ポケットモンスター 「闇」   作:紙袋18

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【番外編】あるおじさんのお話

「よーーーいしょーーーぉ」

 

 垂らして数分で重くなった釣竿を上げる。

 

 ざばー、という水の音。

 そして―――

 

 

「ココッコココココココッコッコッコココ」

 

 

 釣られる赤くて大きいコイの王様。

 

 

「二十三匹目。こんなもんでしょうかねえ。」

 近くにだれもいないが、無言で釣りをするのも気が滅入るため独り言が自然と増える。

 

「しかし、エサも無く食いつくなんて、なんか哀れなポケモンですねえ。」

 

 手にもつ釣竿はとてもボロい。

 加えて、魚釣りに必須なエサすらついていない。釣り糸の先には釣り針が垂れ下がっているのみ。

 

 午後の昼下がり、延々とコイキングばかり釣り上げている四十半ばの中年男性。

 別に職を失って自暴自棄になっている中年男性ではなく、立派な研究員だ。

 なのになぜ、皆がオフィスで忙しく仕事をしている最中に、川でコイキング釣りなどしているのか。

 

「これもお仕事。とはいえ、さすがに何時間もすると飽きますねえ。」

 

 どうやら仕事らしい。

 コイキングを釣る仕事。楽そうではあるが、毎日やるとなると話は別だ。

 パン工場、総菜工場、ねじをはめてそれをとる工場。

 単調作業というのはメンタルを極端に疲労させる労働なのだ。決して楽ではない。

 コイキングを釣るのが仕事ということは、当然コイキングを必要としている別の何かがあってこそのものだ。

 

「では、研究所に戻りますか。」

 

 どっこいしょと腰をあげ、大量に捕まえたコイキングを手に、自分の本来の職場である研究所へ歩きはじめる。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

『ポケモン強化化学研究所』

 

 それが男性の務める職場だ。

 わかりやすい名前の通り、ここではポケモンを如何に強靭にするかという研究が行われている。

 当然、インドメタシンやタウリンを与えてその成長の幅を見守るなどという生易しい研究ではない。

 非公認非公式犯罪スレスレどころか突破して宇宙まで飛び出してしまいそうなほど、非道徳的な実験を繰り返している。

 いわゆる闇の組織お抱えの研究所だ。

 

 

「大仰な目標を掲げてはいますが、結果のわかりづらい研究なんですよねえ。」

 

 

 この男性に割り当てられている研究は『進化不良の意図的発生法について』だ。

 

 確かにこれがわかれば理想的だ。

 なにせ、ステータスを大幅に伸ばすことが可能になるのだ。

 現状、すべてのステータスに対して有効なドーピングアイテムは存在しない。

 攻撃なら攻撃、防御なら防御。それぞれのステータスに対して法外な値段のするアイテムを与え続けなければならない。

 しかも適正がなければ死ぬかもしれないとリスクもしっかりある。

 そのため、リスクなく高ステータスのポケモンを生み出す研究は非常に意義のあるものだ。

 

 しかし問題がある。

 

 

「研究しようにも、そもそもサンプルがないのが問題ですよねえ。」

 

 

 そう、『進化不良』および『進化拒否』の状態になったポケモンは、この研究所には存在しない。

 世界規模で見ても、自然個体はもとより、副作用によって生まれた個体ですら数が非常に少ない。

 副作用によって生まれた個体についても、その原因は全くもってわかっていない。

 単純に確立論なのか、はたまた元になる個体に違いがあるのか。その場合DNAやら育った環境やらエサからすべて洗い出さなければならない。

 となると一人でこなせる研究の量ではない。

 

 つまり、自分は研究しても意味がないと思われている分野に宛がわれ、体よく組織から分離された人間なのだ。

 

 

「まあ、楽でいいですけどねえ。研究者としては結果を出したいところではありますが。」

 

 

 独り言ちる中年研究者。

 

 

 そもそも何故組織から厄介者扱いされているのか。

 

 

 つまるところ、この男性は悪の組織に向いていなかった。

 どちらかというと正義に近い思考の持ち主。しかし、その発想はネジが外れているのかなんなのかわからないが、一般人には理解し難い研究ばかりしていた。

 結果的にこの男性を抱えたいと考える通常の研究所は減り、募集があった研究所になだれ込み、そこが実は悪の組織だったという不運。

 

 ともあれ研究できる場所を確保した男性は、多少なりともよろこんではいた。

 なにしろ、別に悪の手先として悪事を働くわけではないのだ。

 もちろん生物実験は数多くある。

 しかしそれは学術の探求として必要なものだ。

 それが平然とできるのも、この男性の探求心が飛びぬけていたからと言える。

 

 つまり、大量にゲットしてきたコイキングは、同環境における個体差の調査のために捕まえてきたポケモンというわけだ。

 同種が手軽に手に入り、一年通して釣竿一本で捕まえられるという低コストな存在。

 それがコイキングだったというだけの話。

 

 ―――まあもう一つあるとすれば、進化拒否が発生してステータスがあがっても、襲われる心配が少ないという理由もある。

 

 これについては杞憂だと思うが、念には念を。

 常に最悪をイメージするのも研究者の務め。

 そう考えている男性は、今日も今日とてコイキングを材料に強化化学の研究を始めた。

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 深夜四時。

 研究というのは時間に縛られない。

 気づいたら夜で、気づいたら朝なのだ。

 この時の男性も例外なく、時間を気にせず研究に没頭していた。

 

 

「やはり、うまくいきませんねえ。」

 目の前の水槽でスイスイ泳いでいるコイキングを目の前にして、そのステータスの変化を記した調査結果シートを、コーヒー片手に見ながら独り言を言う。

 

 自分の所属している悪の組織が何をしているか。

 詳しいことはわからないが、まあ大体想像はつく。

 強いポケモンを手に入れ、いろんな犯罪につかおうというのだろう。

 

 たしかにドーピングをし続けると強いポケモンにはなるだろう。

 しかし、いくら大きな組織であっても、誰にも勝てないような最強のポケモンが作れるかといったら、それは否だ。

 

 所詮は薬によるブースト。

 ドーピングに適正のある個体を調査する研究は別の場所で進められている。

 それについては意義があるのか、そこそこの人数を割り当てられているようだ。

 

 しかしいくら適正があっても限界はある。

 世の中はそんなに単純ではない。圧倒的な力など存在しないのだ。

 

 

「だからこそ、わたしの研究が必要なんですがねえ。」

 

 

 ポケモン自身の成長力を飛躍的に上昇させる。

 そうすればそこまでトーピングに頼らずともステータスがそこそこ高いポケモンは量産できるだろう。

 どちらにしても世の中に影響を与えるほどの強いポケモンは生まれないだろうが。

 

 

 そんなネガティブなことを考えながら、次にコイキングに与えるための薬を調合する。

 研究者なのだ。自分の考えと精密な動作は全くの別物。

 自分の立場と研究内容に毒づいていても、研究脳と手先はしっかりと配分を終えた新しいドーピング薬を作り上げていた。

 

 

 

「・・・色が怪しいのはなんとかならない、ですねえ。」

 

 実験机の上の試験管立てに置かれた試験管の中には、緑色に発光する怪しさ満点の薬が入っている。

 すでに温くなったコーヒーをすすりながらそれを眺める男。

 

 そこでようやく、自分が少し眠くなってきていることに気づいた。

 

「さすがに頭を使いすぎましたねえ。これを投与したら休みますか。」

 

 と、水槽のコイキングの方を見ながら、机の上に積んだ本の上にコーヒーを置く。

 

 

 何故そこに置いたのか。

 

 

 その時、男性の思考は緩んでいた。

 

 積んだ本の上など、バランスが悪いにもほどがある。

 それなのにそこに置いたのは、ある種めぐり合わせなのか運命なのか。

 

 

 何かに導かれるように、コーヒーの入ったカップが傾き、新しい薬に向けて中身をぶちまけた。

 

 

 

 

「あーーーあ。やっちゃったなあ。」

 

 

 

 気づいた時には手遅れ。

 緑色に発行していた気色悪い薬品は、コーヒーの黒が混ざってマーブル柄に淀んでいる。

 

 捨ててまた同じものを作るしかないかなぁ、と考えていると、試験管の中身が変化し始めていることに気づく。

 

「ん?なんかおかしいねえ。コーヒーがなんらかの作用を・・・?」

 

 

 試験管の中身が、コーヒーの色素だけでは変化するはずのない色に変化していた。

 黒くなるはずの液体が、どんどん透明に澄んでいく。

 

 薬品らしい薬品の色から、山で汲んだ地下水のように澄んでいる。

 

 明らかに異常な変化に、先ほどまでの眠くなった思考はクリアになり、若干の興奮を覚える。

 

 

「まてまて・・・まだ何が起こったのかわからないんです。まだ・・・」

 

 

 先ほどまで自分が飲んでいたコーヒーの成分を書き出す。

 コーヒー豆?砂糖?それとも私の唾液?いつのまにか入ったチリの一部とか・・・・

 

 いろいろと考え、一つの結論にたどり着く。

 

 

「カフェイン。これの可能性が高いですねえ。」

 

 

 一旦そう結論付けた。

 とにかく、この透明なドーピング薬の効果を試してみないことには始まらない。

 

 早速その試験管を持ち、コイキングの入っている水槽へ向かう。

 

 

「防御ベースのドーピングです。防御が少しばかり上がるのは許容範囲内として、他のステータスがどうなるか。」

 

 

 つぶやきながら、コイキングに薬を注入していく。

 

 

 

「終わりですね。反応があるまで時間がありますし、今の薬を解析しましょうかねえ。」

 

 

 

 そういって、男性は薬の成分調査のために部屋を離れる。

 すでに眠気など吹っ飛んでおり、新しい反応をした薬に興味津々だった。

 

 

 その間も、コイキングは変わらずスイスイと水槽を泳いでいた。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 男が解析を始めてから五時間が経過していた。

 

「やはり、ポイントは一定量のカフェインですねえ。しかし薬に対する量の比率が繊細すぎますね。奇跡でも起きない限り発見できない。」

 

 奇跡。

 世の中では新しい技術は奇跡によってもたらされた事例が数多くある。

 偶然作法を間違えた。

 偶然温度を間違えた。

 偶然置き場所を間違えた。

 

 そのようにして生み出された新技術は数知れず。

 その中の一つに、この男性の事例も加わることになる。

 

 

「さて、透明になった原因はわかりました。あとは、個体に対する反応ですねえ。」

 

 二十四時間を超えて実験を繰り返している男性は疲れも忘れ、興奮した様子で投薬したコイキングのいる部屋へ向かった。

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

「・・・・・なんて、ことですか。」

 

 

 

 部屋を出る前となんら姿が変わらないコイキングを見たときは若干落胆したものだが、念のためにステータス調査をしてみた結果を見て、愕然とした。

 

 

「防御力が、飛躍的に上がっている。それに他のステータスの伸びも、通常に比べて異常値ですねえ。」

 不思議な飴を与えて無理やりに成長させ、その伸び幅を計測。

 そのステータスの伸び方が、他のどのようなポケモンよりも多い。

 中心とした防御のドーピング薬の所為なのか、防御は突出して高くなっている。

 

「パルシェンよりも固いんじゃないですかねえ。コイキングですらこれですか。」

 

 

 実験対象はコイキング。

 もしこれがバトルに耐えうるポケモンだったとしたら、その能力はどこまで上がるのか。

 

 

「考えたくはありませんが、他のどのポケモンよりも強い、世の中に影響がある強さを持つポケモンが生まれる、でしょうねえ。」

 

 

 遺伝子からポケモンを作り上げる研究なんかも進めているという噂を聞いたことがあるが、そんな大がかりなことをしなくても異常な能力をもつ個体が作り出せる。

 これを組織が知ったら大変なことになってしまう。

 それこそ、世界中が危機に陥るほどに。

 

 

 

「・・・・何かの間違いということもあります。もう一度同じものを、別の個体に投薬してみましょうかねえ。」

 

 

 

 研究者として、効能は全て把握すべき。

 その考えから、別のコイキングを水槽の中へ出し、先ほど調合した同じドーピング薬を投薬した。

 

 

 研究所の外はすでに太陽が昇り、何も変わらずに世界を明るく照らしていた。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 一度睡眠をとり、目が覚めたのは二十三時。

 起きていた時間を考えると短すぎる睡眠時間ではあったが、こういう生活に慣れているのか身体はしっかり回復していた。

 

 珍しく独り言もなく、無言で研究室へ向かう。

 

 部屋に入り、見た目の変化がないコイキングを確認し、今まで数百回と繰り返した作業でステータス調査を行う。

 

 

 古いプリンターがガタガタと音を立てながら調査結果を印刷する。

 音が止まり、一枚の紙を手に取り、その結果を見る。

 

 

「・・・・やはり、ですか。」

 

 

 半分期待していた。しかし、もう半分は失敗してほしかった。

 

 

「二十レベルを超えても進化反応なし。間違いなく進化不良もしくは進化拒否。」

 

 

 男性は一度ぎゅっと目を閉じると、数秒何かを考えていた。

 

 やがて何かを決意したかのように目を開き、研究室を見渡す。

 

 

 そして、研究室の中にあるありとあらゆる研究資料、調査資料を掻き集め、シュレッダーに投げ込んだ。

 

 

 無言で、過去の研究成果をすべて。

 成してきた行動がすべて水泡に帰す。

 努力は無かったことになる。

 ここにいた意味すら、残らない。

 

 しかし、男性はなんの痕跡も残すつもりはなかった。

 

 その様子をコイキングは大きな瞳で眺めている。

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 一通りの書類を処分した男性は、最後にコイキング二匹が泳ぐ水槽を見る。

 水槽に近づき、モンスターボール二つを水槽の中へ向ける。

 赤い光と共にコイキングがボールの中へ戻る。

 

 モンスターボール二つを握りしめ、重要なものが何一つ無くなった研究室を再度見渡す。

 

 

 そしてそのまま、研究室を出ていった。

 

 

 次の日以降、男性が研究室に戻ることはなかった。

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 数年後―――

 

「ぼっちゃんぼっちゃん、ここだけのスペシャルな話があるんですが、ききます?」

 

 ドーピングで強化されたピカチュウを連れた、純粋そうな男の子を見つけた。

 なんとなく、いままで秘密にしておいたコイキングを譲りたくなった。

 そう、なんか、そんな気分になった。不思議な男の子だ。

 しかし、タダであげるわけにもいかない。墓までもっていこうと思っていた秘密だ。

 

「たったの五十万円!どうです?」

 

 ドーピングを使ったポケモン同士で戦わせるバトルは法外な値段がやりとりされるのは知っている。

 この少年も、これくらいなら持っているのではないかと推測しての金額。

 

 

 ああ、ダメですか。

 粘ってみたのですが、やはりコイキングに五十万円は払わないですよねえ。

 残念でしたねえ。

 

 そう思って、去っていく少年の背中を見つめる。

 

「おや、ピカチュウですかねえ?」

 

 ドーピングで強化されたピカチュウが、こちらに近づいてくる。

 手に札束を握りしめ。

 

「おや、これはこれは」

 

 なんという幸運。あの少年は随分とポケモンに愛されていますねえ。

 一旦あの少年は怒るでしょうが、まあそれは大目に見てもらいましょう。

 

 このコイキングの可能性は私にもわかりませんが、きっと役に立つはずです。

 

 

 あ、少年が全力で走ってきましたね。

 お金は返しませんよ?

 

 

 さて、なにか役目を終えたような気分です。

 

 

 潮時ですかねえ。また別の場所に行ってみましょうか。

 

 カント―から出るのも、ありですねえ。

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 数日後、ロケット団内部で指名手配された男性がいた。

 

 異常な強さをもつコイキングを作り出せる可能性をもつ研究者として。

 

 数年前に研究所を脱走したロケット団所属の研究員。

 

 未だその行方は知れず、研究成果についても不明のまま。

 

 異常な頑強さを持つコイキングが存在するという事実から推測された研究成果を求め、闇の組織はやっきになってその男性を探しているようだ。

 

 

 きっとどこかでまたコイキングを売っているのだろう。

 

 コイキングおじさんの人生は、まだまだ続く。

 もう一匹の、研究成果と共に。

 

 

 




コイキングおじさんの過去。
短くまとめようと思って書きはじめたら、なんかすんごい長さに。

本編より大ボリュームってどういうことなの。

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