「そろそろ大丈夫ですか、マサキさん・・・」
さぞおかしかったのだろう、数分間は笑い転げているマサキに対して、さすがに耐え切れなくなったサトシが口を出す。
「ああ、うん、せやな、くくくっ。で、サトシくんはわいに何をしてほしいんや。」
急に問われてびっくりしたが、少しだけ考えて、自分の要求をマサキに言う。
「カスミを、助けてほしい。」
「おせっかいなやっちゃな。ほっといたらええやんか。サトシくんを殺そうとしたんやで。男どもに犯されようがなにされようがサトシくんには全く関係あらへん。サトシくん自身も、その会場におった男どもには睨まれるやろうけど町をでればなんもあらへん。それでええんちゃうん?なんでカスミを助けたいんかわからんわ。」
息をつく間もなくマサキが意見を述べる。
確かに、その通りではある。
すでにブルーバッジはもらったし、それ以上の用事は本来サトシには無い。
カスミを助けたせいで町民には睨まれる立場になってしまったのは仕方ないにしても、カスミを倒すという条件を満たしたサトシは、マサキから情報を得るだけでよいのだ。
カスミを助ける、なんて余計なことはする必要性は全く無い。
それでもカスミを助けたいとサトシが思ったのには、具体的な理由は特にない。
強いて言うならば
「――――ほっとけなかったから、かな。」
「ホンマもんのアホやな自分。」
ニヤニヤしながらそんなことを言われてしまった。
しかし反論もできない以上、サトシは黙っていることしかできない。
「ま、ええで。カスミを倒してくれたんは事実や。そこんとこの約束は守るで。ただな、サトシくん。カスミを助ける約束は、わいはしとらん。せやからな。どっちかや。言うたやろ?等価交換やて。」
「・・・」
サトシは黙り込む。
マサキの言うことはもっともだ。
最初にマサキは言っていた。自分は中立だと。
どっちかに得するように動くには、それなりの代価が必要だと。
自分の目的を果たすにはマサキの情報は必要だ。
かといって、カスミをこのまま町に放り出すというのも許せることではない。
うまいこと言って両方を得ることができないかと頭を回すが、マサキの方が口がうまいことは百も承知だ。それも叶わぬ願いだろう。
ああでもないこうでもないと考え込んでいると、カスミがここへ来て初めての声を出した。
「―――例の賞品があるじゃない。あれを引き合いにだせないかしら。」
急に聞こえたカスミの声に、ゆっくりとカスミの方に振り向く。
賞品。そういえばそんなものがあった。
一千万円と、カスミを一日自由にできる権利とやら。
・・・後半をマサキとの取引に使うのは気が引ける。
いや、自分で使うつもりも無いのだが。
なにか嫌な予感しかしないので、お金の方だけ引き合いに出すことにした。
「マサキさん。」
「なんや。」
間髪入れずに返事をしてくる。今のカスミの発言が気になっているのだろうか。
「先ほど話したショーの賞品として、一千万円ありまして。」
「それを代価として出そうっちゅーことか。せやな~なかなかの大金やな~。」
イスをくるくると左右に廻しながら話すマサキ。
「でもなー、ワイ、金はこまっとらんねん。わいしかでけへん仕事しとるし、世界中がワイの作ったシステムつこうとるしな。一千万円は魅力的やねんけど、もう一息やな。」
口を塞ぐサトシ。
もう一方は・・・しかしサトシには出せるものがもう存在しない。
「私を自由にしていいわよ。」
「!?カ、カスミ!?!?」
「ほんまか!!!そんな条件やったら飛びつくで!あのカスミを自由にしてええなんてな!!」
サトシがなんとしても出すまいと思っていたものが、カスミの口から放たれてしまった。
カスミ自身、やはりなにか自暴自棄になっている節はあるようだ。
「サトシくん、ええな?それならぜーんぶかなえたるわ。ワイのしっとる情報と、カスミを生き延びさせたる。」
「で、でも!カスミは―――「いいのよサトシ。どうせあなたも使うつもりじゃなかったんでしょ。」―――・・・」
ほかでもない、カスミ本人に言われてしまっているのだ。
そして、一日自由にできる権利などサトシは使うつもりがなかったことも見破られている。
そんな二人の言葉と視線のやりとりをニヤニヤと見守るマサキ。
「ま、そういうことや。ワイの方で手配はしとく。カスミは一旦奥の部屋で寝とき。今日の夜に逃がす算段立てとくわ。最低限の荷物はジムからもってきといたるわ。」
不安になっているサトシを横目に、マサキがどんどんと話を進める。
何も口を突っ込むことができないことに、自分自身の不甲斐無さを感じるサトシ。
「・・・・わかったわ。サトシは」
「なんやー?サトシくんに惚れてしもたんか?カスミ?ぬはは」
赤くなるカスミとサトシ。
「そ、そんなわけないじゃない!」
「ムキになるなや~。サトシくんはちょこーっと話があんねん。それ話さな、落ち着けんやろ?サトシくん?」
「え?あ、そうですね・・・」
本当にころころと話が変わる人だなと思った。
不安もあるし、自分の力の無さも感じているが、それはもうどうしようもないことだ。
マサキがカスミを悪いようにしないことを祈ることしかできない。
「そう。それじゃあね、サトシ。また後で。」
「あ、うん・・・おやすみ。」
「おやすみ。」
そういって、カスミは奥の部屋へ消え、パタンと静かにドアを閉めた。
ピカチュウの寝息だけが聞こえる部屋で、少し胸が痛くなるサトシ。
ずっと奥のドアを見つめているサトシを、マサキはまたニヤニヤと眺めて
「なんや、もうラブラブやないか。おもろ。サトシくんおもろ。」
「うるさい!そんなんじゃない!」
「おー、せやなせやな。ぬっはっは!」
口喧嘩になったところで勝ち目はないことは重々承知しているが、顔の赤さをごまかすために怒ったフリなどをしてみるサトシ。
もしかしたらそれすら見透かされてからかわれたのかもしれない。
やはりこの人は苦手だなと内心思ったサトシだった。
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「さーて、落ち着いたとこで、いろいろと話そかね。」
「お願いします。」
マサキが暖かいお茶を淹れてくれたので、ズズズと啜りながら話を聴く。
「まずはこれいっとこ。おめでとうサトシくん。まさかホンマにカスミを倒せるとは思っとらんかったわ。」
意外な賞賛の言葉に驚きつつ、先ほどのやり取りを思い出して微妙な顔になるサトシ。
「まあまあ、そう怒らんといてや。悪いようにはせえへんて。」
「・・・僕には何もできませんから。」
「おーおー、随分と大人びたことを言うんやな。もっと子供らしいほうが可愛げもあるってもんやけど。」
話が逸れそうだったので、サトシはそれ以上言葉を返さず、先を促した。
それを汲んだのか、マサキが本題を話し始める。
「せやな、何からはなそか。―――サトシくん、『Angel計画』って知っとる?」
「エンジェル?いえ、きいたことないです。」
「おーけーや。んじゃ、そこからはなそ。」
そういって、マサキは一度目を伏せ、昔話を話すようにゆっくりと話を始めた。