ポケットモンスター 「闇」   作:紙袋18

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第百五十八話 さらばヤマブキシティ

 

「いろいろとありがとうございました。」

 

「なんの、こちらこそだとも。」

 

 

 空手王と硬い握手を結ぶ。最初こそはむさくるしくてあまり関わりあいたくないタイプの人だったが、蓋を開けてみればとても真っすぐで、人情味あふれる人だった。強い人間に対して直情的になるのはやめていただきたいとは思うが、そのおかげで会えたともいえる。

 人生何が得になって何が損になるかわからない。このピカチュウと出会ってしまったことは果たしてどちらなのだろうか。

 九割方は損な気がするかな。うん。

 

 ジムリーダーとの戦いが終わり、空手道場の面々と別れた後はポケモンセンターにいき、ポケモン達を預けた後は泥のように眠った。

 ヤマブキシティではいろいろなことがありすぎた。

 シルフカンパニーでのいざこざ、空手道場でのトラブル、エスパーおやじとの邂逅、ナツメとのバトル、そしてサンドパンとの別れ。

 とてもここ数日で起きた出来事とは思えない、だがどれも重要な出来事だった。

 本当に、本当に重要なことばかりだった。

 

 ここで少し休息をすることも考えなくもなかったが、サトシは自分のことがどうであれ、進むという道を選ぶことを決めたのだ。

 であるならば進むしか選択肢は無い。そして、進むべき道は最初から決まっていることだ。

 

 ヤマブキシティジムでのバトルの内容は詳しくは覚えていない。誰かが伝えてくれれば、とも思うが、当のリーダーナツメはエスパーおやじ、表向きのジムリーダーの女性と共に失踪。

 なんとなしにエスパーおやじの家の前に行ってみたが、人の気配は無く、もう数年は人がいなかったのではないかとも思わせる程に、活気というものからかけ離れた空間となっていた。

 通りすがった人に遠まわしに尋ねてみると、「エスパーおやじ?どうせまたどっかフラフラしてるでしょ。」と素気ない態度をとられてしまった。もとより期待はしていなかったが。

 ヤマブキジムの前を通りかかると、ジムは照明が落とされ、閉まっているようだった。原因はわかりきっていることだが、公式ジムが無くなるということは無いだろう。すぐに変わりのリーダーが配置されると思う。まともな人になれば、と本心で思うが、そうはならないだろうとも考えてしまう。

 それを防ぐことは今のサトシにはできないし、それをやろうとすることは「自分の役割」から逸脱している。悔しいが、それが今までの旅で学んだことの一つでもある。

 最も、勝手にサトシの意思から外れた行動をする生き物が手元にいる以上、必ず守ることは約束できないのだが。

 

 シルフカンパニーのある通りは相変わらず人通りが多く、賑わっていた。

 随分と人が多いな、と思っていたら、シルフカンパニーの社長が「街の人に迷惑をかけたから」という理由でシルフカンパニー商品の特価セールを開催しているらしい。

 あの社長のことだ、ただそれだけの理由でそんなことをするとは思えない。その真意はサトシには到底わからないが、それだけではないのだろうな、ということはわかる。あの社長も、サカキも、サトシの想像を遥かに超える知略の持ち主なのだから。

 

 そして最後に空手道場を訪ね、別れを告げる。

 この暑苦しさは慣れないけれど、この旅において一番裏表なく接した人達だ。

 サトシの旅にとって、この存在というのは非常に大きい。なによりサンドパンの眠る場所。感謝こそすれど、蔑ろになどできよう筈が無い。

 

 腕が取れそうなほど筋肉達磨達に握手をされ、別れの涙を流されることには苦笑いしかできないが。

 

 そこで別れようとしたが、街を出るまで見送るという熱い言葉を断りきることが出来なかった。

 まあピカチュウだけでっかいのがいるよりも、でっかいのだらけで歩いた方が逆に目立たないような気がしたので了承したのだが、木を隠すには森の中という言葉を考えた人も、「筋肉を隠すにはたくさんの筋肉の中」なんて状況を想定していなかっただろう。

 非常にむさくるしい。

 

 そして街の南側──クチバシティへの関所の前まで来たのである。

 

 

 

「サトシ、ぴかぴ、次はどこにいくつもりなのかね?」

 

「次はセキチクシティに行くつもりです。」

 

 

 セキチクシティ。ヤマブキシティに次ぐ大きな街。ただその大半の土地は「サファリゾーン」というアミューズメントパークで占められている。

 なんでもポケモンが放牧されており、限られたルールの中で自由に捕獲できるらしい。しかもここにしか生息しないポケモンも多いという。普通のトレーナーにとっては言わずもがな、きっと裏のトレーナーにとっても貴重なポケモンを捕獲できるこの場所は重宝されているのだろう。

 しかし、そんな貴重なポケモンがいる場所にロケット団が押し寄せることが無いのだろうか?と疑問を抱いたが、治安は非常に良いらしい。

 なぜかというと、

 

「ジムリーダーが街の見回りをしている、と。」

 

 

 その話を聞いた時には耳を疑ったものだが、翌々考えてみると不思議なことは無い。頭のおかしい狂った人間ばかりなジムリーダーではあるが、それは裏の顔。

 表の顔は別段嫌われるようなことはしていないのだ。むしろ好かれてすらいる。

 だからこそ、セキチクシティのリーダーも表向きはきちんとしているのだろう。

 それにしても随分と町民に好かれているらしいというのが気にはなるが、どちらにしても行ってみればわかることだ。

 

 なにより、表向きの顔だとしても街の治安がいいというのは喜ばしい。本当に、喜ばしい。素晴らしい。治安がいいのはとても良いことだ。うん。

 

 

「セキチクシティか。少しばかり長い道のりだな。走っても半日はかかる。」

 

「それじゃあ、二日くらいはかかりそうですね。」

 

 

 筋肉基準での計算はサトシには適用されないのだ。むしろ二日でたどり着けばいいのだが。

 

 

「セキチクシティに行くにはタマムシシティからサイクリングロードを通れば楽だが、あそこは自転車かオートバイが無ければ通れないからな。」

 

「自転車、僕乗れないですし、仕方ないです。」

 

 

 それに、自転車は非常に高価なのである。いや、いくら高価でも今のサトシには購入できる気がするのだが、それによってピカチュウが不機嫌になることを考えると気が気ではない。快適な旅よりピカチュウの胃袋を優先すべきなのだ。むしろそれによってサトシの旅の難易度が変わるといっても過言では無い。

 触らぬピカに祟りなし。くわばらくわばら。

 

 セキチクシティに行く手段はもう一つ、東側の十二番水道を通っていく方法がある。

 そして、その十二番水道に行くためにはシオンタウンか、クチバシティを経由する必要がある、というわけだ。

 

 その二択でクチバシティを選んだ理由はもちろん、スピアーがいるからである。

 むしろ、スピアーがいなかったらシオンタウンを選びたかった。クチバシティには、あの「ポケモンだいすきクラブ」という狂気に染まった団体が存在するからだ。

 未だにポケモンだいすきクラブ会長のことが頭を過る度に頭痛がする。

 会長の言葉はサトシの内側をガリガリと削り取り、癒しきれない傷を残し、「信仰」という狂気のメカニズムを刷り込んでいった。知りたくは無かったが、それがサトシの本質だというのであれば、なんとかせねばなるまい。

 自分を知ることも時には必要。そう思うことにしている。

 それにあの街はカスミと別れた場所でもある。

 いろいろと複雑な事情が絡んだ結果、クチバシティを選択したのだった。

 

 

「それじゃあ、そろそろ行きます。いろいろとありがとうございました。サンドパンのこと、よろしくお願いします。」

 

「うむ、心得た!──ーサトシ、最後に一つ、お願いがある。」

 

「お願い?なんでしょう。」

 

「ぴかぴ殿と、腕相撲をさせてくれないだろうか。」

 

「・・・・はい?」

 

「腕相撲だ!これだけの御仁に相まみえることなどそうそうあるものではない!せめて最後に、あの時のリベンジマッチをお願いしたい!」

 

 

 筋肉の考えることはやはり筋肉なのだろう。

 しかし、サトシは別にそのお願いに対して答えは持たない。

 なぜならその腕相撲は、ピカチュウが勝手にやらかしたことなので、その回答権もピカチュウが持つべきことだ。

 トレーナーとしてはどうかと思うが、一人の人間(らしきもの)と認識されている以上、それを決めるのは当人同士である。

 

 そう判断したサトシは、ちらりとピカチュウの方に目を向ける。

 やる?ピカチュウやる?という思いを込めて目を向けたつもりだが、ピカチュウは屈伸したり腕立てしたりしている。

 もはや準備は万端らしい。いうまでも無かった。

 

 

「ははは!さすがぴかぴ殿!挑戦はいつでも歓迎というわけか!!」

 

「ピッピカ」

 

 

 もはや何も言うまい。

 いそいそとその場にあったブロックの上でお互いの手を握り合う。

 周囲の門下生達も多いに盛り上がる。なんとも騒がしいものだが、しかし、悲しい顔ばかりしているよりは。

 曇った表情をし続けるよりは。

 笑って先に進む方が今はいい。そう思う。

 

 

「よーし!!!!絶対負けるな!!!ピカ───ぴ!!!!!!」

 

「ピッピカ」

 

「ぬはは!今度こそは負けぬ!!いくぞぴかぴ!!」

 

 

 ヤマブキシティの南端。

 この街で最も暑苦しい人たちの声が通り抜けていく。

 

 雲一つない濃い青空の下で、拳が叩きつけられる音が鳴り響いた。

 

 




次の街は思い出のあの街
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