ポケットモンスター 「闇」   作:紙袋18

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第七十一話 マチス

 勢いよく開かれた鉄の扉は、ガーン という大きな音を響かせて壁に打ち付けられた。

 金髪の男とサトシの間に隔たりは無くなり、十数分の時間を経てその視線をようやくお互いに交わした。

 百九十センチはあろうかという身長に、鍛えられた筋肉で膨れ上がった身体。

 軍服の袖はパンパンに張りつめ、その中身が偽物でないことを示している。

 

 眼光は鋭く、現状不審者であるサトシを睨みつけ、動くことを許さない。

 視線で殺すという表現がここまで一致する状況も珍しい。

 

 サトシは尻餅をついたままコンクリートの床に座っていたので、巨人を見上げるかのような威圧感だった。

 実際はピカチュウの方が高身長で筋肉の量も段違いではあるのだが、それが人間に変わるだけでここまで恐怖心が煽られるのかと、サトシはガタガタと震えるしかできなかった。

 

 逃げるとしても一本道。

 この男がなんの罠も仕掛けずにいるわけがないと、無言のうちに確信してしまう。

 

 

 怯えるだけで何も言えないサトシを見て、金髪の男が口を出す。

 

 

「ユーハダレデスカ?ナゼココニイル?」

 

 

 怒り心頭な表情と、氷のように冷たい眼光はそのままに、カタコトでサトシに話しかけてきた。

 下手な回答をすると真っ先に戦闘になるか、捕えられて奴隷行きだ。

 サトシは無理やり心を落ち着け―――それでも心臓は速くなりっぱなしだが。

 頭を振って高温になって思考停止していた脳みそを少しでも冷やし、回転させる。

 

 

「ぼ、ぼくは、サトシ。マサラタウンからきたサトシです・・・・ジムリーダーの部屋に行ったら、誰もいなくて―――奥に進んできたんです・・・・」

 

 

 ゆっくりと言葉を選んで、事実だけを述べる。

 嘘を吐く余裕は無いし、そもそもサトシは嘘を吐くのが苦手だ。

 顔にも出やすいので、こんな状況ではすぐにバレてしまう。

 しかも相手は元軍人だ。嘘を見抜くくらいのことは平然とやってのけるだろう。

 結局のところ、正直に事実のみを述べるのが一番良いと判断した。

 

 

 

「OHHH!SHIT!!ロックシテナカッタデース!!ユーハノーマルトレーナーデスカ?」

 

 

 

 急に雰囲気の変わる金髪男。

 どうやら怒気は多少収まったようだが、それでもサトシが危機的状況にいるのは間違いない。下手なことができない状態はまだ継続中だ。

 

 ノーマルトレーナー、というのは、文字通り普通のトレーナーのことだろう。

 いいえと口で説明するのも難しかったので、上着の裏につけてある黒いバッジを見せた。ジムリーダーにこれを見せれば説明いらず、とサカキさんが言っていたのを思い出したのだが、実際ここまで黒いバッジを見せる機会は無かった。本当にわかるのか不安ではあったが、オーナルホドネと小さくつぶやいているのを見ると、問題は無いようだ。

 

 

「ソウデスカ、ワカリマシタ。ベツノヘヤデ、ハナシマショウ。キナサイ。」

 

 

 そう言うと、金髪の男は踵を返し、サトシへ背中を向けて歩き出した。

 

 

「(うまくいった・・・?でももう逃げられないな・・・)」

 

 

 なんとか気持ちも落ち着いてきたので、よいしょ、と腰をあげて男に着いて行く。

 ピカチュウも特になにをするでもなく大人しくついてくるようだ。

 

 本当に、意外なほどに落ち着いている。

 今日のピカチュウはどうしてしまったのか。

 こんな状況でも不安になるくらい、静かに動いていた。

 サトシを抱きかかえて全力疾走で逃げるくらいのことをすれば、もしかしたら危機は脱するかもしれない。

 

 

「(でもそうすると、バッジ取得が難しくなるのか・・・)」

 

 

 ジムリーダーを倒す、という目的がある中では、敵前逃亡はあまり喜ばしくない。

 戦ってくれなくなったらそれこそ目も当てられない。

 ここは大人しくついていくしかあるまい。

 というか、そう考えるとピカチュウはきちんと空気を読んで行動しているのだろうかとも思うが、まあそんなことはないだろう。だってピカチュウだし。

 

 自分の中の疑問を自分の中で解決し、スタスタと歩いていく金髪の男に追いつくべく速足で歩き始めた。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 恨めしいような、救いを求めるような、そんな目を周囲から向けられながら奥へと進むサトシ達。

 サトシが扉の小窓から覗けていたのはほんの一部で、室内はかなり広い。

 当然、その広さに応じて同じ服装をした男の人数も多く、それぞれ何も言わず、延々とそれぞれの役割をこなしている。

 サトシの方を無言で見つめながら。

 

 

「(どうしよう・・・すごく居心地が悪い。助けてあげたいけど、今はごめんなさい・・・)」

 

 

 サトシとしても助けてあげたいという気持ちは溢れんばかりにある。

 しかし、何をもって助けるかという判断をしかねていた。

 

 

 ただ解放すればよいのか。

 それならばピカチュウに暴れてもらえば可能かもしれない。

 しかしこの建物の設備は現段階で何もわかっていない。

 先ほどのジムリーダーの部屋まで逃げ戻ったとして、そこが開いているという確証はどこにもない。

 

 それに、彼らがどういう人間かどうかもわからない。

 この金髪の男は犯罪者に罰を与えているだけなのかもしれないではないか。

 それならば、いや、それでも納得できないことは多々あるが、多少は理解できないこともない。

 

 悶々とそんなことを考えて歩いていると、目の前の男がピタと立ち止まる。

 サトシも立ち止まり、俯いて考えていた頭を上げると無骨な鉄製の扉があり、ちょうど手をかけて開くところだった。

 

 

「ココデース。ハイリナサイ。」

 

「あ、はい。」

 

 

 先ほどの怒気はどこへやら。

 落ち着いた軍人然とした口調―――カタコトではあるが―――をして、サトシを部屋へ招き入れる。

 

 それにしても、この空間には無骨で飾りつけの無いものしかないのだろうか。

 コンクリート打ちっぱなしの壁、鉄製の扉。本当に現実のものとは思えない空間に、サトシは恐怖を感じつつもある種の好奇心すら覚えていた。

 

 もしかしたら、厳格な人なのではないだろうか―――そんな淡い期待を抱きつつ。

 都合の良い方に考えるのは仕方がない。

 なにせ、ここに来てからサトシが見ている光景は、非現実的で、フィクションな光景ばかりなのだから。

 

 

 ―――フィクションであれば、尚残酷な展開が待ち受けている可能性があるということも当然考えられるのだが、そこまで頭が回るほど今の状況はリラックスできるものではなかった。

 

 

 

 

 

 部屋に入ると、中は鹿の頭の剥製やら国旗やらが壁にぶら下がっており、調度品のようなものもいくつか置いてある。

 照明も裸電球ではなく、ちゃんとした照明器具を使っていた。

 中央には低いテーブルにソファが相対して二つ置いてある。

 一応客人を迎える様相が整っている部屋のようだ。

 

 

 金髪の男が手で座るように促し、とくに逆らうこともなくサトシはソファに腰を降ろした。

 広めのソファではあったが、なぜか今回はピカチュウも隣に腰を降ろした。

 少しだけピカチュウの方を見て、すぐに正面に向き直した。

 

 

 サトシが座ると、マチスもソファに腰を降ろす。

 

 

 

「ハジメマシテ、ミーハ、クチバシティジムリーダーノマチスデース。」

 

 落ち着いた口調で話し始める。

 やはりこの男がマチスだったようだ。

 

 

「ぼ、僕の名前は―――」

「サキホドキキマシター、サトシサン。オアイデキテコウエイデス。」

 

「あ、はあどうも。」

 

 

 なんというか、とても調子が狂う。

 先ほどの光景を見た後だと、本当にどういう人物なのか想像できない。

 とにかく話を進めることに集中する。警戒心はそのままで。

 

 

「サトシサンは、ミート、バトルシニキタンデスカ?」

 

 笑顔でマチスがそう話す。

 

「え、ああ、まあ、そういうことに、なるんですけど・・・」

 

 

 本当に、調子が狂う。

 当然の事を、当然のように話しているだけなのに、何を考えているのか全く分からない。

 

 

「ソウデスカ!モチロン、イツデモカンゲイデース!シッカリトジュンビシテ、カカッテキナサイデス!!」

 

 

 不気味な程に物わかりが良い。

 しかし嘘を言っているわけではなさそうだ。

 

 サトシもあまり深入りしたくないと判断し、本人も言っていることなのだし、一度ジムを出ることにした。

 マチスがどんな人物か確かめるという目的は達したのだし、早めに戻ろうそうしよう。

 

 

「じゃ、じゃあマチスさんの言う通り、一旦戻って準備してきます!」

 

「ソウスルトイイデース。セイセイドウドウ、バトルシマショウー!」

 

 

 何事もなく、ジムを出ることができそうだ。

 最後に、気になっていたことを一つだけ質問する。

 そう、なんの問題もなく、なんの疑問もなくジム戦を迎えることができるように。

 

 

 

 

「さっきの人達は、なんの人なんでしょう?」

 

「アア―――」

 

 

 マチスは変わらず笑顔で答える。

 つられてサトシも、口角を少し上げて笑顔を作る。

 

 

 

 

 

 

「モチロン、ミーニマケタアブノーマルトレーナーデスヨ。ハハハ。」

 

 

 

 

 

 

 ああ、やっぱりそうなのかと、サトシはいい人だと判断しようとした自分を呪うことにした。

 

 

 

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