ポケモン大好きクラブ
私は何かおかしいのだろうか?
今まで生きてきて、ふと抱く疑問。それはいつも心の中に巣食っていたように思う。
どうにも落ち着かない。
私は、他の人間とは何かが違うのだろうか。見た目は同じ人間。なのに、何かが決定的に異なるような気がしてならない。
思えば昔から奇異の目で見られることは幾度かあった。
昆虫を口にした時など、同年代の友人達からは距離を置かれ、それを知った両親からも「二度とするな」と釘をさされた。
一体何が悪いのか、おかしいのかが私には理解できなかったが、周りの人間が「やるな」というのであればそれはやってはいけないことなのだろう、と認識することはできた。
だが、私はまたも口にした。頭の中では認識はしている。やってはいけないことだと。一般的に、常識的に、それは常人のすることではないと。
好奇心旺盛で大抵のことは「興味」で済まされる年齢―――十歳にも届かない時は笑ってすまされていたことも、それを過ぎるとさすがに周囲の目が変わってきたのは本人からしても明らかだった。むしろ、そういう風に見せることで本人にも理解してもらおうという親切心だったのかもしれない。直すなら今のうちだと。はやく子供心から抜け出し、常識を身に着けろと。そういう思いを視線に込めていたのかもしれない。
だが、私は止めようとしなかった。いや、正しく言えば「止められなかった」のだ。
十代の半ばにして、私はついに野良猫を食った。
カブトムシを食おうが、ゴキブリを食おうが、周囲の目は変なものを見る目で済んでいたが、この時から周囲の目は恐怖のそれに変わったのをハッキリと覚えている。
そして、なぜか警察に通報され、補導された。
動物愛護がなんたら、という話を延々とされ、十代だったということもあり、その時は釈放された。
まったくもって理解の外だ。
なぜ、昆虫がよくて猫がダメなのか。
そもそも牛や豚や馬や鳥はどうなのか。食べているではないか。それらは良くて、なぜ猫はいけない。
別に猟奇的なことをしているわけではない。
きちんと苦痛を与えずに殺しているからそこらで蹴って遊んでいる奴らよりよっぽと健全だ。苦痛を与えるなど非人道的ではないか。あまり美味しい肉ではなかったが、病気にならないように火も通したし、味付けもした。食べる前には「頂きます」と命に対する礼儀も言葉にしたし、手も合わせた。
一体何が問題なのか。
何が問題で私だけが特別扱いされねばならないのか。
まったくわからない。
むしろ、なんの考えもせずに生きている周囲の人間よりも、私の方がよっぽど考え、理解している。
理屈を通している。いけないことなど、していない。
他の人間と同じように、動物を殺し、食べているだけではないか。何がいけない。何が。どうして。どうして。どうして―――
――――――――――――――――――――――――
二十歳をこえ、私はポケモントレーナーになっていた。
研究も兼ね、ある程度論文を出したりもしていた。そこそこのお金ももらっていたので不自由は無かった。
この頃には「常識」というものがどういうものかを概念的に理解していたので、普通に生きる分には問題は起こらなかった。動物は隠れて殺していたし、骨はきちんと洗浄し、アクセサリーショップなどに寄贈していた。骨を使ったアクセサリーは若者の間でも人気だ。
割と気に入っている生活だったし、特に問題も起こらなかった。このまま誰にも知られずに、密に食事を楽しむことにした。
そんなある日のことだった。
私の耳に入ってきたのは、「ポケモン食」のことだ。
海外で珍味として極稀に裏で出回るようだが、この時の私の心を持ちようを伝えるには、言葉というものはあまりにも不自由だ。
食べてみたい。食べたい。私の血肉にしたい。その味は、調理法は、どの種類がうまいのか。そもそも食べることができるのか。
興味は尽きない。
尽きないのだが、それは果たして「許されること」なのか。
隠れてすれば問題は無い、か?
いや、だが、感づかれた時は猫の比ではないだろうし、さすがにポケモンの骨など扱っているアクセサリーショップは無い。
それにポケモンは未だに未知の存在だ。研究が進んではいるが、まだわからないことの方が多い。
そんな生き物を食べる・・・?
考えずとも、今まで学んだ「常識」とやらからすればそれは間違いなく禁忌だ。
やってはいけない。だが、本当に、絶対にやってはいけないのか?いや、例がある以上、「食った」という実績がある以上、それは必ずしもやってはいけないということではないのではないか?
そもそもなぜ食べてはいけない?誰が決めたのだ?法で定められているのか?
私は一週間かけて文献を調べたが、「ポケモンを食べてはいけない」などと書かれた法文は発見できなかった。
ポケモン保護法とやらには「ポケモンの命をみだりに奪ってはならない」と書かれていたが、私は快楽殺戮をしているわけではない。命に感謝し、無駄な部分など少しも残さずに頂いている。粗末にしているつもりは毛頭ない。
だが。
今まで学んだ「常識」に阻まれる。
人は一人では生きていけない。周囲の人間と同調しなければ。
私とて好んで奇異の目を向けられたいとは思わない。理解できないだけで、嫌なものは嫌なのだ。
私はいったん、それとはなく周囲の人間に話をしてみることにした。
「ポケモンを食うという人間が海外にはいくらかいて、裏で取引されているようだが、どう思う?」と。
わかりきっていたことだが、返ってきた答えはこうだ。
「え?そんなことあるの?うわあ怖いなあ。ポケモンを食べるだなんて。」
「マジですか?ありえねー」
「そんなことする人、どうせ人も殺してるに違いないわ。」
「どんな時代でも、そういう考えする人いるんだなー。絶対関わりたくない。」
「キモい。ありえないでしょ。」
「ポケモンを食べる?嘘でしょ?」
「頭おかしいね。」
そんな中、あきらめずに訊いていた時に、たった一人。なんの変哲もない、普通の人間のように見えた人。
その人が返した答えが、私の中に潜んでいた捻じ曲がった思考に火を入れた。
「・・・興味あるの?食べたい?」
一瞬思考が停止した。まさか、この人物からそんな回答が来るとは夢にも思っていなかったからだ。
冗談の類にしては「常識的に」ありえない。
しかも、目も口も笑ってはいない。この人物は真面目に、本心で、「本当の私」と対峙しているのだ。
たっぷり十数秒考えたが、私の答えは決まっていた。
「ああ―――食べさせてくれるのか?」
その人物はそこでニッコリと笑顔を見せ、
「一か月後、ここに来てくれ。」
と紙を渡された。
それは小さい、カードサイズのチラシ。
お洒落なイタリアンでも提供しそうな見栄えの良い、逆に言えばありきたりな見た目。
そこに日時と場所と、「美味しい料理をお楽しみください」と一言書いてあった。
これだけ見たら、ただのお食事会への招待状だ。
チラシから目を上げ、その人物を見る。
再びニコリとした後、「ではまた」と一言だけ残して、何食わぬ顔で仕事に戻っていった。
――――――――――――――――――――――――
私はチラシに書いてあった日時に、書いてあった場所にきた。
もちろん口外はしていない。
時間は深夜零時。こんな時間に出歩くには向かない、郊外の廃れたビルの前。
街灯も数本だけ。それらもチリチリと音を鳴らし、今にも消えるかと思わせる灯を見せている。
本当にここか―――?と疑問を抱いたが、私を待っていたようで、招待状をくれた人物がビルの入り口で手を振っていた。
「やあ、きたね。」
「ああ、しかし、こんなところで?」
「こんなところだからさ。」
「そういうものなのか。」
「そういうものさ。じゃあ、入ろうか。」
足元だけを少しだけ照らす非常灯。
ビルの中に入ると人はおらず、とても洒落たレストランがあるようには見えない。
その人物はエレベータの前で立ち止まり、ボタンを押す。もちろん上のボタンだ。
レストランは上の階にあるのか、と考えたが、外から見た時にはどの階にも光は漏れていなかった。
窓の無い部屋があるのだろうか。
とそんなことを考えていると、エレベータがいる階を示す光が5、4、3、と下に降りてくるのが確認できた。
エレベータの光が1になって数秒経ち、目の前のドアが開く。
その人物に誘われるがままエレベータに入るが、なんの変哲もない普通のエレベータだ。
何階にいくのだろう、と見ていると、5のボタンを押した。
エレベータのドアが閉まり、そのまま上へと進む。
五階に到着したので、私は出ようとしたのだが、それを手で制された。
出ないのか?と尋ねると、まあ待ってなよ。と返ってくる。
そのままその人物は3のボタンを押す。ドアは閉まり、次は三階へ降りる。
三階に到着し、次は2のボタンを押し、二階へ。その次は再度五階。そして一階に戻り、四階、二階、また一階。
いい加減何がしたいのか訊こうとしたが、その人物が1のボタンと5のボタンを同時にカチカチと二度同時に押し込む。
何しているのかと思ったが、行き先を告げる階層の光は全て消えてドアが閉まる。
そして、エレベータは下に向かって降りていくではないか。
あるはずの無い、地下。
行くはずの無いエレベータ。
おい、と声をかけても、まあまあ、としか返ってこない。
理屈はわかる。それだけ常識とはかけ離れた場所なのだと。
エレベータはしばらくして停止する。
ドアが開くと、まるで地下とは思えない、豪華絢爛なレストランが目の前に広がっていた。
「お待ちしておりました、スペード様。そちらはお連れの方ですね。ご案内します。」
エレベータの前で待ち構えていたウェイターが。一流レストランのような振る舞いで私たちを出迎える。
床には赤い絨毯。調度品と思われる数々の見栄えの良いアンティーク。
カラフルで豪華な花も活けてある。
結婚式場のように十人程度が座れる丸テーブルが二十はあるだろうか。
すでに席はほぼ満席。その中の一つに案内され、「スペード様」「ご招待」と書かれた紙が置いてある席へと座る。
「なあ、これはどういうことなんだ?スペードってのは?」
私は席に着くなり、そう尋ねる。
「スペードは僕のあだ名みたいなもんだよ。あ、ここでは本名は禁止。秘密を漏らすような人間はいないけどね。」
「どうして?」
「漏らしたら殺されるからさ。」
「・・・なるほど。」
そう言うしかなかった。
なるほど、ここはそういう場所なのだ。
私は今まで生きてきて、このような空間は本や物語の中だけのものだと思っていたが、実在するものなのか。
一般人の目には触れない、秘密の裏の世界。
そこには表では出せない、本当の自分が出せる場所。
きっと、他の席に座っている人間も、そういう人達ばかりなのだろう。
「さあ、時間だ。今日のメニューは何かな。」
「メニュー?」
「君は何しにここへ来たんだ?食べに来たんだろう?」
「ああ、そうだった―――そうだったな。」
「その通り。君は今から食べるのさ。―――ポケモンを。」
ウェイターが料理を運んでくる。
私の前に置かれた料理は小ぶりの深皿に小さく盛られた、赤と青のきれいな食べ物。
周囲からも「おお、美しい。」だとか「素敵な色合いね。」だとか感嘆の声が聞こえる。
皿に添えられた紙には料理の名前が書いてある。
『メノクラゲのアミューズブーシュ』
感動した。
目の前にあるこの美しい赤と青の料理。これはメノクラゲだという。
偽物が出るわけがない。この空間でそんな心配をする方が無粋だというのは明らかだ。
であるならば、これはまぎれもなく、本物のメノクラゲ。あの、メノクラゲだ。
赤い目と、あのうねる青い胴体が、この目の前にある料理。
隣ではすでに食べ始めているようで、声が聞こえる。
「ああ、やっぱり今回の料理は格別にうまい。早く食べてみなよ。」
その人物の方を見ると、フォークを片手にこちらを見てニッコリと笑っている。
今気づいたが、すでに赤ワインが注がれていた。
その人物のワインはすでに半分ほどになっていた。随分と進むのが早い。
「いい料理は酒が進むね。」
そんなことを言いながら、メノクラゲをつまみながら赤ワインを喉に流し込んでいた。
周囲を見渡しても、同じようなものだった。
普通に、美味しい料理と酒を楽しむ人たち。
この目の前の料理に釘付けになっているだけの私とは、やはり違うのだなと感じる。
震える手でフォークを握る。
赤と青の、つるりとした料理を救いとる。
フォークの隙間から覗かせる色は、まさしくメノクラゲのそれ。
キラキラと輝く宝石のようだ。たとえるならエメラルドとサファイアだろうか。もしくはラピスラズリか。
ゴクリ、と喉を鳴らし、ゆっくりと口の中に運ぶ。
ああ、私は、今、ポケモンを食べるのだ。
・・・―――――
美味い。なんという美味さ。これが、メノクラゲなのか。あの、メノクラゲなのか。
舌がピリっとするのはかすかな毒の所為だろうか。だとすれば、シェフの腕は確たるや。
ポケモンというものを理解しきっていなければ、この料理はつくれまい。
さらに見た目の美しさにこだわるのは当然として、なによりこの中毒性だ。
進む。
止まらない。
ワイン片手に味わうのも忘れ、ただただひたすらに、目の前のポケモンを食らう。命を、食らう。
今の私ほどガツガツという効果音が似合うことも無いだろう。
アミューズブーシュはコースの前の突き出しに近い。ただのワインの付け合わせの感覚だ。
量など期待すべくもない。
当然ながらあっという間に皿の中は空っぽになる。
私は不作法なのをわかりつつ、フォークを皿にカチャリと当てて、音を出す。
ああ、美味い。こんなに美味しいものがあるだなんて。知らなかった。
恍惚の表情だったのだろうか。隣から
「どうだい?」
と問いがかかる。
私はそちらをゆっくりと振り向き、こう答えた。
「ああ、最高だ。」
その人物はワインで赤くなった頬を緩ませ、満面の笑みを浮かべた。
「そうか、それはなによりだ。さあ、次はオードブルが来る。今晩はゆっくりと、食事を楽しもう。」
そう告げ、私は
「ああ、それは楽しみだ。本当に、楽しみだ。」
と答えた。
――――――――――――――――――――――――
食事を終え、ビルを出る。
まだ時間は深夜三時頃だろうか。周りは暗く、人の気配は無い。
今にも消えそうな街灯が私を現実へと出迎えてくれた。
現実。現実か。だとすれば、先ほどまでのあの至高の時間は夢だったのか。
フフッと、小さく笑ってしまう。
「どうしたんだい?妙に嬉しそうだね。」
「ああなに、些細な事さ。些細なことで、すぐにでも気づけそうなことに、たった今気づいただけのことさ。」
「そうか。それはなによりだ。それで、感想は?」
「感想か。言わなくてもわかるだろう、というのは無粋かな?」
「ある程度のリスクを背負って君を招待した身としては、言葉で聴きたいこともあるさ。」
「リスク―――ああ、そりゃあ、そうだな。」
思えば、なぜこの人物は私をここに誘ったのだろうか。
ただの世間話、噂話を口にしただけ。
なのに、ただの知人であっただけの私をこのような裏の世界へと。
少し考えればリスクだらけ。私が警察にでも通報することは考えなかったのだろうか。
「感想の前に、なぜ私を?」
「君は、何かを探してた。君の目と行動を見ていればわかるよ。それだけさ。」
「それだけ・・・?」
「僕は、人を見る目があるってこと。」
「―――なるほど。私は君のお眼鏡にかなったということか。」
「そういうこと。」
「はは、ありがとう。君のおかげで、私は世界の広がりを感じられた。食事は、最高だったよ。今まで食べた中で、ダントツに美味かった。美味しいものを美味しいと言える人達と、こうして食事ができることは、なんのことはない、普通のことだと私は思う。」
「ああ、その通りだね。だけど―――」
「常識がそれを許さない。常識とは、一体なんなのだろうか。」
「大多数の人間が作り上げた、単なる幻想だよ。少数であるというだけで、物事は否定されるのが世の中だ。」
「こうして、隠れて生きていくしか無いというのか。私のような人間がこんなにもたくさんいるというのに。」
「そう思うかい?」
「ああ。この世界は、理不尽なことばかりだ。」
「そう思うんだね。」
その人物は、右手を差し出す。
「この手は?」
「この手を握れば、君はこれから裏の世界に飛び込むことになる。今まで見てきた世界はほんの一部に過ぎない。世の中は君が知るよりはるかに大きく、そして深いよ。君は今まで通り、表の常識の中で隠れて生きていくか。それとも、裏の世界で別の常識の中で生きていくか。今ならまだ一晩の夢で済むけれど。」
私は考えた。
この手はまぎれもない、悪の手。
握れば私の世界は壊れるだろう。
今の決して不自由ではない生活は、消えてなくなるかもしれない。
だが、私は、違うのだ。
普通の人間とは、常識とは、異なる存在なのだ。
そうであるならば、なぜ普通の世界で生きられる?自分が自分を否定して、だまし続けて、一体どうなる?
私という異物がこの世界に生まれ落ちたのは何故なのか?
そして、その異物達によって作られた世界があるのだ。
ならば。
私の居場所は、ここではない。
いるべき場所が、もっと適した場所が、あるというならば。
――――行こうではないか。
「―――ようこそ、裏の世界に。」
私はなすべきことがある。今出来た。
私のような人間を救う。居場所を求めている人間達を救うのだ。
全ての人間には居場所があるということを、伝えねばならない。
私を求めている人間は、きっとたくさんいるのだ。
――――二十年後。クチバシティにポケモン大好きクラブが発足する。
表の顔と裏の顔を持つ、世界で初めての『世界の出入口』である。