「いやいや、なかなか。」
タケシは感心していた。
サトシ自身のバトル経験はほとんど無いに等しい。
ゆえに、一瞬の判断ミスで致命的となる裏バトルにおいてサトシとタケシの指示の差は比べるまでもない。
しかし、その埋まらない穴をピカチュウが埋めている。
ピカチュウはその見た目から剛力で相手をぶちのめすパワーファイターと思われがちだ。
しかし本来のピカチュウはスピードで相手を翻弄するすばやさ重視のスタイル。
イワークとゴローニャの猛撃を回避し切れているのも、その要素がからんでるといえる。
だが、それでも説明ができないあの戦闘センス。
一朝一夕で身に付く身のこなしではない。数十、数百とバトルを勝ち抜いてこなければ身に付かない神業。
サトシが育てたにしてはあまりに時間の矛盾が多い。だれかから譲り受けたのか、はたまた奪ったのか。
――――タケシは知る由もないが、このピカチュウは元々はオーキド博士の相棒。
ドーピングにドーピングを重ね、身体能力を飛躍的に高め、最強のピカチュウとして世界を制したポケモンの一角なのだ。
最終的にドーピングの影響によってあの体躯になってしまったが、それまではまぎれもなく本来の姿を維持しながら、バトルを勝ち進んでいたのだ。
『神速』やら『雷神』やら『なにこれ速すぎて見えない』とか数多くの異名を得たピカチュウだったが、その事実すら現在では残ってすらいない。
数えきれないほどのバトル経験を経て、ピカチュウはその経験を活かしてタケシのポケモンと渡り合っていた。
タケシも、元来の戦う理由を忘れ、ダンスでもするかのように攻撃をギリギリで回避するピカチュウをじっくりと見ていた。
「しかし、このままでは退屈だな。」
ぼそり、と口にした。そう、タケシはまだ余力を残している。
今の状態をそのまま継続してもおそらくタケシ側に勝敗は決するだろう。
タケシはアイテムをまだ使っていないが、サトシは手持ちのキズぐすりをすでにいくつか消費している。
サイドンをまだ戦場に加えていない状態でタケシが優勢だということは、この勝負を決めるのは至極簡単だ。
タケシが声を上げる。
「サイドン、『メガトンパンチ』」
―――――――――――――――――――
イワークの長大な胴体がうねり、地面を跳ね、尻尾が高速で風切り音を発する。
ゴローニャの鋭利な岩肌が地面を削り、岩を砕き、重々しい音で闊歩する。
巨大な質量の岩石の尻尾が横なぎでピカチュウを襲うが飛び跳ねて回避。
しかしイワークの胴体に映えた背びれのような棘はすべて回避しきれずにキズを負う。
着地する前にゴローニャがたいあたりをしてくるが、クラブの水の勢いで反発し、これも紙一重で回避。
サトシの目の前で展開されているバトルは、控えめに言っても嵐のようだ。
イワークが空気をかき回し、クラブの発する水とキャタピーの糸が空中を舞う。
ゴローニャが破砕した石と岩もそこらじゅうに飛散し、ポケモンバトルというよりも戦場まっただ中という感じ。
シビアな回避劇が延々と展開されているが、ピカチュウの損傷も少なくない。
「このままじゃジリ貧・・・!!!!ピカチュウ!!避けて!!!」
「?ピカー」
サトシの声に反応して蹴り出し、振り向くことなくその場から離れた瞬間――――
ピカチュウの背後で爆発が起きた。
その衝撃で茫然となったサトシだが、すぐに思考を復活させて爆発の発生源が何か確認するために目を凝らす。
パラパラと砕けた石や土が落ち、土煙があがる。
その土煙の中に、ピカチュウを大きく上回るシルエットが浮かび上がり、その正体を明らかにした。
「サイドン・・・!ついにきたか・・・!」
メガトンパンチ。
その名の通り超高威力の拳。
『おもいっきり殴る』というだけの技ではあるが、その技を振るうのがドーピングによって超強化されたポケモン。
ましてや四メートル近い巨体から繰り出されるそれは、爆弾でも投げ込んだかのような威力だった。
どでかい花火と共に現れた最後の役者。
タケシのサイドンは体躯、風格共に桁違いのポケモンだ。
目の前にしてみるとその大きさは計り知れず、サトシの判断を遅らせる結果になる。
だが、サトシの判断の遅れは、ピカチュウがカバーする―――――――――
ピカチュウがサイドンを飛び越え、空中から水をばらまくクラブ。
頭から水をかぶるサイドン。しかし怯むことはなく、メガトンパンチの勢いそのまま、極太の尻尾をピカチュウに向けて鞭のように振るう。
クリーンヒットは免れないと判断し、腕を十字にクロスガードするピカチュウ。
ガードの上から強烈な打撃が伝わり、ピカチュウ達を固い地面へ吹き飛ばす。
ゴッゴッと鈍い音を立てながらピカチュウが地面を数回跳ね、まだ無事だった岩の塊へ激突し、岩を破壊する。
ここにきて大ダメージだ。サトシは無我夢中で叫ぶ。
「ピカチュウ、ピカチュウー!!」
もうもうと土煙があがる中、黄色い巨体が立ち上がる。
ピカチュウはなんとか無事のようだが、背中にいた二体は気絶してしまったようでぐったりとしている。
背中の二体をそっと下ろし、ピカチュウは前へ出る。
「クラブとキャタピーは十分にやってくれた。あとはピカチュウ、君が頼りだ。」
四体のポケモンがにらみ合う。
二体は水が染みわたり、糸で動きを少しばかり制限されている。
一体は全身から水を滴り落とし、体勢を立て直す。
そして黄色い一体は、相変わらずのニッコリフェイスで空気に合わない表情をしていた。
―――――――――――――――――――
タケシは考えていた。
「サトシ君の言う『作戦』とはなんだろうか。ポケモンを水浸しにして、電気の通りをよくするとかそういうことか?いや、それならとっくに条件はできているし、電気で攻撃していてもいいはず。もっとも、あまり効果があるとは思えないが。」
水に浸せば電気が通用するかどうか。
確かに見た目には派手に電撃が這っているように見えるかもしれないが、実際はあまり意味をなさない。
絶縁体は水の中であっても絶縁体なのだ。
ゴムを水槽に沈めで電気を流しても、ゴム自体にはなんら影響をなさない。
「子供の考えること、と決めつけてもいいのだけどね。」
それでも、タケシは慎重だった。
ポケモンを愛するが故でもある。
なにより、タケシは長期間岩ポケモンのトップトレーナーとして君臨しているのだ。
バトルにおける慎重さは随一と言っても過言ではない。
そのタケシをもってしても、サトシの思考は読めずにいる。
「まあそれもすぐにわかる。サイドンまでも投入して、小賢しいクラブとキャタピーも離脱した。完全に三対一。どう転ぶにせよ、もう間もなく決着はつく。」
タケシがつぶやくと、それに呼応したかのように戦場が再度動き出す。
三体に囲まれているピカチュウ。
それらすべてのポケモンが、一撃で雌雄を決するほどの威力の攻撃を抱えている。
いくら筋肉に包まれた体をもつピカチュウであっても、圧倒的な破壊力を持つ一撃にどれだけ耐えられようか。
ここまでピカチュウはまだ一撃をもらっていない。
必ず回避するかガードするかをしている。
ジムリーダーのポケモン二体を相手にそれだけでも賞賛に値する結果ではあるが、それが三体に増えても同じ行動を続けられるかどうかは疑問である。
一撃を無視できないからこそ、回避せしめているのだ。
ちょろちょろとすばやく動き回っているのがその証拠。
つまり、タケシのする指示は決まっている。
「一斉攻撃だ!!ピカチュウを血の水溜りに変えてやれ!!」
「「「グオオオオオオオン!」」」
三方向から一斉に襲い掛かる破壊と暴力。
ピカチュウに逃げ道はない。反撃しようにも相手は固い岩石に覆われているし、そもそも三体同時に攻撃するすべを電撃しかもたず、その電撃も効果はない。
絶対絶命―――――そんな単語が浮かんでくるような状況。
その状況において、サトシはピカチュウに指示を出す。
「今だピカチュウ!!『こうそくいどう』!!!」