どこまで行くのだろうか。
すでに奴隷たちの居た部屋を出て、相変わらず無骨に作られた通路を歩き、階段を幾度となく降りている。
途中分かれ道があったり昇り階段があったりと、もはや迷路だ。
不規則にぶら下がった橙色に光る裸電球と、見た目の変わらないコンクリート打ちっぱなしの通路の所為で、時間も方角も狂わせられる。
恐らく途中で逃げられるのを防ぐ為、なのであろう。
マチスがここでいなくなってしまえば遭難してもおかしくない。だがそんな手段はとらないだろう。
自分の手で痛めつけ、苦しませる。それが今のマチスを動かしている原動力なのだから。
何度か階段を降り、チカチカと光る電球を通り過ぎ、方角も距離も深さもわからなくなった頃、マチスが止まった。
無言で付いて行ったサトシも足を止める。
マチスの前には、切れかかった電灯に不気味に照らされてた、すでに見慣れた重々しい鉄の扉がある。
しかし、裏のトレーナーとは何故こうも地下深くが好きなのか。
勿論、考えれば当然のことではあるのだが。
戦いの規模が大きくなりやすいし、見つかっては都合が悪い。
それらを解消できるのは広大な無人島か地下くらいなものだ。
分かってはいても、どうにも陰鬱な気分になる。
表では生きられない、裏の世界に生きる住人でいる認識は当然あるのだが、日の光を浴びれないというのは、この生活を始めて間もない自分にとっては辛い以外の何物でもない。
緑に溢れ、光を浴びる明るいバトルで、戦った後は固く握手をして昨日の敵は今日の友になる展開などは裏の世界には存在しないのであろうか。
―――考えれば考えるほど馬鹿馬鹿しい。何を今更言っているのか。
今生きている世界は暗く闇に閉ざされた不毛な世界だと何度も認識しているハズなのに。
「ココデース。」
マチスはそう言って、鉄扉のドアノブを掴み、廻して押し込む。
ギリギリギリ、ザリザリザリ と扉が地面を擦る異音が聴こえ、その音が消えると同時に、マチスは開いた扉の奥に姿を消した。
見失わないようにサトシもすぐに追いかけ、扉の向こうへと足を踏み入れる。
と、足を踏み出した途端、突然足元が不安定になり、そのまま足を取られて前のめりに膝をつく。
「あいてっ」
手をついた場所は今までの冷たいコンクリートではなく、雑草の茂った土の上だった。
手の平をまじまじと眺める。
紛れも無く、茶色で、少し湿った、若干砂利のようなものが混じっている、日常的に見ていた土だ。
「え?土?」
つい声に出す。
ここは室内であったハズ。
知らず知らずのうちに地上に出た、なんてことは言われても信じられない。
元々地下にいた上に、さらに階段で下ってきたのだ。
地上であろうはずがない。それに、周りは海だ。山であったなら可能性が無くは無いのだが、それすらありえない。
何をどう考えても、ここは室内なのだ。
ということは―――
「ミーハ、コノバショニ、ジャングルヲ ツクリマシタ。ミーノ、イチバントクイトスルフィールドデース。」
つまりはそういうことだ。
岩場、水場、その次は森の中。
電気タイプから予想もできない場所ではあったが、そもそもピカチュウの住処もトキワの森だった。
電気ポケモンが森にいることは大きく間違ってはいないのだろう。
しかし当然、そういう意味でマチスはこの場所を用意したのではないだろう。
サトシは立ち上がり、手と足を軽く掃う。
顔を上げて、目の前に広がる大自然を凝視する。
夕暮れ時。
一面に広がる緑色は、照らす光によってその色を暖色へと一様に変貌させている。
サトシの正面には数メートルほど草地が広がり、その先は鬱蒼と茂った木々。
軽く五メートルは超えようという広葉樹が数百本と生え、少しでも光を吸収しようとその枝から無限にも思える程の葉が風に乗ってひらひらと瞬いている。
空から照らしているハズの太陽光は森の表面を撫でるだけで、その中までは光をほとんど下ろしてこない。
葉の一枚一枚に意思があるかのように、自己主張するかの如く光を遮断し、森の暗黒を作り出している。
よく見ると訳の分からないくらい縦横無尽に張っている蔦や、不気味な花や実、バカでかい葉っぱがあったり、鳥や動物の鳴き声まで聞こえてくる。
気温はそう高くないと感じるのだが、見た目は完全に亜熱帯のジャングルそのもの。
そして、ここが室内であることなど到底信じることができないだけのリアルな森だった。
「ココガ、サトシサンガ、ジンセイデサイゴニミル、シゼンノケシキデース。」
室内なのに自然の景色とは洒落がきいている。
そして、案の定ここがバトルフィールドのようだ。
サトシが無言で森を見つめていると、マチスは特に何を言うでもなく、一度目を閉じ、ゆっくりと開けて、再度言葉を進める。
―――バトルのルールを説明しまショウ。
この森の中には、円形に切り開かれた場所が二つありマス。
そうですネ、直径十ヤードくらいですかネ。
―――オット失礼、メートルが主流でしたネ。九メートル程度ですヨ。
ミーとサトシサンはお互いにその場所でスタートでス。
お互いに、その場所の中への攻撃はできまセン。
所謂、セーフティーゾーンデス。安全地帯ですヨ。
ポケモンは何体使っても構いまセン。
ミーのポケモンはライチュウ、オンリーでス。
そして、これを渡しマス。
―――バトル用の腕時計デス。
二つスイッチがついているでしょウ。
そのスイッチを同時に押すと、敗北になりマース。
――――そんな簡単でいいのカ、ですカ。
ハイ、ミーは殺すのが目的ではありまセン。
勝つのが目的デス。
・・・ああ、勿論、殺されても負けデース。
殺されたくなければ、大人しくセーフティにいる事デスネ。
―――ミーがこのルールを守るかどうカ?ハハハ、愚問ですネ。
サトシサンはそれを知る手段はありまセン。
守る事を信じるしかないのデス。選択肢はありまセン。
精々、ルールを破らないように、祈っててくだサイ。
神はどこに居てモ、見守っているのデス。・・・サトシサンはキリシタンでは無いですカ。ではテキトーにお祈りしてくだサイ。そうですネ、死神とかお勧めですヨ。
ルールはこんなところですヨ。ベリーイージーでス。
今は―――十七時過ぎですカ。十八時にスタートでス。
マップをお渡ししマス。
一度森の中を見回ると良いですヨ。迷子になられても困りますからネ。
しっかりと作戦を練っテ、正々堂々と良いバトルにしまショウネ。
全く笑みを零す事無くそう告げたマチスは、最後に冷たい視線を一度サトシに投げ込んだ後、踵を返して森の中へと消えていった。
地図と時計を手にしたサトシは茫然と立ち尽くしていたが、すぐに頭を回して行動を開始した。
時間は着々と過ぎていく。
こうなったらやるしかない。
敗北はそのまま人生終了コースなのだ。
なにがなんでも負けるわけにはいかない。
この一時間を有効に使うため、とりあえず手持ちのポケモンを外に出し―――コイキングを除いて―――森の中を速足で探索することにした。
相手が見えない森の中でのバトル。
マチスの鬼のような表情を思い出し身体が震えるが、ぶんぶんと顔を振って平常心を保つ。
「いこう、みんな。」
信じる仲間を引き連れて、サトシもマチス同様、森の中へ進んでいった。