広い畳の部屋はところどころ凹み、捲りあがり、壁はボコボコと窪んでいる。
そして、サトシの正面奥の中央に、血まみれの姿のキョウが倒れており、その周囲には
何体かのポケモンが横たわっている。
夥しい破壊の跡の中にあるその光景に、ひどく不相応な面持ちで侵入してしまったサトシであったが、その視線はキョウではなく、もう一つの異質な存在に向いていた。
「ピカチュウ・・・?」
キョウの横で大の字に寝ている、黄色くて巨大な生物。
それは先ほど見た異質で巨大なものではなく、いつも見慣れている自分の一番付き合いの長いポケモンであった。
幾度となく迷惑をかけまくる存在で、サトシの悲劇の元になることばかり。
それでもいざという時は助けてくれる、そんな傍迷惑な相棒のポケモン。
いたらいたで気が気でないが、いないとそれ以上に不安になってしまう。
「バカ・・・何してんだよピカチュウ・・・」
そう言いながら早足で近づく。
幸い、敵となるものはここにはいない。
どのような経緯があったのかは想像し難いが、なんにせよキョウは倒れている。
近づくと、胸が微かに上下していることから、かろうじて生きてはいるようだ。
そちらに少し気を回しながら、自分の相方に声をかける。
「ピカチュウ、だよね、、、?」
先ほどの件もあり、若干の不安。起きて、またサトシに構わず暴れ出してしまったらと考えると恐怖でしかないが、それ以上に今はピカチュウにそばにいてもらいたいという気持ちが勝っていた。
何も武器を持たずに戦場にいるような、ポケモンがいなければただの無力な少年であるとまざまざと見せつけられた直後なだけに、サトシの焦燥は計り知れない。
サトシのポケモンたちにもその気持ちは伝わったのか、ゲンガー以外は心配そうにピカチュウにへばりついている。
ゲンガーはゲゲゲと笑いながら部屋の中をふよふよと漂って遊んでいる。
サトシの3倍はあろうかというピカチュウの肩に手を当て、グイグイと押して揺さぶる。
「起きて、ピカチュウ。」
押された肩と連動してピカチュウの頭がグラグラと左右に揺れ、寝心地悪そうな「ビガァ」という声をあげ、ゆっくりとつぶらな瞳をあけ、二、三度パチクリと瞬きをする。
二つのビー玉みたいな目が左右に動き、サトシと目があう。
「・・・」
「・・・ピ」
「ピカピー」
「ピカチュウ・・・!」
サトシは、ほう、と一旦落ち着いた息を吐き出す。
何事もなかった可能ように大きくあくびをして、上半身をむくりと起こす。
正直、聴きたいことが山のようにあるのだが、どうせ何も語らない、語れない。
愛くるしい顔と暴力の塊な胴体を持つこの黄色いでっかいのはいつも通り、サトシの想像を斜め上にぶっちぎってしまう。
そして今回も。
「状況からして、ピカチュウがキョウを・・・」
血を流して倒れているキョウ。ポケモンたち。
その横でぐうぐうと寝ていたピカチュウ。
仲良くやっていた、訳ではなし、ピカチュウが一網打尽にしてしまったと考えるべきだろうか。
しかし、なぜ?
そもそも大きな体がさらに巨大になり、理性がほとんど残っていなかったあの姿はなんだったのだろうか。
・・・とはいえ、これからどうすべきか。
謎が多い状態ではあるが、手元にセキチクジムのバッジ、ピンクバッジがすでにある。
このままこっそりと出ていってしまっても全く問題ない。
というか、そうしたい。
しかし、正式に勝利していない状態でバッジだけ持っていってしまったら、それはポケモンリーグとして、問題ないのだろうか?
確かバトルの記録もとられていたはず。後になって「無効です」となってもらっては困る。
ではどうするか。
・・・キョウが起きるのを待つしかないということか。
キョウという男を前に卑怯とはいうまい、というくらい、現在の状況は有利だ。
正直、もうこんなところは抜け出して毛布にくるまって眠ってしまいたい気持ちだ。
長期間の極限状態。緊張の糸は張りっぱなしで、少しでも気を緩めたら切れて泣き出してしまいそうだ。
ピカチュウも戻った今、一刻も早くこの状況を打破したいのだが、キョウを揺さぶり起こすというのも気が引ける。
そのまま掴まれてまた人質みたいになったらもうどうしようもない。だからとってこのまま放置もできない。
縛ったりとかしておいた方がいいだろうか?いや、紐なんてどこにも、うーん、じゃあこれはーーー
「ぬ、サトシくんかね」
「あ」
ああでもないこうでもないと悩んでいる間に、キョウが眠りの世界から目覚めてしまった。
「こ、この、変な動きするなよ!」
さっと後ろに下がりながらファイティングポーズのようなものをとり、まだ後ろでふわわとあくびしているピカチュウを横目に、キョウに向かって威嚇する。
「まあ、そう構えずとも良い。もう拙者は負けておるのだからな。」
「ま、まけ?・・・いや、まだ戦ってないけど」
「ファファ・・・ヌシのポケモンと戦い、この通り見るも無惨に敗北しておるではないか。拙者、卑怯なことも厭わぬ忍者とはいえ、ここまでされてまだ抵抗するような小根は持ち合わせておらぬ。それに、今ヌシと戦うと、もはや死にかねんしな。」
「・・・」
「まあ、それはそれでーーーファファファ、今更じゃな。それに、すでにバッジも渡しておる。さっさと行くが良い。サトシくんのようなトレーナー、二度とごめんじゃ。」
「・・・」
「どうした?拙者の顔など見たくないであろう。・・・それにもう、意識を保つので精一杯じゃ。」
「あの」
「なんじゃ」
「僕のリュックは」
「・・・ファファファ、拙者の後ろの部屋の中にある。それと、土産も持っていけ。拙者も、分は弁えておるゆえな。」
「?」
サトシは疑問を抱きながら、急に態度が一変したようなキョウを横目に、自身のポケモンたちに声をかけてその場を後にした。
サトシのいなくなった部屋で、仰向けに倒れたまま、キョウは血をケホケホと吐きながら笑みを浮かべていた。
「ファファ・・・眉唾であったが、そうか、本当に。マサキめ、隠しておったなーーーまあ、これもまた、一興よ。全く、世は常に血と争いの中にこそ輝くものが生まれ得るものか。ファファファ・・・」
そうしてキョウはゆっくりと意識を飛ばし、眠りに着いた。