ポケットモンスター 「闇」   作:紙袋18

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第百六十四話 釣り人

「ここが十二番道路か〜本当に釣り人ばっかりだ。」

「ピカピカ」

 

 十二番道路。シオンタウン、クチバシティ、セキチクシティを結ぶ大きな川に架けられた橋。

 大きな川の上を歩いているような感覚になれることから、デートスポットしても親しまれるが、多くの人の目的は釣りにある。

 

 ここでは多種多様なポケモンが釣れる。ゲットするつもりの人も、単純に釣りを楽しみたい人も、水ポケモンを求めて常に数十人の釣り人が竿を投げ、釣り糸を垂らしている。

 そしてもちろん、ポケモントレーナーもたくさんおり、釣りを楽しむ人よりは少ないがポケモンバトルも毎日のように行われているのである。

 

 

「ピカチュウ、気をつけてね?さすがに橋が壊れることは無いと思いたいけど、ピカチュウ重いし。」

「ピッピカチュー」

 

 

 落ちる訳ない、と言わんばかりのバカにした顔をサトシに向けるピカチュウだが、サトシはもはや何も信用しない。

 心配しすぎたところで、このでっかいのはいつもその心配など無下にして大暴走するのが常。

 せめて目の届く場所に置いておくことがサトシにできる最大のピカ対策なのである。

 

 

「天気も良いし、絶好のお散歩日和だね。」

 

 

 お天道様にとっては表だとか裏だとか、そんなことはどうでもよいのだろう。

 誰にでもお日様は光を落としてくれる。

 なんて素晴らしいんだ。太陽。おお太陽。

 

 惨惨たる日常を送ってきたサトシにとっては久しぶりの、何の危険も無い道のり。

 これもセキチクシティに到着するまでのことかもしれないが、それでも日常は日常。

 サトシにとってはかけがえの無い、大事なものなのだ。

 

 とても気分がいいからこそ、普段は絶対しないようなこともしてしまう。

 

 

「おじさん、何が釣れるんですか?」

 

 

 通りがかった桟橋で釣り糸を垂らしている男性に声なんてかけてしまった。

 別に問題は無い。なんせ晴れている日に釣果を訊くことなど、普通のことだ。

 

 

「ん?ああそうだねえ———」

 

 

 ただ、問題なのが、サトシはとっくに通常の世界とは違う場所に生きており、またその存在も知れ渡っているということで。

 

 

「今日は随分と大物が釣れたよ。」

 

 

 裏の人間からしたら、巨大なピカチュウを連れているなんてトレードマークを見逃すハズも無い。

 

 

「盗まれないように、裏にバケツを置いてあるんだ。見せてあげるよ。おいで。」

 

「わー!何が連れたんですか?」

 

「それは見るまでの秘密だよ。見るまでのね。」

 

 

 

 ————————————————————————

 

 

 

「あれ?バケツに何も入ってないですよ————」

 

「うん。だって、釣れたのは君だもの。」

 

「え?」

 

 

 顔が笑顔のまま硬直する。

 今、この釣り人は何と言っただろうか。釣れたのは僕、と言ったのか?どういう———

 

 

「まだしらばっくれるのかい?サトシくん。大きな人型のピカチュウと十代の少年。そんな特徴を見間違えるハズが無いね。釣りに集中していたから、声をかけてくれて助かったよ。君、随分な有名人だよ。ちょっと僕に倒されてくれない?」

 

 

 背筋が凍る。

 いや、だがもう間違えようが無い。この釣り人は間違いなく裏の人間で、さらに言うならバトルを挑まれている。

 しかしこの真っ昼間から、人の目も憚らず———

 

 と考えたところで、サトシの周りには誰も人が居ないことに今更気がつく。

 

 

「この場所は僕の秘密の場所でね。人なんてこないよ。何、別に君を殺したいわけじゃない。ポケモン全部置いていってくれればそれでいいよ。まあ、嫌なら僕のポケモンで殺しちゃうけど。」

 

 

 油断した。こんな昼間に、平然とバトルを仕掛けてくるだなんて。

 確かに居なかった訳ではない。が、サトシは裏のバトルの大半がジムリーダーとの戦い。

 一般のトレーナーとのバトル経験は二回。虫取り少年と、イワヤマトンネルのいわおとこ。

 ・・・二人とも思い出したく無い記憶。特に後者。

 だがそれにしても、トキワの森は深い森の中で、イワヤマは暗くて何も見えない中。

 しかし今はそのどちらとも違う。一目に付かないとは言っても、昼間の道路沿いの空間。

 こんなところで襲われるだなんて———

 

 

「な、なんでいきなり・・・」

 

「え?そりゃあ、お金になるからだよ。そのピカチュウしか戦えるポケモンが居ないのにどうやってジムリーダーを倒してきたのか知らないけど、君に賞金かかってるから。」

 

「賞金!?」

 

「なんだ、知らなかったの。さすがに目立ち過ぎだよ。こっちの世界は安定してるの。それを壊されると困る人が結構いるってこと。んじゃ、やろうか。」

 

 

「ちょ、ちょっとま———」

 

 

 サトシは気づいていないが、サトシが今までにやってきた行いは名のある裏のトレーナーからしてみても、『異常』にすぎる。

 

 そもそもジムリーダーを一人倒すことすら難攻不落。

 偶然勝てたとて、無傷とは行かない上、ジムリーダーが本気でない事も多い。

 大金をかけて強化したドーピングポケモンを失っての勝利となれば、その先へ進むことも難しい。

 バッジを持っていることは確かに自身の強さの証明にこそなれど、それはポケモンを失ってまで得たいものかどうかは疑問が残る。

 結局、ジムリーダーを打ち負かす、という気概のある人間はごく少数な上、徹底的に叩きのめされて命を落とす者が大半となっている現状。

 

 そんな中、致命的な傷も負わず、ポケモンも失わず、ジムリーダーを五人倒し、さらに倒したジムリーダーはほとんどが再起不能。

 噂によるとあのロケット団と幾度となく退けているという。

 前代未聞。カントーにいる裏の住人からしてみれば、サトシはまさに嵐の渦中にいる人間であるのと同時に、和を乱す問題児でもあるのだ。

 

 

「ま、君も運が無かったってことで。」

 

 

 そう言うと、釣り人はモンスターボールを手に持ち、ポケモンを出した。

 

 

「さっさと殺しちゃって、ドククラゲ。」

 

 

 釣り人が出したポケモンはくらげポケモンのドククラゲ。

 しかしここは川に近いとはいえ陸上。

 水が無いところでくらげポケモンがうまく行動できるわけが———

 

 そこまで考えて、サトシは目を見張った。

 サトシの目の前に現れたのは、生き物には到底思えない、何かだった。

 

 ドククラゲの頭上には大きい赤い水晶のような器官が二つついているハズだが、この何かにはそれが無い。

 ———その代わり、小さい水晶が大量についている。

 その赤い水晶がついている胴体の色は紫。透き通った青い身体は見る影も無く、強力すぎる毒性によるものか、これ以上濃くならないのではと思える程に、どす黒い紫色。

 びっしりと赤い粒子が付いた胴体の下からは無数の触手が蠢いている。

 数えきれない程の触手の色も万遍なくどす黒い紫色。さらにその数も通常のドククラゲとは比較にならないほど多く、軽く数百本はある。

 

 その結果、地上だというのに動きを鈍らせるどころか、触手を自在に動かすことであたかも陸上生物であるかのように自由自在に動き回れている。

 明らかに地球上の生き物ではない。

 

 

「も、モンジャラを思い出すな・・・気色悪い・・・でも水タイプだ。ピカチュウ、頼むよ!」

 

「ピッピカ」

 

 

 ピカチュウは一歩前に進んだと思ったら、いきなり放電を開始し、ドククラゲをまばゆい光の中へと埋め込んでしまった。

 バリバリバリと高電圧の中に放り込まれた触手。

 

 

「うわわわ!ってピカチュウ!それはふいう・・・ち?」

 

「あーあ、不意打ちだなんて酷いなあ。まあ裏のバトルだし、別によくあることだけど。」

 

 

 弱点である電気技を食らっても、釣り人は狼狽えるどころか平然としている。

 そしてなにより、ピカチュウが放った光の中で、先ほどと変わらない姿で触手をうねうねと動かしている。

 

 

「ど、どうして!?ドククラゲは水タイプだから電気は弱点のハズ!」

 

「———あのさあ、サトシ君。本当にバッジを五つもとったのかい?その程度で?拍子抜けしちゃうよ。僕のドククラゲがその程度の攻撃でどうにかなると思ってるの?ねえ?ふざけてる?裏ポケモン同士のバトルなんて、真っ先に弱点の対策するに決まってるじゃない。どうなってるの君。ねえ。本当にサトシ君なの?———まあそんなことはいいよ。それより僕が許せないのは、ねえ君、さっき、僕のドククラゲを気色悪いって言ったよね?ねえ、言ったよね?それにモンジャラみたいだって?あんなただのツルの塊と同じ?僕のポケモンが?はあ?あのさあ、見てわかんないかな。僕のドククラゲは水中は当然だけど、陸上でも最強なんだよ?わかるだろ?毒だよ。毒。全身が毒なの。それに見てよ、この赤く透き通った美しい水晶体。僕は大きすぎる水晶体はあまり好きじゃなくてね。かなりこだわって投薬したんだ。そしたら、ねえ、すごいでしょ。この水晶体、なんと三百十八個あるんだ。数えたんだよ。三百十八個。触手は何本あると思う?すごいんだよ。五百二十一本。圧倒的だよね。この数。これが気色悪いだって?目が腐っているのかい?どこからどう見ても美しいだろ。こんなに多いんだよ?赤と紫だし。それに比べて君のピカチュウはなんだい?芸術性の欠片も無い。ああ、見るのも嫌だね。もうさっさと死んじゃってくれないか。僕のドククラゲの毒ですぐ死ねるから。ほらほら。死ーね。死ーね。死ーね。」

 

 

 ———ああ、そう、そうだった。

 サトシは確かに忘れていた。そもそも、裏のバトルとはこういうもの。

 ジムリーダーとのバトルは確かに厳しいものだった。

 しかし、それでも「ルールに則ってのバトル」で「目的がある」ものだ。

 

 だが、裏のバトルとは欲望の渦巻く場所。

 何故だとかどうしてだとか、そんなことは訊くだけ無駄なのだ。

 まったく、本当に反吐が出る世界だなと、心の底から思う。

 

 

 

「ドククラゲ、『まきつく』」

 

「ピカチュウ、絶対に捕まるな!」

 

「ピッピカ」

 

 

 視界を埋め尽くすほどの膨大な触手がピカチュウを襲う。

 紫色の津波のようで、まさに回避不能な攻撃とも思える。だが———

 

 

「ん?消えた?」

 

 

 釣り人の目の前からピカチュウが消え、次の瞬間にはドククラゲの頭上に現れ、その巨大な拳に電気を纏わせ、赤い水晶体が満遍なくついた部分へ思いっきり叩き込んだ。

 

 ドククラゲは反応もできず、べっこりと頭を凹ませてその場に崩れ落ちる。

 

 

「な———僕のドククラゲが————そんな・・・一撃・・・?」

 

 

 その場でビクビクと痙攣し、つぶれた頭から赤い液体をバラまきながら、紫色の液体が地面に流れ、草を溶かして煙を出している。

 

 

「お、おおお、やったねピカチュウ!」

 

「チャー」

 

 

 サトシも驚愕の結果である。

 まさかの一撃の元に相手を叩き伏せてしまった。

 しかし、当然と言えば当然。このピカチュウはそもそもが歴戦の強者。

 且つ、時代の変化と共に強化され続けてきた最強の属性マスターのジムリーダーの出すポケモンに悉く勝利してきているポケモン。

 サトシにとってはジムリーダーの繰り出すポケモンが裏のポケモンの基準になりつつあるが、それこそが異常な思い込み。

 実感こそ無いが、間違いなくピカチュウは相性こそあれど、並大抵の裏トレーナーには負けない強さと経験を身につけている。

 

 

「あああ、僕のドククラゲ・・・なんてこった・・・す、すぐにポケモンセンターに・・・」

 

「あのー」

 

「はえ?・・・ああ、えっと、ゆ、許して?」

 

 

 向こうから攻め込んできて許してとは、なんとも間抜けなことである。

 まあ、サトシも別に快楽殺戮者では無いので、許すことも吝かでは無い。無いのだが。

 

 

「えーっと、それじゃあ」

 

「そ、それじゃあ?」

 

 

 サトシはニッコリと笑う。ピカチュウに負けじと、それはもうニッコリと。

 

 

「いくらもってる?」

 

「・・・・・・・」

 

 

 裏の世界に慣れてきたサトシとはいえ、こんな不条理に付き合いたくは無い。

 なので、それはもう、笑顔を貼付けた鬼と化しても仕方が無いのだ。

 ただでさえ命がかかった旅路。

 そんな中で得たひと時のお散歩日和を邪魔した代償はでかい。

 せめて、ピカチュウの食費を頂かないと納得できないというものだ。

 

 賞金がかけられている?知った事ではない。

 周りがどうなろうと、サトシはもう前に進むと決めたのだ。

 その思いは伊達ではない。つまりは、前に進むためには心も鬼にする。

 

 

 

 ————————————————————————

 

 

 

 雲一つない青空。

 サトシとピカチュウはのんびりと川のせせらぎを聞きながら、キシキシと小気味よい音を立てる桟橋を歩いている。

 

「いやあ、いい天気だねー。」

 

「ピカチャッチャ」

 

 

 何事も無かったかのように、サトシとピカチュウは十二番道路を南下していく。

 しばらく歩くと、橋の端に看板があるのが見えた。

 

 

「ええと、ここから十三番道路、だって。」

 

 

 長かった桟橋もここまで。

 橋は陸地につながり、ここからは再度地面の上の生活に戻る。

 そして、もうすぐセキチクシティに到着するという事でもある。

 

 

「まだ日は落ちてないし、このままセキチクまで行きたいね。」

 

「ピカピカ」

 

 

 先ほどのように裏のトレーナーがいないとも限らない。

 サトシも気を引き締め、十三番道路へと足を踏み出した。

 

 


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