夕陽の禍々しいオレンジ色が室内に雪崩れ込み、二人の顔を染め上げる。
「く、狂ってる・・・こんな、こと」
「そうとも。なにか悪いかね?わしは求められることに応えているだけじゃ。わし自身も欲求を叶え、他の者も欲求を叶える。誰が損する?誰も損をしないじゃろう。サトシ君も自分の求める欲求、快楽を求めて何が悪いのじゃ。誰も何も言わん。思うがまま、じゃよ。」
老人から一通りの話を聞き、サトシの精神は大きくグラついている。
「――――かえります。」
一言だけ言葉を発すると、サトシはゆっくりとイスから立ち上がる。
それに応じて、狂気の老人も言葉を発する。
「そうか、いつでも、まっておるよ。サトシ君の中の狂気が、花開いたときはいつでもの。」
それだけ聞くと、サトシはピカチュウに手招きし、ドアの方へ向かう。
「最後に、一つだけ話しておこうかの。」
老人は、首だけサトシへ向け、座ったまま話しかけた。
サトシはピクリと反応はしたものの、そのままドアへ進み、ドアノブへ手を掛けようとする。
「わかっておると思うが、マチスもかなりの狂人じゃ。戦うならば、いろいろと考えておくことじゃよ。ふふふ。わしとは相いれないがの。群れる老人と孤独な軍人は一緒にはおれんようじゃ。ほほ。」
サトシはそこまで聞き、ドアノブを回して、随分と暗く、濃くなったオレンジ色に身を晒し、波の音と潮の香りがする風をうけ、ポケモンセンターへ歩いていった。
一人残されたポケモン大好きクラブの会長。
「ほっほっほ。若いのう。―――さて、そろそろ晩御飯の準備でもしようかのう。」
イスをギギと引き、自分のイスとサトシが座っていたイスを元の位置に戻し、ドアの鍵を閉め、ふふ、と嬉しそうな、それでいて楽しそうな声を発し、老人は奥の部屋へと消えていった。
―――――――――――――――――――
ドサ、とポケモンセンターのベッドへ横になる。
いろいろ頭がごちゃごちゃになりながら歩いていたため、すでに日は落ち、晩御飯の時間も過ぎようとしていたが、サトシは寝るでもなく、動くでもなくずっと何かを考えていた。
半ば巻き添えで晩御飯をとれないピカチュウであったが、特に文句も言わずサトシの傍でじっとしている。
わかりきってはいた。
結論など、出ないと。
何が正しくて、何が悪いなんてことは、いくら考えたところで結論などでないのだ。
今までのサトシであれば、狂っている、異常であることは悪いことであった。
しかし、今のサトシは、『正当な異常性』というものを知ってしまった。
考えてみれば、サトシはすでにその矛盾を受け入れているのだ。
カスミという存在によって。
カスミは紛れもなく、異常な考え方をしている。
躊躇無く殺し、その結果を喜んで受け入れる。
それを目の前で見ているし、恐怖もした。納得もできない。
それなのに受け入れている自分がいる。想いを寄せている自分がいる。
思考と感情の矛盾。論理的でなく感情的。
刹那的な感情に従って生きるなど、獣のそれではないか。
とても人間のする沙汰ではない。
現実問題、その獣が集まる団体の中に踏み入ってしまい、且つ自分がいかに獣かということを大真面目に考えている今現在。
うーんうーんとベッドの上で頭を抱えて悩んでいると、急に目の前に黄色い塊が現れた。
「うわあ!!」
驚いて悲鳴を上げてしまったが、よく見れば見慣れた黄色い塊――もとい、ピカチュウの顔だった。
「もーう、びっくりするじゃないか。お腹すいたの?」
「ピカピー」
「――そうだよね、もうこんな時間だもんね。」
壁にかかっているシンプルな壁掛け時計を見やると、晩御飯を食べるには少し遅い数字を針が刺していた。
サトシのことを思って待っていてくれたのかもしれないが、もはや限界のようだ。
わかったよ、とため息を大きく一つ吐いて、起こした身体を再度ベッドに投げて、天井を見上げる。
――――ひどく滑稽だ。
『人それぞれ考え方が違う』ただそれだけのハズなのに。
それに対して正しいだの異質だの。
そんなことを延々と考えたところで、時間の無駄だ。
急に思考が冷め、サトシはむくりと身体を起こした。
いくら考えたところで結論などでない。
なにせ、自分自身が異常だ、などと自分一人で気づける訳が無い。
比較する対象があって、初めて自分が違うということがわかるのだ。
そしてそれは他人においても同様。
悪事は悪事。それを許すことはできないし、今後も許すつもりはない。
ただ、その世界しか知らなかったり、そうすることでしか自分を証明できなかったりする人がいた場合、自分はどう判断し、どう行動するのだろうか。
カスミの例はあくまで特殊。
特異な感情を抱いてしまったのだから、それはもう仕方ないとするしかない。
だってほら・・・キ、キスとか・・・され、されされちゃったし・・・
頭の中でしどろもどろする。
少しだけ紅くなった顔。
若干悶絶した後、ある程度吹っ切れたサトシは、今度こそベッドから立ち上がった。
考え事をやめた途端お腹がすきはじめ、同じくお腹を空かせたピカチュウと共に、夜のクチバシティに繰り出した。
―――――――――――――――――――
朝日を浴び、そのまぶしさで目を覚ます。
昨日、しっかり食べてすぐに寝たため、きちんと起きられたようだ。
ピカチュウはすでに起きており、室内で体操のようなものをしている。
とても邪魔だ。
起きたばかりでしっかりと目が開かないサトシであったが、邪魔なピカチュウを通り抜けて洗面台へ向かう。
顔を洗って、歯を磨く。
朝の身支度を整え終わる頃にはピカチュウの体操も終わり、すごい速さで腕立て伏せをしていた。
シャコシャコと音が聴こえそうな程に速く、総じてキモい。
昨日のことが頭をよぎり、完璧にすがすがしい朝とまではいかなかったが、まあ仕方がないだろう。
あまりのんびりしているわけにもいかない。
今日はジムに見学しに行ってみよう。
クチバシティに来てからそれなりの時間が経過したが、マチスの話はほとんど聞いていない。
節約家という話だが、あまり外にはでないのだろうか。
・・・・あの会長は、なんだか相容れないみたいな話をしていたが。
ともあれ、ビクビクしていても始まらない。
どんな人かどうかだけでも見てみたいので、昼間の明るいうちにジムに行ってみることにする。
本来、急にバトルになる方がおかしいのだ。
ニビシティとハナダシティではもろもろの事情が幾重にも重なってバトルする流れになってしまったが、裏とはいえ公式戦なのだ。
正式な手順を踏んでバトルするのが一番好ましい。
過去二度のジムリーダー戦を思い出し、激戦の記憶が甦る。
―――よく勝てたなあ・・・
そして、その二回のバトルの両方とも、原因はピカチュウだった。
そこまで思い出し、ふとピカチュウの顔を見る。
素知らぬ顔で今度はスクワットをしている。
これも随分速い。
・・・ピカチュウを連れていくべきではないのだろうか。
しかし、いざバトルとなった場合、ピカチュウがいなければどうしようもない。
なによりこのピカチュウをほっといて出歩くと何が起きるのか想像もしたくない。
というわけで、半ば強制的に連れていくしかないことに、サトシは頭を悩ますのだった。