「え・・・」
ゲンガーの手に置いてあったのはセキチクシティのバッジ。
それはキョウとの、ジムリーダーとのバトルで手にはいるもので、ゲンガーが持っているはずのないもの。
まさか、盗んできた?そんなことができるとは思えないのだけどーーー
バッジには誰かの血液がこびりつき、まだ乾いていない様をみると、そう時間は経っていないようだ。
いろいろな可能性を考えてしまう。
ゲンガーは血を出すわけがないので、少なくとも本人のものではないだろう。
とすると、ピカチュウ?いや、そんなまさか。
ドクドクと心臓が鳴り響き、汗もまだらになる。
ゲンガーの手からバッジを手に取り、まじまじと眺めていると
「!なんだ!?」
爆発音とも取れる、衝撃が感じられた。
そこまで大きくはないが、建物の中にいて感じとれる程度の衝撃。
そしてそれは、キョウが消えていった出口の先から発生した。
今まで感じたことのない不安。サトシは何度もそれに飲まれそうになっているが、すんでのところで止まり、この状況を変えなければ何も進まないと、まずは手元で何事もなかったかのように寝ている自分のポケモン達をゆすって起こす。
目だけパチクリさせるコイキング。
半分溶けてたような見た目からモゾモゾと元の形を取り戻すメタモン。
寝ぼけてハサミをかしゃかしゃと鳴らすクラブ。
見慣れた一連の行動に、サトシも少し安心の息をこぼす。
現状、彼らの存在が自分の、ほんの少し残っている平常心を保たせる。
サトシのほんの少しの笑顔と不安の視線に気づいたポケモンたちは互いを見合わせ、サトシに寄り添うように体を動かす。
「みんな・・・大丈夫だった?」
「メタ」「コココ」「クラーブ」
空元気かもしれない。ただでさえ、サトシのいない1週間以上を過ごさせている。
キョウにどのようなことをされたのかも想像できない。
だが、少なくとも、目立った何かはなさそうなことはわかり、ホッとする。
「ギャギャ」
「うん、ゲンガーも何もなくてよかった。でも、何してたの?」
「ガー」
まあ、ポケモンと普通に会話はできないのはわかっているが、ゲンガーは特に現状を伝える気はないんだろうなとも思う。
なぜバッジを持っていたのか、それをサトシに渡したのか。キョウの手から逃れていた間何をしていたのか。
いつもながら、ゲンガーの行動には頭を悩ませる。
しかし今はここにいる。ここにいないのは、ピカチュウだけ。
「ピカチュウ・・・」
とにかく、キョウの元にいくべきか。
そこで待ち受けているものが何かはわからない。が、最低限バトルの心構えはしていくべきだろう。
とはいえ、自分の荷物はない。できることは、せいぜい毒ポケモンに対して、どう戦うかを少しでも考えることくらいだ。
ドーピングされた毒ポケモン。想像したくもない。
ナツメのエスパー達は近づくのも容易じゃなかった。毒でさらにドーピングされているポケモン。
どういう技を使うのか想像もできないが、少なくともサトシのイメージなど軽く超えてくるだろう。
そしてそれは、自分のポケモン達では太刀打ちのしようがないことも、はっきりとわかる。
しょうがないとはいえ、今まで自分がどれだけピカチュウに頼っていたか。
少しだけドーピングポケモンにもへんしんできるメタモンが鍵だろうか。
ゲンガーは、いうことを聴いてくれるだろうか。
コイキングは、流石に毒を喰らったら死んでしまうだろうか。
クラブは、流石に戦闘に加えることは難しいだろうか。
行き当たりばったりで行くようなバカな真似だけはしてはいけないと、今までの経験から間違いなく言える。
しかしそれでも、現状太刀打ちできる方法が無い。
「・・・ゲンガー、いざバトルになったら、頼らせてもらっていい?」
「ガガ?ギャー」
「よろしく頼むよ」
納得したのか反対なのか、どうでも良いのか。サトシにはゲンガーの表情から読み取れるものに確信が持てなかったが、それでも出口は一つ。
「・・・行こう。」
サトシはようやく立ち上がり、先ほどの爆発音があった、キョウの待ち受ける場所へと足を進めた。
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拵えは和風、漆喰の凸凹とした壁が続く。
板張りの床は壊せそうだが、ギシギシとならないところから、床板の下はコンクリートでできていると考えるべきだろうか。
見栄えは立派なものだが、それでいて決してここから出さないという固い意志も読み取れる。
ピカチュウがいたら、この壁も破壊して進むのだろうか?
そんなことを考えながら、音のならない床を踏みしめながら進む。
「メター」
「わ」
メタモンが頭に乗っかってきた。
不定形の体で危うく顔に張り付いて息ができなくなるところで、咄嗟に手で支える。
「メタメタ」
「・・・大丈夫だよ。心配してくれてる?」
「メッター」
どうやら緊張のあまり無言になっていたようだ。付き合いの長いポケモン達にもその緊張は伝わってしまったようで。
「ダメだダメだ!肝心の僕がこれじゃ!」
「クラーブ!」
「ジムリーダー戦だものね。ここまで色々ありすぎて頭がだめになっちゃってたよ。よくない。張り切っていかないと、勝てるものも勝てないよね!」
「メター」
空元気。最近こればかりな気がするが、時としてそれが最も良い選択肢である可能性もある。
命の瀬戸際であることに間違いはない。
少しでも選択肢を誤れば命を落とすだろう。いや、もはやそれは確定しているのかもしれない。
キョウは準備万端で来るだろう。こちらはピカチュウを欠いた状態。戦力で言えば、9割失っているようなものだ。
本当に、なんだかんだ言いながらピカチュウに依存してきたのだなと思う。
自分のわがままで、ドーピングポケモンには手を出さないとしてきたが、結局ピカチュウ無しには何もできない、弱い存在でしかない。
そのことをむざむざと見せつけられている。
なんて無力。僕はこの後、死んでしまうだろうか。
後悔がない、なんてことはない。
なんでこんなことになったんだとか、なんで僕だったんだとか、本当にふざけるなとか、もう嫌だとか、思わなかった日なんてないくらい。
だがそれでも、もう逃げるなんて選択肢はない。
そういうところまで来てしまった。
ならば、やれることをやる。
時間にしたら数分だろうか。長かったような、短かったような。
目の前に障子が見えてくる。
その奥の灯りが瞬きながら障子の白い、貼った紙を助けてチラチラとこちらの床と壁をほのかに照らしている。
「・・・」
グッと全身に力を込めて、サトシはゆっくりとその障子に手をかけ、横にひいてその奥を見た。
そこに、信じられない光景があり、思わず部屋中を見渡し、茫然自失としてしまった。