一体どういう状況なのか。
自分が考え込んでいた時間はそんなでも無いハズだ。
それこそ、ものの十分に満たない程度。
一体その短時間に何をしたらここまで破滅的な状況になり得るのか、ピカチュウの言葉を理解できるのであれば小一時間問い詰めたい。
しかし、その問い詰める時間すら、今は取れそうにないのが実態ではあるのだが。
サトシは目の前の惨劇をなるべく客観的に見ようとしたが、あまりにあんまりなのでなるべく考えたくなかった――
歪な振動音を鳴らしながら回転していた拷問器具は、一本は根本から折れ、どう頑張っても回転させることが不可能な状態になっており、もう一本はなにか固いものが当たったかのようにべっこりと凹み、軸がブレて回転した所為で壊れたのか、盛大に煙を吹いてバチバチと電気をそこら中に漏らしている。
その周りには、機能を失った発電機を廻していた男性達はもとより、他の機械を動かしていた男性も、何事かと野次馬しにきており、三十人近くはいそうだ。
そして、その人だかりすら寄せ付けない邪悪な気配を漂わせ、見る者すべてを殺しかねない眼光を、サトシに対して全力で飛ばしている金髪の男がいた。
恐らくマチスはこう考えているだろう。
サトシが、奴隷達を救うためにピカチュウをけしかけたのだと。
あの機械さえ壊してしまえば、混乱が起きて、脱出できるのではないかと。
その証拠に―――
「ザンネンデシタ、サトシサン。オモイドオリニイカナカッタヨウデスネ。」
なんてことを、低く重い声でサトシに向かって放ってきている。
サトシは壊れて煙を吹いている機械の横で気持ちよさそうに大の字で寝ている黄色いのを恨みがましく睨みつけた後、泣きそうになりながらもゆっくりとマチスの方へ近づいていく。
ここで全力で駆け出そうものなら、本気で殺されかねない。
相手は軍人。きっとなんちゃらコンバットやらうんちゃらソバットやらきっとそういう格闘術も修めているに違いない。
二メートル近く身長があるマチスからそんなものを食らえば真っ二つでは済まない。
奴隷よりも辛い未来が待ち受けていること請け合いである。
サトシにできることは、なるべくマチスを刺激しないように恐る恐る足を進めるしか選択肢が無い。
毎度毎度選択肢が無い状況に陥る身に、いい加減お祓いでもした方がいいのかなと思い始める。カントーにもお祓いができる人がいる町があるというけれど、もし立ち寄ることがあればお願いしてみようか。
凄まじい現実逃避を頭の中で繰り返しつつ進むと、あっという間にマチスの目の前に到着した。
短く切った金髪を逆立てているマチスであったが、この時はさらに勢いよく逆立っているように感じる。まさに怒髪天を衝くという表現が相応しい。
そんな言葉遊びをしている場合ではないのだが、こういうときに限って、そういう頭が働くものだ。
一周回って冷静になる、というやつである。
ゴクリと音を鳴らして唾を飲みこみ、マチスの目を見て反応を待つ。
「フフ」
「ふ?」
「フフフフ、ハハハハハハハハ!!!」
何故か大声で笑い始めるマチス。
予想の斜め上の反応に、サトシは虚をつかれ、何の反応をすることなくマチスの次の行動を待つことしかできなかった。
「ハハハハ!サトシサン、アナタハトッテモカシコイ!アナタノサクセンハミゴトニセイコウダ!」
「え・・・?」
作戦、作戦と言ったのか、この男は。
サトシはなんの作戦も練っていないし、練れてもいない。
当然、実行に移してもいない。移せるものなら移したいが、実行できる作戦など無い。
困惑の表情を浮かべるサトシを見て、それを図星による表情だと判断したのか、マチスは嬉しそうに言葉を続ける。
「ミーヲオコラセテ、バトルデノハンダンリョクヲ サゲルサクセンデスネ。ハハハ!ダイセイコウダ!ハッハッハ!!!」
怪訝な表情を浮かべていたサトシだったが、次の瞬間その顔が恐怖に染まった。
「ナニセ―――コンナニオコッテルノデスカラ。」
鬼と見紛う造形へと変貌したマチスの形相は、修羅の日常であった軍人の時代へと戻っているようで、瞬間的に殺されないのは運が良かったのだなと何の雑念も無く思えた。
マチスが目の前で怒気を発している瞬間には立ち会っているが、現在のマチスは怒気とは全く異なる種類の感情を振り撒いている。
――――殺意。
本来、戦場であればこの感情を出したマチスと遭遇した人間は、悩む事無く、考える事無く、遺言を残す時間も無く、その命を散らしたことだろう。それなのに、ガタガタと全身を震わせて怯えるサトシの命の灯がまだ灯っているのは、ここが戦場ではないからか。あるいは、殺すよりも辛い目に合わせてやるということを心に決めたからなのか。
そのどちらだったとしても。あるいは、別の理由があったとしても。
サトシはそこから一歩も動くことが出来ず、呼吸をすることも忘れ、ただただマチスの眼光に視線を固定されて恐怖に震えている。
「ツイテキナサイ。ソノツモリナノデショウ?」
視線を逸らさずに小声で呟く。
サトシに反論はできない。
首を横に振ることすら許されない。
命の遣り取りを日常的に経験し、数えきれない程乗り越えてきた者にしか宿らない気迫であり、威圧。
マチスは紛れも無くその能力を自分の物にしている。
そして、現代において使う機会など訪れないであろう技術。
それをたった今、十四歳の少年に対して如何なく発揮している。
首肯以外の行動をとった瞬間、命が絶たれると確信できる説得力。
サトシは無言で弱々しく頷き、それを確認したマチスはそのままサトシの横を通り過ぎるように靴の音を鳴らして歩いていく。
一秒程放心していたが、すぐに正気に戻り、近くに転がっていたピカチュウを文字通り叩き起こし、ピカピカ言っているのを無視して腕を引っ張り、マチスへ追いつこうと速足で進む。
先ほどの応接間よりも先に進む二人と一匹。
後には、一連の流れを無言で見守っていた、ボロ布を身にまとった男たち。
お互いがお互いに目を合わせ、視線だけで会話する。
もうもうと上がる煙は換気扇に吸い取られ始め、放電していた柱も今では静かに横たわっているのみだった。