ポケットモンスター 「闇」   作:紙袋18

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第四十九話 欲望というモノ

こんなに感情の上下が激しいショーが存在するだろうか。

 

今夜何度目かになる静寂が訪れた。

 

 

 

「え、一体どういう―――」

 

 

 

サトシをもってすら、何を言ったのか理解できない。

 

今カスミは、確かに やめる と言ったのだ。

やめるとは何のことなのか。

バトルを?いやしかしまだ二試合目。三体目のポケモンを倒さなければ終わらない。

それをこそサトシはもっとも警戒していたのだが。

 

動揺を隠せない、といった様子でカスミや審判、観客を見やる。

 

審判も茫然としているあたり、本当になにも知らないようだ。

 

 

 

 

「だーかーらー、やめたの!ニョロボンもやられちゃったし、つまらないからやめる!なんか文句あるの!?」

 

 

 

 

ここにいる全員が茫然としている。

当然だ。今カスミが言っていることは単なる我儘であり、自分勝手。

 

カスミがここでのバトルをやめる。

それによって、サトシは余計なバトルをしないで済むという利点はあるが、果たしてそれでよいのだろうか。

 

サトシも正常な判断を下せずに、どうすればよいのかわからず黙っている。

 

 

しかし、ずっとそのような状況が続くはずもない。

この空間にいる数百人は、そのような展開を誰一人として期待していないのだから。

 

 

 

 

 

 

「ふざけんな―――――」

 

 

 

 

 

だれともなく、声が漏れる。

 

その小さな声は、徐々に周囲に広がり、大きな流れとなる。

水面に落ちた水滴のように、波紋が波紋を呼ぶ。

 

 

 

「ふざけんな!!やめるってなんだおい!」「こっちは金払って見に来てんだ!さっさとぶっ殺せ!」「負けんのが嫌なのかてめえ!さっさと負けて犯されろ!!」「人気だからって調子にのってんじゃねえ!この雌豚が!」「負けたんならはやく脱げ!」「俺が犯してやる!」「もう我慢できねえ!」「下行け下!」「輪姦してやる!」

 

 

 

小さな怒りは罵声に変わり、大きな怒りは怒号に変わる。

激しい闘争によって抑えられてきた観客の欲求が解放され、限界まで溜まっていた感情が行動となって押し寄せる。

 

結果、会場は大混乱となり、観客席から発せられる怒号と、フィールドへと続く階段に押し寄せる男達で溢れかえった。

 

 

 

 

「なによ・・・そんな・・・だって、嫌・・・・」

 

 

 

 

おろおろとするサトシをピカチュウが宥め、なんとか周囲の出来事を正常に認識し始めた。

間もなく鬱憤を晴らすべくこのフィールドに観客が押し寄せるだろう。

 

カスミは先ほどまでの余裕は消え、観客の変化に怯え、顔面は蒼白になっている。

ガチガチと歯をぶつけて怯える姿は、本来の年相応の少女に見える。

 

 

サトシはその姿を見て、考えてしまう。

 

 

 

「ピッカー」

 

「うん、わかってる。カスミはそうなって当然だと思う。でも―――」

 

 

 

おそらくピカチュウは、助けてもしょうがないよ、とそんな感じでいるのだと思われる。

しかしサトシは十四歳の少年。

理屈だけで考え、判断を下すにはまだまだ精神が完成していない。

 

サトシがとる行動は決まっていた。

 

 

 

「ピカチュウ、助けるよ!」

「ピッピカー」

 

 

 

やれやれ、というニュアンスでピカチュウの声を聴くのは何度目か。

しかし、ピカチュウが自由に動いた結果が現状なのだ。

これくらいの我儘、訊いてもらわないと割に合わない。

 

目の前で自分とそう変わらない年齢の少女が怯えている。

たとえ自分が騙されていようとも、後で罵声を浴びようとも、助ける以外の選択肢が選ばれることはついに無かった。

 

 

 

 

 

ピカチュウが怯えるカスミを抱える。

一瞬ビクッと身体を強張らせたが、何をするでもなく、そのまま縮こまっていた。

 

暴れられなくてよかったと内心思い、ここからどうやって脱出するかを考える。

 

ここへの入口はサトシが知っている限りは一つだけ。

しかしそこへ戻るためには、観客席へ戻らなければならない。サトシが降りてきたこのフィールドへの入口はもう間もなく男たちが押し寄せてくるため問題外。

 

しかし他に戻る道が無い。

ピカチュウだけなら飛び上がれば客席までは行けるだろうか。

行ったところでどうしようもない。

何よりサトシが脱出できなければ意味がない。

 

 

ああでもないこうでもないと考えているうちに、フィールドへの入口から罵声が聞こえてくる。

 

 

 

「うわああきたきたきた!!」

 

 

 

と、焦るサトシに声をかけてきた人物がいた。

 

 

 

 

「君!おい!」

 

 

知らぬ声に焦って振り向く。

 

 

「・・・審判の人?」

 

 

散々いろんな煽りをして会場を盛り上げ、一番近くでこのバトルを見ていた審判がいた。

そういえばいたな、と少しだけ思ったが、今はそれどころではない。

 

 

「な、なんですか!今はゆっくり話をしている場合じゃ!!!」

 

「聴け!カスミ様の出てきた入口がある!そこから逃げたまえ!」

 

「え、え!?助けてくれるの!!??」

 

「答えている時間はない!いいから急いで!」

 

 

納得いかない状況ではあったが、確かにカスミが出てきた通路には誰も押しかけていないようだ。

おそらく観客席とつながってはいないのだろう。

 

 

選択肢は無い。

 

 

 

 

「なんでこう―――いつも選ぶ余地が無いことばっかりなの!!!!」

 

 

 

自分の不運に嘆きつつ、全速力で走る。

ピカチュウもそれに続く。

 

 

しかし、すでに狂った男たちがフィールドに入ってきていた。

 

「にがすなああ!!!」「犯せえ!!」「男の子でもいいのよワタシはうふふ」「カスミを抱かせろおおお!!!」

 

 

 

「ひいい!!」

 

 

このままでは間に合わない。

 

 

「くそ!」

サトシは腰に手を伸ばす。

モンスターボールを二つ掴み、投げずに走りながらその場にポケモンを出す。

 

「サンド!『すなかけ』!!スピアー!羽ばたいて砂を撒き散らせ!」

 

「サンドー!」「スピアー!」

 

 

 

サンドが砂を巻き上げ、襲い掛かる男たちにばら撒いた。

 

さらにスピアーがその砂を広範囲に散らす。

 

 

簡易的な砂嵐となったフィールド。

視界が悪くなり、歩くのも覚束ない状態になった男たちは、その場に止まらざるを得ない。

目に砂がはいって屈む姿もあったが、それを眺めている暇は無い。

 

すぐにサンドとスピアーをボールに戻し、通路へと向かう。

先にサトシが入り、カスミを抱えたピカチュウが続く。

そのまま走りながら後ろを見ると、すばやく扉を閉めている審判の人がチラリと見えた。

 

あの人は何者なのだろうか。

 

 

安心はできない。

この通路がどこに続いているかはわからないが、とにかく進む。

 

 

 

しばらく進むと、ぼんやりと明るい光が見え、悩むことなくその光の中へ身体を滑り込ませた。

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「ここは・・・・?」

 

 

 

 

 

先ほどの会場よりも少し小さい、バトルフィールド。

どこか既視感を覚えたがすぐに思いついた。

 

ニビシティジムの地下にあった、裏バトル用の空間にそっくりだ。

 

 

水場が多く設置され、その空間はハナダジム用にデコレーションされてはいるが、広さはほとんど同じだと感じられた。

 

 

 

しばらく周囲を見渡していると、ピカチュウの手元から声が聞こえた。

 

 

 

 

 

「ここはジムの地下よ・・・あっちとつながってるの。ここヘは私の許可なく入れないわ。」

 

 

 

 

サトシは後ろを振り向き、声のした方へ顔を向ける。

まだピカチュウに抱きあげられたままの姿勢で、カスミが話していた。

 

 

 

「カスミ・・・」

 

 

 

先ほどの惨状が頭の中に蘇る。

一体どんな声をかければいいのか。

何を話せばいいのか。

 

まったく思いつかなかった。

非常に空気が悪いと思いつつ、明るく場をごまかすなんて芸当もできず、口ごもる。

 

 

 

しばらくその場を静寂が包む。

そして口を開いたのは、やはりカスミだった。

 

 

 

「助けてくれて、ありがと。一応お礼はするわ。」

 

 

 

目を見開いた。

まさかお礼の言葉が聴けるとは思ってもみなかった。

しかも口調は高圧的なままではあるが、その姿はかよわい少女そのもの。

ひどく可憐で、儚い姿に見えてしまった。

 

 

「いや、まあ、うん。」

 

 

一応何か言おうとしたが、結局なにも思いつかずに訳のわからない返事になってしまった。

慌てるサトシを見てクスリと少しだけ笑うカスミ。

それを見て顔が紅くなるサトシ。

いい感じに弄ばれているようだ。

 

 

「訊きたいのだけど、いい?」

 

「え?ああはい!なんでしょう!」

 

 

緊張のあまり勢いのついた返事になってしまったが、構わずカスミは先に進める。

 

 

「なんで助けたの?私はあなたを殺そうとしていたのよ?ポケモンをいたぶった後に、派手に血の花でも咲かせようかな、とか思っていたのに。」

 

 

それを聞いたときに、ほんとになんで助けたんだろう僕は。と深く後悔したが、それも後の祭り。

素直に本心だけ告げる。

 

 

 

「・・・女の子が、怯えているのをほっとけなかった。」

 

 

なんとも恥ずかしいセリフ。

しかし、抒情に溢れた詩的な表現など十四歳の少年にできるはずもなく、思ったことをそのまま伝えるのが限界だ。

 

 

それを聞いたカスミは、先ほどのサトシのように目を丸くして、自分の手で顔を覆った。

 

 

 

「プッ、クククク。あは!あははははははは!!」

 

 

 

急に笑い出すカスミ。

 

頭の中にハテナマークを浮かべてカスミを見る。

 

 

 

「あーーー面白い!なに、それ!あなた面白すぎるわ!」

 

 

 

何も言い返せない。

唇を前に突き出し、憮然とした顔でカスミを見る。

 

 

 

しかし、先ほどまでの弱弱しい姿から多少気力は戻ったようだ。

それに少しだけ安心する。

 

 

 

「もういいわ、降ろしてちょうだい。」

 

 

 

ピカチュウの太い腕をポンポンと叩き、そう伝える。

 

ピカチュウは一度サトシの方を見て、頷いたサトシを確認してカスミをゆっくりと地面に降ろす。

 

 

 

カスミの美しい肢体がサトシの視界に再度入る。

とっさに下を向き、照れた顔を隠すサトシ。

 

 

その姿にニコリと優しい笑みを浮かべるカスミ。

 

そして、言葉を発する。

 

 

「サトシ、と言ったわね。」

 

「え?ああ、はい、サトシです。」

いきなり名前を言われ、カスミの方を向いたが、やはり紅い顔はそのままだ。

 

 

 

一呼吸置いて、カスミが話し出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サトシ、三回戦目をしましょう。まだ、戦いは終わってないわ。」

 

 

 

 




サトシの初心さがかわいい。
そしてカスミはもっとかわいい。
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