ポケットモンスター 「闇」   作:紙袋18

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第百八十三話 キョウ

拙者には、何もない。

 

所詮は、ただのなりきり、似せることしかできない、不完全な欠陥品。その自覚ができているだけ、まだマシだと思っている。

人は、通常ではないと自覚できた時に、そんなこと知りたくなかったと絶望するのだ。

 

 

キョウにとって、全てはどうでも良いことだった。

自分というものがなんなのか、それすらも、興味がなく、これまでも、行く末も何もかも、ひたすらに無関心でしかなかった。

 

 

キョウは、物心ついた頃までは何不自由なく暮らしていた。

忍びの家系とはいえ、今は平和な世の中。

もちろん、兄弟や父などはそんな現代においても秘密裏にしている仕事があるようだったが、自分にとってはまだ未来の話。

キョウはすくすくと育っていった。

 

キョウが12の時。

忍びの家系に伝わる、伝統行事。成人の儀が行われた。

罪人の命を自ら断つというもの。昔は互いに武器を取り合い、殺し合いをするような殺伐としたものだったらしいが、まあ、そんな物騒なことをする時代ではないらしい。忍びの家系とはいえ、時代によってアップデートされる部分もある。

 

罪人は足と手を縛られ、手拭いで目を隠され、跪いている。

口が覆われていないのは、命乞いをあえてさせるためか。助けてくれ、殺さないでくれ、などと宣っているのが広場に響く。

逃げようにも周囲は兄弟が囲み、万が一にも逃げ出せぬよう、高い塀に囲まれた広場で行われている。

ただの儀式だ。失敗しようのない、ただの通過儀礼。

 

しかし、本来の目的は十分に達成することはできる。

すなわち、自らの手で人命を断つ、という経験。

優しく育てられていればいるほど、この儀式は時間のかかるもので、兄弟も親、親戚も、ああ今回はどれだけ待つものやら、キョウ様はお優しい方ゆえ数時間かも知れぬぞ、など、なんなら、ちょっとした笑いまで起きる始末。

これから人が一人死ぬという場所の空気ではないが、それくらい、忍びが人の命を断つという行為は日常茶飯事で、それを理解させるということでもある。

 

さて、そんな中、当の本人であるキョウ少年はーーー

 

子供用の短い脇差をスラリと抜くと、なんの躊躇もなく、罪人の首筋に刃を当て、引き裂き、自分の顔に血飛沫が飛び散るのも厭わず、崩れ落ちる罪人を表情ひとつ変えることなく、じっくりと立ったまま、観察していた。

「い゛っ、あがが、ごぼっ」

そんなよくわからない発音の言葉を一言一句聞き逃すまいという様子で、じっと、その変な音が聞こえなくなるまで眺めていた。

 

周囲の人間からは「おお、何の躊躇もなく」「忍びに生まれるべくした才能」「これは有望であるな」など、キョウの展望に花咲かせたような会話が広がっていて、母親はキョウに後ろから抱き着き、「よく頑張りました」といい、父親は「さすが拙者の倅よな」などと親兄弟に自慢していた。

 

その間もキョウは、すでに息絶えた、罪人だったものを眺めて観察していたが、特にもう変化がないことを知ると、顔をあげ、今度は周囲が何をそんなに騒いでいるものやらと、無言で観察し、しばらくするとふいと顔を上げ、興味を無くした。

 

ああ、結局、こんなものか。

12歳という若い身の上では本来、もっと多感で、多くのものに興味を持ち質問の嵐をするようなものだが、この少年にとってはすべてがくだらなく、まるで興味を抱くに該当しないものに過ぎなかった。

この頃にはもう、自分を構成する要素は限りなく虚無で、あらゆるものに興味を抱けない、なぜここに存在しているのかわからないということが自覚できてしまっていた。

周囲からは「自分の得意なこと、好きなことを見つけて伸ばしていきましょう」などと言われていたが、あらゆることに挑戦し、成し遂げ、そして興味が無かったことを確認するだけの日々を送っていた。

そして、人殺しもその一つに過ぎなかった。

 

 

 

 

キョウが大人として仕事を行っている頃。

本人の性質はともかくとして、忍びとしての才覚とセンスは当然のように群を抜いていた。

周りからは頼れる人間として評価され、当の本人も自分が如何に他と異なるのかということを十分に理解し、さも普通であるかのように振舞っていた。

異質を知ることは、異質を隠すことでもあるのだ。

 

標的を見据え、急所に一突き。

それだけで達成できる仕事は、ただの作業でしかなく、12歳の時に実行したものと大差ないもので、本当に退屈そのもの。人が変わろうと、道具が変わろうと、ただただ何も感慨深いものは無く、ひたすらに、ただひたすらに毎日が過ぎていった。

 

 

 

「お前はいつも仕事が早くて助かるよ、キョウ。でも、いつも終わった後にぼーっと眺めてたりするのはなんなんだ?」

「―――別に、ちゃんと死んでいるか確認しているだけよ」

「そうかそうか、仕事熱心なことだな、ははは」

「ええ、ちゃんと、確認しないとな」

 

 

このまま毎日が過ぎ、何にも興味をいだくことなく、自分も同じように死んでいくのだな、と考えていた。すでに歯車となることを受容し、自分という異物が誕生してしまったことが、早くなかったことになればよいのにと、居もしない神に文句を言うことも稀にあった。

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

その日は雨が降っていた。

気が滅入る、ということにしている。

その方がまっとうな人間らしいので。そういう振舞をすると決めたのは、果たしていつ頃だったろうか。

そんなことを考えながら、今日の仕事を熟しにゆく。

 

いつも通り、キョウは刀を音もなく抜き、標的の首――頸動脈を切り裂くだけのハズだったが、今回の相手は、稀にみる強者で、キョウの気配に気づき刃をスレスレで躱した。

 

しかし、別に今までなかったわけではない。一度躱されればより速く、より鋭く再度刀を振るうのみ。イラついたりもしなければ手元が狂うこともない。

 

この時も、なにも問題なく、相手の抜いた拳銃を事も無げに弾き落とし、止めを刺すのみだったのだが

 

 

「クソったれめ・・・躊躇なく殺しまくりやがって、知ってるぞ、クソ殺し屋め。いや、忍者とかいったか、ふざけやがって。クソ、クソが、見境なく首ばっかり切りやがって、首切りキョウめ」

 

「ほう」

 

首切りキョウ、と自分は呼ばれているらしい。

確かに、殺すのに趣向を凝らしたことは無かった。

一番効率よく無力化し、殺すことができる手段をとっていたので、こういった相手の言い分を聞く機会がほとんどなかった。

 

まあ、周りが言っていたかもしれないが、そもそも興味がなかったので聞き流していたのだが、これから殺す相手から出た言葉に、なぜかこの時は少し気持ちが動く。

 

 

「ふむ・・・・そうさな」

 

 

普段心の動くことがもはや無いに等しくなった自分の、ちょっとした、ささいな動き。

無視するには、自分はあまりにも退屈すぎた。

 

 

「殺すなら、殺しやがれ・・・」

 

 

これから死ぬ者は、大体が命乞いをするものだ。

もちろん、今までもいないではなかったが、こういった強がりはなかなか聞くこともない。

これはなかなか―――味がある。

 

 

「ふむ、ふむ。そうか、試してみないでも、ないな」

 

「はあ?何言ってやがる。てめえ、なにして・・・」

 

 

キョウは刀を納めた。

雨音が刀の音をかき消し、べしゃ、と一歩踏み出し標的の口を掴み、ごり、と大きく口を開けさせた。

 

 

「ごが、あいをひああう―――ご、おごごおお」

 

 

懐から木の容器を取り出し、片手で蓋を外し、大きく開けた標的の口の中に、液体をトクトクトクと注ぎ込む。

口から溢れそうになったところで、口を閉じ、無理やり飲み込ませた。そして解放し、キョウは近くの岩に腰掛け、観察する。

 

 

「くっそ、げほ、何を飲ませやがった―――」

 

「毒だ。即効性でもよかったのだが、なるべくゆっくり苦しむやつにした。どうだろうか」

 

「な――――ふざけ―――あ、がぼ、げほ、あ、あああ」

 

 

ザザザと雨が降りしきる中、濡れることも厭わず腰を下ろしてじっくりと眺めるキョウと、悲鳴にもならず首を掻き毟りながら口から泡を吹き、もだえ苦しむ人間が一人。

地面をひっかき、爪がはがれて血を滲ませながら転がり、よくわからない声を上げる。

キョウを睨む目だけは充血しながらも恨みと殺意が籠っており、全く感情のこもっていないキョウの瞳がそれを見返す。

仰け反り、引っかき、足をばたつかせ、頭を打ち付け、地面に落ちた蝉のように、無様に足掻き苦しむ様を、キョウはじっと、眺める。

 

 

それが、30分程。

 

漸く絶命することができた男は、目を大きく見開いて口から吹いた血と泡で窒息し、掻き毟った首は爪で引き裂かれた跡と、爪の無い指で力いっぱいこすった内部出血の痣だらけで、最後まで力が込められていた脚は溺れかけたときのように攣り、死んだ今もなお、カメラで切り取った瞬間のように、硬直していた。

 

男が死んでからも、まじまじとその様子を眺め、観察する。

 

 

―――1時間が経過しようという頃、キョウは瞑目し、ゆっくりと立ち上がり、雨で聞き取れないくらい小さい声で呟いた。

 

 

 

 

「悪くない」

 

「だが、まだわからぬ。人、いや、生き物とは、拙者の興味を引くものであればよいのだが―――」

 

 

 

そこから、キョウは思いつく限り、「生き物を観察する」ということに一縷の望みを抱き、実験の限りを尽くす。

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

「キョウ、お前、変わったか?」

 

「―――そうか、そうかもしれぬ」

 

「いやまあ、なんというか、面白いことでもできたか?」

 

「・・・面白いかどうか、それを確かめている」

 

「へえ、やっぱり、変わったな」

 

「拙者は、変わったのか?」

 

「ああ、正直、変わり者だなと思ってたが、最近はちょっとな、お前にも人間らしいことがあったのか」

 

「・・・――――ファファファ」

 

「!お前、笑えるのかよ」

 

「ファ、ファ、ファ―――いや、なんとも、可笑しなことではないか」

 

「なんのことだかさっぱりだが、お前が楽しそうでなによりだ」

 

 

 

なんのことはない、普通を演じられていたと思っていたのは、自分だけであったのだ。

これが可笑しくなくて、どうだというのか。

自分は、最初から狂っていて、異常者だった。いくら誤魔化そうとしたところで、所詮薄っぺらい子供だましでしかなかった。

 

しかしそれが、ほんの少し、興味を抱くものができただけで、これか。

人間というのは意外と、複雑であるのかもしれない。

その中には自分が本当に興味を抱けるものが存在するのではないだろうか。

それが痛みなのか、変質なのか、苦悩なのか、分からぬが、何も生きる道が無いよりかは、遥かにマシであるな。

 

うむ、そうだ。

拙者は普通でありたいと望む。虚無であるが故に、何かを求める者として普通でありたい。

 

もっと調べねばなるまい。もっと究めねばなるまい。

さすれば、自分はもっと、普通になれる。

 

もっと、もっと、拙者に与えてくれるものは無いか。

そのために、あらゆることを、しようではないか。

 

 

この後、キョウはポケモントレーナーとして技術も大いに身に着け、その興味の範疇でドーピング薬にも精通。

人にも、ポケモンにも詳しくなり、興味を抱き続ける為に命を弄ぶ。

 

 

 




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