地下に行く、と言われてとてつも無く警戒していたサトシだったが、明るいエレベーターで、カツラがピッとカードキーを当てると選べるようになるB2のボタンを押してたどり着いた場所は、暗くもじめじめしているわけでもなく、本当に研究所という感じの場所。
清潔で、普通に別の研究員もせわしなく働いているのが見て取れる。
先ほどの脅しはなんだったのか。
「あの、これって」
「他言無用で頼むぞ?まだ発表前だ」
「ああ、そういう・・・」
先ほどのカツラの顔の圧力から、言ったら殺すくらいの感じだと思っていた。
いや、本人的にはきっとそうなのだろう。
サトシは特別。
その認識が大きくなっている。特別だから見せる。特別だから条件を出す。
つまり、そうでなかったら、全力のカツラと戦うことになっていたということだ。
研究所を見せるのは、その誠意の証として。サトシとサトシのポケモン達が、研究対象として価値が高いから。
つまり、その誠意を裏切るようなことがあれば、カツラが大いに牙をむいてくるだろう。平等であるが故。契約、と言い換えてもいいかもしれない。
サトシがカツラの後ろ姿を見ながら考えていると、「ついたぞ、ここだ」と振り向いて声をかける。
カツラの先にあったものは、地獄絵図のように見えるものだった。
翼が落ち、胴体が膨れ上がったピジョン
体が青いコダック
足が10本あるドードー
そんなドーピングさえたポケモン達が、ガラス窓の向こうに、放牧されている。
パッと見は、非常に危険な状態に見える。あのドーピングされたポケモンが、こんな一緒くたにされているなんて、いつ破壊して研究所をめちゃくちゃにするものやら、と思ってしまう。
異形の数々。
今までさんざん、このような姿になってしまったポケモン達を見てきたサトシだったが、やはり、うっとなってしまうほど、見たいものとは口を割けても言えないほどの醜悪。
当然、まっとうな研究をしているとは思っていなかったが、ドーピングの実験でもしているのだろうか?そうなると、意地でも自分のポケモンを渡すわけにはいかないが―――
「カツラさん・・・これは」
「がはは、驚いたかね?そう、ドーピングされたポケモン達だ。どれもかれも、かわいい姿をしておるだろう―――というのは、サトシ君にはわかってくれそうもないのは、その顔を見たらわかるな!」
まったくもって、その通り。嫌な思い出しかないのは明白だ。
「とはいえ、これが私の研究だ。といっても、見てわかるものでもなかろう。少しだけ説明するとしよう」
「・・・」
「まず、サトシ君。君は今まで多くのトレーナーを倒してきたと思うが、彼ら彼女らが持っていたポケモンはどうなると思う?」
「え・・・それは、ええと・・・どうなるんでしょう?」
考えたこともなかった。
数々の強敵の前に、そんなことを考える余裕がなかったという話ではあるが、たしかに、ポケモン達はどうなるのだろう。
・・・いや、その質問をするということは、答えがもうあるということで。
つまりは、目の前のこれらが。
「そう、所有者がいなくなったポケモン達を、私が回収して保護、研究しているということだ!」
「―――それは」
「理由かね?そんなもの、もったいないからに決まっている!トレーナーが心血注いで、金と時間を費やし、愛をもって育てたポケモン達!なぜ放置などできようか!私はそんな無駄なことなど許容できない!なぜなら、研究とは時間がかかるものだからな!特に、再現性が必要な化学において、ドーピングされたポケモンというのはまさに貴重な研究対象!私が元のトレーナーの代わりに、愛をもって調査、研究させてもらっているというわけだ!」
サトシは無言で、横に並んでいるガラス窓の奥を見る。
先ほどは嫌な思い出しかなかったドーピングされたポケモンだが、よく見るとここでは特になにかを攻撃するわけでもなく、気性が激しいわけでもなく、ゆったりと過ごしているように見える。
保護、というのは間違いなさそうではある。
「・・・どんな研究を?」
「うむ。基本的には、ドーピング薬が与える効果効能を事細かに調査すること!ゆえに、膨大なサンプルがいるのだが、さすがに規制が強くてな、積極的にサンプルを集めることができん。研究したさにこの立場になることを甘んじて受け入れたが、それでも、行き場がなくなったポケモンを回収するのが一番サンプルを集めやすいということだ。実際のポケモンがいれば、ドーピング薬の品質から使い方まで、予測しやすい。使い方と種類が多岐にわたるため、正確に把握できないことも多いが、計画をもって投薬しているトレーナーも多い。そういう場合は記録に残っているから研究もしやすい。―――まあ、あまりいい使い方をしているトレーナーが多いというのが実情ではあるな。辛く厳しい環境にいたポケモンも多い。調査研究するためという名目ではあるが、ポケモン達の終末の場所でもある。ゆっくり休息してほしいという、私の願いもある。」
「・・・終末って」
「ドーピング薬を投薬されて、このような異常な形態になって、通常通りに命を全うできると思うかね?」
「それは・・・」
サトシは黙ってしまう。
事実だ。カツラの言っていることは事実。もちろん、カツラ自身の感情も多いに入っていることではあるが、言っていることはすべて、抗いようのない事実。
ポケモン達は生き物である以上、寿命や病気で死ぬ。
それが普通だ。
だが、普通に生きられたはずの体に異物をいれ、体を異形化してしまうような強力な薬品で汚染させれば、話は違う。そんなこと、考えるまでもなく明白だ。
ただほんの少し強化するだけの、安全性に配慮された市販ドーピング薬。
それが、その程度の効果しかない。というのは、逆に、それ以上の効果を出すと、危険だということだ。
「私がやっている研究というのがわかったかね?別にサトシ君のポケモンをどうこうしようというわけではない。ほんの少し血液だったり細胞だったりを摂取させてもらったり、動きを見させてもらったり、臭いをかがせてもらったり、力試ししたり、揉んだりさせてもらうだけだとも。」
「・・・ま、まあ、それなら?」
最後の方、ちょっと危ない香りがしたのだが、きっとカツラの愛ゆえになのだろう。
愛といえば、ニビジムのタケシさんは元気だろうか?
「うむ、疑問が解決したようでなによりだ!では、戻るとしよう」
そういって白衣を翻し、ついてきたまえと言いながらすたすたと速足で元の部屋へ戻るべく、エレベーターのところへ歩いていき、サトシもそれについていく。
エレベーターへ戻る道すがら、ほかの研究員がしているものも横目に見る。
試験管にあれこれ薬をいれてかき混ぜている人。
緑色の液体に浮いていろいろな管がつながっているポケモン。
顕微鏡を見てまったく動かない人。
さまざま、いろいろな研究をしている。
何をしているのか、サトシには全くわからないが、それは悪意もってやられていることではなく、本当にただの、興味と発展に貢献する人たちの姿だ。
その結果、どのようなものに使われようとも、ここの人たちには興味関心が無い。ただただ原因と結果を突き詰めて記録に残し、新たな可能性を考え実験を繰り返す。
しかし、ここでされた研究によって、より複雑で高度なドーピング薬が生まれるかもしれない。
―――複雑だが、それはサトシにはどうしようもないことだし、ここの人たちにどうこうさせるわけにもいかない。
ピカチュウに暴れさせればここの研究はすべてオシャカになるだろう。
だが、それは何の解決にもならない。
目に見えないものを、きちんと見る事。
そうしなければ、きっと何も変えられない。もう、自分はただのお子様ではいられないのだから。
――――――
「さて、どうだったかな?サトシ君!私の研究は!」
「・・・・正直、すべてわかったわけではないですけど、悪いことではないなと感じはしました」
「がはは!正直でよいな!やはり、君はとても良い!裏の人間とは思えんほどだ!―――さて、ではバトルはいつにするかね?サトシ君の疑問は解決し、条件は整った。あとは戦うのみ!」
「そうですね・・・では、明日の夜にでも」
「うむ、よかろう!では明日の0時に、またきたまえ!ジムリーダーカツラがお相手しよう!では出口まで送ろう!」
そういうと、再度がっちりと肩をにぎり、サトシを連れて元来たところへ戻る。
その時、カツラがピカチュウを触りたそうに手を行ったり来たりしているのを見逃さなかった。
・・・研究者としての欲望とサトシとの約束を天秤にかけて感情がぶれているのがよくわかる。
たしかに頭の可笑しい変人なのかもしれないが、理屈は通ってるし約束は守る人ではある、という認識に一応なったサトシ。
「ではまた会おう!将来有望な少年よ!」
「―――はい、また明日」
そうして、サトシはグレンジムから無事に五体満足で、特になにもされることなくまた外に出てくることができた。
今までのジムリーダーとの邂逅を考えると、本当に、例外中の例外としか言いようがない。
キョウの時は、その言動と態度に違和感を覚えたものだが、ことカツラにおいては、それは感じられない。
嘘を吐くような印象も無い。なにせ、研究したいがためにジムリーダーになっているような男だ。ある意味、信用できるのかもしれない。
―――とはいえ、信用しすぎるのも危険。今までそれで散々な目にあってきたことも、記憶に新しい。今のサトシの疑念の心を完全に溶かすことなど、お釈迦様でもできはしないだろう。
とりあえず、一旦どこか一人になれるところで、作戦会議をするとしよう。
ドーピングされた炎ポケモンと戦うのは、地味に初めてだ。じっくりと対策を練りたい。
新しく仲間になったしゃべるアーボックもいることだ。
意思疎通ができるのだから、作戦会議もしてみよう。
そんなことを考えていると、くいくいとジャケットの裾を引っ張る黄色い手。
・・・まずはお昼ごはんを食べてから
もはや以心伝心。
ピカチュウの顔をみるまでもなく、きっとよだれを垂らして街中のいろいろな飲食店の看板を目ざとく見つけているに違いない。
まだ時間はある。
こんなに気持ちに余裕があるジムリーダー戦は初めてだ。
ああ、これが、本来のポケモンバトルなんだな。
そんな、晴れ晴れした気持ちになったサトシ。
むしろ、基本生き死にがかかっている方がおかしいのだが、もはやそれは突っ込むだけ無駄。
サトシはピカチュウをつれて、昼食の店を探しに足を進めるのだった。
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