ピッピを追いかけはじめてどれほど経っただろうか。
最初こそ興味津々で冒険心丸出しな状態で目をキラキラさせながらついていったが、徐々に体力を奪われ、サトシにも疲労の色が見え始めていた。
オツキミ山に入ってから数時間。
いくら十四歳の若い身体とはいえ体力は無尽蔵ではない。
人が多く入るため、道なりであればそこまで起伏がない場所ではあるが、一度その順路を外れると当然起伏の多い岩場になってくる。
ピッピは未だひょいひょい進んでいくし、ピカチュウなんてアスレチックかクライミングかと言わんばかりに無駄に体力を消費しながらついてきている。
この場にいるサトシだけが呼吸を早め、足取りが重い。
「ピカチュウはともかく、ピッピもすごい体力だ・・・」
よく考えなくても当然のことだ。
なにせ、ピッピはこのオツキミ山の住民。
しかも目撃談が少ない以上、生息している場所は人がよく通る道には無いと言っていい。
つまりこの起伏だらけの場所を遊び場所にしているのだ。体力豊富なのも納得できる。
「それにしてもどこまでいくんだろうピッピ。」
すでに帰り道がわからないくらいまで来ている。
そのことに気づいたのはピッピを追いかけはじめて三十分ほど経過した後のこと。
もう今更だなと判断したサトシは追跡を続行し、今に至る。
疲れながらも追いかけ続けるのは、ここまで来たら最後までいこうという意地による影響が大きい。
さすがに進みすぎな気もするが、あまりそのことは考えないようにして黙々とピッピを追いかける。
「ピッピ」
「ん?」
ピッピが急に声を出し、ピタッと立ち止まる。
それを見てサトシも止まる。
隠れて追いかけようなんて気がなかったサトシは、当然ピッピにもその存在を気づかれているだろうし、ピッピも振り切るつもりがなかったのかサトシの追いつける速度でここまで進んできていた。
そのためピッピとサトシの距離は三メートルほど。
数秒遅れてピカチュウもサトシの後ろに着地し、一人と二匹はその場に立ち止まった。
ピカチュウが着くのを見計らったように、ピッピは後ろを振り向き、かわいい笑顔を振りまきながらピッピッと鳴き、その後消えた。
「――――え?は?」
サトシの間の抜けた声が岩場に反響する。
文字通りピッピが消えた。
薄暗かった空間でもその薄ピンク色はそこそこ目立っていたため、この短い距離で急に見失うことなどありえない。
もしかしてピッピは追いかけてくる人を迷わせて餓死させるという死の妖精なのか?
ネガティブな思考をグルグルさせながら、先ほどまでピッピの居た場所まで駆け寄る。
そうすると、サトシも消えた。
「ピッカ?」
首を傾げるピカチュウ。
トコトコとサトシが近づいた場所へと移動すると、そこには暗くて見づらいが大きな穴が開いていた。
ピッピは意図的に、サトシは足を踏み外して、この穴に落ちていったようだ。
納得したようにピカチュウは一人頷き、自分もその穴へ身を滑らせていった。
穴に飛び込むピカチュウは、ちょっと楽しそうだった。
―――――――――――――――――――
「うううううわあああああおおおおおああおあああおおえええああああああああああああ!!!」
穴を滑り降りていくサトシ。
最初こそ穴に落ちた感覚だったが、垂直に落下するのでなく、すぐに穴は傾斜が緩やかになりそこを滑っていた。
そこそこの加速がつき、ウォータースライダーなどやったことのないサトシはそのスピード感に恐怖と興奮を覚えたが、反射的にでる叫び声だけは止めようがない。
明かりも入らず真っ暗な中を進む滑り台のようなものだ。怖いのは仕方がない。
ある程度滑り落ちると、進む先に明かりが見え、そこに向かって滑っていっていることに気づく頃には光が大きくなり、サトシはその光を通り抜けた。
飛び出た場所は、広く明るい空間だった。
滑った勢いそのままに飛び出したため、サトシは地面にころがり、三回転した後に地面に突っ伏す形でようやく停止した。
「いっててて・・・」
なんとか擦り傷ぐらいで済んだが、随分と降りてきた気がする。ここは一体どこなのか。
と考えていると後ろから岩肌を滑る音が聞こえ、咄嗟に振り向くと自分の元へ黄色い塊が発射された瞬間だった。
悲鳴をあげる暇もなく、サトシは二メートル四十センチの巨体に押しつぶされた。
顔を黄色い胸筋に埋めて呼吸できず、地面をバンバンと叩いていた。
「ぶっは!!!死ぬとこだった!!自分のポケモンの胸筋で呼吸困難で死ぬって!!!」
あまり想像したくない最期だ。
なんとか無事に脱出できたが、キッとピカチュウを見てもピカピカ言っているだけだった。
テヘペロという効果音が聞こえてきそうなピカチュウの仕草に嘆息しつつ、改めて周囲を見やる。
「――――――――ピッピだ。」
ピッピがいた。
いや、正確にいうと、ピッピ達がいた。
数十匹に及ぼうという数の月の妖精達。
それがこの広い空間――直径二十メートルほどの丸い広場に散らばって存在していた。
見た目にほとんど差が無いため先ほどのピッピがどこにいるのか全く見当もつかない。
ピッピ達は皆サトシの方を見つめ、ピッピッと嬉しそうに踊りはじめた。
「一体どうなって・・・・」
状況を把握する前に物事は進んでいく。
数匹のピッピがこちらに来てサトシの手を握り、広場の中心へ誘導する。
これも罠なのか、などと邪推することも無く、素直に誘導されて広場の中心へ歩いていくサトシ。
ピカチュウもピッピに誘導されてサトシに後に続く。
広場の中央に来たサトシ。
その周囲に円陣を組むようにサトシを囲むピッピ達。
いよいよわからない。
歓迎してくれてはいるようだが、ピッピがサトシ達を歓迎する理由は一体どこにあるのか。
サトシはピッピに勝手についてきただけだ。
招かれざる客であるはずのサトシが好待遇のはずは無い。
にも関わらずピッピは好意的に接してきている。
「ピッピー」
「ピカピカ」
ピカチュウとはなにか通じ合っているようだ。
せめて理解できるならいいのだが、空気感でふんわり把握するしかサトシにはできない。
ピッピもそれは理解できているようで、サトシの元へトコトコと歩いてきたピッピは、手に持った枝で地面に絵を描き始めた。
「わあ、絵が描けるんだね。器用なんだなーピッピ・・・は・・・・・あ・・」
ピッピが地面に描いた絵。
それを見て、意味を把握したサトシは涙が止まらなかった。
そこに描かれていたのは、天使の輪っかがつけられたトランセルの絵だった。
「――――――トランセル」
忘れていたわけではない。
むしろ大きな傷をサトシに残していた。
しかしサトシは一度区切りをつけたのだ。しっかりと墓標を立て、再度くることを約束して。
それでも涙が止まらない。
そう、ピッピ達は、トランセルを供養したいと。
ポケモンを愛し、道具ではなく友達だと。相棒だと建前でなく本気で考えているサトシを想い、ピッピ達がトランセルを天国へ送り届けてくれるというのだ。
涙を流したサトシがピッピを見ると、ピッピは持っていた枝で上を指している。
それにつられて上を見上げると、そこには―――
「うわあ――――すごい。」
雲一つない夜空を切り取る大きな円の中心に、金色に輝く月。
見惚れてしまう。普段頻繁に見ている月。
なのに今この場所で見る月には魔性とも思える美しさがあった。
しばらく茫然と月を見上げていたサトシだが、足元でピッピッと声がしたため、ハッとして視線を戻す。
満足そうな笑顔を浮かべ、くるくる回りながら飛び跳ねるピッピ。
そしてピッピは輪に戻り、合図を送ると歌を歌いながら、サトシの周囲で踊り始めた。
美しい旋律、ハーモニーを奏でるピッピ達の歌。
一つの完成された音楽。聴くものの心を震わせ、魂を磨く至高の時間。
その歌は美しいだけでなく、悲しさという感情も想起させる。
哀悼の想いを込めたピッピ達の合唱。
輪の中心でその歌声に聴き入るサトシは、やはり涙がとめどなく溢れ、世界で最も美しく素晴らしい音楽を聴きながら、短い時間であったが激闘を共にし、今後も共に進んでいくことを心に決めていた親友のことを想っていた。
ピカチュウもその旋律を、大人しく目を閉じて聴き入っている。
ピッピ達の歌声はサトシの周りを包み込み、張りつめていた想いを吐き出させ、落ち着いた気分にさせた。
十四歳の少年にとって支えきれる物事などたかが知れている。
それをまとめて和らげ、本来の少年の心に少しだけ戻っていた。
月の妖精による合唱は長い旅における一時の休息をサトシに与えたのだった。
―――――――――――――――――――
「ピッピカ」
「ピピッピ」
広場の中心で、泣きはらした目を閉じて眠る少年。
年相応の寝顔でその場に横になり、寝息を立てている。
どこからもってきたのかピッピが毛布を持ち出し、サトシに掛ける。
オツキミ山の夜は静かに、ゆっくりと過ぎていく。
月の光が少年の心を癒し、夜の静けさが太陽の上るその瞬間まで少年を優しく包み込む。
サトシの寝顔は、憑き物が落ちたかのように安らかだった。
「トランセル、進化したらもっと――あそぶむにゃ」
小さい声でつぶやくように言った寝言。
ニッコリとした目でサトシを見る黄色いポケモン。
そのまま旅の連れを見守り、夜は更けていく。
たまには休息を。