階段で地下へ向かう。
そう、ニビシティジムでもこのような階段を下りた記憶がある。
既視感はそういうことなのだろう。
ということは、今から向かう先は裏のバトルをするためのフィールドへ向かっているのだろうか。
しかし、この男はポケモントレーナーではない。
仮にもしトレーナーだったとしても、わざわざサトシを連れてくる理由が無い。
とすれば今向かっている先では何があるのか皆目見当がつかない。
それもあとわずかで判明することなので、あまり深く考えても仕方がないとは思う。
「ついたぜ。ここだ。」
いろいろとサトシが考えている間に到着したようだ。
かなりしっかりした扉が設置されており、扉の奥からはざわついた人の声が少しだけ漏れている。
(人、がいるのか?でも一体・・・)
「あけるぜ。ついてきな。はぐれないようにな。」
考える間も返事する間も無く、男はその重厚な扉に手をかける。
ガコン、と大き目の音でロックが外れ、静かに扉を押し開く。
隙間からはまばゆく白い光が漏れ、サトシの周囲を明るく照らした。
「「「ワアアアァァァァァァアアァアアアアアアア!!!!!」」」
津波のような歓声。
どれほど人がいるだろうか。
中型のスタジアムのような形状をした地下闘技場にほぼ満席の観客達。
おそらく二百か三百人はいるだろうか。
真ん中の闘技場部分が下に窪んでおり、フィールドが一階、客席が二階とわけられている。
地下なのに一階二階と不思議な感じもするが、とにかくそういう見た目なのだ。
サトシが茫然と立ち尽くしていると、ニヤニヤ笑っている男が視界に入ったのでそちらを見る。
「ほら、こっちこいよ。席に案内してやる。」
言われるがままに席に誘導されるサトシ。
ピカチュウも興味深々なのか、きょろきょろと周りを見渡している。
ちなみにこの場所では変装する意味が無いため、普通に全裸である。
男に案内されたのは一番後ろの席。
距離としては遠いが、観客席には傾斜がついているため、フィールドが見づらいということはなさそうだ。
男が座った隣にサトシも座る。
座席の後ろが通路なので、一番後ろなのはかえって好都合だったかもしれない。
ピカチュウはサトシの後ろに胡坐をかいて陣取った。
「ちょうどはじまるぜ。ほらよ。」
懐から双眼鏡を二つ取り出して、一つをサトシに渡してきた。準備万端のようだ。
ここまできたらサトシをだましてお金を奪おうなんて気持ちがあったわけではないのだろうとも思えた。
素直に双眼鏡を受け取り、歓声に覆われているフィールドに目を向ける。
その時、黒いスーツの人物がフィールド中央に立ち、マイク片手になにかを話そうとしていた。
「レイディーースエンドジェントルメン!たいへん長らくお待たせ致しました!これより、ハナダシティジムリーダーカスミ様による非公式戦、チャレンジオープンマッチを開催致します!」
「「「ワアアアアアアアアアアアアア!!!」」」
大歓声と共に拍手の嵐が吹き荒れる。
サトシはその空気に圧倒されつつも、歓声で聞こえづらくなった司会者の声に耳を傾ける。
「ご存じの方が大半かと思われますが、説明しましょう!この非公式戦はカスミ様一人対チャレンジ権を持つポケモントレーナー全員とのバトルです。カスミ様に勝てた場合は賞金一千万円と、カスミ様を一日自由にできる権利が贈られます!くぅー、うらやましい!」
もはや声とも音ともわからない大歓声が巻き起こる。
耳がジンジン響き、頭がガンガン揺れ動く。
熱狂はさらにエスカレートし、司会の男もヒートアップする。
「この非公式戦は半年に一度!すでに今大会で八回目となりましたが、未だにカスミ様に勝てたトレーナーは現れておりません!夜通し行われるバトルでチャレンジし、敗れたトレーナーは五十人を軽く超え、全員再起不能!しかし!しかしそれでもチャレンジを希望する馬鹿野郎共は後を絶たない!!今日も、今夜もそんなクソ馬鹿が集まってくれました!では皆様!お待たせしました!我らが最強の女王様、ハナダシティジムリーダー、カスミ様の!登!場!でございますーーー!!!!!!」
もはや歓声というよりも狂乱と言った方がいいかもしれない。
耳を塞いでも手を通り抜けてくる非日常の音楽。
カスミの登場ということなので、ここで初めてサトシは双眼鏡を構え、フィールドを拡大して見始めた。
狂乱に包まれた会場の中、ゆっくりとした足取りでフィールドに登場し、さらに盛り上がる会場など興味もないかのようにフィールドの中心へ向かう。
中心に到着し、サトシのいる方向へ身体を向ける。結果的にサトシはしっかりとその表情と姿を拝めることになった。
「か、かわいい」
控えめに言って、美少女だった。
明るい茶色で染まったショートヘアを頭の左側にまとめて結わいている。
活発で元気な子のようなイメージのヘアスタイルだったが、身長は一般的な男性よりも少し低いくらい。
模様の無いシンプルな青いビキニの上に真っ白なフロントジップパーカーを羽織っており、水泳によるものか、バランスの良い締まったボディラインを惜しげも無く晒している。
普段からあのような恰好でバトルをしているのだろうか。
ボーイッシュな雰囲気を醸し出してはいるが、サトシよりも少し年上に見える。
大人びた雰囲気と活発な見た目のギャップがその魅力をさらに高めているようだった。
双眼鏡越しにじっくりとカスミを見るサトシ。
となりの男も、うひょー相変わらず最高の体してるぜ、とかなんとか言って興奮しているようだ。
大歓声の中、カスミが司会者からマイクを受け取り、話し始めた。
「皆、今日も集まってくれでありがと。大興奮していると思うわ。ワタシもよ。」
あいている手を顔に持っていき、艶めかしい手付きで自分の唇を指で弄る。
「今夜も目を離さないでね・・・。ワタシがめちゃめちゃにしてあげるから、無様に乱れて、踊り死にするといいわ。ああ、ゾクゾクする。今から震えが止まらない。」
腕を回し、自分の身体をギュッと抱きしめ、はぁ、と艶っぽい息遣いになる。
「早くワタシを自由にめちゃくちゃにできる素敵な人を待っているわ。お願いだから、あっさり倒れないでね?遊び足りなくって、幻滅しちゃうわ。せいぜいワタシを楽しませて。よろしくね。」
いちいち色っぽい息遣いと話し方をするカスミ。
そのおかげでバトルが始まる前から自分の席にしっかりと座っている人はごく少数になってしまった。
少しでも前で見ようと観客席の前列はスーパーの大バーゲンのように人と人が入り乱れてごちゃごちゃになっている。
おかげで後ろの方はがら空きとなっているため、サトシはゆっくりと双眼鏡に映るカスミの姿を凝視することができた。
歩きながら観客席に向けて何度か投げキスをした後、カスミはフィールドから出て、その美しい姿を消した。
カスミが見えなくなるまで双眼鏡にかじりつき、見えなくなってようやく顔を上げた。
その様子を隣からニヤニヤと笑いながら観察してた男が声をかけてくる。
「どうだった?いい女だろ。」
「たしかに、かわいい・・・じゃなくて!」
見惚れていたのは事実だが、ちゃんと訊くべきことは訊かねばならない。
「これからカスミとトレーナーがバトルするって、裏の?」
半ば確信に近い問いではあるが、肯定をもらうまで安心できない。
「当然だろ。カスミの素の姿が見らえるのはこの半年に一度の非公式戦と、部外者が立ち入れない公式戦の時。あとはカスミが気に入った女の子に対してって話だ。」
「いくらカスミが強くても、一晩中裏のバトルを続けるって・・・正気じゃない。」
「ああ、狂ってやがる。だがさっきも言ってただろ。勝てたやつはまだいない。それだけ強力なのさ。ま、見てればわかる。」
サトシの知る限り、裏の住人同士のバトルは血肉を削る激しいバトルばかりだ。
続けて別のトレーナーとバトルをするなど正気の沙汰ではない。
カスミは一晩で十人近いトレーナーと戦うという。それだけ腕に自信があるということか。
しかしこれはチャンスでもある。
サトシはカスミを公式戦で撃破する必要があるのだ。その戦い方を何度も見ることができるこの場所に居られることは、まさに願っても無い幸運といえよう。
ありがたく利用させてもらうことにした。
「あの、おじさん?訊きたいことが二つほどあるのだけど。」
サトシが眉根に皺を寄せて小声で言う。
「あん?なんだ改まって」
「まず一つ目・・・ごはんは売ってますか。」
驚いた目でサトシを見つめる男。
次第にしかめっ面が笑顔に変わる。
「プ、クックック。ああ、あるさ。その扉を出てすぐのところに売店がちゃーんとある。酒は買うなよ?」
娯楽施設にはあってしかるべき、売店もあるようだ。これでおなかをすかせたピカチュウにどつかれることもあるまい。
「んで、もう一つは?」
「えっと・・・ですね。その、なんというか。勝つと、一日自由にできるって、ど、どのあたりまで?」
もじもじしながら質問するサトシ。
若干赤面しているのは、そういうことなのだろう。旅の最中とはいえサトシは十四歳。思春期真っ只中。
カスミの美しい肉体に目を奪われ、いろいろなことを想像してしまったのは悪いことではあるまい。
「はっはーーん、なるほど。それを気にしてるのか。安心しろ、何からナニまでぜーーんぶだ。本人がそう言ってる。」
それを聴いてさらに赤面するサトシ。かわいいものである。
も、もういい、と言いながら手を振り、赤い顔をなんとか抑えようとしていた。
なかなか元に戻らない顔の色を気にしながら、サトシはカスミのバトルが始まるのを待った。