「サア、モットハタラクノデス!シヌホド、シンデモ、シンデカラモ、ハタラキツヅケルノデス!!!」
頭の側面を刈り込んだ、金色の跳ねた短髪を持ち、軍服に身を包んだ大柄な外国人がいた。
いや、正確には外国人かどうか判断はつかないのだが、カタコトな話し方と、その体格、髪の色からそう判断した。
「(一体何をしているんだろう・・・)」
恐らく、この金髪の人物がクチバシティジムリーダーのマチスなのだろう。
昔軍人だったと聴いたし、軍服なのも納得がいく。
そこまではわかったが、サトシが今覗いている範囲ではそこまでしかわからない。
働け、という言動は何を意味していて、誰に向かって投げかけているのか。
サトシは、ぐぐ、と顔をずらし、ジムリーダーらしき人物が話している対象を見ようとした。
そして、見たことを後悔した。
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最初にサトシは、あ、漫画で見たことあるなーと、そんな感想を持った。
非現実的な現実。虚構と思いたい真実。夢だと信じたい事実。
自分はここにいるのではなく、実は夢の世界での出来事なのでは、と無意味な夢想を繰り返す。
男の視線の先にあったのは、『発電機』だった。
ごりごりごり ずりずりずり と鳴る歪な振動音は、直径一メートル程もある大きな柱についた枝のような棒を押し、柱を回転させたことによって発生する擦過音。
柱についた四本の横棒を、それぞれ一人ずつ押し、柱を回すための動力源となっている。
その不快な音を出す柱は一つだけではなく、見えるだけでも四つ。
それぞれに動力源となる男性が四人ずつ棒を押して、文句一つ言うことなく、延々と力をこめて歩き、ごりごりごり、ずりずりずりと柱を回転し続けている。
彼らが着ている服も、全く同じもの。
それこそ、奴隷と表現せざるを得ないほどのボロボロな布きれ。
よく見ると年齢も様々で、随分と年をとった人もいるし、サトシと同じくらいではないかという若い顔も見受けられる。
サトシが漫画の世界か何かと勘違いするのも無理はない。
そこには前時代的な、奴隷を使った人間発電機のイメージそのものが存在していたのだから。
「(なんだあれ・・・あの人たちは一体・・・?)」
サトシは混乱していた。
いや、しかし考えてみると理に適っている部分も無くはない。
マチスは節約家、という情報。そして昔軍人だったという話。
捕まえた人間を使って発電し、節約する。
―――非効率的すぎる。本当に、そんなことを考えているのか。
それはもう節約でもなんでもない。
ただの拷問だ。
人を・・・電気をつくるためだけにこれだけの人を・・・
サトシは絶望を感じただろうか。耐え切れないだけの嫌悪感を感じたのだろうか。
実の所、確かに嫌悪感を感じはしたが、その非現実感から、そこまでの衝撃を受けてはいなかった。
しかし、これがさらなる悲劇を生むことになってしまった。
「オットー、ソロソロディナータイムデスネー。」
その場の空気に合わない明るい口調で、金髪の男がカタコトで話す。
言葉に反応して、ずずずと回転していた柱が止まる。
疲れ果てたのか、数人膝をついて呼吸を荒くし、柱にもたれかかる者もいる。
食事の時間、ということだろうか。
さすがに食べるものも制限するなんてことまではしていないようだ。
そこまで鬼畜なことはしないようで――――
「コンカイノディナーハ、ケンジクンノステキナポケモン、ピジョットデース!ゴチソウデスネ!!!ハッハ!!!」
直後、膝をついて息を整えていたサトシと同じくらいの少年が、大声で泣き崩れた。
「うわああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!ピジョットォォォ!!!そんな!!うそ・・・だろ・・・・」
そして、すすり泣く声と共に動かなくなった少年。
サトシは、一連の流れを理解するのに、ある程度の時間を要した。
いや、理解したくはなかったが、サトシはその意味をすでに知ってしまっていた。
奥の方からガラガラガラと、何かを運ぶ音がして、数秒して止まった。
なんとかサトシの視界に入ったそれは、大きな皿に載せられた肉の料理。
それを、奴隷のような服を着た女性が三人程で運んできていた。
普通の料理に見えたのは一瞬で、だらしなく舌を出したピジョットの頭がそのまま載せられていることに気づくと、途端、吐き気を覚えた。
ここまでいくともはや納得し、理解するしかない。
あのジムリーダーらしき男は、トレーナーに強制労働をさせ、持っていたポケモンを食料として活力源とさせていたのだ。
ポケモン大好きクラブの会長を思い出す。
彼は、自分の趣味嗜好としてポケモンを捌き、食べて、自分の糧としていた。
しかし、同じ行為が目の前で繰り広げられていようとも、その意味はまるで違う。
この男はただのエネルギー源として利用しているに過ぎない。
しかも、そこに選択肢はない。彼らは食べるしかないのだ。
食べ物がどんなものであろうとも。その命が自分の愛したポケモンのなれの果てだったとしても。近いうちに自分のポケモンが食卓に並ぶかもしれないという恐怖を常に感じながら。
この男は楽しんでいるのだ。
絶望を。苦悩を。人間として守らなければならない部分を平然と踏み越えている。
効率的な方法はほかにあるハズ。しかし、あくまで原始的な方法にこだわっているのは精神をへし折るためか。
わかりやすく絶望を伝えるには、無駄な機構や仕組みはいらない。
見ただけで用途がわかるものを突きつければ、自分の運命がすぐに想像できてしまう。
一種の脅迫のように機能するのだ。そして当然、漫画のように颯爽と現れ、悪者を退治して助けてくれる正義のヒーローは存在しない。
ここは現実。紙の上に描かれる友情と正義と愛情のお話ではないのだ。
一体なぜ、ここまでのことが平然とできるのか。
人を人と思わない鬼の所業としか考えられない。
ますます現実とは考えられない事実の連続に、サトシも周囲への注意が散漫になりつつあった。
思わず窓から顔を離し、一歩後ずさる。
そのサトシの行動は仕方ないといえよう。
常軌を逸した情景を目の前にし、人間のやることとは思えない現実を目の当たりにしたのだ。サトシの過ごしていた日常の中では決して見ることの敵わない光景。
漫画や映画の中で、フィクションとして描かれる地獄のような景色。
その非現実的な事実を自分の目で、しかも同年代の少年がその地獄の中にいるという現実。
そんなものが扉一枚隔てた向こうの世界に存在している状況にサトシ自身が立たされている。
一歩。恐怖心によってたった一歩下がることを、誰が咎められようか。
その結果が取り返しのつかないことになったとしても。
「ピカ」
サトシは凍り付いた。
文字通り、身体も頭も、すべてが固まった。
一歩下がったサトシの足が、ズヌ、とピカチュウの黄色い素足にめり込んだのだ。
別にそんなことで怪我をしたりするような肉体でないのは百も承知だが、反射的にでる声だけはどうしようもない。
人間でいうところの、いてっ、という咄嗟の反応。
仕方がない。
どうしようもなく、どこにも責任がない。
強いていうならば、すべてに運が無かったのだ。
「Who are you! Freeze!!!!」
爆音か轟音か。
とにかく咄嗟に耳を塞ぐ程の大音量で、金髪の男が叫ぶ。
奴隷服に身を包んだ男女は震えあがり、扉を隔てたサトシは ひっ と小さく悲鳴を上げて、尻餅をついた。
ツカツカと扉の元へ歩いてくる金髪の男。
サトシはそれがわかるや否や走って逃げようとするも、恐怖でうまく立ち上がることができない。
肝心のピカチュウは先ほどと変わらず仁王立ちだ。
自分だけ逃げるという選択肢はとりあえず無いようだったが、サトシはそれどころではない。
逃げる算段を思いつく前に、無常にも扉が勢いよく開き、逆光に照らされた大柄な軍人がサトシの目の前に現れた。