「でな、いとおしくて、あいくるしくて、――」
「(長い!)」
いくら晩御飯の内容を考えたところで終わらない会長の話。
すでに一ヶ月先のものまで考えてしまった。
それ通りになる事はまず無いのだが。
それからたっぷり三十分は話しただろうか。
さすが会長、先ほどの女性よりも格段にポケモンを愛しているようだ。
自分がピカチュウについて語れることなど、自分勝手で怪力ってことくらいしか―――ごめんって、そんな目で見ないで。
ピカチュウと無言のやり取りをしていると、ようやく会長の話は終わりを告げた。
「ふー。満足じゃ。まさかわしの話をここまで真剣に聴いてくれるとは、サトシくんはかなりのポケモン好きじゃな!」
「ええ、まあ・・・」
それだけ言うと、サトシは続きを話される前に、自分の訊きたい事を先に告げる。
「あの、会長。このポケモン大好きクラブは、どんなことをするクラブなんですか?」
乗りかかった船、というわけでもないのだが、ここまで関わってしまった以上聴いておきたいと思ったのは事実。
もし、サトシが話を聞いた人達だけが特殊なのであり、尚且つ入会特典など有利なものがあれば、あわよくば入会などということも考えなくもない。
微妙な考えであって、今のところこのクラブへの魅力は皆無どころかちょっと怖いという意味でマイナスである。
確かにポケモン大好きではあるが、ここまで過剰に愛するよりも、自然体で接する方が自分には合っている。
「―――このクラブの目的、かね。」
少しもったいぶる会長。
それほどまでに崇高な目的があるのだろうか。
ポケモンを愛する人が集まり、ポケモンを愛でるのが目的だ!とか言うようならば、その場で踵を返して立ち去る程度の考えではいるのであるが、なにやらそういう頭おかしい系の事を言い出す雰囲気では無さそうな感じはする。
「ポケモンを愛でる事がもくて―――」
「帰ります。」
予想通りすぎて、その場でくるりと後ろを向いて帰ろうとするサトシ。
「まあ、まてサトシ君。焦るでない。これこれ。大人の話は最後まで聴くものじゃ。」
溜息交じりに再度会長へ顔を向けるサトシ。
ピカチュウは珍しく興味ありげに、大人しく会長の話を聞いているようだ。
「このクラブはな。確かに、さっき言ったことも間違ってはおらん。ポケモンを愛でる。それに尽きる。それを目的として集まってきておる会員も非常に多い。だがのう。ふふふ。君ならば話しても大丈夫かなと思っておるよ。なあピカチュウくん。」
「ピカピ?」
「ピカ―――って、や、やだなあ、さっき、外国の人って言ったじゃないですか~。ははは。」
「ほほほ、そうじゃな。ふふ、ここからは少し小声で頼むぞ、サトシくん。この部屋には知らんものもおるでな。」
なにやらキナ臭くなってきた。
目の前にいる好々爺ぶったこの老人は、なにやら表沙汰にできないような事を隠しているようだ。
サトシの経験上、ピカチュウをピカチュウと見破る人物については警戒する必要がある。それも、少しではなく最高最上の警戒をせねばならない。
十中八九、裏の世界に関わっているだけでなく、思いもよらない動機で行動している者もいるからだ。
目の前のポケモンを愛してやまない老人も、今となってはなにかしらの異常性を感じさせる。
先ほどまでとは違う、狂気染みた空気感、思想を放ち続けているように感じるのだ。
最初の頃は気づかなかったハズではあるが、多くの経験からサトシはそのような感覚を身に着けつつある。
「(どうする・・・逃げるか・・・いや、もう手遅れな感じが・・・)」
「そうか、ピカチュウくん。君はもっと聴きたいのじゃな。」
「ピカピー」
あ、これいつものやつだ。
「では教えよう。ついてきたまえ。ああ、君たち。私は今日は戻るので、あとはよろしく。」
「「「はい、会長。」」」
なにやら統率されたやりとりに、一抹の不安を覚える。
なにか、これ以上関わってはいけないような、そんな気がする。
サトシは別にエスパーではない。
自分の勘がよく当たる、なんてことも思ったことはない。
しかし人間の第六感というものは時として侮れない精度を持つものだ。
しかも、大概、そんなことはない考えすぎだと思うとき程当たる。
そして、サトシが危険だと思うときは大体サトシに選択権は無く、判断するまでも無く状況は進行していくのだ。
だからといって、主人を置いて、会長と一緒に外に出ようとしているピカチュウは一度くらい食事抜きにしてもいいのではないだろうか。
ひどく不満げな顔をして、ピカチュウと会長を追いかける。
くいくいと袖を引くサンドを、またあとでねと告げてボールに戻し、一様にポケモンを可愛がり続ける会員達を横目に、サトシは部屋を出て、まだ明るいクチバシティの街並みの中へ戻った。
―――――――――――――――――――
「どこへいくんですか?」
昼と夕方のちょうど間くらいの時間帯。
まだまだ活気づいている港町を横切り、ずんずんと元気よく進むポケモン大好きクラブの会長。それに続くピカチュウとサトシ。
「ほっほっほ。なぁに、わしの家じゃよ。ほれ、あそこじゃ。」
会長が指をさすと、他の家と別段変わらない、良くも悪くも普通の家が見えてきた。
「普通の家じゃろ?」
「ああいや、そんな」
「ほっほ、まあ入りなさい。」
道に面して直接ついたドアに手を伸ばし、ガチャリと音を立てて開ける。
そのまま滑り込むように中へ入る会長。
まだ昼過ぎということもあって、中は若干暗く見える。
別に普通のことではあるのだが、サトシはゴクリと喉を鳴らして唾を飲みこみ、おじゃまします、と小声で言いながら、家の中へ踏み込んだ。
家の中に入ると、こちらも普通の枠を出ない造りをしていた。
テーブルに、イスが四脚。
テレビは無く、いくつか置かれた本棚に、少しだけ隙間を残していろいろな本が並んでいる。
奥には食器棚があり、その横には奥の部屋へ向かうドアが一つだけついている。
「まあ、掛けなさい。」
サトシがドアの前で立ち尽くしていると、会長がテーブルの所へ手招きをする。
ロケット団が隠れていて、とかそういう展開も考えてはいたのだが、別段不思議に思うところは無い。
いたって普通。
不気味なまでに、意図的に普通に見せているかのような違和感を感じる。
「(考えすぎ、かな。でもなにか―――)」
違和感を覚えつつ、サトシは四脚ある木製のイスの一つを手前に引き、一度ピカチュウを方を向き、きょろきょろと見回しているのを見てからイスに座った。
会長はサトシが座るのを待って、その後ゆっくりとイスを引き、腰を降ろした。
「ふふ、驚いたかね?サトシ君はもう気づいていると思うけれど、わしは裏のトレーナーだよ。いや、正確には『だった』、かな。」
会長は、そう語り始めた。
今のサトシにとっては、裏のトレーナーはそう珍しいものではない。
馴染んでしまっている。
これについてはサトシ自身もあまりよくないことだと認識していたが、ピカチュウが傍にいる状態であれば、少なくともサトシ自身に危険が及ぶことはあまり無いと考えていた。
むしろ、ピカチュウの守護の及ばない範囲。
サトシはそれを察したからこそ、サンドをボールに戻したのだった。
現状、裏のトレーナーを名乗る人物で危険の無かったのはサカキさんのみだ。
結果的にはコイキングおじさんもトレーナー、だったのだろうか。
今となっては知る由も無いが。
つまり、裏のトレーナーだと知った場合、その後の展開を全力で察知し続けなければいけないということ。
この会長が考えていることはこれからはっきりするかもしれないが、サトシはいつでも立ち上がって逃げられるように、あえてイスをテーブルに入れず、かなり隙間を開けて座っていた。
「ふふ、そんなに警戒しなくてもいいよ。別にわしは戦うことはしない。戦おうとも思わない。そんな力はないからね。わしは、タダのポケモンを愛してやまない一人の人間さ。」
黙って聞く。頷くこともせず、じっと、一言も漏らさないように耳を傾け、情報を整理する。
「君は駆け引きや取引には向かないね。だが、それがまた人とポケモンに信頼されるというものか。ふっふ、わしには到底無理な話だのう。」
「―――話を」
「おお、そうだったの。ポケモン大好きクラブとは何か、じゃったな。」
サトシは無言で頷き、それ以上は何もせず、先を促す。
「ポケモン大好きクラブは、ポケモンが大好きな者が集まる場所じゃ。じゃが、その愛し方までは限定しておらん。『ポケモンが好き』という一文さえ、動機の中に入っておれば、問題ない。会員にはその愛し方に沿った場所と方法、道具を提供しておる。」
「・・・・」
別に、普通のファンクラブのようなものだとは思う。
好きなものは好き。サトシもポケモンが好きだし、スキンシップをとるのは当然だと思っている。
中にはタケシやカスミのように特殊な愛し方をするような人もいるが、本質的には変わらない。
しかし、サトシは未だに違和感を拭いきれない。
この部屋には、あるべきものが無い、気がする。
それがなんだかわからずにモヤモヤしつつ、会長の話に耳を傾ける。
「では、わしがポケモンをどのように好きかを先に告白しよう。すべてはそこから始まったのじゃからな。わしがポケモンを好きだから、このクラブは始まったのじゃ。ふふふ。」
チクチクと時計の針が進む音だけが聞こえる。
静かで薄暗い部屋。
徐々に日が落ちていき、それに応じて室内も暗くなっていく。
たっぷりともったいぶって、ポケモン大好きクラブの会長は、クラブ創設の根源を告白した。
「わしは、ポケモンを食べるのが好きなんじゃ。」
衝撃の告白