のんびりがんばります。
何日目だろう
まだ数時間も経ってないような
数十日も経っているような
生きているのか
死んでいるのか
「うう、うう」
じわじわと短くなる鎖
もう部屋の半分にも満たない鎖が唯一の日々の変化。
手の甲を搔きむしり、傷が瘡蓋をつくり、周囲が赤く内出血をしている。
痛みはとうに忘れ、ただそれでも何かしていないと不安が自身を押しつぶそうとする。
何を見ている?何が見えてる?
ぴちゃぴちゃ水の音
かちゃかちゃ鎖の音
ずりずり自分の音
暗く沈む天井の色を見ながら髪の毛を引っ張り耳を塞ぐ。
耳を塞いで、目を閉じても、音は消えずにキーキーと耳の奥で鳴り響く。
無音という名の騒音が頭を突き刺し、ごわごわと脳の中をかき乱す。
右のこぶしで自身の額をゴツゴツと叩き、その音を少しでも抑えようとする。
なんの意味もない行動とわかりつつも、その痛みで少しだけ孤独が抑えられる気がする。
ぎゅうと押しつぶされそうに胸が痛む。
ケガなどしていないが、なにかが心臓を握りしめて離さないような感覚。
こちらも、強めに叩くことによって少しだけ痛みが緩和される気がする。
暗くジメジメとした室内に胸を叩く音が響く。バンバンという自傷の音が反響し、それがさらにサトシを思考の海へと落とし込んでいく。
「ああ、あう」
自分が自分でない感覚。意識が自分のものではないのではという疑問。
一体、なぜ。自分は何。なぜここに。苦しい。助けてくれ。
ぐるぐる、ぐるぐる
時間が敵となる中、サトシは最近の日常には無かった音を聞く。
コツ、コツ、コツ
小さく地面を叩く音。誰かが、廊下を歩いている?
ああ、また、あの男がくるのか。だが、それでもいい。今は少しでも変化がほしい。
人間、何も変化が無いという状態が一番精神に異常をきたす。
その音は徐々に大きくなっていき、一番大きくなったところで止まった。
ガチャガチャ、きぃ
扉の開く音。二度目の音。
その音を発した主を視界の隅に捉える。
起き上がる気力はもはや無いが、それでも生きる意志だけでかろうじて。
キョウ―――ではない。誰・・・?
逆光で顔は見えない。
だが、そのシルエット、もじゃもじゃな頭、自信の塊のような出で立ち。
さらには―――
「よー、こんなとこでなにしとるん、自分。鎖でつながれる趣味なんてあったんか。さぞカスミに喜ばれるやろなあ。おもろくてしゃあないわ。アホ。」
特徴的な口調。
つい最近会ったばかりのハズなのに、その悪態ももはや救世主の一声のようだ。
「うああ・・・ああ・・・」
「なんや、きっしょくわるい声だすなや、アホ。せやからいうたやないか。あのクソヤロウには気を付けって。どうせあることないこと信じたんやろ、サトシ君お人よしやからな。そんなんやからしょっちゅう騙されるんやで。もちっと世渡りの処世術ってもんを身に着け・・・って泣くなやめんどくさいわ。ああもう、ちゃんとしゃべりや。」
「マザギざん・・・助けに・・・」
「あ、ちゃうで。助けに来たわけちゃうねん。そもそもわいは中立な立場やからな。正面から拉致されたサトシ君救出しにきたで~~~なんてジムリーダーに言えへんねん。すまんなサトシ君」
「え・・・・?それじゃ、、なんで」
「んーー、まあ建前は、機材メンテナンス的な感じや。あ、勘違いせんといてな。サトシ君。別にほっとこう思っとるんちゃうで?これでもわい、サトシ君のこと気に入っとるんや。サトシ君がこないなとこで骨になるの眺めてるほど人間やめとらん。せやかて、わいも立場っちゅーもんがある。まあ、そんなんやから」
天然パーマの髪をわしゃわしゃと居心地悪そうに搔きながら、言葉を探すマサキ。
決断力の高さから考えると相当悩んでいる様子ではあるが、間もなく次の言葉をサトシに向けて放り投げる。
「あー、わいは直接助けられん。やけど、可能性を残すことはできる。サトシ君、これは君にとってもプラスになるかどうか、わいにはわからん。せやけど、このままやと間違いなくこのまま死んでしまう。どうや、賭けてみるか?それとも、このまま命を放り投げるか?わいはどっちでもええ。目覚めがいいか悪くなるか、その程度の違いや。」
そんなもの、悩むまでもない。
怖い。死ぬのも、一人なのも、このままなのも嫌だ。
だって、このままだとどうしようもない。死にたいと思った。でも死にたくない。
唯一、信用できたポケモン達とも会えない。
信じることも、今はできない。どれだけ経っても、思いは消えないのに、それでも今は汚い自分が見えて嫌だ。
生きたい。生きるためならなんでもする。
それ以外の事など、些末な問題だ。生きねば。生きねばならない。何に縋り付いてでも。
「・・・生きたい」
「―――わかったわ。でも、期待はせんといてや。やるだけやってみるが、結果どうなるかは、天のみぞ知るってやつやな。ほな・・・せや、これはわいの落としもんや。落としたけど、わいにはどうでもええもんやから、取りに戻るのもめんどうなもんやから好きにしてええで。ほなな。」
そう言ってマサキはポケットから包み紙をサトシの方へ放り投げ、その足で振り返ることなくドアを開け、がしゃりという鈍い音をさせて、速足でその場所から離れていった。
遠ざかる足の音をぼーっとしながら聞いていたが、ふとサトシの目の前に転がる包み紙が目に入る。
くしゃくしゃになった包み紙をゆっくり開けると、小さい手紙が一枚と、赤い飴玉がはいっていた。
サトシくん、一言だけいうとくわ。
自分のポケモンを信じることや。
ほなな。
それだけ書いてあった。
裏も見たが、何もなし。
自分のポケモンを信じる・・・?そんなの、当たり前のことじゃないか。
当たり前だ。何度も、何度も助けられてきた。
そんなこと、なぜ今更・・・?
一抹の疑念は残るが、今のサトシには何もできることは無い。
精々、何か起きた時のために体力を温存しておくことくらいだ。
それくらいの事が考えられるくらいにはマサキとの会話がサトシのエネルギーとなっていた。
一緒に入っていた飴玉を口に入れる。
りんごの味。
ここ最近味わっていなかった甘味。
衰えていたいろいろな感覚を目覚めさせる味。
その刺激は見た目以上の差し入れで、サトシの精神をぎりぎりのところで食い止める。
まだだ、まだ、もう少し。
希望があれば意思は保てる。
たとえそれがか細い一本の糸だったとしても、サトシにとっては十分な生きる希望だ。
なるべく長持ちさせようと口の中で動かさずにじわじわと溶ける飴玉を味わい、時間の経過を少しでも緩和させる。
―――――――――――――――――――
いつの間にか眠りについたサトシは、聴きなれない音が耳に入ったことで目を覚ます。
ゴンゴンと、何かを叩く音と、ガラガラと崩れる音。
悲鳴のような声も聞こえてくる。
目を開き、周囲を見渡す。
この部屋に変化は無い。
だが、この部屋の外では間違いなく何かが起きている。
・・・マサキさんが何かしたのか?
身構え、体を起こす。しばらく体を動かしていなかった所為か、立ち上がると足が数秒ガタガタと震えたが、手で幾度か膝を叩いて落ち着かせる。
数秒、騒音が止まったと思ったら、鉄の扉の中心がベゴンと凹んだ。
ビクッとし、扉を見ていると、二度三度と扉を叩く音と一緒に凹む場所が増える。
五度目に凹んだ時に、扉はその歪みに耐えられなくなり、壁から蝶番ごと外れ、甲高い音を立ててその思い体を床に叩きつけ、ぐわんぐわんと揺れた後、反響音だけ残して止まる。
扉があった場所には、異形な姿が顔を覗かせて、こちらを見ている。
その姿は見慣れているようで、見慣れていない。
黄色い身体。異常に膨れ上がった体躯。筋骨隆々で二メートルを軽く超える身長。
電気を蓄える頬袋をもったサトシの一番付き合いの長いパートナー。
「ピカチュウ・・・?」
だが、様子がおかしい。
サトシの知っているピカチュウであれば、もう少し小さい。
そして、能天気な顔でピカ~とでも言いながらのしのしと入ってくるハズだ。
目の前のそれは、無表情で、目だけがギラギラと光り、その大きさはゆうに三メートルはあろうかという化け物染みた姿。
尻尾はより長く、その身長よりも大きく鋭さを増し、電気が周囲を纏って小石に当たっては弾いている。
「ビ、ガァ」
雑音のような声。
聞きなれているはずなのに知らない声。
ピカチュウと思しきモノはサトシの方をぐるりと首を回して覗き込み、一歩一歩踏みしめながら近づいてくる。
・・・これは、ピカチュウなのか?
自分のピカチュウなのか、本当に?
考えている間に、ピカチュウの大きな歩幅ですでにサトシの目の前に佇んでいる。
後ろから照らされる光はピカチュウの正面に影を落とし、まるで巨大なゴーストとでも見えて居るかのようだ。
「ピ、ピカチュウ・・・?」
それは、右の腕を大きく振り上げ、そして正面に振り下ろした。
どうしたピカチュウ