「君は本当に強いな・・・!」
「あ、どうもありがとうございます。」
紳士風のトレーナーとのバトルに勝利たサトシは、遠慮がちにそう言った。
ジム所属のトレーナーと数戦行ったが、別段特筆するところもなく、普通に戦い普通に勝利した。
勝利する度にマチスについての情報を訊いてみたのだが、どれも曖昧な表現で濁すばかり。
このビリリダマばかり出してきた紳士風の男にも、そんなに期待せずにマチスについて尋ねてみた。
「なに?マチスと戦いたいのか?」
「あ、えと、戦いたいというか、会ってみたいというか。」
「ふむ―――であれば、会えるかどうかはわからないが、奥の部屋へ行ってみるといい。」
「奥―――って、あのドア、仕掛けで開かないんですよね?」
最初のトレーナーに聴いた言葉をそのまま言う。
「そうだな。君はマチスと戦うには十分な強さだろう。仕掛けについて、説明してあげよう。このジムにはたくさんのごみ箱が置いてある。そのゴミ箱の底にはそれぞれスイッチがあってね。押せる状態にあるスイッチが一つだけある。そのスイッチを押してから三十秒以内に、もう一つのスイッチを押すことができれば、奥の部屋へ入ることができるのだ。当然、場所は毎回変わる。」
「うわあ・・・面倒くさい。」
「それだけ用心深い男なのだ。健闘を祈るよ、少年。私は倒れたポケモン達を回復してくるとしよう。」
それだけ言うと、トコトコと歩いていき、ジムの外へ消えていった。
「―――さて、ゴミ箱ね。ええと、ごみ箱は・・・」
サトシは周囲を見渡し、先ほどの紳士風の男が言っていたゴミ箱を確認する。
なるほど、今までは気にすることはなかったが、そこかしこにゴミ箱らしきものがいくつか・・・たくさん・・・いっぱい・・・・ありすぎない?
ジムの中には、全く見た目が同じゴミ箱が実に五十個以上置いてあった。
重なって見えないものや、物陰に隠れているものなど含めたら六十個はあるのではないか。
「節約家っていうか・・・臆病だね・・・・」
「ピカピー」
しかし、開けないことには始まらない。
裏のバトルをするもしないも、まずは会って話をしなければ。
タケシもカスミも、普通の出会い方をしていれば普通に話せたはずだ。
そして改めて戦う日程を決めて、バトルすればいいだけではないか。
なぜいままでその通常の流れに一度もなっていないのか甚だ疑問ではあるが、今回こそ、きちんと正面から準備万端で戦いたい。
そう、心に決めるサトシだった。
―――――――――――――――――――
「ピカピー」
「うるさい。こういうの苦手なんだよ。」
今、鍵のロックが解除された扉の前にいる。
たっぷり二時間、ジムの中を駆け巡り、トレーナー達から奇異の目で見られても気にせずにスイッチ探しを行った。
「大体、三十秒しかないっておかしい!いくら頑張っても十個も確認できない。全部で六十個近くもあるのに。」
つまりは運に頼るしかないのだ。
その運が絶望的に悪かったというだけの話である。
「普段運が悪いんだから、こういう時くらい運が良くてもいいと思うんだけど―――」
ぼやきつつ、ロックが外れた扉の前に立ち、前に押し開ける。
他のトレーナーも注目しているようだったが、サトシとピカチュウが通った後はゆっくりと閉じ、ズズン、と重そうな音を立てて壁と一体化し、再度ロックがかかった音がした。
トレーナーはそれを見届けた後、自分達のバトルと鍛錬にいそしみ始めた。
―――――――――――――――――――
「誰もいない―――」
扉をくぐると薄暗い通路に出た。
そのまま少し進むと八畳間程の大きさの部屋にでた。
一面コンクリートがむき出しの部屋で、照明も裸電球がそのまま垂れ下がっている。
ケーブルが這った天井を見上げつつ部屋の中を確認したが、電球以外に何もなく、伽藍としていた。
「なにもない?」
そこそこ広い室内を、足音を立てながら歩き回る。
音を吸収する物質が何も無いこの部屋では、その足音も不気味に反響し、何も物がないという不自然さをさらに増長させる。
壁沿いにトコトコと歩いていると、ドアが一つだけあった。
入ってきたときにわからなかったのは、壁とまったく同じグレーで塗りつぶされていた上、小窓もついていなかったためだ。
ドアの取っ手を動かすと、ガチャリと開いた音がする。
―――鍵がかかっていない。
そのまま押すと、ギギ、と少しだけ軋んだ音がして、奥へと少しだけ開く。
「・・・・・・」
少し考え、後ろを振り返る。
そこにはいつもと変わらずかわいいポーカーフェイスを翳したピカチュウが堂々と立っている。
が、別に先導するわけでも、逃げようとするわけでもない。
すべてサトシの判断の元に動くようだ。
今までの自由さはどこいった。
「はあ・・・」
大きく息をする。
正直、奥へは行かない方がいいとは思う。
なにか嫌な予感がする。
しかし何も得ないまま踵を返し、あのゴミ箱あさりの二時間を無駄にするのもいただけない。
どちらにせよマチスには会わなければならないのだ。
バトルになる可能性も考慮したが、大丈夫、ちゃんと説明すれば大丈夫だって。
そんな根拠のない自信と共に、サトシはピカチュウを連れて重い扉の奥へと足を進めていった。
―――――――――――――――――――
扉の奥には階段があり、降りると通路が続いていた。
通路は暗く、数mおきにオレンジ色の裸電球がぶら下がっているだけだった。
すでに設置されて長いのか、切れかかってチカチカと不規則に点滅しているものもちらほら。
過去に暗い通路を何度か通ったが、それらは足元だけを照らすような照明だったが、こちらは明るさと暗さが不規則に入れ替わり、且つコンクリートで作られたままの通路は、その密閉間からか酷く不安にさせた。
道としては分かれ道も無く迷うことはないのだが、何度か折れ曲がり、小さい部屋のような場所を通過しつつ、足音だけが響く道をサトシは歩いていった。
「随分、長いこと歩いた気がするけど、実際そうでもないのかな・・・」
通路自体が狭く、見た目の変化もないため感覚が狂うが、まだサトシが歩き始めてから数分しか経過していない。
そして
「―――光だ。」
サトシの歩く先は行き止まり―――かと思ったが、どうやら扉のようだった。
格子が嵌められた小窓が付いており、そこからは弱々しい光が漏れている。
牢獄をイメージさせられるような風貌だったが、まさかジムリーダーの部屋の奥に牢獄があろうはずもない。
覚悟を決めて、そっと扉に近づき、まずは聞き耳をたてる。
「・・・デース、モット・・・シ・・・タラキ・・・」
声が小さくてよく聞き取れない。
なにやらズズズ、という振動音のようなものも聞こえる。
好奇心というものは怖いものだ。
時にそれが致命的となり得る行動であっても、興味というものはそれを回避する思考を一切奪っていく。
サトシにおいてもそれは例外ではなく、考えることなく、その小さい声の持ち主と、振動音の正体を突き止めるために、光が漏れている小窓からそっと中を覗いた。
中には、またしてもサトシが知ることの無かった世界が広がっていた。