「さて、久々の戦い、胸が躍るのう。ファファファ。あの状態でサトシ君がどれだけのことをしてくれるか・・・楽しみじゃ」
キョウとサトシが別れた後。
サトシが自身のポケモン達と作戦会議をしている頃、キョウはバトル場で、その待機時間をじっくりと味わい、無音の空間で胡坐をかいて待つ。
すでに準備はできている。
自身のポケモンのベトベトンとマタドガスは当然、ドーピングされたもの。
サトシの持つノーマルなポケモンでどうにかなる代物ではない。
―――まあ、それをどうにかしてきた実績も当然承知している。子供とはいえ油断は禁物。
油断してやるのも、一興ではあるとも思うが、それはサトシ君の状況を見て判断するとしよう。
実際、あの少年は大したものだ。
あの獄から脱出し、壊れることなくわしのもとへたどり着き、平静を保っている。
今までそんな奴はおらんかった。助けを乞う哀れな人間ばかりで、興が削がれることこの上ない輩ばかりであったが、あの少年、なんとも面白い。
ファファ・・・笑いが止まらぬな。
きっとあの少年なら、拙者を満たしてくれよう。
キョウが笑みを浮かべながら静寂の時間を楽しんでいると
くぐもった重低音とともに、わずかに床が揺れる。
「ぬ――なんだ」
太鼓の音か、小さい爆発か。
最初はそのような感覚だったが、徐々に大きくなる音と振動。
この広いバトル場の中心近く。端に座っているキョウの正面15m程の地点にわずかに亀裂が走る。
「・・・まさか」
嫌な予感というのは当たるものだ。
キョウは忍者である自身の勘というものを大いに信用している。
数えきれないほどの命のやり取りを経て身に着けた、神がかり的な直観。
それは命に係わるものほど敏感で、その感覚が今、大いに反応している。
振動に合わせて亀裂も徐々に拡大していく。
キョウは自身のポケモンを咄嗟に目の前に出現させる。
ベトベトンとマタドガス。
通常、この二体に勝てるポケモンなどそういるものではない。
だが、何か、えもいわれぬような不安がある。
ポケモンバトルとは違う、そういう緊張感ではない、別の何か。
かまえるキョウの前に、ついに亀裂に穴が開き、その中心から黄色い、拳が雷とともにはみ出した。
中央から細かい雷が部屋を駆け巡る。
パリパリと軽い破裂音が壁を削り、室内を一瞬だけ白く照らす。
「これは―――」
中央の床からはみ出た拳は再度の衝撃とともにすべて貫通し、大きな黄色い巨躯が現れる。
全身を発光させ、電気が周囲の床に垂れ流しになり、光が雨粒のように飛び跳ねている。
「ピカチュウ―――か!これはなんとも、おぞましい。ファファファ」
キョウとしても、これは初の出来事。圧倒的な存在感と放たれる殺気。
それが全て、自分に向けられていると明確にわかるほどの敵意。
なるほど、確かに、これは特殊な個体だ。どこか隔離したくらいでは、到底押さえておくことはできなかったというわけだ。
こればかりは、自分の判断が多いに間違いだったと認めざるを得ない。
さて、どう出るか―――
ピカチュウはすでに全身を床から引き抜き、両の脚を床にめり込ませている。
体躯にして、3m近い。
元々巨大だった体をより膨張させ、筋肉達磨と表現しても差し支えない。
対し、自分のポケモンもまた異形。
ベトベトン。
ヘドロポケモン。身長1.2m、体重30kg。ただそれは通常のもの。
ヘドロを積み重ねた流体の体に顔をつけたような姿は、通常のものだとしてもひどく悍ましい。
しかし、ドーピングされたベトベトンは、それをさらに、はるかに上回る姿をしている。
色は紫を超えて、もはや黒に近く、流動しているはずの体は、粘度が高すぎてほぼ固形。
とこどどころ思いついたかのように内部からぶしゅぶしゅとガスが漏れる音がし、小さい穴と共に腐った肉のような、曇ったガスを噴出する。
凝縮されたヘドロのようで、通常の大きさより一回り小さい胴体に顔のような穴は確認できるが、そこに本来の表情はなく、ひたすらに虚無をうつしとったかのような能面が張り付いているのみ。
ぶくぶくと重い泡とガスを出し続ける、海の底にこびりついたような塊。
それがキョウのベトベトンだった。
マタドガス。
毒ガスポケモン。身長1.2m、体重9.5kg。
当然、それもドーピングされたポケモンには当てはまるわけもなく。
2つの顔のついた球体から構成されるはずの動体は見る影もなく、新しく生まれては崩れ落ちる、ガスとは程遠い、強くなりすぎた自分の毒に耐えきれずに腐り落ちる体を維持するために延々と再生を繰り返して球体の体を新しく生み出し続ける、生命というにはあまりにも冒涜的な姿形をしている。
崩壊する体には痛みを伴うのか、その顔は常に苦悩の表情をしており、生まれてから崩れるまでの時間を苦痛と共に過ごし、終わる瞬間まで誰かを呪うようで、どうしようもない現実も承知しているような諦めのものとも取れるような顔。
浮遊している体も、常に溢れる毒で溶けた体が地面と縫い合わせているため、床から生えて固定されているかのような錯覚に陥る。
その二体のポケモン。
過去、さまざまな対戦相手を負かし、葬ってきた。
愛があるとは到底言えないが、それでも、信用という一点において、キョウは自分のポケモンは頼もしい相棒である。
しかし、瞬きの後、
その相棒が、技を繰り出すことなく、動体を半分吹き飛ばされていた。
ーーー何が起きた?
一瞬、光が目の前を通過したと思ったら、ベトベトンの上半分が消し飛んでいる。
そして、部屋中央にいたはずのものが、自身の右数メートルの位置に、拳を振り抜いた形で、床を盛大に散らしながらブレーキしているのを目の端にとらえる。
速すぎる・・・!
なんだ、あまりにも、いや、油断していた・・・!これくらい、いる。他にも。
警戒はしてたが・・・
一瞬の油断が命取り。
瞬間判断したキョウは、ピカチュウに対峙する。