「さて、いこうか」
「ピピカチュ」
グレンジムの前。
食事のあと、たっぷりと寝て、起きて、朝ご飯を食べ、ゆっくり体を伸ばし、ポケモン達の意気込みを確認し、サトシは早い時間にジムに来た。
理由は、まだ人通りが少ないだろうと思わえることと、いつも通り、まずは情報収集ということで日中に来たかったこと。
たまに事件に巻き込まれたりピカチュウが暴走したりですぐにバトルが始まることもあるが、基本的に慎重にいきたい。
なにせ命に関わる。それに、基本的にジムというのはオープンな場所だ。
今までも、基本的に会話はできた。・・・ちょっと判断をおこたってトラブルになることはあったが。
というか、大半がトラブルだった気がする。
本当に、よく生きていたな僕。うん。
しかしそれでも、まがりなりにもここまで来ている。
自信を持て僕。いけるいける。
そんな考えで少しでも気持ちを鼓舞し、サトシはジムに近付き、自動ドアが開ききるのを見届け、慎重に建物の中に入っていった―――ピカチュウが石でお手玉していたので、無理やり引っ張って中に入った。
「サトシ君かね!?待ちかねたぞ!」
「うわびっくりした!」
中に入った瞬間、サトシの目の前にぐん、と顔を近づけて、大きな声でそう言った男。
身長は170cmほど。丸いサングラスをかけ、白い口髭は左右に爆発したかのように伸びている。白衣をまとい、中には黒いシャツと、オレンジ色のネクタイ。
そして、禿頭であった。
きらりと光る頭。見ればわかると昨日言われた通り、本当に見ればわかるその姿。
おそらく、というか、ほぼ確実に―――
「もしかして・・・カツ「そう!この私がカツラである!」ラ・・・さ・・ん」
食い気味に自己紹介をするテンションの高いこの男。彼こそが、グレンタウンジムリーダー、カツラその人だった。
「そして!君が!サトシ君だねぃ!?」
「あ・・・はい、まあそうです・・・」
「だはははは!そうかそうかサトシ君!歓迎するよ!」
「か、かんげい??」
「うむうむ!というわけで早速私の部屋にいこうじゃないか」
カツラはサトシの肩をがっちり組むと、笑い声と共に引きずって連れて行こうとする。
「ちょちょ、まってください・・・なにがどうなって」
「うむ?む、そうか、だはは、すまない!ついつい感情が昂ってしまった!!」
そう言うと、カツラは手を放し、上着がずれて肩からずり落ちそうになるサトシに笑いかける。
今までこのようなテンションで絡まれたことが無いサトシはドキドキしながら、しかし敵意も感じられないのでどう接してよいか測りかねていた。
なにせ、自分のことをサトシだと知っている。且つ、今日、この時間、ここに来ることを知っている。
――――自分の情報、行動が筒抜けになっていることは火を見るより明らかだ。
つまりは、当然、裏の人間であるということもとっくに知られているということ。
そんな相手を警戒するなという方がおかしい。
「なに、君が話したいと思っていることもわかっているとも!なにせ私は天才博士!情熱と炎に包まれた研究者!カツラだからな!」
「・・・はあ」
「何か言いたげだな?だが、それも含めて、さっさと私の部屋に来て話そう、ということなのだが、いかがかな?なに、心配することはない。ここはごく普通の研究施設。君が考えるようなことは、何もないとも。がはは」
なんだかすべてお見通しの用だ。
すべてお見通しといえば、ヤマブキシティのエスパーおやじを思い出す。
すべてお見通しキャラはハイテンションなのだろうか。
まあ警戒するなと言われても、そうやって罠にはまったことは数知れず。
ピカチュウがちゃんと横にいることも確認。いかないという選択肢はもとよりないのだし、最初からジムリーダーがでてきてくれたのだ。願ってもない。
「・・・わかりました。いきましょう」
「うむうむ!そう来なくてはな!君、しばらく私はこの少年と話す!すまないが客は断ってくれたまえ!」
「おっす!未来のチャンピオンと会話なんて、カツラさんも手が早いっすね!」
「そういうことだ!あとは頼んだ!」
どのジムにもいるアドバイスおじさんに見送られながら、再度肩をがっつり掴まれて、研究所の奥の部屋まで連行されていくサトシだった。
――――――
「あらためてようこそ!サトシ君!私はグレンジムリーダーカツラだ!」
「・・・どうも、サトシです。」
ごゆっくり、とコーヒーを持ってきた研究員がドアを閉め、今はカツラと二人っきり。
いや、ピカチュウもいるので二人と一匹か。
部屋、といわれたので応接間的なものかと思ったが、資料のようなものが積み重なり、ビーカーやシリンダー、よくわからない機械が散乱し、ピコピコチカチカしている。
一応カツラの部屋、ということではあるのだろうが、研究道具も大量にあるところをみると、特に部屋を分けているというわけでもないようだ。
ビーカーで出されたコーヒーにたっぷりミルクをいれてちびりと飲みながら、部屋をぐるりと見まわしながら、そんなことを考えていた。
カツラも、うむ、相変わらずインスタント!と言いながらビーカーコーヒーをぐびりと飲む。熱いものは得意なようで、湯気の出ている液体も関係なくずぞぞぞと啜っている。
「さて、早速なのだが――――」
「も、もうですか!?」
サトシはファイティングポーズをとるが、カツラは首を傾げて、どうしたのかね?といった表情をする。
「―――おお、別にすぐにバトルしようなんてことは無いぞ、サトシ君。先に言っていこう。もはや君と戦うつもりは私には無い!!なんせ、君はすばらしい研究対象なのだからね!!」
「け・・・・けんきゅうたいしょう???」
「うむ!!研究対象だ!すばらしいのだぞ!」
正直、何を言っているのかわからないが、とりあえず戦う気が無いというのは、今時点では助かる、のだが、こちらはジムバッジを貰わないといけない。
バトルもせずにもらうなんて、ポケモンリーグが許すのだろうか?
「サトシ君、君は若干14歳という若さでありながら、この狂った世界に飛び込み、且つすでに6人のジムリーダーを倒しておるというではないか!しかもその間に攻寄る裏のトレーナー共も一網打尽!ポケモン研究の集大成ともいえるドーピング薬が横行している禄でもない業界でだ!本当に14歳かね?サトシ君、私の次に天才か?」
捲し立てるように、どんどん声のボリュームも上がっていき、まだまだ途切れる様子はない。
「それに使っているポケモン!普通のポケモンが大半だというではないか!それでどうやって今までの戦いを乗り越えてきたのか!いや、知っておるのだが!ほとんど映像に残っておるからな!本当にとんでもないバトルばかり!このカツラ、研究者として帽子を脱ぐ勢いだとも!帽子を脱いでも毛はないのだがね!だはは!」
「は、はあ・・・」
「なにより、そのピカチュウ!これがあの計画の・・・っと、これはまだ言うべきでは無かったな!しかし、うむ。ちょっと調べたいのだが、サトシ君のポケモン、全部出して見せてくれないかね?」
「え、嫌です・・・」
「まあまあそう言わずに!バトルなんかして傷ついてほしくないのだよ~~~頼む!」
「といわれましても・・・」
しつこい。というか、まったく話を訊くつもりが無い、のだが、今までのジムリーダーと違う点がある。
会話ができている、というところだ。
もちろん言葉の量が多いとか自信過剰だとかそういう点はあるにしても、ずいぶんと普通だ。
比較対象がどうしても狂っている人間ばかりだったので、それに対して言うならば大半の人が普通になるのだが、この人はジムリーダー。
話も通じるし、こちらを窮地に陥れることもしていない。
まあ、自分の欲望に素直すぎるとは思うが、研究者という立場を鑑みると、それも致し方ないこと。というか、そういう人でないと研究などできないのだろう。
「ふむう、困ったな、研究だぞ?私の研究に関われるのだぞ?」
「いや、なるべく関わりたくは・・・」
「ぐむむ、仕方がない。どうすれば協力してもらえるかね?私は研究者。許諾がおりなければ手を出すことなどできないのでな!だが何としてでも許諾を貰う!」
誠実なのか強情なのか全くわからないような事を言っているが、要望を聞いてくれそうではある。
今自分が欲しいものは―――
「えと、ジムバッジとか、もらえたり?」
言ってしまった。いやしかし、それが目的で来ているのだ。そりゃあサトシとしても戦わずに貰えるのであればそれに越したことはない。ピカチュウも言ってる。ピカピって。
「なんだそんなことでよいのかね?いいぞ―――と言いたいところだが、一応決まりでな。わしもあまり好まないのだが、研究費を貰っている手前―――いやしかし、ううむ」
なにやら悩んでいるようだ。本人的にはあげてもいいらしいが、立場が許さないようで。
「妥協案、でいけないかね?一試合だけしようではないか。私のギャロップと!もちろん、手加減はせぬが、死ぬようなことは無しだ!それでよかろう?」
「えと、それは、普通に戦うのとは違うんですか」
「妥協案といっただろう、サトシ君だからこそだとも!そうでなかったら六匹だして一気に炎上させて終わらせるところ!どうかね!?」
「な、なるほど・・・」
「しかし、妥協した分、サトシ君にも折れてもらいたい!私が勝ったらポケモンすべて!負けたら・・・考えたくはない!ないのだが!三匹、いや、二匹!二匹だけでよい!調べさせてくれ!研究者は常に平等で対等でなければならぬ!どうかね!?とてもよい条件ではないか!??」
「・・・負けたら、バッジは」
「当然、無し!しかし、再挑戦はいくらでも受け付けよう!その代わり、研究の時間は伸ばさしてもらうがね」
サトシは、ちょっと落ち着いて、といいつつ手のひらでカツラの迫ってくる顔を静止しながら考える。
・・・条件としては、いいと思う。命の危険が無い。裏バトルとはいえ、一対一の真っ当なバトル。それに勝てばジムバッジは貰えるわけだ。今までの理不尽なバトルに比べたら、なんと健全であることか。
だが、ポケモンの研究とやらが、健全であるかどうかがまるで分らない。
いくらバトルが問題なく終わったとしても、最低でも二匹のポケモンは研究に巻き込まれるわけだ。それが非人道的でないなどと、まったく確証がないではないか。
「―――ちなみに、研究ってどんなことを?」
「ほう!サトシ君も化学に興味が?すばらしい!やはり化学は最高だからな!」
「い、いや、そうではなく、買っても負けても僕のポケモンを調べるなら、どういう内容か知らないと・・・」
「たしなに!研究に透明性は必須だな!よかろう!こちらにくるといい!だが、ここから見ることは他言厳禁だぞ!言ったらどうなるかは、君ならよくわかることだろう!だはは!」
「はは・・・ソウデスネ」
「うむ!いい返事だ!ではついてきたまえ!」
最後になんだか雲行きが怪しくなるような言葉を吐いたが、それくらいは許容範囲。
そして、こういう事態にいつも暴走しかねないピカチュウのこともしっかり頭に入っているので、今回はぎゅっと力強くピカチュウの手を握っている。
2m越えの巨体と手を握る少年。
親子というか、もはや怪物に連れ去られた生贄の子供とでも見える絵面である。
まあ、いくら手を握っていようとも、ピカチュウの行動を制御できるわけでもないので、「どっか行くときはすぐにわかる」くらいの制限しかないのは百も承知。
それでも、心の準備くらいはできる。それで十分。というか、それしかできることがない。
心を決めたサトシ。
ドアを開けて出ていくカツラが別の研究者に「君、私はこれから地下に行く。よろしく頼むぞ」などと声をかけ、指でサトシに、おいで、とハンドサインを送りながら足早に歩いていく。
脚幅が違うので少し小走りになりながらついていく。研究者というのは、みんな早歩きなのだろうか。
そんなことを考えながら、カツラの研究を確認するため、ジムの地下研究設備へと向かうのだった。