かわいい。
「第一試合!カスミ様対ヒロミツ!もう間もなく開始です!お立ちの皆様はご自分の席へお戻りください!」
ピカチュウが両手いっぱいに買ったポテトチップをサトシの席に積み、座れないじゃん、とサトシが独り言ちたところで司会の声が聞こえた。今からバトルが始まるようだ。
サトシは一度自分の席を見て、うず高く積まれたお菓子の山を確認すると、溜息をついてピカチュウの横に立った。
ポテチの袋をあけ、パリパリモグモグと一気に消費を始めるピカチュウを横目に、ざわざわと声が大きくなる観客の動きを見ながらバトルが始まるのを待つ。
案内してくれた男は早々に缶ビールを一本開け、サトシと同じように試合を待っている。
しばし無言でフィールドを眺めていた二人だったが、ふと気になることが思い浮かんだので時間つぶしに話しかけた。
「おじさん。」
「おう、なんだ。」
「おじさんはいつからハナダシティに住んでるの?」
「ん?そうだな、十年くらい前からかな。それがどうした?」
「その時のジムリーダーは誰だったの?」
「ああ、そこが気になってんのか。あんまりはっきりしたことはわかんねえが、カスミの姉妹だって噂だ。至極真っ当で、正義感溢れるそれはそれは模範的なジムリーダーだったそうだ。」
「・・・いつからカスミに?」
「そうだな、五年前ってとこかな。」
「なんでカスミがリーダーに?」
「そいつは・・・ああ、バトルが始まるぜ。」
「そんなきになるところで」
あとでな、と気のない返事をすると同時に、大歓声が沸き上がる。
「それでは!カスミ様対ヒロミツのバトルを開始致します!!両名、前へ!!!」
ヒロミツと呼ばれた人物とカスミが同時にフィールドに入場する。
サトシからみて右側にカスミ、左側にヒロミツが歩いて入り、一定の距離を置いて止まった。
カスミがフィールドに入ってきた瞬間、会場全体から「カスミ!カスミ!」のコールが鳴りやまない。
なるほど、挑戦者にとってはかなりアウェイの空気になるのか。戦いづらいだろう。
しかし勝てば関係ない。金も女も、勝てば手に入るのだ。
なんて弱肉強食の世界。戦国時代にでも戻ったんだろうかなどと余計なことまで考えたが、その条件に生唾ゴックンしたサトシも例外ではない。
その事に気づくと自分で自分を卑下したくなるというものだ。
「使えるポケモンは三体!勝ち抜き戦です!先に三体を下した方が勝利となります!ヒロミツトレーナー、是非とも大金とカスミ様を自由にできる権利を手にして帰ってくれ!」
おそらく意識が高まったであろうヒロミツ。カスミという存在はそれだけ魅力的なのだ。
「それでは、バトル、スターーーーーーーートオゥウ!!!」
ビーーーッ という大きな電子音が鳴り響き、より大きな熱狂と歓声が会場を包む。
バトル開始だ。
サトシは双眼鏡を片手に目を凝らす。
カスミ打倒のヒントを得るために、一瞬たりとも目を離さないつもりだ。
別にカスミの艶めかしい身体をずっと見ていたいからではない。
撮影厳禁なのがくやしいところではある。違う、そうじゃない。
自分で自分を説得し、バトルに集中しはじめた。
―――――――――――――――――――
「どうだったよ?」
「どうもなにも・・・。」
バトルが終わり、カスミコールが響く中で男がサトシに感想を求める。
正直な感想は、すごすぎてわからない、だ。
勝負の結果は当然カスミの勝利。
しかも、完膚なきまでに叩きのめした。再起不能なほどに。
次の対戦は十五分後です、というアナウンスを聞きつつサトシが何を話すか考えつつ感想を述べる。
対戦相手――ヒロミツって人はカスミ対策をしてた。手持ちポケモンはサンダース、ウツボット、ナッシー。明らかに弱点を意識してる。
対してカスミのポケモンはヒトデマン・・・のみ。
二体目を拝むことなく、ヒロミツのポケモンは三体とも殲滅されてしまった。
このフィールドは水場がほとんど無い。
中央付近に円形にプールがあるが、全体をカバーする大きさとはとても思えない。
あくまで水ポケモンを出すためだけの水場のようだ。
そしてヒトデマンはその水場すら使うことは無かった。
サンダースの素早い電撃攻撃を、身体を手裏剣のように回転させて高速で動いて回避。
スピードスターがサンダースの足に当たった瞬間骨が折れたように曲がり、そのまま数発受けて瀕死。
ウツボットはフィールド全体にも及ぶはっぱカッターを撒き散らし、見えないほどのスピードでようかいえきをピンポイント射撃。
さすがに分が悪いと思ったら、身体を再度手裏剣のように回転させてはっぱを蹴散らしながら移動。
ようかいえきが当たることもなく、ウツボットの至近距離へ着地。
つるのムチで応戦するも虚しく超圧縮されたみずでっぽうで身体に何度も穴をあけられて瀕死。
弱点だろうがこうかがいまひとつだろうが関係ない。単純な破壊力さえあれば何の問題もないということを示した。
ナッシーも同様。ソーラービームもたまごばくだんも当たらず。鈍重なナッシーの周囲を飛び回り翻弄、スピードスターで原型が無くなるくらいボッコボコにして終了。
見せ場どころか攻撃を当てることすら出来ていない。
「正直、凄惨すぎて見てられないレベルでしたよ・・・わかったのはヒトデマンを使うってことと、技構成がスピードスターとみずでっぽうは少なくとも持ってる。それくらいしかわかってない。一体どうすればいいのか全く皆目見当もつかないです。」
半ばあきらめにも似た感情。事実、カスミは強すぎる。
いくらか裏バトルの記憶が浮かんできたが、それと比べても練度の違いがわかる。
弱点をついたパーティ構成、しかもかなり高レベルで高ステータスなドーピングポケモン達。
あのヒロミツという人物もかなり熟練のトレーナーだと感じられる戦い方だったが、足元にも及ばなかった。
それになんというか、ただただ痛めつけるバトルというわけでなく、演出しているようにも見えた。
相手のポケモンが瀕死で済んでいるのもその考えに至る理由だ。
「あんた、カスミに挑むつもりなんだろ?」
「それくらい想像できてるでしょう、おじさんなら」
「はっはっは!ちげえねえ。んで、糸口はつかめたのか?」
「さすがに、なんにも・・・」
「まあまだまだバトルは続く。二十万円分、しっかり見ていくこった。」
「そうします・・・」
この男はサトシを気にかけているようだった。
単純に十四歳の少年をこんな場所に連れてきたので、保護者のつもりなのかもしれない。
実はカスミの手の者で、サトシの内情を知ろうなどという輩の可能性はあったが、ピカチュウの存在が知れてる以上ほとんど隠すものなど何もない。
素直にあたりさわりのないことを話している分には問題ないだろう、というサトシの判断だ。
一通り話したいことも話したのか、酒を買ってくる、と言って男は一旦席を離れた。
ピカチュウはバトル中こそその手をとめて見ていたようだが、今はまだお菓子を食べる手を激しく動かしている。
ポイポイと口に放り込みとてもおいしそうに食べているので、サトシも自席に積まれているお菓子袋の山から一つ袋を取り、バリバリと開けて食べてみた。
絶品しょうゆ味とかかれたスナック菓子は、しょうゆかどうかは微妙なところだが、味はなかなかにおいしかった。
「カスミのポケモンの一体はヒトデマン。スターミー以外は頻繁に入れ替わるってタケシさんが言っていたけど、スターミーの進化前のヒトデマンの戦い方が最初に見られたのはラッキーかもしれない。」
当然、全く同じ戦い方などしないとは思うが。
どの技も一撃必殺の威力を秘めているのはドーピングポケモンであればありえない話ではない。
恐るべしは、ヒトデマンという進化前のポケモンをあそこまで凶悪に仕上げたカスミのトレーナーとしての能力の高さか。
水ポケモンの特性や体質を完全に理解しているのだろう。
伊達に水ポケモンを極めたハナダシティジムリーダーではないということか。
まったく勝筋が見えないカスミに頭を抱えるサトシと、考えてるのか考えてないのかわからないピカチュウ。
ある意味似た者同士かもしれない。
うーんうーんとうなっているところへ、缶ビール片手に男が戻ってきた。
「おお、悩んでるな。素直に娯楽として楽しめないのは辛いところだなっと。」
プシュっと缶を開けながらサトシの苦悩を笑う。
「・・・そうですね。そうだ、さっきの話の続き。」
「ん?なんの話だっけか。」
「やっぱり忘れてる。カスミがなんでリーダーになったかって話ですよ。途中だったでしょう。」
バトル前に、男が途中まで話したことを思い出し、続きを促す。
「ああ、そうだったそうだった。別に大した話じゃないぜ。カスミが――――」
すこし溜めて、なんでもないことのようにあっけらかんとサトシに向けて言い放つ。
「カスミが、自分の姉を殺してリーダーの座を奪ったのさ。」