めでたい。
カスミを倒さなければ前に進めない。
レベル上げをしないまま戻れないボスの手前でセーブしてしまったような感覚を覚えつつ、サトシはカスミ対策を考えるためにハナダシティの住民にカスミのことを聴きまわっていた。
情報収集というやつだ。
できればカスミのバトルを実際に見てみたい気持ちはあるが、そううまくいくまい。
せめて表のバトルくらいは見学できるだろうか、と甘い気持ちは無くも無い。
ともあれ、いろいろな人にカスミについて訊いてみた。
「カスミ?かわいいよねえ。僕は好きだよ。」
「カスミちゃん?親切でいい子だわ~。」
「カスミか。いつも一生懸命な姿勢が素晴らしいね。さすがジムリーダーだね。」
「カカカカスミたんはボボボクのお嫁さんになるのでゅふ」
「カスミ様?ああ、とても素晴らしい方よ!すべてを受け入れ、自分に厳しい。素敵で最高な人よ。」
ここまで訊いた情報としては、嫌がっているどころか町民に愛されているイメージしかできない。
若干途中に変なのが混じってもいたが、サディスティックだという話は一度も出てこなかった。
それどころか好意的な意見が多かったので調子が狂ってしまう。
タケシさんもマサキさんもカスミは危険人物だ、なんて言い方をするのでかなり警戒していたのだが、一般的にはかなりいい人のようだ。
もしくは裏の顔を徹底的に隠しているということなのか。
これが普通のバトルであれば、負け覚悟で一度挑戦するなんて芸当も可能なのだが、裏のバトルでは生死に関わる。
軽い気持ちでチャレンジできないのが痛いところだ。
カスミについてうーんと悩みながら道を歩いていると、それを見ていた一人の男がいた。
「あんた、おい、あんただ。あんた。」
急に声をかけられたサトシは自分のことだとすぐにわからず、周囲を見渡す。
特に目立った人はいなかったので、声を向けられた対象が自分だと気づき、その男の方へ向き直す。
若干厳つい顔をしていたが、悪気も悪意も無さそうな一般人だ。年は五十程だろうか。
「なんでしょうか。」
カスミについてずっと考えていたので、あまり思考を別のところに移したくはなかったが、無視するのも気が引けるので要件を手早く聴いてしまおうと思い、先を促す。
「あんた、カスミのことを訊きまわってるって子供だろ?さっそく噂になってるぜ。せまい町だ、でっかいのとちっさいのの二人組がカスミについて調べてるなんて話題性のある話、すぐに広まる。」
内心しまったなぁと軽く思ったサトシ。
しかし、そこまで困ってはいない。別に知られたからといってどうというものでもない。
カスミの逆鱗に触れるようなことでもしない限りは、向こうは何もしないしできないハズだ。
タケシの場合はまさに逆鱗に触れてしまった訳だが、カスミをどうやって刺激するのかなんて情報はいらないし知りたくない。
無言でその男が話を進めるのを待つと、それを察したのか先を話し始める。
「この町には秘密があってな。一定数の大人のみが知れる秘密さ。その秘密を絶対に他に漏らさないと約束できるなら教えてやってもいい。」
「・・・それはカスミに関しての?」
「ああ、むしろカスミの本性さ。大人気なカスミのな。」
「・・・目的は?」
「なに、二十万でいいさ。裏の人間なら安いもんだろ?ガキだから安くしといてやるよ。」
サトシは驚愕した。
もちろん、なるべく表情にださないようにはしたが、息が詰まり言葉に窮する様子からある程度察することはできてしまっただろう。
何故この男が裏のことを知っているのかが疑問だし、そもそも余所者のサトシに対してジムリーダーの情報を漏らすことも謎だ。
単純に金目的なのだろうか。
だとしても、サトシを裏の住人だと看破できた根拠は?
次から次へと疑問が湧き出る現状に、サトシはかなり頭を抱えることになる。
しかしカスミ対策が依然として何も思いついていない現状を打破するきっかけになるかもしれない。
―――もちろん何の糸口にもならない可能性は高い。
詐欺である可能性もあるが、半ば乗らなくてはならない詐欺だ。
人生でこんなにお金の出入りが激しい時期があっただろうか。
お年玉で増えた分を一日で使い切った時が、一番収支の差があっただろうと思う。
それが今では十万単位でやりとりだ。
つくづくお金の桁がおかしいことに麻痺してきた自分に喝をいれつつ、サトシは男の提案に乗ることにする。
「よし。金は先にもらうぜ。話はそのあとだ。」
「先に半分払います。もう半分はちゃんと案内してくれたら払います。」
「へん、しっかりしてやがるな。まあいい、十万先によこしな。・・・OK確かに。」
「それで、どうすれば?」
「今夜零時にここへ来な。ショーに案内してやるよ。他言無用、通報厳禁だ。」
「わかりました。・・・あなたは何をしてる人なんですか。」
返ってこない問いだろうなと八割方思っての質問だ。
単純に興味があったし、答えてくれれば儲けものだと考えた。
「俺か?そうだな。しょぼい情報屋とでも言っておく。それじゃあ今夜な。」
そう言うとサトシに背を向け、足早に去って行った。
情報の価値というものを身をもって知ったサトシ。
これが吉と出るか凶と出るか。
それは今夜わかる。
あの男はショーと言っていた。
このハナダシティに劇場のような施設は無い。
一番大きいのがハナダシティジムだが、バトルすることに特化したジムの設備に舞台も照明もメイクルームも無い。
加えて一部の大人しか知らない内容。
逆に言えば、ハナダシティの一部の大人は裏の世界について認知しているということだろうか。
そうなればハナダシティという町そのものが随分と闇に染まりつつある。
パッと見は平和そのものな町であっても、裏側ではどんどん闇に埋もれて行っていると考えるとゾッとする。
とにかく夜になればわかる。
まだ時間はあるし、夜に備えて一旦休んでおくことにしよう。
まだ夕方にさしかかるか、という時分だったがサトシは買い物を済ませて早めに休むことにした。
ピカチュウは元気すぎて到底休む気が無いように思われたが、寝れる状況ならすぐにでも寝るポケモンだ。
環境適応能力が異常に高いのはいいことなのだが、なんか拍子抜けしてしまうのも事実ではある。
―――――――――――――――――――
「お、来たな。待ってたぜ。」
「どうも。僕もちゃんとあなたが居てよかったです。」
「そんな騙し方はしねえさ。とにかく行こう。」
男は腰かけていたベンチから腰をあげ、静かに歩き始めた。
深夜零時。
サトシは定刻通りに指定された場所に来た。
ピカチュウは目立ってしまうとは思ったが、何があるかわからないので連れてきた。当然変装済みである。
男はすでに待ち合わせ場所にいたが、暗闇に紛れており遠目からはいるかどうか判別がつかなかった。
話しもそこそこに目的地に向けて二人と一匹は足を進める。
数分歩くと男は立ち止まった。サトシも立ち止まり、その場所がどこか確認するために周囲を見渡す。
大きな建築物が目の前にあり、それは昼間にも何度か目の前を通り過ぎた建物。
「ハナダシティジム?」
件のカスミが待ち構えている場所、ハナダジムだった。
「そりゃあ、カスミのこととはいえこんな直球な。」
「ああ?ジムになんて入りやしねえよ。夜は閉まってらあ。こっちだ。」
そう言うと男はジムの横壁を伝って建物の裏側へと進んでいく。
人ひとり通れるくらいの幅はあるが、昼間はこの存在に気が付かなかった。
もし認知できていたとしても、人が通る道だと判断するのは難しいだろう。
ピカチュウもなんとか通れそうな幅だったので、そのまま男についていく。
ジムの建物沿いに進み、ちょうど入口とは反対側。
そこにも、入口と同様に扉があった。
入口ほどしっかりとしたものではなく、片開きのドア一つだけ。
ドアの横の壁にはカードを通すスリットがついた機械が設置されている。
男がズボンのポケットからカードを取り出し、そのスリットに通す。
音は出ず、代わりに緑色の小さいランプが一秒ほど灯ると、ガチャリとドアの鍵が開く音がした。
男が手招きし、二人と一匹はそのドアをくぐる。
ドアを通り抜けた先には黒いスーツに身を包んだ見るからに怪しい人物が立っており、こちらを見た。
どんどん怪しい雰囲気になっていく現実にサトシはかなり滅入っていた。
まさかこんなにもあからさまに怪しいなんて考えもしなかった。
しかしお金を支払った以上、前に進むしかない。
この短期間で七十万以上使ってしまっているのだ。
これ以上お金を無駄にはできない。せめて使った分は価値として回収しないと先が思いやられる。
半ばやけになっているサトシであった。
「どうも。遅い到着ですね。」
黒いスーツの男が言う。
「ああ、ギリギリですまねえ。ゲストがいたもんでな。」
「ゲスト、そちらの子供ですか?」
「ああ。問題ねえ、裏の人間だ。」
「なるほど。ではこれを。」
「おう。じゃあ楽しんでくるぜ。」
「ええ、今夜も刺激的で情熱的な夜になるよう祈ってます。」
「祈るまでもねえだろ。じゃあな。」
男たちがやりとりを終えると、手招きをするのを確認してサトシは歩くのを再開する。
さきほどの話の内容も気になるが、とにかく今は実際に見てみるのが早い。
「こいつをもってな。絶対に無くすなよ?ここから出るときに回収すっからよ。」
そう言うと、サトシに一枚のカードを手渡してきた。
「これは?」
「入場券だ。無くすとここから出られねえから気をつけな。」
かなり物騒なことを言われたが、それだけセキュリティが厳重ということだろう。
絶対に無くさないようにリュックの一番下に忍ばせる。
「じゃあいくぜ。」
これから起こる出来事を待ちきれないと言うかのようにニヤニヤと笑う男に連れられ、先の見えない暗い階段をゆっくり踏みしめながら降りていく。
なんだか既視感のある階段に、サトシは嫌な予感しかしなかった。