ポケットモンスター 「闇」   作:紙袋18

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第百五十一話 思考の夜

 ポケモンセンターでの夜。

 サトシはベッドの上で毛布にくるまり、じっと考えていた。

 ピカチュウはすでにピーカピーカと寝息を立てて寝ているが、特に腹を立てることも気にすることもなく、昼間の話を頭の中で反芻する。エスパー親父は狂った、頭のオカしい人間だった。誰が見たって、誰が聞いたってそう思う。もしかしたらあの話もただの妄想虚言の類かもしれない。本当はナツメとは無関係で、勘違いしているだけの、街の評判通りの人なのかもしれない。

 しかし、それであるならば。いや、それであったとしても、エスパー親父の話は真に迫るものがあった。実際の体験でなく、あそこまで話せるものだろうか?話せる人がいるのだとしたら、それはもう騙されてしまったとしても納得できるだろう。サトシの中において、エスパー親父の話は信じるに足るものだと判断する。

 

 ―――だが、だとしたらどうする?ナツメがエスパー親父の実の娘だとして、自分ができることは一体なんなのだろう。

 サトシ自身の役割としては、当然ながらジムリーダーを倒し、バッジを得ること。挑戦したトレーナーがそろって壊れてしまったという話は気になるが、挑戦しないという選択肢は最初から無い。・・・逃げたいと思うこともあるが、もはやサトシにその選択は許されない。だからこそ、自分の運命から逃げられずに狂っても生き続けなければならないエスパー親父のことも少しわかってしまう。

 絶望―――なんの救いもなく、ただ生き続けることを強要されるだけの毎日。それを絶望と呼ばずしてなんと呼ぶのか。まだ十代の幼いサトシからしても、あの男の境遇は正しく絶望と言えるものだ。自分の目で変わり果てた妻を見て、唯一の救いであった娘すら奪われる。自分に残されたのは生き続けるという行動のみ。いや、この生き続けるという行為が唯一、自分の運命に反抗しているともいえる。死んだ方がどれほど楽か。しかし妻と娘を残し、自分だけ逃げることに対する罪悪感はそれを許さず、今でも衰えずに男の心を蝕み続ける。

 

 「何もできないって、どれだけ辛いことなんだろう・・・」

 

 誰も聞いていない、電気の消えた部屋で口をついて出た言葉。現状を打破したい、どうにか前に進みたい。だが、実際にできることは皆無。サトシは現状を変えるための力を与えられ、なんとかかんとか進んでいる。幸せとは程遠い道のりではあるが、それでも変えていくだけの最低限の力は持たされている。

 しかし、この男はそれすらも無い。自分の一番守りたい、守りたかったものが掌から零れ落ちてしまっている。そしてこぼれたものをつかんで離さない人間がいる。もはや抵抗する気力すら奪われている。

 

 この状況―――ナツメは知っているのだろうか・・・ジムリーダーをやっている理由は、実験の一部なのか?

 ナツメは自分の親を、生まれを、今でも認識しているのだろうか?もしかして研究員によって記憶を操作されたり、などされているのではないか?

 

 

 ・・・やめよう。全ては推測。確証が無い以上、サトシがいくら考えたところで無駄だ。

 サトシが考えるべきことはバトルについて。エスパー親父の境遇でも、ナツメの状況でもない。どうやったらナツメに勝てるか、ということだけ。

 しかしそれにも問題が残る。

 

 

「エスパーの技について、まったくわからない。」

 

 

 こんな状態で挑んでもいいものだろうか。

 ただでさえドーピングポケモン相手だと不確定要素ばかり。通常の技すら知らずに挑むことは自殺行為でしかない。

 バブル光線はすべてを消し去る消滅の泡。花びらの舞は破壊と切断をまんべんなくお見舞いしてくる。知識など合って無いようなものではあるが、そもそも前提となる知識すら無い。

 

「一体どうすれば・・・困った・・・困った・・・困ったときは―――オーキド博士?」

 

 そういえば身近にポケモンにやたら詳しい人がいた。ドーピングされたポケモンについてはさすがにわからないだろうが、少なくとも通常のポケモンに関しては右に出る者は少ないだろう。久しく声を聴いていない気もするし、少し夜遅くなってしまったが連絡してみることにしよう。

 

 サトシは毛布からもそもそと抜け出すと、ハンガーに掛けていた上着のポケットからポケモン図鑑を取り出し、ピポパとオーキド博士に連絡をした。

 

 プルルルルプルルルルピッ『おおーおサトシィ!久しぶりじゃのぉー!!しばらく連絡がなかったから心配じゃったぞ!』

 

「久しぶりですオーキド博士。いろいろと大変でして・・・」

 

 変わらぬオーキド博士の笑顔とハイテンションな声。救われるような気持ちもあれど、そう感じてしまう自分はどれほど変わってしまったのかが嫌でも認識できてしまう。日常と離れてまだそこまで経っていないハズだが、この変化は以前のサトシを知っている人間からすればすぐに見分けが付くほどだった.。

 

 

『そうかそうか~・・・なんだかあれじゃのう。随分、顔つきが変わったかね?サトシ。』

 

「そ、うですか?」

 

『うむ、なんかこう、目つきが違うというかじゃな。』

 

「・・・はは、ちょっと寝不足でして」

 

『――そうか、ちゃんと寝ないといかんぞーがはは』

 

「そうですよね!気を付けます!」

 

 

 誤魔化し。いや、誤魔化せてなどいない。ここ数週間の濃密な経験は、紛れもなく十四歳の少年を変貌させた。

 人の生き死に、壮絶な生き方をしている狂人達、日常に溶け込む悪意、愛するポケモンの喪失。短期間とは思えない程に多くの経験をしてきたサトシにとって、もはや平和な日常とはなんだったのか思い出すことも困難な程に遠い存在になってしまっている。自分自身も死の恐怖に晒され、何度か命を拾う経験もし、もはや生きている方が不思議だとすら思う。それでもこのオーキド博士という存在は数少ない「サトシが普通の少年であった」ことを知っている人間だ。そして「裏の世界に足を踏み込んでしまった」ことも知っている。

 ―――同様の人間としてサカキもいるのだが。

 片や日常の象徴、片や裏社会の象徴。

 まったく相容れない二人がサトシを日常へ結びつける存在かと思うと、どれだけ特殊な状況に自分が置かれているのかと溜息すら出てくる。

 感謝すべきか恨むべきか。

 裏の世界に入ってしまうきっかけではあるが、もはや過去の出来事。

 恨みつらみを今更言おうとも現状は何も変わらない。それは痛いほど身をもって体験した結果に得た教訓だ。

 

 

『ところでサトシ、何か用事があったのではないかな?』

 

「あ、そうでした。実は―――」

 

 

 微妙な無言の空気を破ってくれたのはオーキド博士。ありがたいと思いつつ、サトシは連絡した本題―――エスパーポケモンについて尋ねた。

 もちろん、ナツメについては伏せて。

 

 

「―――というわけでして、エスパーポケモンの技について知りたいです。」

 

『なるほどのう。確かにエスパーポケモンが生態が不思議なものも多い。代表的なのはケーシィじゃな。すぐにテレポートで逃げてしまう。スリープなんかは夢を食べると言われておるし―――』

 

「夢を食べる?それって『ゆめくい』のことですか?」

 

『おお、知っておるのか?ゆめくいという技は確かにある。夢を食べて体力を回復させるらしいが、実際はどういうメカニズムでポケモンがポケモンの夢を食べておるのかはわかっておらん。眠っている間にしか使えないということだけわかっておるが。』

 

「眠っている間だけ・・・夢を食べるだけで、死んじゃったりするんでしょうか・・・?」

 

『どうかのう?体力的に喪失するかは怪しいが、精神的に死亡するというのは可能性としてはありえそうではあるのう。』

 

「精神的に死亡?どういうことですか?」

 

『サトシは夢を見たことはあるかね?』

 

「はい。」

 

『うむ、夢を見て起きたらなんだか疲れているということはなかったかの?眠っていたハズなのに、何故か体力が消耗しているという出来事。』

 

「あ、そういえばあったような気がしますね。」

 

『夢の中で疲弊する、もしくは夢自体がなにか自分のエネルギーそのものだと仮定するならば、食べられることで体力が消耗するというのはありえない話ではないのじゃ。それで死んでしまうことすらあるじゃろう。無論、あくまで仮説じゃがな。』

 

「夢自体がエネルギーのようなもの・・・」

 

『それに、夢は記憶と密接に結びついておる。もしかしたら、記憶を食べておるのかもしれんぞ。そんなことができるかどうかは、スリープにでも訊くしかないがな!がはは!』

 

「なるほど・・・サイコキネシスってどんな技なんですか?」

 

『サイコキネシスはエスパータイプでもかなり強力な技じゃな。系統としてはねんりきと同じようなものじゃよ。』

 

「ねんりき?」

 

『ねんりきは手を使わずに物を持ち上げたり、細いものを折ったり曲げたり―――つまりは手を触れずに力を加えることができるのじゃ。』

 

「手を触れずに力を加えられる!?絶対勝てないじゃないですか!」

 

『まあまあ、そう急ぐでない。別に無敵の技というわけでもないのじゃ。ねんりきじゃ大して力を加えることはできん。小石をぶつけたり、転ばせたりとかその程度じゃ。サイコキネシスじゃと相手を持ち上げて地面にたたきつけるとか、より強い力を出せるようになっておるようじゃ。ただ―――』

 

「ただ?」

 

『これもゆめくいと同じで、詳細なことはわかっておらんのじゃ。おそらくそうであろう、という仮定、仮説。実験に基づくデータで想定するしかできんからのう。』

 

「なるほど・・・ナイトヘッドはどういう技なんでしょう?」

 

『悪夢を見せ、精神的なダメージを与えるらしいんじゃが、これもそうとしか解釈できなかった、という実験の結果じゃな。これはゴーストタイプの技じゃが―――そうか、ゲンガーじゃな?』

 

「はい、試してみようと思ったんですが、全然いう事をきいてくれなくて・・・・」

 

『がっはっは!他のトレーナーからもらったポケモンはいう事をなかなかきいてくれんからな!ま、馴染めば言うことをきいてくれるようになるじゃろう。』

 

「そう信じてます・・・」

 

『うむうむ、ではヤマブキシティジム、ファイトじゃぞ~』

 

「ありがとうございました、オーキド博士!」

 

『じゃあの~』プチッ

 

 

 

 

「オーキド博士、変わらないなあ」

 

 そう一人呟くサトシ。だったが。

 

「ピカピカ~」

 

「ん?起こしちゃったか、ごめんねピカチュウ。」

 

「ピ」

 

 

 ついオーキド博士につられて少し大きい声になってしまったようだ。

 ぐっすり眠っていたピカチュウが起きてしまった。だが、別に不機嫌そうには見えない。いや、表情だけ見たら機嫌がよかろうと悪かろうと同じなのだが、なんとなくそう思った。

 

 久しぶりにオーキド博士の声が聞けたからだろうか?

 そう思ったがサトシのリュックからおにぎりをこっそり出して食べているあたり、そうでもないかもしれない。夜食?

 

 ジムリーダーとのバトルについては明日考えよう。

 幸い、今回は時間に追われていない。・・・よく考えたら追われているバトルしかしていない。

 

 自分の境遇の不遇さと、その大半がピカチュウに起因しているものだと思うとおにぎり食べてる背中を蹴っ飛ばしたくもなるが、そうすると残りの食料がすべてピカチュウの胃袋に収まってしまう可能性もあるので、大人しく眠ることにした。

 

 エスパー親父の話は気になるが、サトシはサトシで切羽詰まっている。他人のことなど気にしている余裕はないのだと自分に言い聞かせ、再度毛布にくるまって浅い眠りについた。

 

 

 

 




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