「うっわーーー!!海だーー!!初めてみた!!!」
地下通路から出て六番道路を抜けると、海に囲まれた港町、クチバシティが顔を見せた。
ミャーミャーと鳴く鳥の声、絶えず続くザザーンという波が堤防に当たる音。
生まれて初めて広大な海というものを見たサトシは興奮を抑えきれず、カスミの手を引いて堤防まで駆け出した。
「すごーーーい!!ひろーーーい!!!」
「ち、ちょっとまちなさいよサトシ!」
それを若干遠目から見守るピカチュウ。
なんというか、完全に青春真っ盛りの子供を見るお父さんである。
「ピカピカ」
ため息交じりかと思いきゃ、少し嬉しそうだ。
普段は自由だが、こういうときはきちんと空気を読む。そこまでポケモンに求めていないんだがと通常のトレーナー達は声をそろえて言うだろう。
そもそもモンスターボールに入っているはずのポケモンが口をはさむことなどありえない話ではある。
広大な海を目の前にテンションが上がりっぱなしのサトシだったが、カスミの手を握りっぱなしで海を眺めていることに気づいた瞬間に顔が真っ赤になり、あたふたし始めたのは言うまでも無い。
カスミはカスミでその状況を楽しんでいるようでもあった。
クチバシティ。
カントーで唯一、外海とつながる港町。
多くの人とポケモンが集い、同時に離れていく、出会いと別れの町である。
―――――――――――――――――――――――
「サントアンヌ号?」
「そう。今ちょうど、豪華客船サントアンヌ号がクチバシティに停泊してるの。それの乗船チケットをマサキが手配してくれたわ。一体なんの繋がりがあったのかしらね。」
「なるほど・・・それに乗って、カントーからでるのか・・・」
地下通路でゆっくりと足を進めながら、カスミとあたりさわりの無い会話をする。
いや、カスミにとってはあたりさわりのない話ではあったが、サトシにとっては、どれも思い出として心に止めておきたい大切な時間。
まぎれもない恋心ではあるのだが、サトシ自身、まだその事実を認めたくないという気持ちもあった。
なにせ相手は自分を殺そうとした人物であり、事実、サトシの目の前でも人のポケモンも無残に殺されている。
そんな相手を好きになってしまった、などと知られてしまったことには、親に顔向けできない。
いや、それよりも自分が葛藤に押しつぶされてしまう。
絶妙なところでバランスをとっているサトシのメンタルだったが、カスミはいたって平常心、のように見える。
―――実際のところは知る由もないが。
ともあれ、今度こそカスミとの別れになる。
叶わぬ恋を知るのも大人への階段の第一歩だと、誰かが言っていた。
「カスミはさあ――――」
「ああ、それは――――」
暗い地下通路。
反響する声を聴く人間はここには二人しかいない。
当然ながら、ピカチュウは数えていない。
――――――――――――――――――――――――
クチバシティのフレンドリーショップで買い物をすませ、いよいよ豪華客船サントアンヌ号へ向かう。
その道すがら、珍しくカスミからサトシへ話しかける。
「船に乗る前に、伝えておかなければいけないことがあるわ。」
今まではあまり中身の無いような、あたりさわりの無い会話をしていたが、急に深刻な面持ちで重要そうなことを話そうとするカスミを見て、サトシも なに? と立ち止まり、カスミの声に耳を傾けた。
「クチバシティジムリーダー、マチスのこと。」
「クチバジムのリーダー!?しってるの!?」
今にもとびかかりそうな勢いでカスミに迫るサトシ。
むしろそのまま飛びかかってしって、サトシも立派な犯罪者となって、一緒に船に乗って逃亡生活を送ってしまってもよかったのかもしれないが、残念ながらサトシにそのような度胸は無い。
サトシの剣幕に、カスミも足を止めて落ち着いて答える。
「ええ、もちろん知ってる。でも、期待してくれているところ悪いけど、大した情報は持ってないわ。私はもちろん、各町のジムリーダー同士って交流はほとんどないの。私も一度会ったきり。人づてに聞いた話だからマチスの性格とかしか伝えられないけど。あと、使うポケモンは電気タイプ。相性的には、どうなのかしらね。」
一息に自分の知っている情報を話し始めた。
タケシのことから、ジムリーダー同士の交流はあまりないものと思ってはいたけど、その通りのようだ。
「大丈夫!カスミのことも、性格くらいしか聴いてなかったし。」
そういうと、カスミがピクリと反応する。
「きいた?誰から、どんな事を聞いたのかしら?是非詳しく教えてほしいわね。」
急に雰囲気の変わったカスミを目にして、たじろぐサトシ。
自分の事以外は興味ないと本気で思っていそうなカスミが、まさか他人の言葉に反応するとは思っていなかった。
いや、自分のことが好きだからこそ、他人の意見には敏感に反応するのかもしれない。
「に、ニビジムリーダーのタケシさんから、えと、その、『超絶サディスティックのカスミ』とだけ・・・」
それを聴いたカスミは、途端、顔がカァーっと紅潮し、左右に激しく視線を泳がして、結果俯いてしまった。
そして小声で
「あんのクソタケシ―――もう一度ブチのめさないと駄目かしら・・・」
とても恐ろしいことを聞いた気がしたのだが、タケシが言っていた私怨についてもなんとなく想像がついた。
この件については自分の心の中に深く頑強にしまっておこうと、固く決意したサトシだった。
その状態のまま十数秒経過し、平静を取り戻したカスミがようやく顔を上げた。
顔はまだ若干赤い気もあるが、コホンと軽く咳払いしたら、何事もなかったかのように話し始めた。
「―――マチスのことだったわね。」
ようやく本題に入ったと、改めてカスミの話に耳を傾けるサトシ。
「マチスは、節約家、らしいわ。」
一瞬、思考が真っ白になる。
カスミはなんと言ったのだろうか。
なんか、至極普通な、一般的な、悪性の無い、平和的な言葉だったと認識してしまっているのだが、何かの聞き間違いであろうか。
「――――はい?」
サトシはその言葉を引っ張り出すのが精一杯で、その反応もカスミは読んでいたようで、別段驚くこともなく続きを話す。
「節約家っていうのは、まあ通称でね。電気を過剰に使うのは許せない、とかそういう面倒くさいやつ。それが裏の顔なのか表の顔なのかわからないけど、私のように表だけ真っ当のように見せているだけかもしれないしね。」
使うポケモンが電気タイプなのに、電気を節約している。
パッと聞くと矛盾しているように感じるが、電気を愛するが故に大事にしていると考えることもできる。
それがポケモンへの愛なのか、単純に電気そのものに何か思い入れがあるのかはわからないが。
ともあれ、想像よりも優しい人物なのかもしれない。
電気タイプと聞いた時は、倒したトレーナー達を電気椅子に次々に座らせて拷問感電死させたり、延々と発電自転車を漕がされたり、延々とパチパチする綿状のおかしを食べさせられたりするものかと思ってしまった。
甚だ失礼な話ではないか。
見も知らない人をそのような鬼か畜生か判らない化け物と同じ扱いをするなんてことが許されていいものだろうか。
「ちなみに、使うポケモンはライチュウだそうよ。」
「ピカピーーーー!!」
「ピ、ピカチュウ!?」
今まで存在感を消していた―――といっても消せる程小さい存在では無いので、誰だどこからどう見ても異常に目立つ二メートル四十センチの巨体は逃げも隠れもせず堂々とその場にいるのだが。
そのピカチュウがいきなり可愛い声で強く鳴くものだから、サトシもカスミも同時に声の持ち主へ顔を向ける。
「どうしたんだよ、ピカチュウ。まだごはんの時間じゃないよ?」
「――もしかして、対抗意識かしら?」
「対抗意識?どういうこと?」
「ライチュウはピカチュウの進化形なのよ?そんな奴に負けない、みたいな感情を出しているんじゃないかしら。」
「ピカ、ピカピカ」
そう、それ。とでも言わんばかりにカスミを指さして激しく頷くピカチュウ。
ピカチュウにそんな意識があるだなんて、なおさら人間のようだ。
マサキの言っていた実験に、本当に関わりがあるのだろうか。
そして、ポケモンに対してのカスミの理解力も驚くべきものだ。
それこそが、カスミのポケモントレーナーとしての才能の一角なのだと、サトシは改めて認識した。
「ピカチュウもやる気になっているようだけど、相手はジムリーダー。ニビとハナダを倒したからといって、油断してたら死ぬわよ。それぞれのジムはまったく別物だと思うことね。」
嫌に親切に忠告してくれるカスミ。
その態度に若干の疑問を感じつつ、サトシは感謝を述べる。
「ありがとう、カスミ。心配してくれてるんだよね。」
笑顔で正直にそう言った。
また少し顔を赤くして、フイッと視線を外し、小声で そんなんじゃないわよバカ とボソボソと声に出したのは、波の音に打ち消されてサトシには届かなかった。
波の音が大きくなっていると思えば、いつの間にかクチバ港が目の前だ。
海の上を歩くべく設置された橋の先には、見上げる程大きな豪華客船、サントアンヌ号の船影が姿を現した。
サントアンヌ号の音楽が好きな人は、自分だけではないハズ。