ゴールデンボールブリッジにいたトレーナーと同様、ハナダシティ北地区にいるトレーナーもなかなか強い人が多かった。
ポケモンセンターと何度か往復しながらトレーナー戦をこなし、サンドとスピアーもそこそこ強くなったと思う。
うれしい。自分のポケモンが強くなるのはとてもうれしいことなのだが。
こんなにも虫の居所が悪いのは、先ほどの橋での出来事の所為か。
ついついバトルの仕方も意地が悪くなってしまう。
こんなにも自分は性格が悪くなっただろうかと思うが、思ってしまっているものは仕方がない。
周囲に怒りを撒き散らさないだけ、自分は感情を抑えているのだと、自分で自分を褒めてもいいくらいだ。
怨念丸出しでトレーナーとのバトルに臨むので相手もサトシの顔を見てビクッとすることが何度かあった。
ともあれ無事に連戦を乗り越えサトシはマサキの家と思わしき場所へと到着した。
「ここ、かな。」
ハナダシティの平均的な家よりも少し大き目の一軒家。
特に奇抜な飾りつけもされておらず、平々凡々な見た目だ。
誰か特別な人が住んでいるという雰囲気は感じられなかったが、周辺にこれ以外の家は無い。
別荘か何かでない限り、普通の人が住む場所ではないのは間違いない。
「・・・入ろう。」
臆していても仕方がない。
知らない人の家に入るのは緊張する、という程度のお話だ。
ドアに近づきコンコンと軽くノックする。
――――返答はない。
「・・・?」
小さかったかな?と思ったサトシはもう一度ノックする。
今度は少し強めに三回ノックした。
―――――相も変わらず返答はなし。
留守なのかとも思ったが、思い切ってドアノブをひねってみるとどうやら鍵は開いているようだ。
これはもう入るしかない。
コッソリと、ゆっくりとドアノブを回し、家の中へ入る。
「お、おじゃましまーーーす・・・」
家の中は、大きな部屋が一つだけ。奥に続くドアが一つだけ角の方についていたが、人を歓迎するための部屋ではないのだろう。
コンピューターのようなものがごちゃごちゃと置かれ、机の上は紙が山のように積まれていた。
ところどころチカチカとランプが点灯しているので、なにがしかの実験を行っていたのであろうか。
珍しいものを見る目で室内を見渡していると―――
「ピカー」
後ろからピカチュウの声。
「ちょっとまって、ピカチュウ。これは何の機械なんだろう。」
機械についてなんて何もしらない十四歳。
しかしその銀色でゴテゴテした外見は男の子を虜にするための要素を大量に盛り込んでいるといっても過言ではない。
サトシもその例外ではなくまじまじといろんな機械を見ているところだった。
「またんわい。なんやおどれは。わいになんか用なんか。」
誰かが聴きなれない言葉遣いを聴きなれない声で話しかけてきた。
ビクッとしてソロソロと後ろを向くと、ピカチュウの横に茶髪の天然パーマをした男が怒り顔で立っていた。
「あ、えと、す、すみません、勝手にはいっちゃって、その、鍵があいてて、えっと」
しどろもどろなサトシ。
さすがに自分が悪いことをしたと実感があるのだろう。
素直に謝ることしかできない。
「あん?鍵があいとったら勝手によそんち入るんかおどれは。泥棒か?泥棒やろ。こないなごっついピカチュウ連れて泥棒か。けったいな奴やな。」
ベラベラベラと隙間なく言葉を続ける男性。
説明しようとタイミングを見計らっていたサトシだったが、どこにもその隙間が見つからずにしばらく唖然としていた。
「―――――なんとか言えや、アホ。言わなわからんやないか。」
ようやく落ち着き、こちらの発言を許してくれるようだ。
どこか地方の言葉だろうか。言っていることの半分はよくわからないが、怒ってるのは間違いないだろう。
高圧的なので間違ったことでも言おうものなら再度延々と言葉攻めされるのが目に見えている。
サトシは言葉を選んで慎重に答える。
「えっと、僕はマサラタウンから来たサトシです。」
「マサラ?あんな田舎から来たんか。はるばるご苦労なことやな。」
一文言う度に何かコメントをするのだろうか。
ちゃんと最後まで伝えられるか弱冠不安になりつつ、サトシは先に進める。
「あなたは、マサキさんですか?」
「せやな。わいはマサキや。んでそのサトシくんは何しにウチに来たんや。まさかホンマに強盗しにきたんちゃうやろ。」
「もちろんです。」
いろいろな細かいやり取りがありつつ、サトシはトキワシティのおじいさんからマサキを訪ねるように言われたことを伝えた。
そして自分はポケモンマスターを目指してジムリーダーに挑戦中であることも。
マサキがどういう立場の人間なのか不明なため、ドーピングのことや裏の住民のことなどは触れないように慎重に話した。
「あー、あのジジイか。まだ生きとったんやな。今更ワイに面倒事投げようてことやな。ええ度胸や。次おうたらどついたるわ。」
「あの、えっと、どうすれば」
一人で納得のいっているマサキを見て、いよいよ同意状況かわからないサトシ。
ピカチュウもよくわからないのか、少し離れたところであやとりをしている。
随分器用だなと呑気にも考えたが、視線はマサキの方を向いたままだ。
「ああー、せやな。きみ、裏の人間やな?あのジジイがワイを紹介したってことはそういうことやろ。警戒せんでもええで、ワイは誰の味方でもあらへん。中立や。パソコンのポケモン預かりシステム作ったりしとる、ただのエンジニアや。」
耳に覚えのある単語がでてきた。
捕まえたポケモンが少ないのでまだ利用したことはないが、そのようなシステムがあるというのはオーキド博士から聴いている。
まさかそのシステムを作った本人が目の前にいるとは。
「まあ今はそないなこと関係あらへんわ。きみ――サトシくん言うたか。何をしたいんや。ぜーんぶきかせぇや。クソジジイの縁や。道筋くらいは立てたってもええで。」
なんかまた一人で納得して一人で話を進めている。
拍子抜けした部分もあるが、さすがに敵というわけではなさそうだ。
有名人が悪事を働くことは少ないだろう。
裏の住人だとバレている時点でもはや隠すことなどない。
サトシ個人の感情を抜きにして、いままであったことを話し、そしてレッドに会いたいこと、ポケモンリーグを制覇し、ドーピングを撤廃することを伝えた。
サトシが話している間はうんうんと要所要所で細かくうなずいているくらいで、口を挟んでくることはなかった。
真面目に聴いてくれているのだろう。
こうして事情を隠さず話をきいてくれる存在がいるだけでもサトシにとってはありがたい。
なんせ、事情を知っている人物は大体が戦う相手だからである。
―――――――――――――――――――
「なるほど。そないな考えしとるんかサトシくん。」
「は、はい。」
「確かにそれならワイの力を貸してやらんでもないわ。ワイが知ってて、サトシくんの知らない情報もある。教えるのも吝かじゃあらへん。しかしな。」
「しかし?」
「得があらへん。それをして、ワイの何の得がある言うんや。確かにジジイの縁や。だけどそれは話を聞くまでや。サトシ君はワイに何をしてくれるんや?中立の立場は片っぽに有利になるようにしちゃあかんのや。等価交換やなければあかん。」
「・・・」
そういわれても、サトシに出せる情報など無い。
いや、強いて言うならばおそらく進化不良なポケモンを所持しているということくらいか。
ただこれですら確証のある話ではない。おそらくは、という曖昧な話で納得するような男ではないだろう。
サトシが言葉に窮して黙っていると、マサキが待ちきれんと言わんばかりに言葉を突き付けてきた。
「それなら、条件をこっちから出してもええで。なかなかしんどい条件や。代価がない言うんやったら、仕方ないやろ。」
「・・・どんな内容ですか?」
「カスミを倒してほしいんや。」
予想のしていなかった人物の名前が出てくる。
カスミ、とはジムリーダーのカスミのことだろう。
しかし、カスミとマサキと一体何の関係があるというのか。
「知っとるやろ、ジムリーダーのカスミ。」
「名前と存在くらいは・・・あと別名。」
「そこまでしっとったら十分やな。めっちゃサドなカスミや。あいつはな、女王様気質なんや。周りにかわええ女の子を侍らすんが大好物なやつなんや。」
「・・・それで」
「あせるんやない。もちろん、表の顔は別やで。まっとうなジムリーダーやっとるわ。情熱的で正当で果敢で気持ちのええバトルをきちーんとやっとるわ。表向きやけどな。」
話すと何か言われそうなので、黙って話しを促した。
「カスミは街中でかわええ女の子を見つけると、ジムに連れ込んで調教すんねん。自分なしでは生きれん思うようにしつけるんや。」
なんかすさまじいことを聴いた気がしたが、兎に角マサキが最後まで話すのをじっと聴いている。
「街にあるいとる女の子がどんどん減って、カスミのそばにおるようになる。そうするとおこる問題があるやろ。わかるか?」
急に振られて思考が遅れたが、少しだけ考えてこう口にした。
「・・・えと、女の子が減る?」
あまりにお粗末な返答だなとサトシ自信ですら感じた内容だった。
「そのとーーーーりや!」
よかった、合っていたようだ。
「街に女の子があるかんようになってしまうんや。たまにジムに挨拶しにいくとかわいい女の子ぎょうさん侍らせて女王様やっとるんやで、カスミは。許せるか?サトシ君。ワイじゃ許せへん。街にかわいい子歩いとらんなんて住む価値ないやんか。タマムシにでも引っ越そうかおもたわ。」
カスミのやっていることも驚愕したが、マサキの考えることもある意味常軌を逸していた。
いや、男の願望としてはあっているのかもしれない。
街を歩いていてどうも若い女の子が少ないと感じたのはそういうことだったのか。
ハナダシティの隠れたる秘密が判明したというところか。
特に騒ぎになっていないということは、住民は知っているのだろう。
もしくは全員カスミのファンもしくは従者ということになるのだろうか。
考えるそばから寒気がする。
「つまり、カスミを撃破すれば、女の子が元に戻ると。」
「わからん。」
―――――――――――――――――――
サトシの思考が停止する。
そしてすぐに復旧する。
「わ、わからないんですか?」
「わかるわけないやろ。ただ、カスミの負ける様を見て失望するくらいのことは夢見てもええんちゃうか。あと、単純にスカッとするわ。」
短絡的というか直感型というか。マサキは気持ちのいいくらいに感情に左右されて生きている。
今のサトシにはできない思考方法に、飽きれつつも尊敬できた。
「わかりました・・・カスミを倒せば、いろいろと教えてくれるんですね?」
「おー、教えたるわ。そのスカッと爽快感ですべてを教えたる。嘘はいわへん、めんどくさいからな。」
玄関付近でずっと立ち話をしていたが、サトシの横を通り過ぎ、部屋の真ん中付近に乱雑に放置されているキャスター付きのイスを引き、机の前で座る。
「ま、話はそれからや。せいぜい気張ってや。」
「――――はい、ありがとうございます。」
そういって、サトシはマサキの家を出ようとする。
ドアに手を伸ばしたときに、最後にもう一つ、とマサキがサトシを見てこう言った。
「カスミに挑戦するときは言ってや。特等席で見たいわ。楽しみにしとるで。」
サトシは軽く会釈すると、ドアを開けて太陽の落ち始めた夕方の空が広がる場所へと足を踏み入れ、ピカチュウが出てくるのを確認した後に丁寧に扉を閉じた。
ようやく登場マサキ。
カスミがどんどんとんでもない人間に格下げされていく。