拙者は忍びの者。
忍びと言っても、サトシ君には聞き覚えの無い単語であろう。
何、今となっては拙者の家でしか継いでおらん忘れられた古の慣習よ。
善に従い、悪を滅す、と言えば聞こえは良いが、実際の所は便利使いされた暗殺者に過ぎん。
だが忍びとは世の中の歯車。
自分の意思を抱くことなどあり得てはならんし、そう教えられて育ったものよ。
暗殺、拷問、強奪。今の世であれば到底許されない犯罪の数々を行ったがそれらが世に出ることもまた無い。
それが忍びという者だ。
―――だが、拙者はその立場、役回りに満足しておったし、誇りでもあった。
なにせもう自身の家系でしか存続すらしていない役職。
それでも求められる仕事は苛烈を極め、簡単な仕事など一つも無い。
十数人おった拙者の兄妹達も一人、また一人と死んでいった。
今となっては笑い話だが、仕事に失敗して死ぬなど未熟者、拙者であればなんの問題も無くやり遂げられたのにと嘲り、見下しておったもの。兄妹を兄妹とも思っていない、到底愛と呼ばれるものなど消え失せてしまった環境であった。
いや、もしかしたら兄妹の内何人かは―――これも栓無き事。もはや語るまいよ。
暗殺というものはただ殺せばよいというものではない。
忍びは周知されてはならない存在。その存在も、認知こそされど、噂話や伝説のようなものであってまさか自身にその架空の存在が降りかかってこようなど想像されてはいけないものだ。
まっとうに生きているならなおさら、そもそも暗殺者などというものが世の中にまだいるなどと想像だにしないであろう。
闇に生きるものからしたら噂話に留まらない存在であろうがね。ファファファ・・・
つまり、忍びはその存在を隠蔽するためにありとあらゆる手段を用いる。
死体の処理、目撃者の排除は当然の事。時には秘密裏に、時には大規模に。
決して時代の表には出ないが、時代と共に生きる。
世の中の影として拙者は生きてきたのだ。
―――――拙者がなぜ今も捕まらずにここにいるか?
サトシ君、もう一度言うが、『拙者は時代と共に生きている』のだ。
拙者を捕まえようものなら、世の中に広まらずに消え去った物事が山のように出てくる。
それをお国がやらかすハズもあるまい。
それに、今はジムリーダーという立場もある。君もよく知っているだろう?・・・そういうことよ。
さて、昔話が過ぎてしまったが拙者の生い立ち、忍びと言う存在については多少なりとも理解していただけたと思う。
では本題に入ろう。
拙者がもはや闇のバトルなど懲り懲りだということについてだ。
拙者の操るポケモンについてはもはや語るまでもないと思うが―――毒を使う。
別に毒を使うことについて忌避感を覚えたわけではない。
直接―――やっておったしな。
裏のバトルで結果的に命を奪うことになったとしても、どうということは無い。
散々人の命を奪ってきたのだ。
ここにきて数人、数十人程度今更であるし、そもそも皆命の覚悟をして裏のバトルに参加しているのだろう?
覚悟のある人間など躊躇う理由など無いし、そういう人間の方が時に意外な底力を見せるものよ。
油断すると食われるのはこちら。
手加減するなど言語道断。窮鼠猫を噛む、というやつだな。実際に手を噛まれたこともあるし、なおさら油断できんバトルよな。
無論、拙者が敗れることもある。
ジムリーダー故命を取られるようなことは無いがね。
だがある時、また裏のバトルを行った時のこと。
この時に来たトレーナーはこう、いつもと違う感じがした。
本来裏のトレーナーというのは覚悟あって、絶対の自信があって、ある種人生の落伍者であって、且つ得られる物に大いなる希望を見出している、そのようなものばかり。
金であり、地位であり、過去であり、未来であり。
なればこそ笑い、無残に喚き散らして死んでゆく。
我ココにありとばかりに存在が世界に刻まれずとも、目の前の人間に盛大に刻んでやろうと散っていく。そのような者ばかりのハズだ。
―――そのトレーナーは、必死であった。
その強さもかなりのもので、ここまでに4つのジムを下してきておった。
君になら理解できるだろう?その困難さを。
本来そこまでの強さを持っていれば、自信過剰なまでに挑んでくるものだが、油断など欠片も無い。今にも泣きそうなほどに必死の形相。
親の仇とも思える程に熱意と決意が目に見えるようだった。
実際に仇である可能性も否定できないが、今となってはそれもわからぬ。
ただその確かな実績と、強靭なポケモン達、ジムリーダーに限らず多くの狂人を撃退してきた精神力。
流石に拙者も油断ならぬ相手と見定めバトルに臨んだ。
―――結果は拙者の勝ち。
必死な彼も、毒には敵わなかったということだ。
拙者はいつものように、とくに感慨無く終わりを迎えようとしておった。
ああ、拙者とのバトルにおいては何か賭けてもらうことにしているのだが―――賭けるものは特に指定はしていない。基本は金か命か、という者が多い。というより、それ以外に持ち合わせていないのだろうがね。
無論、見合う物があればそれでも良い。地位でも、宝石でも、人身でも。
サトシ君は、今まで運良く負け無しというところか。
それは何よりであったな。
しかし、彼は負けた。さらにいうならば、自身の命を賭していた。
負けが決まった時に、拙者は見たのだ。
あれだけ必死に、決死の覚悟で挑んだに見えた彼の姿が、一瞬にして絶望に包まれたのを。
頼りにしていたポケモンも倒れ、縋れる相手は拙者一人。
言うに事欠いて、拙者に言葉を投げかけたのだ。
『助けてくれ』とな。
助けてくれ?裏のトレーナーが、救済を求める?
なんとおかしな話ではあるまいか。
だが、尋常では無いのだ。神かマリアか仏かにでも拙者が見えているのかと思えるほどに、地を這い、縋りつく。
自分を追い詰め毒塗れにした相手をだ。
『頼む、死にたくない、やめてくれ、助けて』と、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、拙者の脚を掴む。
―――なんだこれは
拙者は思った。
過去の暗殺、拷問にはなかった感覚。
成敗に値する相手であればこそ感情など無かったが、この相手は。
彼は、ただただ必死にここまで、後ろめたいことも無く、登ってきたのではないかと。
ふと頭をよぎってしまったのだ。
『タスケテ、シニタクナイ、ナンデモスル、イノチダケハ』
考える頭の隅で、彼の言葉が木霊する。
なんだ、これは。
救済を求める言葉など散々聞いてきたではないか。なのに、今のこれはなんだ。
―――結果、拙者は何も奪わず、何も与えず、彼を帰していた。
今までに無かった感覚。感情。
これはなんだ。なんなのだ。
三日三晩考えた。
そして、漸く拙者は気づいたのだ。
命とは、尊いのだと。
手軽に賭けてよいものではないし、奪ってよいものではないのだと。
奇跡的にこの世の中に生れ落ち、奇跡的に何年も、何十年も生きながらえ、奇跡的に自身と遭遇している。
万に一つとも言えない極小の確率の中に、我々は生きている。
それに気づいてしまったのだ。
―――それから拙者は、命を天秤に賭けるのは最終手段のみとした。
奪いたくは無い、だが、奪わざるを得ない。
その葛藤に何年も悩まされてきた。
だがそれも限界。拙者には、今更ながら、人の命を奪う才能が無かったと気づかされてしまった。
所詮は技術と思考の洗脳によって成り立っていたに過ぎぬ。
どうしようもなく、人という生き物はここぞという部分で欠陥があるものよな。
感情などというものがなければ悩むこともなかったものを。
つまるところ、そういうことだ。
拙者は命を奪いたくはない。さりとて役目は全うせねばなるまい。
故に、サトシ君。そなたと戦う上で、命までは取らぬ。そしてこれは拙者の約定。
そなたは自由に戦うとよい。
だがあわよくば、戦わずに決着が付くことを望むが、ジムリーダーとして何もせずにバッジを渡すわけにもいかぬ。
そればかりは、許してほしい。
「―――これで話は終わりだ。付き合わせて悪かったな、サトシ君。」
「いえ―――」
サトシを困惑が包み込む―――