スケット団じゃないよ。
二十一時。沈みかけだった太陽はその姿を消し、黄色く染まった月明かりだけがこの空間を照らす。
満月には及ばないが、そこそこ真円に近い月の姿は幻想的でもあり、不気味でもある。
その月明かりの元、同じ黄色の巨躯と十四歳の少年がオツキミ山に入っていく。
オツキミ山の中は、思ったよりも明るかった。
要所要所から月明かりが差し込んでおり、全く見えないという場所は意外と少ない。
そもそもこのオツキミ山も自然豊かな山ではなく、どちらかというと岩山に近い。
洞窟というよりも岩が崩れてできた空間が多く、そのおかげで光が差し込むというわけだ。
昼間とは違った雰囲気ではあるが歩けないほど暗くないのは幸いだった。
念のためもってきている懐中電灯もとりあえずは使わずに、昼間散策した通りに足を進める。
ピカチュウも微妙に帯電しているのか、たまにパチパチ光る。
さすがに夜にロッククライミングではしゃぐつもりは無いらしく、おとなしく後ろについてきている。
夜とはいっても野生のポケモンは出る。
むしろ、夜の活動がメインのズバットあたりは頻繁に出るようになり、その都度トランセルとコクーンを出し、バトルを展開。
向こうから近づいてきてくれる戦闘スタイルのため、射程距離が尋常じゃなく短いさなぎ達でもかろうじて戦闘になる。
はやく成虫になってほしいものだ。
日中はそこそこいたトレーナー達もこの時間はさすがに帰っているようだ。
夜にピッピが出るという条件も、ピッピの目撃談が少ない証拠かもしれない。
そこまで月の妖精を求めてオツキミ山に来ないのも、ほしがるトレーナーが若い女性に多いからだろうか。
自由に夜散歩できる女性は少ないらしい。
といっても、自分も自由気ままに深夜散歩できる年齢ではない。
あくまで、旅にでているから誰も止める人がいないだけである。
そのあたりは重々承知であるが、少年の興味と好奇心に勝る自制心などサトシの中にはないのであった。
「ピカチュウ、下のフロアに行くよ。暗くなるから懐中電灯をつけよう。」
「ピッカチュ」
といっても、このあたりは日中の探索で来ている。
違う部分があるとすれば光の差し込む量が圧倒的に少ないということだろうか。
地下にも光はある程度届いている。
が、この場所のように一部光が入りづらい場所があった。
そういう場所では懐中電灯を使いつつ足元に気を付けていくしかない。
もっとも、まったく見えないわけではないのでそこまで注意することでもないのだが。
しかしこういうときにピカチュウの存在はやはり大きい。
一人きりでこの空間に居続けるのはかなり心的疲労が大きい気がする。
ピカチュウがこういうところを怖がる様子はいまのところない。
というか怖がっている様子を見たことがない。
どんな危機的状況でもニッコニコだ。根拠のない安心感がある。根拠はないけども。
パリパリ光るピカチュウの体も、ここまで暗いと目立つことこの上ない。
こんなのが暗闇に浮かんでいたらポケモンも寄り付かないだろう。
心配することもなく短い通路を抜け、また月明かりが差しこむ空間へと進んで行った。
―――――――――――――――――――
「おいっ!はやくよこせ!!」
「いい加減にしろ!それは俺たちのモノだ!!」
「やめてくれ・・・!これはボクが見つけたんだ・・・!!わたすもんか!」
そんな声が聞こえたのは、大小の空間をいくつか抜けて、月明かりが一段と強く差し込んでいる場所に入った時だった。
ピッピいないねーなどと緊張感の無い話をピカチュウにし、それに対してピカピカしゃべるという不毛なやり取りをしている最中に物騒な会話が聞こえてきたというわけだ。
「その化石は俺らロケット団がいただくんだ!その手を放せ!死にたいのか!」
「おい、もうこいつぶっ殺して化石もっていこうぜ?めんどくせえよ。」
「ひぃっ・・・」
なかなか物騒な会話だ。
あまり首を突っ込みたくはないと思ったが、はてどこかで聞いたことのある単語が・・・
「ろけっとだん・・・ろけっとだん?」
「ピピッカチュ」
たしか、以前テレビでやっていた――――
「そうだ!思い出した!ポケモンを使った犯罪組織!ロケット団だ!」
ポケモンを使っての犯罪組織。
強盗、殺人、窃盗、強姦なんでもござれ。
時代錯誤と言いたいぐらいのレパートリー豊富な犯罪の数々をリアルタイムで実施している組織。
その構成人数は数千だとも言われているほどの大犯罪組織である。
活動自体は表だってされることは少ないが、たまに花火でも打ち上げるかのように大規模な犯罪を犯すことでも有名だ。
存在アピールなのかなんなのか。目立つことは犯罪組織にとってあまりよろしくないことだとは思うのだが、いかんせんサトシは犯罪に手を染めたことは・・・直接はないため、その動機や感情についてはよくわからない。
(サカキさんあたりは詳しそうだけれど・・・)
人間のマイナス感情について懇々と語ってくれたサカキさんならいろいろとそのへんの心理は知っていそうだと思った。
ロケット団の目的は未だに知られていないが、彼らがそうだとしたら放っておくわけにもいくまい。
サトシは正義の味方ではないが、目の前で起きている犯罪に目をつむれるほど大人でもなかった。
「ピカチュウ、いくよ!」
「ピカピーーー」
あ、今のはやれやれって感じの発音だった気がする。
そんなことを考えつつ、三人の男の元へ走り出す。
「―――誰だ!?」
サトシの靴音が洞窟内に響き、全身黒尽くめの男がその存在に気づき、音がした方へ首を振る。
サトシの姿を見た男が溜息と共に言う。
「――なんだ、ガキじゃねえか。こんなとこでなにして・・・うわでっか!!!」
後ろからついてきた巨体を見つけて焦っていた。
「てめぇ、こんな時間にこんなとこに何の用だ?俺たちは今忙しいんだよ。さっさと消えな。」
「ここでは何もみてねえ、きいてねえ。わかるな?」
典型的な悪役のセリフをしゃべり続ける黒い男達。
駆け付けたはいいものの、サトシもこういうときにどう出ればいいかがわからず、しどろもどろしている。
「たのむ君!ボクをたす、たすけてくれぇ!お礼はするから!こいつらは貴重な化石を奪おうとして・・・ゲホッ!!」
眼鏡をかけ、身体の線が細く白い白衣をまとった男が助けを求めるが、途中で腹を蹴られて咳き込んだ。
「ああ!?なに話してんだこのクッソ野郎!ちっ、仕方ない。」
「おい、こいつトレーナーだ。やっちまおうぜ。」
「だな。いけ!ドガース!」
考える暇もなく紫色の球形の体をフワフワ浮かせるポケモン、ドガースを出してきた。
「なんか勝手に話がすすんでいるけど・・・仕方ない!いけ!」
そういってサトシは腰からモンスターボールを一つつかみ、ドガースの前に投げる。
バシューという音と赤い光を出してでてきた姿は、緑色の蛹。
「トランセル」
「「・・・ぶっ、ぶふぁふぁふぁふぁふぁ!」」
そろって吹き出すロケット団の二人。
「おいおいおい冗談だろ?トランセルだってよ?よくここまでこれたなそんな雑魚ポケモンで!わらっちまうぜ!」
「なんてこっただよ!トランセルをバットにでもしてきたのか?中身ぐっちゃぐちゃでもう死んでるんじゃねえか?ふぁふぁふぁ!」
なんかひどい言われようだ。サトシのトランセルはそこそこ修羅場もくぐっており、受動的な戦闘という条件付きではあるがそこそこ戦える。まあ見た目からは想像もできないだろうが。
少なくともここまではトランセルとコクーンはメイン戦力として戦ってきている。
進化が遅いなとは思っているのだが。
「そんなゴミポケモン、さっさと倒しちまいな!ドガース、たいあたり!」
「ドガー」
ふうせんのような体を加速させ、トランセルに向かってたいあたりを仕掛けてくる。
それに対して―――
「トランセル!たいあたり!」
こちらも負けじとたいあたり。
しかしトランセルのたいあたりできる範囲は短いため、後手になる。
ゴッ
なにか固いものに当たる音がした。
そしてフワフワ浮いていた風船が落下した。
「ド、ドガース!?」
トランセルは固かった。
その身体は鋼鉄の固さを持つといわれている。
実際固くなったトランセルは物理攻撃にはかなり強い。こちらから攻撃できる手段がほぼほぼ無いという時点で論外ではあるのだが。
ともあれ、トランセルの勝利だ。
「くっそ、めんどくせえな。」
「おい、もうあれつかっちまおうぜ。」
「ああ?あれは緊急時以外は使うなって・・」
「いいんだよ。どうせこいつらぶっ殺すだろもう。目撃者はいねえよ。」
「そうだな。やっちまうか。」
あきらかにイラついている二人は小声で会話している。
二人の足元で震えている男は何をするでもなく地面に伏せており、隙をついて逃げようなんて考えすらないようだ。
「僕の勝ちだよね?その人を解放してほしいんだけど。」
と、ちょっと弱気に話しかけるサトシ。
悪党とはいえサトシよりもかなり年上だ。強気に発言がまだできないサトシであった。
「ああ?ちっ、もういいや。」
そういうと、腰の後ろに手をまわす。
位置関係上さっきまでは見えなかったが、手に持ったそれは確かにモンスターボールの形をしていた。
―――色は黒かったが。
(黒いモンスターボール?なんだあれ?)
嫌な予感がし、身構えるサトシ。
「いけ。」
黒いボールを放る男。
通常の赤い光ではなく、黒い光と共に現れたポケモンは―――
「ゴローーーーン!!」
イシツブテの進化形、ゴローンだった。
見た目だけは。
その大きさは通常のゴローンとは比較にならないほど大きく、二回り近くその体を肥大化させている。
まるで隕石がそのまま動いているかのようだ。
「これって・・・裏の・・・!?」
と、サトシが動揺しているうちにゴローンは飛び上がり、地面に丸い大きな影を落とす。
そして、そのままの勢いで地面に着地し―――――
逃げる暇もなく、サトシのトランセルを踏み砕いた。