―――タケシには友達がいなかった。
小さい頃、動物好きであったタケシは、その関心を人に向けることが苦手だった。
物心つく前はそこまで意識しなかったことではあるが、十歳を超えると人間嫌いが顕著になり始め、いじめの対象になった。
自身の生活空間の中に両親以外に人間がいない。
その状況をかわいそうだと感じた両親は、一体のポケモンをタケシに与えた。
イシツブテ。タケシが最初に手にするポケモンである。
タケシは夢中になった。
家にずっとこもっていたタケシは、イシツブテと遊ぶために外に出るようになった。
相変わらず人に対しては心を開かないタケシではあったが、元気になった姿をみて両親も多少心をなでおろした。
ある日、タケシはいつものようにイシツブテと外で遊んでいた。
そこに黒い服を着た人が通りかかり、タケシはそれに気付かなかった。
そしてイシツブテの腕が、その人の足にぶつかってしまった。
ご、ごめんなさい と、なんとか声を絞り出した。
その黒服の男は無言でモンスターボールを手に取り、なにか大きいポケモンを出した。
そのポケモンは大きな足で、タケシのイシツブテを粉々に踏み砕いた。
何が起きたのかわからず、茫然とするタケシ。
ポケモンをボールに戻した黒服の男はタケシに向かってこういった。
弱いやつが外を歩くな。生きたければ細々と生きろ。
そういって、男は何事もなかったかのように歩き去った。
タケシは粉々になったイシツブテを見て、泣いた。
唯一の友達だったポケモンを目の前に、号泣した。
そして、力があるものしか生きていくことはできないのだと認識した。
愛するものを守るには、力がなくてはならないのだと。
それ以来タケシは、誰にも負けない力を求めていった――――――
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珍しく立ち上がることもめんどくさそうだったので、サトシはさりげなくピカチュウにボールを投げてみた。
いつもどおり、はっしとボールをつかんだピカチュウ。
ぺいっと力なく投げ返してくる。
よほど疲れたのだろうが、ボールの中に入るのだけは嫌なようだ。
どうやってポケモンセンターまで運べばいいというのだろうか。
キズぐすりで体力だけでも回復させてみるか。
ただのピカチュウであれば腕にかかえていくなんてこともできるのだろうが、二メートルを超える筋肉の塊なんて背負えるわけがない。
やれやれ、とつぶやきながらキズぐすりをピカチュウにシュシュっと吹きかけながら、チラとタケシの方を見る。
サイドンとのバトルが終了して、数分。
いまだにタケシは膝を崩し、地面を見つめて動かない。
裏の住人同士のバトルにおいて、命のやり取りが常であるかどうかはサトシにはわからない。
タケシはピカチュウを殺すつもりでいた。そう思う。
であれば、タケシのポケモンの命を奪うことになったとしても正当防衛になる。
という口先だけのきれいごと理論ではサトシには納得できそうもなかった。
サトシはポケモン二体の命を奪った。それは確かな事実としてサトシの心を傷つける。
もっとも、そうしなければピカチュウが倒されてしまっていた。
そのどうしようもない現実の板挟みに、サトシは如何ともし難い感情の渦の中にいた。
ただ、どんな感情になろうともサトシはジムリーダーを打倒した。
故に声をかけるべきかとも思ったが、タケシの内情を考えると迂闊なこともできない。
今後の動きについてサトシは何も知らない。通常であればジムバッジをもらって終わりのはずではあるのだが、そのへんの動きは誰からも教示されていない。
・・・タケシを怒らせてしまった所為で簡素な説明しか受けていないからではある。
そしてそれが自分の所為であることもわかっている。
いやピカチュウの所為なんだけども。
どちらにせよ考えてもわからないし、今日はもう遅い。
ピカチュウを連れて一旦ポケモンセンターに戻ろう。
消耗しきったポケモン達を回復してあげたい。
そう決めると、サトシは腰をあげた。
かなり辛勝だったし後味のいいものでもなかった。サイドンは・・・まだどうかわからないが、少なくとも二体のポケモンが命を落とした。
サトシの、命に対する考え方が徐々に変わりつつある。本人はそれにまだ気づかないが、それが周りから見ても明らかなものとなったとき、人はそれを狂気と呼ぶ。
ピカチュウをなんとか立たせ、サトシはこの部屋へ入ってきたドアへと向かう。
あの長い階段をまた昇るのかと少し億劫にはなったが、それもまた致し方ない。
最後にもう一度、激戦を繰り広げたフィールドを見渡す。
入ったときより若干暗くなった室内。
ところどころ窪みや罅割れが起きた地面。
最初よりも多くの岩石の欠片で散らかった光景。
うつ伏せに倒れ、ピクリとも動かない巨大なポケモン。
そして―――
膝を落とし、地面を見つめて小さく呼吸しているニビシティジムリーダーを見て、出口へと振り返る。
地上への階段を昇り始めた。
―――――――――――――――――――
「ふぅ、疲れた・・・」
長い階段を昇りきり、薄暗いニビシティジムを出る。
鍵がかかっていたらどうしようと若干不安にはなったが、なんの問題もなくジムを出る。
当然だが周りは真っ暗で、時刻も零時を回ろうとしていた。
家に灯る生活の明かりももはや無く、月明かりと僅かな電灯のみがニビシティを包んでいる。
ピカチュウと共にそのままポケモンセンターに戻り、若干照明を暗くしたロビーのカウンターを見るとまだ受付しているようだった。
さすがに遅い時間なのか他の利用者はいない。
好都合だったのでピカチュウとクラブ、キャタピーを預け、待合のイスに座る。
受付のお姉さんは当然だが快く受付してくれた。
ピカチュウは自分でカウンターの中へ歩いて入っていった。
突っ込む気力は今は無かったので、そのままスルーした。
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――――ふと気が付くと、自分がそのまま少し寝てしまっていたことに気づく。
さすがに疲れたのか、イスの上でうとうとしてしまった。
うーん、と伸びをして時計を見ると、すでに深夜一時を回っている。
受付のお姉さんが、サトシが起きたことに気づいて手招きしているのが見えた。
「ポケモンの治療は終わっていますよ。遅くまでおつかれ様でした。」
「ありがとうございます。」
寝ぼけ眼でモンスターボールを受け取る。
ピカチュウは・・・カウンターの中からサトシの姿を見つけると、自分で歩いてきた。
もはや突っ込む気力もない。
ピカチュウをつれて、宿泊施設へと歩いていく。
そういえば、ドーピングによって強化されたポケモン達はどこで治療しているのだろう。専用の施設があるのだろうか。
・・・いや、大体はボールに入っているから問題ないのだろうか。
でもピカチュウみたいにボールに入りたがらない場合は、問題だよなぁ、イワークとかポケモンセンターに入らないしなぁ。
そんなことを考えながら部屋へと進み、ピカチュウ共々ベッドにダイブ。
勝利の余韻に浸ることもなく、そもまま夢の世界へと誘われる。
「なんか、すっごい、つかれた・・・」
すでに寝息を立てているピカチュウの寝顔を見つつ、サトシも目を閉じた。
タケシ戦、完。