これはオーキド博士がドーピングアイテムの研究に勤しんでいた時のお話。
ドーピングを行うことでポケモンがどう変化するかをつぶさに観察し、まとめていた時期。
博士も得に罪悪感などなく、研究者という立場でガンガンドーピングを使っていた狂気の時代である。
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「ここがこうなって、ええと、ふむふむなるほど。こっちはどうかね──ほほう興味深い。」
「オーキドはーかせー何をしてるんでーすかー?」
ここはオーキド研究室ではなく、研究所内の設備「耐火耐圧耐水耐衝撃耐エスパー耐電防護室」である。
いうまでも無く、ポケモンの暴走に備えての設備であるが、なぜオーキド博士がこんなところにいるかと言うと───
「いやー、先週の実験でビリリダマを使って研究室が大破してしまったからな!いい加減研究室を破壊するのを止めてくれとお叱りを受けてしまってな!仕方ないからこの場所で実験をしているというわけだ!!」
「なるほどでーすねー。つまり、ここでなら何をしても文句は言われないということでーすねー。」
「さすがタツロウ君!物分かりがいい!ここで何が起ころうが何が生まれようが、私たちには関係が無いな!がはは!!」
「はかせこそ責任転嫁の天才でーすねー。ところで何をしてるんでーすかー?」
「おお、そうだったな。こいつを見たまえ。」
「これはー、コイル、だったものでーすかー?」
タツロウの目の前にあるのは、金属のパーツのようなもの。
大きなネジが二本。より大きいネジが一本。球体の金属らしきものがいくつか。U字型の磁石っぽいものが二つ。
まぎれもないコイルを構成するパーツ達だ。
「ポケモンは不思議だな。通常の動物のような姿もあれば不定形がおったり、ガス状がおったり、はたまた金属っぽいものがおったり。生態系は研究してもしてもわからないことばかりだな。そこで、体の構成を調べれば何かわかるのではないかと思ってだな。────分解してみた。」
「謎の解明には必要な犠牲でーすー」
「その通りだな!そしてわかったことがある。」
「なんでーしょー?」
「コイルはな。」
「コイルはー?」
「分解すると死ぬ。」
「なるほーどでーすねー。」
「しかしよく考えてみたまえ。これは不思議ではないかね?」
「どういうことでーすかー?」
「コイルはポケモンとはいえ機械だ。機械工学を修めたこの偉大なるオーキド博士の手にかかれば分解して再度組み立てるなど造作も無い。しかしだ。コイルは一度分解してしまうと、再度組み立ててもウンともスンとも言わん。傷薬を与えてもポケモンセンターに連れて行こうとまったく動かないのだ。これはつまり、分解してしまうとポケモンとしての特性が失われるということで、つまりコイルというポケモンはこの機械のパーツが組み合わさったものに何かが宿り、動いていたと考えることができる。その何かが『コイル』の大本、ということになる。しかし、コイルは通常のポケモンと同様に傷つき、瀕死になるし、回復もできる。機械なのに、だ。そしてその胴体の傷は通常のポケモンと同じく回復もできる。修復できるのだ。バラしてみるとただの金属片にも関わらず、『コイル』として存在しているときにはその胴体はポケモンとして扱われる。この矛盾がどうしてもわからん。まだ何か謎がありそうだな。」
「難しいでーすねー」
「うむ。まあ分解してわかることはあらかた調査したのでな。ここらで───」
「ここらでー」
「コイルにドーピングでもしてみるとするかな!!」
「どうなるんでーすかねー」
もはややる理由が「とりあえずやってみる」になってきているオーキド一味。
犠牲になったポケモン達は数知れず。すべてはタツロウ助手の執筆するドーピングポケモンレポートに集約されている。
ちなみにドーピングポケモンレポートはすでに第五巻まで発刊されており、すべての研究者のバイブル(悪い例)として重宝されている。
その功労がオーキド研究室の自由さを拡張させており、もはや手に負えない。対応策は如何に早くあきらめるかに尽きるという世紀末仕様。どうにでもなれ。
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「はーかせー。管理部からコイルをかっぱらってきまーしたー」
「タツロウ君、かっぱらってきたとはなんだね。言い直しなさい。」
「没収ですー?」
「違うな」
「徴収ですー?」
「それも違う」
「強奪でーすかー??」
「おしい」
「永久に借りる」
「それだ。次から間違えないようにな!」
「わーかりまーしたー。」
「では早速いこうじゃないか。夢の世界へレッツゴー!」
「れっつごーでーすー。」
夢の世界とは言ってもオーキドもタツロウも現実世界の住人である。
夢の世界に行くのは当然ながら永久に借りられたコイル。夢から戻ってこれない可能性が非常に高い上、夢の中の方が現実よりも地獄寄りになりそうというのがなんともいたたまれない気持ちになる。
ちなみにいたたまれない気持ちになっているのはポケモン管理部の面々である。
「ではタツロウ君。あれを用意したまえ・・・!」
「こちらに用意してあーりまーすー」
そう言ってファンファーレでもなりそうなポーズで両手を向けた先に、何やら乗用車くらいの大きさの物体に赤い布が被せられている。
随分と大きい。オーキド研究室では場所をとりすぎてしまいそうなほど大きい。
「ふふふ、これこそデカすぎて研究室では使用できなかったマッスィーン!タツロウ君、さあ満を持して赤い布をパーっと!パーッとやってしまいなさい!」
「ぱーっとですー」
タツロウが布の端っこを持ち、文字通りパーッと中身をさらけだす。
そこに現れたのは、大きな車に大きないわゆる砲塔がついている、いわゆる戦車といわれているものにとてもよく似ていた。
ただし、無限軌道の上についているのは銃座で、大砲の代わりにガトリングガンがついている。さらになんだかよくわからない銃口があっちにもこっちにも、よくわからないくらいついている。全体的によくわからない。
「これぞ機械設計部に私が(酔った勢いで)依頼してその要望に予想以上に応えて(酔った勢いで)作り上げた最高のマッスィ──ン!ドーピング☆射撃装置だ!!!」
「ぱちぱちですー」
「このドーピング☆射撃装置は秒間八発の速度で大口径ドーピング銃弾を連射することができるガトリングドーピングガンをメインに、自動照準機能を備えたアサルトドーピングライフルが十門、近づいた物に容赦なく散弾をぶちかますショットドーピングガンを八方向に一門ずつ、さらに百八十度旋回可能で射程距離三千メートルのスナイパードーピングオートマチックライフルが二門ついた合計二十一の重火器がドーピング弾をしこたま打ち込むという究極のロマン兵器!もとい実験器具!近づくポケモンも遠ざかるポケモンも寝てようが走ってようがメシ食ってようが関係なくレッツ☆ドーピングしてしまうのだ!」
「すごいですー」
「さあ、タツロウ君!早速永久に借りてきたコイルを放つのだ!まんべんなくな!」
「はいですー」
そう言うとタツロウは永久に借りてきたコイルをたくさん、ざっと三十匹ほど各所に放出した。
この空間は小さめな体育館くらいの大きさがあるが、装甲が重要な設備のため中身は空っぽ。
その空っぽの空間に小さい点が三十と、がちゃがちゃといろいろなものがくっついている謎の機械が一つ、そして頭のおかしい人間二人。
それらが組み合わさると────
「タツロウ君!君は操縦を担当してくれたまえ!私は撃つ!」
「僕もうちたいでーすー」
「がはは!わかっておる!順番だ順番!」
「やったーですー」
オーキド博士がいそいそと銃座に乗り込み、タツロウが操縦席へと入り込む。
「レッツパーリィーーー!!!!!」
「ひゃっはーです」
エンジンに火が入り、重低音が響き渡る。
そして床をひっかくような尖った音が連続して鳴ると、キャタピラが高速回転して激しい振動と共に急発進する。
「おはあ!なかなかワイルドだなタツロウ君!私も負けてられんな!がははは!それそれそれえ!!!」
急な大音量にびっくりしてコイル達は蜘蛛の子を散らしたように逃げ惑う。
しかし二十一門のドーピング砲は容赦なくコイルを打ち抜く。何も問題は無い。ドーピングしているだけだ。ぶち殺そうとしているわけではない。
ドッドッドッドッドッドッドッドッとガトリングガンの小気味よい振動がオーキド博士を揺らす。
その一発一発がコイルに狙いを定める。
もちろんオーキド博士は工学博士ではあっても重火器の専門家ではない。大半のドーピング☆弾丸はあらぬ方向に飛んでいく。
だが弾丸は有り余るほどにある上に、オートでアサルトドーピングライフルが容赦なくコイルを打ち抜いていくし、高速回転する無限軌道とタツロウの謎のドライビングテクニックによって車体に近づいてしまったコイルはショットドーピングガンで全身ドーピングまみれだ。遠い位置にいたところでスナイパードーピングライフルがせわしなく、そして確実に打ち抜いていく。
オーキド博士がいくらトリガーハッピーになろうとも結果は何も変わらない。ただのドーピングだ。
「がははははは!!逃げても無駄なのだ!!!がははははははは!!!」
「はかせー、そろそろ交代ですー」
「ぬん?仕方がないな!ほらタツロウ君、君の力を存分に発揮したまえ!」
「ひゃっはーですー」
そして正確無比にほぼ全弾ガトリングを命中させる脅威のエイム能力をタツロウが見せつけ、オーキド博士はキャタピラでドリフトしたりウイリーしたりと、まさにこの世の地獄が展開されていた。
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「ふう、ひと汗かいたな!ではタツロウ君、外にでて観察だ!」
「はいですー」
一通りコイル掃討戦を繰り広げた後は、ドーピングでの効能が出る前に防護室から外に出て、内部カメラにて観察する。
なぜかというと、もちろん危険だからだ。
とっさに大爆発したり超磁力を発生させたりされると、さすがのマッドオーキドでもひとたまりも無い。
なんせ体は普通の人間だ。たぶん。
「よし、では中を見よう。カメラは順調に動いているかね?」
「はいー、六箇所全部、正常に稼働してるですー」
六台のモニターに映し出されているのは床に散らばっているコイル達。
今のところ身動きはしていない。
「まだ動かないでーすねー」
「何、まだレッツドーピングしてから三十分程度だ。コーヒーでも飲みながら待とうじゃないか。」
「砂糖一つミルク無しでお願いしまーすー」
「淹れさせるつもりか!ちゃっかりしてるな!」
「照れるですー」
「褒めとらんわ!がはは!よし、とびっきりのコーヒーを淹れてやろう!名付けてタウリンコーヒー」
「ドーピングは無しでお願いしーますー」
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「タツロウ君。」
「なんでーすかー」
「これはマズイのではないかね。」
「世界の危機でーすねー」
六つのモニターには、世界の危機と比喩されるコイルの行動が映し出されている。
二時間経過した時点で、コイルは計ったかのように三十匹すべてが動き始めた。
そのあたりはドーピングされても機械なのだな、程度にしか思わなかったし、特に気になるようなことでもなかった。
それからコイルはよたよたフラフラと浮いたり転がったり、時たまお互いにぶつかったりしていた。
過剰なドーピングによる副作用だろうか、もしくは銃弾としてドーピングを打ち込む方式に何か問題があったのだろうか、などと考察をしていた。
若干の不満を抱えつつ、まだどうなるかわからないという今までの経験と勘から、さらに観察を続ける。
さらに一時間後。
今までずっとフラフラコロコロしていたコイル達が、明確に行動を開始する。
互いの磁力を利用してコイル同士が連結を始めた。
それだけであれば、珍しいながらもたまに見るコイルの習性ではある。コイルが三体永続的に結合することでレアコイルになる、なんて話もあるくらいだ。
だが、この時ばかりは常軌を逸していた。
三十体全てが、明確な意思を持っているかのように連結し、且つ一つの個体のように振る舞い始めたのだ。
そしてその形はまるで人の様。全身が金属で、それぞれがコイルの形を保っているが、シルエットは人。
その人型がキイキイガチガチと細かい音を発しながら自分の動かし方を確認するようにモゾモゾコツコツとダンスを踊るように金属の胴体を蠢かせる。
そこから十五分後。
動いていた金属の人型がピタリと止まる。
モニターの先をじっと眺める二人。
そして、金属の人型は、その両腕にあたる部分をガチリと床に押し付けた。
何が始まるのか、と考えた次の瞬間、触れていた部分がぽっかりと無くなった。
直径三十センチほどの半球型の穴が二つ。両腕の先の空間がいきなり無くなったのだ。
さらにその分だけコイルの集合体の密度が増す。
ゆっくりと、もう一度両腕を床に押し付ける。
ぽっかりと二つ穴があく。
機械の隙間が埋まっていく。
腕を押し付ける。
穴があく。
胴体が埋まる。
数分でガチャガチャと機械を雑にくっつけただけだったコイルは、はっきりと人のシルエットを獲得していた。
ただし、その大きさは身長五メートルに近い。金属の鈍い銀色が全身を包み込み、滑らかに動いている。
「・・・電気分解か?」
「あんな急速な分解反応見たこと無いでーすー」
「しかも分解したものを取り込んでおる。」
「化学を超越してまーすねー」
「タツロウ君。」
「はーいー」
「あれはあらゆるものを急速に分解し、自分に取り込み、さらに今までの経過を見ると自己成長もしておる。学習能力も高いようだ。」
「そうでーすねー」
「問題になるのが──―」
オーキド博士が言葉を出す前に、見ていたモニターの一つが真っ暗になり、続けて一つ、また一つと黒くなる。そして最後の一つがノイズ交じりになり、消えようかという直前、スピーカーからハッキリと言葉が聞こえた。
『コロス、ノデ、オマチクダ、サイ、ネ』
最後のモニターが黒くなる。
「はーかせー?」
「そう、問題なのが、その動機なのだ。まあたった今その動機がハッキリしたわけだがな!!!!」
数秒の間。
「タツロウ君!緊急封印装置発動!!!相手が悪い!!!!すべてを分解する破壊殺戮マッスィーンなど手に負えん!!!!無理無理の無理だ!!!!ターミネーターの方がよっぽど楽だぞ!!!!!」
「発動でーすー」
タツロウが厳重に蓋がされた赤いスイッチを押し込む。
この「緊急封印装置」とは、ようするに施設まるごとを使った最終安全装置。修理とか再建築代とかそういうのよりも、もっと大事なものを守る時にのみ使用が許される。
施設内のポケモンの特性を認識し、片っ端から実弾やら硫酸やらで破壊しつくした後、弱点となる物質で施設内部を充填、完全封印した後に地下深くに埋め込むという大がかりな装置なのだ。
研究所内にも警報が鳴り響く。
その警報の意味は所内全員が熟知している。すなわち仕事など捨ててさっさと逃げろという合図。
嵐のような叫び声と山が崩れるような大轟音が周辺を包み込む。
その渦中にいるオーキド研究室の二人。
もはや二人は逃げることはしない。
もしこれでなんともならなかった場合、真っ先に狙われるのは自分たちなのは目に見えている。
「さて、タツロウ君。いけると思うかね?」
「もし想像通りだとすると、成功確率は十パーセント行けばいい方でーすねー。」
「がはは、タツロウ君は楽観主義者だな。五パーセントがいいところだろう。」
「九十五パーセントで世界が滅びるんでーすねー。」
「言い残す事はあるかね?」
「レポートを書いておきたかったでーすねー。」
「がはは、さすがタツロウ助手!さて、どうなるか・・・」
どでかい音が一通り終わると、目の前には広大な更地が広がる。
一面灰色の硬質なもので埋め尽くされている。文字通り封印の跡地。今後はこの場所はコイル封印の地として二度と使用不可能な敷地となるだろう。
「大丈夫、かね。」
「どうでーしょー」
────── 一時間後
「何も起こらんな。」
「でーすねー」
────── 二時間後
「これは大丈夫ではないか?」
「ですかーねー」
──────── 三時間後
「五パーセント来たか。」
「ぽいでーすー」
「さすがに今回は事情説明が必要だな!がはは!」
「研究室でやらなくてよかったーですー」
「あそこだったら間違いなく世界はコイルの塊になっとったな!危ない危ない!!」
「きけんでーすー」
「というわけでタツロウ君、今回の件もレポートにまとめておいてくれたまえ。」
「しょうちーですー」
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コイル跡地は立ち入り禁止区域として隔離された。
そこに近寄る者はいなかったし、わざわざ調査する命知らずもいなかった。
そのため、誰も気づくことは無かった。
その跡地の中心に、U字の磁石の先端が飛び出ており、その周囲三十センチ程度がぽっかりと穴が開いていることに。
コイルは死んだのか、まだどこかで動いているのか、それは誰にもわからない。
それはもちろん、夢の中にいるコイル自身にも。
生還。