのも理解できる。だが、この人はもしかして、何か重要なことを隠し通しているのかもしれない。
サトシが応答に窮していると、やはりエスパー親父が口を開く。
「うんうん。そうだよね。そうに違いない。わかっているとも。わかるとも。私はエスパー親父。君の心が視えるのだ。そして、だから、わかるのだ。それでも、知りたいというなら話してあげよう。知る勇気があるのなら、話してあげよう。それがわたしの、エスパー親父だからね。ははは。」
うんうんと頷きながら男は一人で納得しているようだ。
本当にこの男にはサトシの考えていることが手に取るようにわかっているのだろうか。手品、にしては情報の質が高すぎる。この男が先ほどから出している単語は知っている人間が極端に限られている。
そしてその誰ともこの男との接点が見いだせない。
余計なトラブルにはもう巻き込まれたくない。いや、もう巻き込まれているのだろうか。どちらにしても聞かずに無理矢理出ていくというのも手段の一つだが、ナツメの情報を知っている可能性を考えればそれも難しい。
今のサトシにとってナツメの情報は喉から手が出るほど欲しいのだ。文字通り命に関わる。
「・・・ナツメの事を知っているんですね?」
「もちろん知っているとも。わたしはエスパー親父。ははは、彼女に目をつけるとはお目が高い。だが彼女はやめておいた方がいい。彼女にとってもう世の中などどうでもいいのだからね。はははは。わたしもそう思うとも。なにせ、エスパーとは、そういうものだからね。わかるのだからね。そう、わからないのは彼女とわたし。それでもよければ彼女のことを少しだけ、私の娘のことを話そう。ははは。笑ってしまう、悲しい話だとも。」
「ナツメが―――娘!?」
回りくどい話を注意深く聴いていないと聞き逃しそうではあったが、衝撃的なことを口走っている。
ヤマブキシティジムリーダーのナツメは、エスパー親父の娘。
「いやでも、そんなことが・・・?」
これが事実だとするならば、ヤマブキシティの住民達が知らないハズは無い。
しかしサトシが訊きまわったにも関わらず、そのような話は一つも出てこなかった。
むしろ、二人には一切関係が無いとも思わせる発言もあった。
エスパーと関連のある人物。エスパーポケモン使いのナツメ。対して住民から頭がオカしいと言われているエスパー親父。
そこに一切の関連性が無いと。
ある筈が無いと。
「―――信じさせる、ため?」
「ははは、サトシはいい勘をしているね。ははは、会話するなんて久しぶりだなあ会話。会話。いいね会話。何せ皆、私までたどり着かないのにナツメに挑む。ナツメには勝てない。ははは、彼女には、娘に勝てるわけが無いのだ。そして皆、壊れてしまう。わたしのように。わたしは、僕は、私は、ワタシは、知っている。だが彼らは知らない。会話をしない。必要ないからね。会話など必要無い。ははははは。サトシは素晴らしい。他のトレーナーとは大きく違う。とても、最高に、違う。素晴らしい。素敵だ。わたしの元に来れた。それだけで希望だ。娘を救えるか。サトシにナツメが救えるか?とても無理だ。不可能だ。だが君は、サトシは。無理を乗り越えてきた。しかしナツメは、無理だろう。彼女に光は無い。唯一救えるはずだったわたしがこれだ。わたしには救えなかった。あああ!わたしには!!!!わたしには出来なかったのだ!!!それなのに!それなのにあいつらは!!道を作ったのだ!あるはずのない道を!落ちるとわかっている道をナツメに!許せない!!だがなにもできないのだ!わたしは出来なかったのだから!!あああああ!!!はは!はははは!!可笑しいなサトシ!わたしは君を殺したくはない!だが殺すことになる!わたしはまた失うのだ!!わたしの半分すら生きていない命を、たやすく奪うのだ!!ははは!ははははははは!!!!」
「・・・・」
サトシはなにも言わず、息を呑む。
この男は何か、重大な何かを抱えている。それは間違いない。
だがサトシは、何も言うことができない。圧倒されてしまっている。
二人の呼吸の音だけが静かに聴こえ、暗く黴臭い室内はさらに重い空気で包まれている。
「・・・サトシ。君は、本当にナツメを倒すつもりなのか。」
問い。この男にとって、その行為にどんな意味があるのだろうか。本当に心の中が読めるのであれば、その必要など無い。口からでる言葉など、真実とは限らないのだから。それは熟知しているハズなのに。この男はサトシに問う。
「本当に、本当に、ほんとうに彼女を、救うのか。サトシ。」
悠久とも思える時の流れ。
サトシの思考は、はたしてこの男には届いているのだろうか。
しかし、たとえ届いていたとしても、この男はそれを望んでいるわけではない。
意思を問うているのだ。口からでる言葉をこそ、求めているのだ。
エスパーであるということがどういうことなのかを本当に理解できるのは当の本人だけ。心の中を視ることができるということに、普通の人は優位性を感じるだろう。
しかし、目の前の男は決して、優れた人間の末路ではない。
その男が問うている。叶うハズの無い事実を、覆す意思があるのかどうかを。
「――――はい。」
「・・・そうか。サトシはそう言うと、わかっていたよ。わたしはエスパー親父だからね。なんでも、お見通しなのさ。」
「話を、聴かせてください。」
「いいとも、わたしはエスパー親父。ナツメのことを話そう。」
時刻はちょうど十二時を指す。
外だけは徐々に賑わってきているが、喧噪とはかけ離れたこの部屋で、ある男の人生が語られる。
重要人物の予感。