もう朝やから、サトシくんは寝とき。
なんも無いとは思うけど、町にはでえへんほうがええな。
サトシくんも顔みられとるし、カスミを逃がしとるからええ顔されへん。
わいはジム行って、カスミの荷物とか必要なもん回収してくるわ。
あん?この町でわいに文句言うやつなんておらへんて。
世界中敵に回すようなもんやからな。
こんな町のはずれに住んどるのも、誰も近づかへんからや。
おかげで毎日パーリナイしてもだーれもなんも言わん。
たのしいで~
―――ちゅーわけや。サトシくんはなーんも心配せんで、てきとーに寝ときぃや。
別にカスミと同じ部屋で寝ても・・・痛!冗談やって!おもろ!サトシくんおもろ!
と、そのようなことが先ほどあった。
少し奥の部屋が気になったが、無論侵入するほどの度胸はサトシには無い。
大人しくその場で横になり、大の字で寝ているピカチュウを見つつ、毛布にくるまって寝ることにした。
先ほどまで全く眠気など感じなかったが、いざ横になると急激に睡魔に襲われた。
ショーにジムリーダー戦にマサキの話。
一つの夜に起きたこととは到底思えないほどの密度だ。
体力のある十四歳の少年とはいえ、さすがに寝ずにここまでのことをすれば疲れもする。身体も頭も過去に無いほど酷使したことを実感したサトシは、睡魔に逆らうことなくそのまま夢の世界へと落ち込んだ。
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「サトシくん、おきぃや。サトシくん。おーい、はよおきぃや。」
「んあ・・・あさ?」
「寝ぼけすぎや、あほ。」
寝ぼけ眼をこすり、ボーっとした頭を覚醒状態に戻す。
目を何度か瞬きさせ、視界が徐々に鮮明になる。
「ああ、そっか―――」
視界に入ったのは見覚えのある天然パーマ。目つきの悪いその男はまぎれもなくマサキだ。
くるりと見回すと、カスミとスターミーと戯れているピカチュウの姿があった。
カスミは目立つ白いジャージ姿から代わり、地味目な服装に着替えている。
濃い藍色の少しダボついたジーンズに、薄いオレンジのインナー、その上に元々着ていた白いパーカーを着て、黒いジャケットをさらに重ねていた。
手元にはグレーのキャップも持っている。
明るすぎず、地味すぎない服装だ。
年頃の女の子にとっては、かなり不服な恰好ではあるかもしれないが。
特に、カスミのような自分に自信のある女の子にとってはなおさらだ。
まじまじとカスミを見つめ、カスミからもサトシのことを不思議な顔で見ていることに気づくと、慌てて視線を外す。
時計を見ると、すでに夕方といえる時間帯。
どうやら寝すぎたようだ。
カスミからはほのかにシャンプーの匂いがする。
とっくに起きて、シャワーを浴びて身なりを整えたのだろう。
鼻をくすぐる女の子の匂いに、やはり少し赤くなるサトシ。
それを相変わらずニマニマと眺めるマサキ。
もう何を言うでもなくサトシは目をそらし、あからさまに誤魔化すために話題を振る。
「それで、これからの動きはどうなるんですか?」
「せやな。サトシくんは明日の朝出発や。そのまんま町を素通りして、南のはずれの一軒家にいく。カスミは今夜、町をでる。ワイが案内するわ。そこで、ワイの言うこと聞いてもらうで。権利の行使やな。」
サトシの顔が強張る。なにもしないと言ったばかりではないか。
サトシの前では、という意味だったのだろうか。
ガルルルと噛みつきそうなサトシだったが、マサキはニヤリと目を向けるだけで何も言わない。
一体なにを考えているのだろうか。
「・・・僕とカスミを別々にする理由は?」
「念のため、や。一緒に逃げとる、なんて誰かに見られたら、サトシくんは延々と狙われる羽目になるで。サトシくんはあえて明日姿を見せるんや。その時にはもうカスミはおらんからな。なんかきかれても、もう知らんいうんやで。」
「――ワカリマシタ」
「そう噛みつくなや。別に嫌がらせでやっとるわけやないで。」
サトシの気持ちを読んでいるのか、相変わらずニヤニヤとして答える。
腑に落ちない、という顔をするサトシだが、理に適っていないわけではないので、何も言わずに頷いた。
「私は、どうなるの?」
わりと興味なさげな態度で今まで座っていたが、カスミがようやく口を開いた。
「カスミはカントーから出てもらうで。おそらくすでにルール違反したんはリーグに伝わっとるやろ。まああいつらのことやからそんなにすぐ動いたりはせえへんと思うが、数日中には手配されるやろ。カントーの外にもワイの知り合いがおる。一旦はそこに預けたる。そのあとは自由にせえや。」
「わかったわ。」
特に興味もわかなかったのか、表情を変えることなく、頷いてまたそっぽを向いてしまった。
その様子もニヤニヤと眺めるマサキ。
本当に何を考えているのだろうか。
なんとなしにピカチュウを見ると、スターミーの星形の身体を不思議そうにペタペタ触っていた。
スターミーはくすぐったいのか、うねうねと身体をよじらせていた。
昨日死闘を繰り広げたとは思えないほどに仲がよさそうだ。
・・・トレーナーの意思で戦っているだけで、ポケモン同士で嫌うということはやはり無いのかなと思い、マサキの話を思い出す。
「さーて、飯でもくおか。サトシくん、楽しんで食おうや~なはは」
先ほどまでの緊張感はどこへやら。
マサキはからかっているのか気を使っているのかわからないが、カスミと食事を共にできるのは素直にうれしいと思ってしまったので、マサキの好意に甘えることにした。
カスミと共に過ごす最後の時を楽しもうと、サトシは気持ちを切り替えるのだった。
―――――――――――――――――――
朝。
サトシが起きたとき、すでにマサキはパソコンに向かってパシャパシャとキーボードを叩いていた。
サトシ自身も、昨日のうちに随分寝てしまったので早起きしたとは感じるのだが、マサキは寝ているのだろうか?
ピカチュウもすでに起床し、大きな身体を振り回して体操をしている。
マサキは集中しているのか、サトシが起きた様子に気づいていないようだ。
(扉をノックしても気づかないのはこういうことか。)
卓越した集中力で仕事しているために、周囲の音への注意は最低限になるようだ。
邪魔になっても迷惑だなと考え、特に何をするでもなくその場でボーっとしていた。
昨日の夜にマサキはカスミを連れて一度家を出ていった。
マサキの帰りを待とうと考え、しばらく起きていたのだが、深夜二時を過ぎたあたりで待つのをあきらめ、そのまま寝ることにした。
昨日のことを少し思い出しつつ今後のことを考えていると、キーボードを叩く音が止まり、うーん、と伸びをするマサキが見えたので、そこでようやくサトシは立ち上がった。
「なんや、おきとったんかサトシくん。おはよーさん。」
「あ、おはようございます。」
「ピカピカ」
ピカチュウも元気そうやな、などと特に内容のない雑談を多少交わし、凝り固まった首を回してゴキゴキと音を鳴らす。
「ほんじゃ、サトシくんもお別れや。」
「あの、ほんとに大丈夫ですかね・・・僕の顔も名前もいろんな人に知られているわけですし・・・」
「この町の野郎共にそんな根性あらへんわ。大体、ポケモンももっとらん奴らがサトシくんに挑んでくるわけないやろ。ボコボコにして終わりやからな。ちらちらと不機嫌な顔で見るくらいやないか。気にせんで先すすみや。」
いわれてみるとそういうもんかな、と納得してしまう。
ともあれピカチュウが傍にいるのだ。
何かあっても問題ないだろう。
―――ピカチュウが起こさなければ。
過去何度も起きている大きな問題は、大抵ピカチュウが引き起こしていることに気づき、頭を抱えるサトシ。
ともかく、それを気にしていたらこれから旅なんて続けることはできない。
頭を振って考えをスッキリさせ、マサキの家を出る準備を終えた。
「ええな?まずは町の南にある一軒家を目指すんやで。ほなな。」
「わかりました。マサキさん、ありがとうございました。」
「ええて。代償はもろとるんやし。」
最後の最後にいやらしい笑顔を残し、扉を閉めた。
本当に読めない人だ、このマサキという人物は。
たった二日間の出来事ではあったが、かなり重要なことばかりだった。
マサキから得た情報、Angel計画とレッドの動向。
もろもろの情報をゆっくり整理しながら、ハナダシティのポケモンセンターへ一度向かう。
カスミと戦ってからまだポケモン達を回復させていない。
早くこの町を出たいところではあるが、万全の状態は維持しなければ何が起きるかわからないのだ。
勢いでいくと怪我をするのは、実体験として十分やらかしているので、これ以上はなるべく避けたい。
ピカチュウを連れて、朝の陽ざしを浴びながらゴールデンボールブリッジを通ってポケモンセンターへ向かうサトシ一行だった。