ポケットモンスター 「闇」   作:紙袋18

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第百五十三話 ヤマブキジムリーダー

「サトシ、この子は誰だね?ははあ、ナツメという名前の別人かな?サトシが冗談が上手いとは夢にも思ってみなかったよははは。」

 

 

 エスパー親父が嘘をついているようには見えない。サトシに気遣っている、などという芸当ができる人間でもない。

 加えて嘘を吐く理由も動機も無い。つまるところ、この男は本当に目の前の女性のことを自身の娘だと認識していない。

 そんなことがありえるだろうか?エスパー親父は確かに狂ってしまっている。だが、それは自信の欲に従ったのでなく、そうなるしかなかったからだ。そうならなければ、自分自身が崩壊してしまうためにとった、言わば防御策。狂うことで辛うじて自身を繋ぎ止めておけたのだ。

 しかし、それはそこまでしても心に繋ぎ止めておきたかった妻と娘を忘れてしまう、などということとは到底結びつかない。そのようなことは、あってはならないのだ。普通の親子であっても、子が成長した姿を見誤ることは少ないだろう。それがエスパーであれば、なおさらではないか。だが、それならば、なぜこの男はナツメのことを『ナツメではない』などと宣うのか。

 ナツメなのに、ナツメではない。―――いや、それはつまり・・・しかしそんなことが・・・?

 

 

 

「サトシさん―――」

 

「え?は、はい!?」

 

 急に声をかけられるので声が上擦ってしまった。恥ずかしい。だが、よくよく考えれば声をかけられた理由などすぐにわかる。

 なにせ、この女性にはサトシが上っ面で考えていることなどお見通しなのだから。

 

「この男性を連れていくことはできませんので、ここで待っていていただくことになりますが、よろしいですか?」

 

「え?あ、そうですね、はい。」

 

 

 至極まっとうな話だ。サトシも戦っている空間にエスパー親父がいたらやり辛いにも程がある。戦闘中にお茶でも出されかねない。だが、それはサトシの事情として、だ。この男の事情としては、この戦いは見過ごせないものではなかろうか。いや、もしも仮に、この男女の関係がそうでないならば話は変わるのだが・・・・

 

 

「私は問題ないとも。サトシ、おつかいにいくのならストロベリーパフェを買ってきておくれ。ああ、ついでに紅茶もきれていたのだったよ。サトシのおすすめのコーヒー豆を買ってきてほしい。きっとピカチュウも満足してくれるさははは」

 

「そう、ですね―――ピカチュウ、その人を降ろしてあげて。」

 

「ピピカピ」

 

 

 ピカチュウは素直にエスパー親父をゆっくりと床に降ろす。

 エスパー親父は、おおすまないね、といいながら壁に背中をついて座り込む。

 

 

「では、行きましょうか。トラブルを避けるため、この部屋のワープゲートは停止しておきます。」

 

「あ、はい・・・」

 

 

 壁にもたれかかってぶつぶつと独り言を言っているエスパー親父をそのままに、ナツメとサトシは扉を開け、奥へと進むのだった。

 

 

「ピカチュウも来るんだよ!!頼むから!!!」

 

「ピピカー」

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 ナツメと共に狭い通路を歩く。いつも思うのだが、なぜポケモンジムの裏バトルへの道はこう暗くて不安を煽ることが多いのか。

 唯一の例外はエリカの戦ったタマムシシティジムだが、あれはあれで緊張感があった。いや、おそらくどんな形状であったとしてもサトシは不安になるだろうなと、今更ながら思った。

 ヤマブキシティジムでも例外なく少ない照明と狭い通路なのだが、きちんと整備されているようだ。というより、機械、なのだろうか。緑色の光が漏れるスイッチだったり、空気が漏れる換気口のようなものとか、よくわからないがなにかの研究施設のようだ。

 

 サトシが物珍しそうに周囲を見ながら歩いていると、ナツメが口開いた。

 

 

「あなたは、彼のことを知っていたのですか?」

 

 

 急に声をかけられびくりとしたが、ナツメの方に顔を向ける。

 ジムリーダーの女性はいつも美人だ。そういう人が選ばれているのだろうか、などと無粋なことを思ってしまうが、才色兼備な人間くらいでないと務まらないほどのものなのかもしれない。天に味方された存在。・・・ナツメも美貌と才能には恵まれたようだが、運命の方にはどうだったか。それはサトシには判断ができない。黒い長髪、切れ長の目、長身でスタイル抜群。まるでテレビに出てくるモデルのようだ。初心な少年であるサトシには当然ながら目に毒な光景ではあるが、今は命すら軽んじられる裏のバトルの直前。ドキドキはすれど、それは決して美人な女性に対しての感情ではない。今のうちに鼓動をたくさん打っておかないと、すぐに動かなくなってしまうかもしれないという心臓の必死の抵抗のようだった。

 そんなナツメから言われた言葉は、意外ではあったが、違和感のあるものでは無い。サトシにとっても拒否する質問でもないのでそのまま答える。

 

 

「ええ、昨日街で話しました。」

 

「・・・そうですか。彼とナツメの関係も、ご存じなのですね。」

 

「―――はい。それが真実であるかは、僕には判断できませんけど。」

 

 

 正直に答える。それしかサトシの取れる選択肢は無い。嘘を吐いたところで相手はエスパーなのだ。考えなど掌の上のハズ。そのエスパーがわざわざ口に出して訊いてきているのだから、思ったことを答えるしかない。何の意味も無い嘘をついてトラブルを起こしたいとは思わない。

 先ほどトラブルを起こしかけたピカチュウをチラと見て、不思議そうに首をかしげるでっかいのを確認し、ふんっと鼻を慣らして再度ナツメの方を見る。

 

 

「そうですか―――」

 

 

 ナツメはそれだけ言うと、また黙ってしまった。

 これからバトルをするというのに、本当に気が滅入ってしまう。気になることが多すぎる。サトシはブンブンと頭を振ると、今考えるべきこと―――エスパーポケモンへの対策を考え始めた。

 といっても、サトシにとってエスパーポケモンは正直未知数。そんな未知数な相手に対し――しかもドーピングポケモン相手にどう立ち回ればいいのか。ピカチュウとて見えない攻撃を防ぎきれるとは思えないし。

 

 ピカチュウの方をまたチラリと見ると、何を感じたのか親指をぐっと立ててサトシにアピール。いわゆるサムズアップ。グッジョブのポーズ。サトシは別に何も言っていないのだが、あれか。ピカチュウもエスパー能力に目覚めたのか。サトシの思考を読み取って、「大丈夫だ、俺にまかせろピカ!」とかそういう意味合いを込めているのだろうか。親指をくいくいと動かすピカチュウを見ると、作戦らしい作戦があるとは思えないのでサトシは再度思考する。

 

 ―――もちろん、思考したところで何が思いつくわけでもないのだが。無から有は生まれない。サトシの得た前情報など、オーキド博士から得られた微々たるもののみ。本当に助けてくれる気があるのだろうか?いや、戦うのはサトシだ。それにオーキド博士がドーピングポケモンとの戦い方などわかるわけもない。やはり自分で考えるしか・・・

 

 

 

 そんなことを延々と堂々巡りしている間に、前を歩いていたナツメがぴたりと止まった。

 見ると、数メートル先に頑強そうな壁がある。いや、いろいろと棒が張り巡らされ、それぞれが壁に突き刺さっているところを見ると、セキュリティの高い扉なのだろうか。ここがゴール、いや、地獄への入り口か。

 サトシの心臓の鼓動が最高潮に高まる。このまま昇天しそうだ。勢いできた今までのバトルとは違い、緊張感が半端じゃない。相手はポケモンの中でも非常に特殊なエスパータイプ。手を触れずに攻撃できる上にドーピングされている。もはや想像できない。戦って慣れよう、などと考えている間に一匹残らず肉片にされていてもおかしくない。ああ、自分はここで死ぬのだろうか。いや、さすがに直接トレーナーに攻撃はしない、と思いたい。でもピカチュウの幽霊とかに憑かれたらどうしよう。シルフスコープ無くても見えそう。

 

 ごちゃごちゃと到達地点の無い考えをぐるぐるとしていたが、ふと我に帰る。

 

 

 

「・・・えっと、ナツメさん?」

 

 

 

 ナツメが立ち止まって数分が経過している。扉と思われる壁は目の前。それ以外の道は無い。

 それなのに、ナツメが動く気配はない。

 サトシが声をかけても、こちらを向こうとしない。その長い黒髪が、換気口から流れ出るぬるい風で少しだけ揺らしながら、なにかを決断するのを待つように、じっと立っている。

 

 

 (どうしよう、ものすごく居心地が悪い)

 

 

 そんなことを思うサトシだが、時間が稼げるのは良いことだ。これ幸いとばかりに見えない攻撃に対する作戦を考える。

(とりあえず、一対一だと厳しいからまた総力戦にして―――)

 そんなことを考えていた矢先。

 

 

 

「サトシさん―――」

 

「え?あ、はい。」

 

 

 

 思考の時間は終わった。作戦らしい作戦など、いくら考えたところで立たないのはいつも通りではあるのだが、どうせならもっと心の準備期間が欲しかった。準備などいくらしても無駄なのは経験上知っていることではあるのだが、やはりなんとなく準備した方がいい結果になるような気がするのだ。

 ナツメは一呼吸おいて、それでもサトシの方は向かず、黒い髪の奥にある表情は見せずにサトシに問いかける。

 

 

 

「本当に、裏のバトルに挑みますか?」

 

「え・・・?」

 

 

 

 一体何を言っているのだろうか。ポケモンジムにはポケモンバトルをするために来ている。

 リーダーが戦いの意志を問うことなどあるのだろうか。もしかしたらナツメはバトルが嫌いなのだろうか?いや、それならば挑んだトレーナーが壊れてしまうというエスパー親父の話と食い違ってしまうし・・・いや、戦いが始まったら制御できなくなるとか!?いままでのジムリーダーの狂気レベルからすると、ナツメが普通だとは到底思えないし、そういう線も―――

 

 

「いえ、そういうことではないのです。」

 

「ですよね。ははは。」

 

 

 当然ながら思考を読まれているようだ。

 

 

「でも、それじゃあ一体どうして?」

 

「それは―――」

 

 

 単純な疑問。このジムリーダーには謎が多すぎるし、なにより『普通』なのだ。能力や立場云々は別として、そもそも人間の在り方として『普通』。サトシの経験上、なんらかの異常性をもっているのがジムリーダーというものだったので、目の前の人間とはどうしても『ジムリーダー』という存在が結びつかない。

 サトシの勘違いや思い違いかもしれない。むしろサトシの考えが突飛であるだけかもしれない。だが、裏の世界を短期間で密度高く体験してきたサトシにとって、その乖離はあまりにも違和感だった。

 

 

 

「サトシさん―――」

 

「はい。」

 

 

 

 何度目かの声かけ。サトシはただ返答する。

 

 

 

「あなたは、相当強いのですね。」

 

「え?いや、そんなことは・・・」

 

「ジムリーダーを四人。そうできることではありません。」

 

「はあ――――」

 

「ですが、ヤマブキジムは無理です。」

 

「それはやってみないと―――」

 

「あなたは、正しすぎます。」

 

「え?」

 

 

 まるで意味がわからない。一体ナツメは何を言っているのか。正しすぎる?確かにとある会長からはそのようなことを言われたが、だからといってポケモンバトルになんの関係があるというのだろうか。

 

 

「それでも、挑みますか?」

 

 謎の問いかけ。だが、それに対するサトシの答えは決まっている。もう戻れる道は崩れ落ちているのだから。

 

 

 

「・・・はい。怖いですけど。」

 

「そうですか―――では、一つだけ先に言っておきます。」

 

 

 

 サトシは無言で促す。なんだろう、という軽い疑念を胸にして。その言葉がどれだけ重く自分にのしかかるのかを覚悟せずに、目の前の女性の言葉を無警戒に待つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私はナツメではありません。エスパー能力を与えられた、別の人間です。」

 

 

 

 

 

 

「――――――え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サトシの脳内に、エスパー親父との会話が猛烈なスピードで駆け抜け、そして疑念が解消され、あまりの事実に吐き気を感じ、無意識に口を押える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この先にナツメ様がおられます。では、どうぞ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頑強に固定された扉がゆっくりと開錠され、頭が混乱したまま、サトシのジム戦が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 




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