タケシとのバトルが始まった。
タケシのポケモン達による咆哮と気迫。
サトシのポケモンもそれぞれに気合が入った様子。
サトシは緊張と気迫に押しつぶされないように、自分も大きな声を張り上げ、ポケモンへの命令を告げる。
「クラブ、『なみのり』!キャタピーは『いとをはく』!」
「クラーブ!」
クラブのはさみから大量の水が流れ出る。
その水は流れをつくり、タケシのポケモンに向かってうねりをあげて襲い掛かる。
「その程度の水が効くとでも思ってるのかい?サイドン、『ふぶき』!」
「ドーーーン!!!」
サイドンのふぶきが大波を凍らせる。
力技だけでなく、きちんと特殊技も覚えさせておくあたりさすがはジムリーダーというところか。
本来不向きであるはずの特殊技の威力も尋常ではない。
その矛先が水流に向けられているため問題ないが、あきらかに規格外の猛吹雪を局所的に発生させている。
パキパキと音をたてて凍った水流をイワークが尻尾で砕き、再度視界を確保する。
粉々に粉砕された氷塊がキラキラと舞い、幻想的な風景を作り上げる。
光を反射しながら散り散りになる氷の欠片を見つつ、サトシとタケシが再度目を合わせる。
「・・・なんのつもりだい、それ。」
「作戦、です・・・これでも。」
サトシの前には、先ほどまでいた三つのポケモンの影はなく、一つだけになっていた。
ピカチュウの両肩の後ろ、肩甲骨のあたり。
そこにクラブとキャタピーが、ガッチリ固定されていた。
キャタピーのはいた糸によって。
一瞬間があく。が、それもすぐにかき消される。
「ゴローニャ、『とっしん』!」
「ゴローーーニャ!」
二メートルの岩石の塊が破壊の限りを尽くして突進してくる。
進路上にある岩や石は、触れた瞬間に弾け飛び、原型がないくらい粉々になっている。
ピカチュウといえど直撃したらただでは済まないことは明らかだ。
「ピカチュウ、よけろ!キャタピーとクラブは攻撃を続けて!」
「イワーク、追撃だ。」
ゴローニャを紙一重で避け切ったピカチュウの姿が暗くなる。
上を見上げると、随分と距離のあるタケシの場所から伸びている橋―――ではなく、イワークの頭。
鋭利な角がピカチュウが少し前までいた場所に穴をあける。
「ピカチュウいまだ!『たたきつける』!」
「ピッカーーー」
ピカチュウが左周りに一回転し、そのままの勢いで回し蹴りのように尻尾をイワークの横っ腹に叩き付ける。
ゴッという鈍い音がし、イワークの胴体が横にぶれ、その長い身体を地面にくねらせた。
「ほう、なかなかの威力だ。だが―――」
ピカチュウが地面に着地したと同時に、目の前にゴローニャの突進が迫る。
「――――――!!!」
血が滴る。
かろうじて回避したが、ゴローニャの鋭利な岩肌で浅くない傷を負ったピカチュウ。
ポーカーフェイスを保っているため、その負傷度合がわかりづらいが、まだ大丈夫だとは思う。
それぞれのポケモンが一旦距離を置いた状態で硬直状態となる。
たった一合しただけだが、ピカチュウは負傷し、相手はほぼ無傷。岩ポケモンというのはダメージが通ってるのかわからないが、イワークはなんの問題もなさそうに首を左右に振って威嚇してきている。
しかし、よく見ると若干ではあるがフィールドとタケシのポケモンに変化があった。
「なるほど、作戦とはそういうことか。」
ピカチュウとの戦闘跡。
そこにはいくつもの水たまりができており、イワークとゴローニャもその表面に水滴を浮かべていた。
そして本来無いはずの白い蜘蛛の巣のような模様を軽く浮かべている。
キャタピーの糸だ。
戦闘中、クラブは水を出し続け、キャタピーはタケシのポケモンに向けて糸を吐き続けていた。
当然高速戦闘中なので狙いを定めることは難儀だが、サトシはばらまくだけで良いと判断。
結果、動き回るゴローニャとイワークはある程度の水をかぶり、糸を胴体に這わせていた。
「しかし、だからなんだというのかな。サトシ君。」
事実、まったくといっていいほど効果は見込めない。
泳ぎが不得意なカナヅチでも水たまりでは溺れることはない。
多少ボロイ靴を履かされても速い人は速い。
クラブとキャタピーの行った攻撃はその程度のことであり、結果は見ての通り。
ドーピングによって超強化された岩ポケモンにとって、弱点である水をかぶったところで百ある体力が九十九になる程度のことだ。
せめて高威力であるハイドロポンプか、あるいは同じドーピングによって強化されたポケモンなら結果は違ったとも思えるが。
つまり、サトシの行った攻撃は相手の怒りと同情を買う結果でしかなかった。
ゴローニャが地響きと共に重い胴体を前に進める。
水たまりが弾け、ぴちゃりと音を立てる。
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サイドンは未だ動かずにいる。
これは別にタケシが手加減しているとか体調が悪いとかではなく。
トレーナーアタックを警戒してのことだ。
裏の住人同士のバトルにおいて、トレーナーへの攻撃は暗黙の了解として認められている。
そんな卑怯な真似はしない!などとのたまう人間もまあいなくはないが、ごく少数。
ただでさえ規模の大きくなりがちな裏のバトルにおいて自分の身を守るのは必要なことなのだ。
当然サトシにトレーナーを攻撃するなんて考えがあるはずもない。
タケシの警戒は無用なものだ。
タケシ自身もそれを承知している。あの少年はそのようなことをする人間ではないと。
だがそれでも、タケシは裏のバトルというものをあらゆる面で理解している。
なにせ、勝てなければ人生が崩壊するというレベルで入れ込んでいる人間ばかりなのだ。
賭けの対象、力の象徴、権力の主張。そういったものを手放したくない人間は土壇場で何をするかわからない。
タケシの過去の経験では、トレーナー同士が殺しあったというものまである。
それほどまで人を狂わせる世界なのだ。
サトシが狂うことは考えづらい。だが、無いわけではない。そして、あのピカチュウを打ちのめすのに三体も必要ない。
当然三体ともタケシの自慢のポケモン達だ。その中でもサイドンの安定性は頭一つ抜き出ている。
攻撃力も防御力も制圧力も高いサイドンは人を守るのには最適だろう。先ほどのふぶきによって実証済みだ。
ゆえに、タケシはサイドンをここから離さない。
力の差が明らかであっても、タケシは油断をしない。そういう男だった。
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「すっごくやりづらい・・・当たり前か。」
サトシが独り言ちる。
ピカチュウとゴローニャ、イワークのバトルは、平行線だった。
いや、厳密にいうとピカチュウが押されている。
当然だ。むしろ苦手タイプに対してよく戦っているともいえる。
サトシはショップでキズぐすりを大量に買い込んでいた。
要所要所でピカチュウを回復しつつ(ピカチュウが自分でキズぐすりをつかんで振りかけている。)時間だけが過ぎる。
ピカチュウはダメージを負っている。
しかし、相手はダメージをほとんど負っていない。
キャタピーの糸によって少しばかりスピードが落ちたようにも感じられる。が、その程度。
目に見える変化など無いに等しい。
クラブのなみのり攻撃も岩肌に水を浸み込ませているだけ。
ダメージにつながっているとは考えづらい。
しかしそれでもサトシは根気強く、諦めずに同じ行動を繰り返す。
淡々と、淡々とその瞬間を待ち続ける。