ポケットモンスター 「闇」   作:紙袋18

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第百七十話 薄暗い部屋の中

一日に一度(時計が無いためおそらくそれくらいだろう)に底なし天井から袋が落ちてくる。

それには植物の葉っぱに包まれた堅い塩のおにぎりが二つと水の竹筒が一つ。

 

竹筒が壊れないところを見ると、天井はそこまで高くないのかもしれない。

人間が最低限生きるために必要なものは塩分と水分。

これは死なない程度に配慮された食料というわけだ。まったくもって、最低な食事だ。

 

ご丁寧に部屋の隅の床に穴が開いている。

ようするに、トイレだろう。こちらは五十センチほどで、底に水が流れている。

臭いが気にならないのはせめてもの救いか。トイレットペーパー替わりには、おにぎりが包まれている葉っぱを使うしかなさそうだ。

 

さらに、これもまたおそらく一日に一度だと思うが、キリキリという音がした。

最初は気のせいか、とも思ったが、三度目の音で漸く気づいた。

―――鎖が、巻き上げられて短くなっている。

壁の小さな穴から伸びる鎖。その壁の中に鎖が吸い込まれていく。

つまりは、サトシの行動範囲が徐々に小さくなっているということ。

最初こそ部屋全体を動き回ることができたが、三日目は反対側の扉に手が届かなくなっている。

十数センチだろうか。いくらかはわからないが、そう遠くないうちに壁に縫い付けられ、首を引きちぎられるようなことになるのだろうか。

そう考えて、ぶんぶんと頭を振って余計な考えを吹き飛ばす。

とにかく、長居していい場所でないという認識が強まった。

 

 

 

とはいえ、この四日間、本当に、見事なまでに、何もなかった。

扉を開けて入ってくる者も無ければ、覗く者すらいない。

こちらから覗いても、その先は小さい照明に照らされた暗い廊下が横に伸びているだけ。その廊下も石造りとなれば気分が落ちるのに一役買っているというものだ。

 

はるか上に開いている窓からも何も無し。今のところ、微かな光を出しているだけの穴だ。何もないよりかは遥かにマシではあるが、それだけだ。

希望の光となればよいのだが、今のところその兆候は無さそうだ。

 

一日二日はサトシもうろうろと回ってみたり、鎖が千切れないか石に叩きつけてみたりしていたが、四日ともなるともはや、立ち上がる気力すら沸かない。

何かに使えるかと落ちてきた食料の入っていた袋やら竹筒やらを端っこに積んでおいてはいる。袋を地面に敷くだけでも十分冷たい石の感覚を抑えることはできたが、この場所から出るアイデアが出るものでもない。

サトシは虚空を眺め、なるべく何も考えずにぼーっと座っている時間が多くなった。

 

 

そんな中でも、サトシの頭から離れないことがある。

常にサトシと共に歩いてきた、助けてもらった存在。

 

 

―――ポケモン達は、大丈夫だろうか。

 

 

その思考だけが、今のサトシを支える一本の糸。

逆を言うならば、サトシの精神状態はほぼ限界にきていた。

 

 

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 

 

七日目

 

 

「ハァ・・・!ハァ・・・!」

 

 

突如として襲う不安。

過呼吸となり、声を出しながら大きく息を吐きだす。

首や腕をガリガリと引っ搔きながら、握りこぶしを作り自身の頭を殴りつける。

薄暗く何も変化のない室内をぐるぐると無意味に歩き回り、周囲を挙動不審に、一心不乱に見て回る。

 

 

「ハァ・・・!誰か・・・いないのか・・・!かゆい・・・いたい・・・ハァ・・・!うぅ、ピカチュウ・・・みんな・・・」

 

 

不安、焦燥、自己嫌悪など、あらゆるネガティブな感情が自信に襲い掛かる状態はサトシにとって過去に経験の無いもの。

七日間。音もなく、人もなく、光も僅かな空間に晒され続けてきた。それはじくじくとサトシの精神を崩壊に導く。

耳には常に鎖の擦れる金属音。ジャラ、カチ、ざり、と石と鈍い衝突音を繰り返す、サトシと壁を繋ぐ拘束具。

 

 

もはやキョウの目的を考える余地など無く、頭の中にはどうしようも無い不安だけが大きく残っていた。

一体、いつまで、この地獄が続くのだろうか―――

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 

九日目。

 

サトシは壁に背中を預けて座っていた。

一時間程前に落ちてきた食料にも手を付けていない。

ただ無気力に最初から変わらない冷たい石の床を眺めて、ぼう、と焦点の定まらない目がふらふらとしていた。

 

 

 

 

「頃合いだな」

 

 

 

突如、この九日間に無かった存在が割り込んでくる。

聞いたことのある声。追い求めていた他人。一番憎んでいる相手。

 

頭に刺さる声になんとか意識を向け、顔を上げて声の主を見る。

体を動かし、ガチャリと鎖が地面と衝突する。

 

 

「どう・・し・・」

 

「どうして、か。なるほど、まだ考える頭は残っておるのだな。流石はここまで勝ち上がってきただけのことはある。精神的にも随分頑丈なことよ。本来ならもっと判断能力が落ちるものだがのう。いやはや、サトシ君には驚かせてもらってばかりよな。ファファファ」

 

「・・・」

 

「まあ、拙者もそう悪趣味ではない故、説明して進ぜよう。何、大した理由など無いのだが―――いうなれば、鑑賞よ」

 

そう言って、キョウはまたしてもサトシに自分語りを始める。今度は対等ではなく、扉の外で悪辣に笑いながら鎖につながれたサトシに向かって。

 

 

鑑賞?

鑑賞とは、鑑賞のことで、みたり、きいたり?

 

 

然り。

拙者、人には言えぬ趣味なのだが、思い切ってサトシ君には言ってしまおう。

人間観察というか、飼育日誌というか、朝顔の栽培というか、そういったものに似ているといえば伝わるだろうか。

人間がどういう風に壊れていくかを鑑賞するのが趣味でな。

 

サトシ君は今どんな気持ちかね?辛い?怖い?不安かね?

いやいや、殺すようなことはそうしないとも。

拙者は別に危害を加えたりなどしないとも。そんな悪趣味な奴らと一緒にされては心外だ。

ムチだの爪剥がしだの焼き鏝だの、無粋極まる。

痛みを与えるのなど誰にでもできるし、反応も決まっているではないか。

それはただの自己満足、嗜虐趣味に過ぎん。

だが拙者は違う。あくまで観察よ。

拙者は変化を楽しむのだ。

環境においてどう反応し、どう足掻き、どう絶望し、嘆き、苦しみ、諦め、命を請い、叫び、抗うのか。

それこそ人間の個性であり、美しさではないだろうか。

 

のうサトシ君。

人間は美しい。美しいぞ。生まれて死ぬまで、ここまで変容する生き物など他におらん。

今までどういう風に生きてきたのか。

何を考えて、行動して、怒り、楽しみ、泣き、落ち込み、笑ってきたか。

数年か、数十年か、サトシ君はまだ十数年しか生きていないが、その経験たるや尋常ではあるまい。

この短い間でどれだけの死と生に立ち向かって乗り越えてきたのか想像するに難い。なんともはや、壮絶であろうよ。

拙者はそうであれ、と育てられた故、死に立ち向かったところで大した感情は沸かぬが、君は違う。普通に生き、普通に育ち、普通に夢を持ち、暮らしてきた。

それを一時の判断で、こうも血生臭い世界にぽんと足を踏み入れてしまった状況を飲み込み、諦めることもせず、ここまで進んできた。

どういう気持ちだね?うん?ファファファ・・・

 

そう、その顔よ。

写真にでも納めておきたい、良い表情だ。だがそれも無粋よ。

写真は思い出を作るには良い道具ではあるが、やはり実感と体験が重要。

生で見られるこの時を、写真などで切り取る無粋さよ。今、目の前に、現実に生きておるのにだ。

理解できないという顔かね?疲れ果てた身体でさらに不可思議な人間を認識し難いかね?

それもまた、拙者の望む状態の変化よ。

変化、ああ、なんと美しい。

いつまでつなぎとめておこうか。死ぬまでも一興、あえて自由にするも一興か。

 

君のポケモン達も―――ああ、ポケモン達は無事だとも。拙者が何を言おうと信じないとは思うが、信じるしかあるまい?ファファファ。

 

随分とポケモン達に好かれているようだ。裏とは思えない、素晴らしきトレーナーと見える。

あのピカチュウには手を焼いている。まったく大人しくならないが、それも想定内。ポケモンの生死にはあまり興味が無かったが―――あのピカチュウはなかなかに常識の範疇を逸脱しておるな。鑑賞してみるのも面白いかもしれぬ。

 

 

おっと、話が逸れたな。

拙者はそろそろ、お暇しよう。

また、気が向いたら来るとしよう。

何、そう遠くないうちに会えるとも。ファファファ、君がどうなるか、楽しみだ。

 

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