「やっほー、キョウちゃん元気しとった?」
「ぬ、マサキか。何用だ?」
「お、なんか機嫌いいんちゃう?おもろいことでもあったか?ま、あんたのおもろいことなんて、ワイにとってはなーんもおもろいことなんてないんやけどな!悪趣味なやつの感性はまーったくこれっぽっちも理解できんわ」
「ふん、相変わらずの軽口じゃな。拙者はそんなお前のことはそこまで嫌いじゃないぞ。ファファファ」
「おーこわ。あんたに好かれるくらいならどっかのサドメスガキのが可愛げがあってキュートやったで」
「ふん。おぬしと会話して実のあった試しが無いな。もう一度訊くが、何の用だ?」
「会話のできへんやつは嫌やな~もっとこみゅにけーしょんってやつを大事にせんといかんで?あんたに足りんのはそのへんやといつもおも―――わーったわーった、そんな目でみるんやない、惚れてまうやろ。何、いつものメンテナンスと、ちーっと知った顔を拝みに来ただけやけど、サトシ君、おる?」
キョウの眉がピクリと反応する。
マサキはいつもどおり、仏頂面で斜に構えてポケットに手をつっこんだままだ。
「ほう、お主がただのトレーナーに肩入れか?珍しいこともあるものだ」
「まー、ワイかて人間やさかい。いたいけな夢見がちな少年がこーんなどぎつい空間にひょいひょい入っているのを見るとな、思うところはあんねんで?こんな世界に喜んで飛び込んでいくやつらなんてどーーーーーでもええけどな。あんな善良なただのおこちゃま、そら放っておけってほうが野暮や」
「いつもながらよくしゃべる奴よ。―――別に肩入れするのは構わぬが、お前には何もできぬぞ。今彼は――――いつもの所よ」
「あんな毛も生えそろっとらん少年をなんてとこにいれとんねん。まったくお前、ほんま、同じ人間とは思えへんクソ野郎やな。大人でも狂う場所やで」
「お前とて知っておろう。拙者の―――」
「あー、知っとるわ。せやから、別にどうこうしようってわけやないわ。さっきも言った通り、メンテナンスのついでに、ちーっと顔を拝みに来ただけや。彼も立派な裏の世界に足を踏み入れとるんやから、そのへんはノータッチやで」
「ふん、まあよかろう。勝手にするがよい。精々、拙者を楽しませることだ」
「そーさせてもらうわ。ほな」
そういうと、マサキは部屋の奥、キョウの横を通り過ぎて隠された地下の通路に向かう隠し扉をこともなげに探り当て、そのままの歩調でひらひらと手を振りと後ろのキョウに別れの挨拶をしながら闇の中に消えていった。
「―――あのマサキが、興味を示すか。それはそれで興味深い。サトシ君はいろいろとイレギュラーなようじゃな。さて、どうなるか」
ファファファと軽く笑い、手持無沙汰にくるくるとモンスターボールを弄ぶキョウだった。
――――――――――――――――――――――――――――――
地下につくられたこの長く冷たい廊下と地下牢を、マサキは何度も見ている。マサキはポケモンリーグ内部のシステム全般を管理する統括者。
ジムに設置されたバトル施設もその範疇に含まれる。ただ、この施設は例外。
人間相手の場所など、自分が手を出す部分ではない。だが、ここは裏の世界。それを禁止するほどマサキは人情的でも感情的でもない。
自分の責任の中で勝手にやってくれ、どうぞご自由に。
そんな自分が、ことサトシ君のことになると少し、ほんの少しだけ、捨て去ったハズの感情に軽い光を差し込む。
・・・いや、わかってはいる。これも、この先にあるものを見据えてのメリットを考えてのこと。サトシ君を手助けすることには意味がある。
ただ、それを正当な理由として手助けするには、自分の責任と立場が許さない。マサキは自分の裁量で自由に行動できるという役割を与えられているが故に、その責任と立場には大きな力と意味が課せられる。
わかっている。自由気ままにやっているが、大きすぎる力は抑圧されて価値が認められる。
そうでなくては、世の中は回っていかないのだ。
故に、自分が手出しできる範疇は自分が一番わかっている。そこらのアホとは違う。手を出す範囲を間違えてはならない。それが社会の歯車として上位に位置する、自分の理なのだ。
「―――いうても、アホアホ大魔神のサトシくんには、いうておかなあかんことがオツキミ山ほどあるさかい。ま、いうてきけるほどの元気が残っとったらの話やけど」
と、独り言ちる。
手に持った小さいバッグにチラと目を落とし、はあ、と軽くため息をこぼした。
「まったく、ほんま、損な役回りやな。うまくいく確率も低め、10%がいいとこやろか。―――まあ悪くない確率やけど、わい、天才やのに10%なんて死ぬほどダサいわ。もちっとなんとかならんかったんか。あーしんど。もう嫌やな、帰りたいわ。まったく、なんでここまできても油断ばっかりするんやろかあの子。ちゃーんと忠告したったのに、まったく、ほんま、まったくや」
ぶつぶつと口では言いつつ、少し足早に歩みを進める。
鞄がカチャカチャと軽い音をたて、余計なものが無いこの通路において、その音はよく響いた。
鞄の中には、一つの薬が入っている。
使うつもりは無いが、まあ、サトシ君次第やなとマサキは考えている。
実験中。それも秘密裏に。
これもマサキの役割の一つではあるが、成功したとしてもどうなることか。
過度に肩入れすることはできない。なので、メンテナンスついでに、軽く実証実験を行うだけ。
まあこれもあんまりよくないことはあるのだが、キョウもよく実験してることだし、その一部でやるだけ。
しらんしらん、ワイはしらーん。
そんなことを考えながらしばらく歩くと、キョウがいつもの場所、といっている金属の扉が見えてくる。
無機質で残酷な、鉄の扉。
せめてもうちょっと飾り気でもあればとも思ったが
「中にいるやつからしたら、ムカついてしゃーないわな、そんなん」
自分で思ったことに、自分でツッコみ、はあとまたため息をつき、扉の前に立ち、取っ手に手をかけ、中の音に耳を傾ける。
扉についた小さい穴からは、中の様子は見て取れない。
サトシ君がここにはいってから、何日が経過したのか知らないが、抵抗する気力を失わせるには十分な時間はすでに超えているようだ。
意を決して、というほど緊張も覚悟もしていない、いつもどおりの、感情というパラメータに欠陥を持ったまま、取っ手を捻り、重々しい金属と石の擦れる音が響く中、マサキは牢獄に一歩踏み出し、壁に鎖で繋がれて項垂れている少年を確認すると、前に会ったときに会話したように、軽い口調で声をかける。
「―――よー、こんなとこでなにしとるん、自分。鎖でつながれる趣味なんてあったんか。さぞカスミに喜ばれるやろなあ。おもろくてしゃあないわ。アホ。」
―――わりと限界、って感じやな。
返事できるくらいの意識は保っとったか。ま、腐ってもこの業界でやってきただけあるわ。心の中では褒めといたるわ。
「あ、ちゃうで。助けに来たわけちゃうねん。そもそもわいは中立な立場やからな。正面から拉致されたサトシ君救出しにきたで~~~なんてジムリーダーに言えへんねん。すまんなサトシ君」
少し光のともった目にまた闇が射す。すまんな、サトシ君。そんな目で見んといてくれや。その目はワイに効くんや。あいたたた。
とはいえ、これからや。
「あー、わいは直接助けられん。やけど、可能性を残すことはできる。サトシ君、これは君にとってもプラスになるかどうか、わいにはわからん。せやけど、このままやと間違いなくこのまま死んでしまう。どうや、賭けてみるか?それとも、このまま命を放り投げるか?わいはどっちでもええ。目覚めがいいか悪くなるか、その程度の違いや。」
―――
うん、まあそらそうやな。人間、生きたいって欲望まで失ったらどうしよもないわ。ほな―――飴ちゃんでもやったるから、まっとき。
振り返ることなく牢獄の外に踵を返し、鉄の扉をゆっくりと閉める。
扉から離れ、壁にもたれかかり、体重を預ける。
そして、再度の独り言。
「あー、かなわんな。ワイ、いたいけな少年にこんな弱かったんやろか。変な趣味に目覚めてしもうたんか?まったく、サトシくんにはつい手をかけたくなってまうなあ。・・・ま、もう一仕事や。ピカチュウ、お前次第やで。ご主人の生き死に。気張るんやで―――」
どっこいしょと壁から体を起こし、マサキはその扉を通り過ぎてさらに奥へと歩みを進める。
鞄からカチャカチャと鳴る何かの道具の音を廊下に響かせながら、蟹股ですたすたと消えていくマサキだった。
明かされる、マサキの行動。
次回後編。
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