セキチクシティジムから出たとき、目を刺す夕日に立ち眩みをする。
普段こんなことはないのだが、時間の感覚が保てなくなるくらい、暗い空間に幽閉され、直後にあのような事態に相まみえたサトシからしたら、夕日はとても懐かしく、また辛い現象であった。
人間、数日間だとしても日常から変質させるのは十分な時間だということを、身をもって感じる。
「まぶしい・・・」
「ピカピー」
「ピカチュウ、君は―――何をしてたんだい」
「ピカチャー」
「・・・」
いつものやりとり。一切何も伝わらないが、ここに来る前と、今とでは、ピカチュウが何者なのか、より深くわからなくなった。
あの姿はなんだったのか。どうしても、その考えが抜けない。今まで自分は何と、旅を共にしてきたのか。それは意図的であったのか、不意であったのか、それすら曖昧で、落ち行く夕日のように自分の思考も暗く沈んでいくようだった。
「よお、サトシくん。思ったより元気そうやな。」
そんな落ち行く思考に、あっけらかんとした明るい、少し前に聞いた声がサトシの顔を無理くりあげさせる。
「・・・マサキさん」
「なんや、しみったれた顔して、せっかく無事にでてこれたんやから、もっとしゃきっとせえや。ほんま、いつもいつも成長せんな、君。―――まあ、今回ばっかりは、よおでてこれたな。運がよかったな、サトシくん。おめっとさん。」
「・・・知ってたんですか?キョウのこと」
「そら、知っとるわな。ワイ、ジムのシステムの統括やしな。天才やし。せやけど、ジムリーダーを倒してポケモンリーグ目指そういう人間に、ヒント出すような立場でもないんや。そこんとこ、勘違いしたらあかんで。とはいえ、ワイもサトシくんには絶妙に世話になっとる部分もあるさかい、ちょっとサービスみたいなところやな。うん、せや、サービスや。歩いて迷子になっとる知り合いの子に飴ちゃんあげるくらいのことや。気にすることやないで」
そう、サトシが歩いている道はそういうものだ。
誰かの力を借りて成し遂げるような道のりではない。
わかり切っていることではあるが、あるのだが、それにしても、自分が何もしらない、ただの子供であることを毎回のように悔やまれる。
ピカチュウという不確定要素の力そのものを与えられただけの、ただの子供。
いくら長い旅で精神が摩耗し、その都度鍛えられてきたとしても、ただの子供であることに違いはない。
「・・・」
「なんや、なんかいいたそうな顔しとるな。聞いてやってもええで。答えるかはしらんけど」
「・・・いいえ、訊けば答えが返ってくると期待するのは子供だと、ある人から言われたので」
「言いそうなやつに心当たりがあるわ。せやけど、サトシくんは子供やんか。それくらい甘えたってええんやないか?子供は大人に甘えるもんやで。それが裏だろうが表だろうが、関係あらへん。道を踏み違えてしまったっていう事実があるだけや」
「・・・マサキさんは、僕を助けてくれたんですか?」
「まあ、結果的に、とだけ言っておくわ。ワイは中立やさかい、なんかの意図があってとかやないで。あんまり立場的にはよろしくないんやけど、さっきもいうたとおりや。個人的な感情で、ちょっとしたサービスやな」
「あのピカチュウは―――なんだったんですか」
「今はいわれへんなあ」
「今は、ということは、知ってるんですね」
「あら、サトシくんもそういうことができるようになったんやな。進歩と成長を感じるわ。おにいさん、嬉しくて涙がちょちょぎれてまうわ」
「・・・キョウは、どうなったんですか」
「それは、知る必要はないな。今は前だけ見てればええんちゃう?別に、君の行く道にあいつのいる場所はないやろ。抱え込む癖はなおっとらんようやな。マイナスポイントやで~なはは」
「・・・わかりました。でも、ありがとうございます。マサキさんのおかげで助かったのも、間違いなさそうなので」
「おうおう、いっぱしのお礼も言えるやんか、サトシくん。ええな、ええやんか。ワイ、嬉しいで。まあ、今日のところはじっくりぐったりぐっすり、爆睡したらええ。いつもと違った戦いやったかもしれんけど、君はちゃーんと、ジムバッジをもってセキチクジムを五体満足で出てきたんや。誇らしいことやで。後のことは、大人に任せておけばええんや」
「―――わかりました。そうさせてもらいます」
サトシは山のようにある言いたいことを心の内にこめて、それだけ言うと、ひらひらと手を振ってその場を後にしようとする。
「せや、忘れるとこやった」
背を向けたサトシに、マサキが声をかけ、首だけ振り返る。
その目の前に、急に何かが飛来し、あわててキャッチする。
「おわとと!なに―――モンスターボール?」
手の中に納まっているのは一つのモンスターボール。
忘れ物かと思って自分のポケモンの数を確認するが、間に合っている。
「これは?」
「サトシ君にプレゼントパートツーや。ま、餞別やな」
「ポケモン?なんの?」
「キョウの毒ポケモン」
「・・・え、いや、え?」
「なんや、もっとリアクションしてえや、つまらん」
「なんで?」
「そら、サトシ君、新しいドーピングポケモン手に入れる手段、ないやんか。ちーっとばかしかわいそうやからな。ま、キョウの許可は貰っとる。遠慮せんでもらっときいや。中身は、まあお楽しみやな。心配せんでも、サトシくんのポケモンとして変更しとるさかい、急に襲い掛かるとかはないから安心しいや」
「はあ・・・」
まあ、正直なところ、ありがたい申し出ではある。
サトシの手の中で戦えるポケモンは実質、ピカチュウと、いまだに得体のしれないゲンガーのみ。
戦える手段が増えるのは申し分ないのだが、だが、あのキョウのポケモンで、さらにドーピングされているポケモン。
一体何が入っているのだろうか。
マサキを見ると、いつもどおりニコニコのすかした表情をしている。
「ほな、ワイの用事はそれでぜーんぶ完了や。引き留めて悪かったな、またどっかであおうや。それまで元気で、生きて会えることを期待しとるで」
「いきて・・・そうですね。ありがとうございます」
ちょっと含みのある軽口。だがまあ、それもマサキである。
「ちゃーんとお礼言えてえらいで~、次はグレンタウンやな。サトシ君の旅も、いい感じに終盤ちゃう?どうやろ?ま、キョウよりかはマシやと思うで。あそこのおっさん」
「おっさん?」
「行ってのお楽しみや~ほなな」
そういって、見返すことなくさっさとジムの中に消えていった。
先ほど言っていた、後処理というやつをやりにいったのだろう。
少々気になることもあるが、それはマサキの言う通り、抱え込むサトシの癖、というものだ。
生き物の生き死ににかかわること。
サトシの正義であり、狂気。
それはいまだに衰えることなく、ふつふつと心の中で煮えたぎる。
自分でわかってはいても、消えないし無くならない。
それであれば、やはり共存せざるを得ないのだ。
「・・・休もう」
「ピッカピ」
マサキとの会話中、どこにいたのかいつの間にか隣にいるピカチュウを横目に、鉛のように重い足を引きずる。
貰ったキョウのポケモンはとりあえずしまい込み、思考から外す。
とにかく一刻でも早くポケモンセンターに滑り込み、ベッドに倒れこみたい。
それはピカチュウも同様のようで、いつもは食事をねだってくるような時間だが、ぼーっとしているような、ちょっとふらついているような、なんだか心もとない様子。
ピカチュウも疲れることがあるんだな、なんて思ったりしつつ、普段の3分の1ほどのペースでずりずりと足を進め、ポケモンセンターの宿泊施設になんとかはいり、荷物や上着を適当に放り投げ、ベッドに死んだように横になって、すぐに寝息を立てて、夢の世界へと旅立った。
ドキドキの新ポケモン。