カスミと共に裏口から外に出て、周りを気にしつつマサキの家に向かう。
時間的にはまだ深夜三時を回ったところ。
街は寝静まっていたが、ジムの周囲には男の声がまばらに聞こえた。
こんな時間にマサキを訪ねていいものかと悩んだが、朝になってしまうと否応なしに見つかってしまうリスクが高まるため、致し方ない。
ちなみに、さすがに水着で外にでるわけにもいかないので、カスミは白いパーカーと対になる白いジャージを履いていた。
カスミはそんなのいらないわよ、とかいっていたが、サトシの猛烈な説得によってなんとか肌を隠してくれた。
バトルが終わってからのカスミは無気力というか、覇気とか勢いみたいなものが随分と無くなってしまっているように思える。
単純に疲れたのだろうか。
それとも、なにか理由があるのだろうか。
あまり目立つ行動もできないので、無言で音を立てずにゆっくりと歩く。
ピカチュウは当然のように服を着て、その光り輝く蛍光色を抑えている。
さすがにこれ以上事を荒げてもらっても困るので無理やりにでも着させるつもりだったが、すんなりと言うことを聞いてくれて助かった。
もとより、ボールに入ってくれればそんな問題も起こらないのだが。
数分そのまま歩くが、男女二人(ピカチュウ除く)が深夜に連れ添って歩いているのだ。
カスミはなんともないようだが、サトシはこんな経験は初めてで、心臓のドキドキが止まらない。
無言の空間に耐えきれるはずもなく、少しだけ気になっていたことを小声で訊いてみた。
「あの、カスミさん?」
「カスミでいいわよ。いまさら。」
微妙な立ち位置だったため、どっちつかずの敬称だったが、ようやく認可が下りたようだ。
それじゃあ、と前置きをして
「カスミ、あの会場にいた―――審判の人とは、どんな関係なの?」
あの暴動の中、逃げる道を教えてくれた審判の人。
ただ一人理性を失うことなく、『カスミ様』とずっと言っていた男性。
「ああ、執事、みたいなもんよ。昔っから私のことを心配してたみたいでね。・・・なに、その顔。」
カスミにもわかるくらい、驚いた顔をしていたようだ。
カスミのことを心配するような人間がいたとは。
いや、馬鹿にしているわけではない。本当の意味で、カスミを心配する人間などいないと思っていたのだ。
他人に心配されることなど屈辱だ、などとでも言い出しそうなくらい、カスミは孤独な天才であるハズだ。
「別に何も言ってこなかったの。私が何をしようと、どうなろうと、あいつはずっと私を見てたわ。拍子抜けしちゃうわよね。だから私もほっておいたの。結局、一番長く、一番近くにずっといたわ。」
「そっか、それで・・・」
「それがどうかしたの?」
サトシは、あの暴動の時に何が起きたかを簡単に説明した。
―――あまりカスミの状態には触れずに。
「そうだったのね―――馬鹿ね。あいつも。」
「・・・」
あの審判はいまどうなっているのだろうか。
自分たちを助けたとバレてしまっているだろうか。
であれば、無事だとは考えづらい。
無事であると思いたいが。
再び無言になる二人。
街の明かりも随分離れ、周囲に人の気配はない。
そしてこんな時間にも関わらず、だんだん見えてきたマサキの家の窓からは人工的な光が漏れている。
エンジニアというのはいつまで起きているのだろうか。
まあマサキであれば寝ずに作業していても体調を崩すということは無さそうではあるが、それにしても遅いとは思う。
黙々と歩き続け、マサキの家の前にたどり着いた。
空はまだ暗く、街灯もほとんどないこの場所において、マサキの家はかなり異様に映る。
明かりをつけたまま寝ている、なんてことは無いと信じてはいるが、若干扉を叩くのを躊躇する。
人として常識の範囲で。
「まあ、躊躇している場合でも無いんだけどね。」
夜が明けて空が明るんでくれば、当然人目につくようになる。
そうなればサトシもカスミも危険な状況に逆戻りだ。
もしかしたらゴールデンボールブリッジを渡ってこちらへ男たちが来る可能性もある。
サトシはマサキの顔を一度思い浮かべて、祈るように扉をノックした。
コンコン
「・・・・・」
返事が無い。
やはり寝ているのだろうか?
もう一度扉を叩く。
コンコンコン
と、中からドタドタと荒い足音が近づいてきた。
直後、勢いよく扉が開く。
「なんやぁうるっさいわ!こんな時分にガンガンガンガンドア叩きよって!しばいたるから覚悟せえや!!・・・・って、なんやサトシくんやないか。どないしたん自分?」
勢いよく扉が開いたかと思えば、嵐のようにしゃべり続ける天然パーマ。
一つの出来事に三つも四つも話さないと気が済まないらしい。
呆気にとられているサトシを確認し、通常モードに移行したようだ。
「それになんや。後ろにおるんはカスミやないか。蝙蝠も眠るような時間に来たとおもたら、愛の逃避行かい。なんやおもろそうやな。」
「あ、あいってそんな」
「わかっとるわい焦んなやドアホ。とにかく入れや。」
そういうとドアを開け放ったまま部屋の中へ、ドカドカと足音を響かせながら入っていった。
後ろで気まずそうにしていたカスミを見て、嫌そうな顔もかわいいと少しだけ思いつつ、二人供マサキの家に入り、静かに扉を閉めた。
―――――――――――――――――――
「で、どういうことやねん。わいはカスミを倒せいうたんや。逢引してわいのとこ連れてこいなんて一言もいうとらんで。」
「それはまあ、いろいろと事情がありまして・・・」
「最初っからまるっとぜーんぶ説明せえや。隠し事はなしやで。全部や。ぜーんぶ。」
マサキの何も言わせない勢いに飲まれそうになるが、チラとカスミを見やる。
部屋の隅っこで地べたにペタンと居心地悪そうに座っているが、サトシの視線に気づくと、もうどうでもいいわよとでも言いたげに、視線を逸らした。
サトシにもカスミの行動の意図は伝わったのか、背もたれを前にして座っているマサキに、夜にあった出来事をなるべく細かく説明を始めた。
チッチッと時計の音が進む中、サトシの声だけが部屋の中で響く。
カスミも、マサキも、黙ってサトシの話を聞き続けている。
「――――――というわけで、マサキさんの家にきたんです。」
時間はかかったが、なるべく記憶を鮮明に掘り出しつつ最後まで説明した。
話を聴いているときと同じ姿勢で、なるほどなるほど と何度も頷いているマサキ。
どういう言葉が返ってくるのか不安で、心臓の鼓動がどんどん激しくなる。
カスミも表情には出さないが、同じ気持ちだろう。
なにせ、二人の命運はすべてマサキの判断にかかっているのだ。
町民に通報しようと、匿おうと、マサキの一存で決まってしまう。
ここでサトシの旅が終わってしまうのかと不安にもなる。
・・・さっきから後ろでスヤスヤと寝ているピカチュウにはもはや何も言うまい。
もうすぐ四時になろうという時に、まだ起きている方がおかしいというものだ。
時計の針が進む音だけが聞こえる。
緊張の面持ちでマサキの言葉を待つサトシとカスミ。
「くっ」
マサキの声が漏れる。
「く?」
サトシは首を傾げる。
一体何を言っているのか―――
「く、くくくくく、ぷっ、ぶっふぁふぁふぁふぁふぁふぁあはははははははは!!!!」
いきなり笑い始めるマサキ。
茫然とマサキを見る二人。
「あはっ!あは、あははははははは!な、なんなんそれ!!おもろ!おもろすぎやサトシくん!!!自分芸人目指したほうがええんちゃうん?!わははははは!!」
そんな返答が返ってくるとは微塵も思っていない二人は唖然とする。
「変なおっさんに声かけられて!そのまま裏のショー会場までノコノコと付いて行って!残虐ショーで吐きそなって帰ろ思たら!ピ、ピカチュウが出てって!プククク!!そのままバトル開始て!!最後にはおっさん共に追いまわされて逃げ込んだ先がハナダジム!そのまま殺されるかもしれへんのに空気に流されバトル!そんなん狙ってもでけへんわ!!!天才や天才!!うわははははははは!!!!」
笑い始めた時は少しムッとしたサトシであったが、改めて概要だけ並べると確かに笑い話かコントのように出来上がった話のようにしか聞こえない。
これがマサキと別れて一日も経過しないで起きた出来事だと考えると、よほどの強運か凶運の持ち主とでも言おうか。
子供のころは濃密な時間を体感として過ごすことが多いと言うが、サトシほど極端な子供も、そういるまい。
なんにせよ、マサキが落ち着くまではまともに会話ができそうにないので、苦い表情のまま笑いが収まるのを待つ。
相変わらずカスミはそっぽを向いているようだが、つい先ほどまでの流れを復習した結果、なにか思うこともあるのか、若干顔が赤くなっているようだ。
時間は四時過ぎ。
もう間もなく闇が晴れ、日の光が町を照らし始める頃合いだ。
なるべくそうなる前にいろいろと決めたい思いはあるのだが、いかんせん決定する当の本人がこの調子だ。
大人しく待ち続け、同時に、先行きの見えない不安に溜息が漏れるサトシであった。