ポケットモンスター 「闇」   作:紙袋18

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第百七十九話 命を賭して

圧倒的だった。

研究は、ここまで進んでいたのか。

 

 

「化け物め。まったくもって、ふざけた生き物じゃな」

 

 

戦いというのは、実力が拮抗していなければ、ただの一方的な暴力だ。

強者が弱者をいたぶるのは、当然の権利。それだけの実力を得るに至るまでの蓄積は、その行為を当然許容する。

力でも速さでも、それが圧倒的であればあるほどその行為は酷く残酷で、笑みがこぼれるほど嗜虐的だ。

 

―――その立場は、普段は自分自身が行っていたはずだったのだが。

 

 

頭の中で苦笑いせざるを得ない。

なにせ、目の前に起きている出来事はその真逆であるのだから。

 

ピカチュウの一挙手一投足が自分のポケモンを大いに削る。

幸か不幸か、不定形のポケモン。削られることにはさほど意味はない。

 

ヘドロにしろ毒ガスにしろ、結局は元通りになってしまう。本来それで相手の士気でも下がろうものならこちらのものだったのだが、今回ばかりはそれは期待できない。

なにせ、トレーナーがいない。

意を削る対象が不在。こんなに味気のない戦いなどあろうか。

それに加え、戦っているポケモンも、正気でない。

 

 

ああ、なんて、無意味。

 

 

ただただなすすべなく蹂躙されるとはこういう気持ちなのか。

ポケモンに攻撃の指示を出したところで、そのスピードの前ではすべてが無意味。

広範囲を毒で埋めたところで、常に帯電し、周囲を焼き尽くす奴に、どれだけの効果があるものか。

 

考えていると、黄色い閃光がマタドガスをまた一つ消し飛ばす。

返す踵で、ベトベトンを踏みつぶし、周囲に黒いヘドロをまき散らす。

 

何度も、何度も、繰り返す。

だが、マタドガスもベトベトンも再生を続ける。死なない。それがキョウのポケモン達。こいつらを倒せるものなど、存在するはずもない。

ゆえに、いつまでも続く。

 

 

 

ただ、キョウは感じている。

決してこれは長く続く戦いではないことを。

通常のポケモンバトルとは違い、トレーナーがいない。指示する者がいない。ゆえに、あの化け物はポケモンバトルをしていない。ただただ、目の前にいる障害を排しているにすぎないのだ。

つまりは――――

 

 

ピカチュウの顔が、ぐりんと自分の方を向き、眼光が刺さる。

 

 

「それはまあ、そうなるじゃろうな・・・!」

 

 

そう、ピカチュウにとってポケモンだろうが、人間だろうが、関係ない。

何度もぶっ叩いても消し飛ばしても再生するのであれば、別のモノから排除するのみ。

 

キョウは忍者の家柄とはいえ人間。

あんな3m近い巨体で、まばたきの間に瞬間移動する相手になすすべなどない。

たとえ同等に動けたとて、いかにしてあの肉体を撃退すればよいのか。

 

それこそ、毒でも飲ませなければやってられない。

 

 

ピカチュウがこちらに向かって踏み込んでくるのが認知できた瞬間、キョウに取れる最大限の行動は、身を屈め、頭を守り、すでに目の前に迫ってきている丸太のような足をなんとか腕で防いで意識と命を飛ばさないようにすることだけだ。

 

ただただ体重と遠心力を乗せただけの、なんの技術も伴っていない、純粋な肉の塊がキョウの腕ごと打ち抜き、背後の壁に吹き飛ばされて激突する。

壁が板張りでよかった、などと余計なことを考えつつ、大きくたわんで割れた壁板の中に嗚咽しながら蹲る。

 

 

「ぐっ・・・かは」

 

 

右腕が折れた感覚。

あばら数本と、鎖骨も。

命があるだけもうけものという衝撃。だが、腕の隙間から見える景色には、安堵できるものは何も映っていない。

一撃見舞えば満足して帰るなんていう騎士道精神溢れた相手ではないのだ。

 

―――ああ、なんという、愛に溢れているのか。

自分のポケモンが、ピカチュウに縋りつく。

 

すまないが、ワシはおぬしらに愛を注いではおらぬ。

 

狂暴に弾ける電気の束に焼かれる自分のポケモン達。

縋りついたといっても触れること叶わず。

 

 

こんな、自分を救わずともよいものを。

 

 

そして、気づく。

理性ではなく、野生の嗅覚と、身に沁みついた戦いの記憶から。

 

不定形には、不定形の戦い方があるのだと。

 

 

ピカチュウは纏わりついたベトベトンとマタドガスを尻尾で吹き飛ばす。

攻撃の都度、当たった場所が床にばらまかれるが、残りはまた再生を繰り返す。鼬ごっこを繰り返していたが―――

 

大きく振りかぶった拳に電気を纏わせ、床を叩きつける。

 

目を閉じなければ目を焼かれるほどの光とともに、爆音が響き、床に1m程の穴があいた。

ピカチュウは床にへばりついているマタドガスとベトベトンを、散らばった大きな瓦礫とともに蹴とばし、穴に突き落とす。

当然、その程度でなんとかなるような生き物ではないが、圧迫された空間。

二体が入ってギリギリの隙間。

 

 

ベトベトンは、上を見る。

マタドガスは自分の下敷きになっているので、上を見ることができるのは自分だけだ。

命の危機などあったことはない。

 

だが、今、自分の上にあるこの光の塊は、一体なんなのだろうか。

 

 

ゆっくりと落ちてくる閃光。

ただただ白い。

こんな黒い肉体からでもわかる、圧倒的な無色。

 

そして、意識が消失する。

 

 

 

 

「蒸発した―――のか」

 

 

ゆっくりと高電圧と高熱にされされた流体の体は、ただの小さい黒い塊を残し、塵になっていた。

穴の底に向けて丁寧に、満遍なく瓦礫とともに圧力をかけながら、電子レンジのように電磁波を浴びせ、焼き、焦がす。

 

ただの暴力馬鹿ではなく、知恵をもった悪魔のような――――いや、それはもはや―――

 

 

「研究―――正気とは思えなかったが、本当に」

 

 

苦しそうに小さく咳をすると血が服に滲む。

軽く内蔵もやられているようだ。呼吸するたびに胸に刺さるような痛みが走る。

 

そして、当然、勝者は、自分が勝ちと認めるまで、行動をやめることはない。

力を持つものは、弱者を蹂躙する権利があるのだ。

 

何度も、何度も自分が行ってきたことが、今度は自分に向いているだけ。

 

 

―――今更、後悔もない。

 

 

最後か、と自分の見る最後の景色を焼きつけようと化け物に目を向けると

 

 

先ほどまではなかった黒い影が、化け物の背後に立ち上り、影の中心にニタニタとした顔が浮かび上がる。

 

 

「・・・ゲンガー、か?」

 

 

キョウは意識を保ちながら目の前の光景に注視する。

 

 

ゆったりと左右に体を振りながらこちらに歩いてくるピカチュウの背後から、ゲンガーが近づく。

そして、ピカチュウの頭をゲンガーが包み込むと、歩みを止め、何度かビクビクと体を震えさせ、数秒後に膝をつきそのままうつ伏せに倒れた。

 

頭から離れたゲンガーはもぐもぐと口を動かして何かを咀嚼しており、いろいろと角度を変えたり体をねじったりし、しばらくして、ごくんと喉を鳴らし、大きな舌で口元をペロリと嘗め回した。

 

ゲーッっと汚い音を鳴らし、ピカチュウを一瞥し、そしてキョウへと向き直る。

 

 

「一体何が―――いや、なにをしておる・・・」

 

 

とことことキョウの目の前まで来たゲンガーはぐったりと動けないキョウの体をまさぐり、何かを引っ張り出した。

 

 

「ギャギャギャ!ガーギャ」

「それは・・・ああ、そういうことか。そうだな、その権利はあるだろう。ルール無用はお互い様ということか」

「ガー」

 

 

ゲンガーはキョウの胸元から抜き取った、ジムリーダーを倒した証明、裏のピンクバッジを手に取りニタニタと一通り笑ったら、すたこらさっさとキョウに背を向け、部屋から出ていった。

 

それを遠目に見守りながら、キョウは落ちそうになる意識をとどめていた意思を手放すことを決め、壁にもたれかかった姿勢のままずりずりと重力に身を任せ、目を閉じた。

 

 

「まったく、あまり、慣れないことはするものではない・・・な」

 

 

その独り言を最後に、数分前まで包まれていた静寂に戻った。

 

部屋からはまだ焦げた臭いと、散らばった毒の破片。

それと、ぐうぐうといびきをたてて一回り小さくなったサトシのピカチュウが寝転がっていた。

 

 




久々に更新を続けていたらデイリーランキングにのったので、この調子で感想とか評価とか、してほしいぜ!
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